『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』 作:夜幻
――朝。
東の空から、ゆっくりと太陽が昇っていく。
鳥の声。
風に揺れる木々。
遠くから聞こえる人々の声。
かつてなら、この時間は「夜を生き延びた」という意味しか持たなかった。
鬼殺隊にとって朝とは。
任務の終わり。
傷ついた仲間の確認。
そして――次の戦いへの準備。
けれど。
今日からは違う。
「……朝だ」
竜牙十兵衛は、縁側から空を見上げた。
その隣には、胡蝶しのぶ。
「はい」
しのぶも静かに頷く。
「新しい朝ですね」
「新しい朝……か」
十兵衛はその言葉を噛みしめるように呟いた。
鬼舞辻無惨はもういない。
上弦もいない。
鬼そのものが、消えた。
千年以上続いた戦いが終わった。
それでも。
朝日は、昨日までと何も変わらない。
ただ昇っている。
それなのに。
世界は、まったく違って見えた。
◇
「おはようございます!」
庭から元気な声が響く。
振り返ると、甘露寺蜜璃が両手いっぱいに荷物を抱えていた。
「十兵衛さん、しのぶちゃん、おはようございます!」
「おはよう、蜜璃」
「おはようございます」
蜜璃は笑顔で駆け寄る。
「今日は朝ご飯を作るんです!」
「朝から?」
「はい!」
その後ろからカナエが現れる。
「蜜璃ちゃん、一人で全部持つと大変よ」
「大丈夫です!」
さらに真菰。
錆兎。
義勇。
蔦子。
煉獄。
カナヲ。
禰豆子。
次々と庭へ集まってくる。
「なんだか賑やかだな」
十兵衛が呟く。
「いいじゃないですか」
しのぶが微笑む。
「これまでなら、こんな朝はなかったでしょう?」
「……そうだな」
◇
朝食。
食卓には、たくさんの料理が並んでいた。
「いただきます!」
蜜璃が嬉しそうに手を合わせる。
「いただきます」
全員が続く。
十兵衛も箸を取る。
一口。
「……美味い」
「本当ですか!?」
蜜璃の目が輝く。
「ああ」
「嬉しいです!」
蜜璃が顔を赤くする。
その様子を見ていたしのぶが、少しだけ目を細める。
「十兵衛さん」
「なんだ?」
「今日は随分と素直に褒めますね」
「美味いものは美味いだろう」
「そうですか」
しのぶは微笑む。
「……まあ、いいでしょう」
一方。
カナヲが静かに十兵衛の隣へ座っている。
禰豆子も反対側。
真菰も向かい側。
「……」
十兵衛は周囲を見渡す。
「みんな、今日は任務がないのか?」
「ないですよ」
しのぶが答える。
「もう、任務そのものがありませんから」
「ああ、そうだったな」
十兵衛は少し驚いた顔をする。
「まだ慣れないな」
その言葉に、義勇が頷いた。
「俺もだ」
錆兎も笑う。
「俺たちは長い間、戦うことしか考えていなかったからな」
「そうですね」
真菰が続ける。
「これからは、自分たちで未来を決められるんです」
「未来を……」
カナヲが呟く。
その言葉を聞いた十兵衛は。
「なら、まずは目標を決めよう」
「目標?」
蜜璃が首を傾げる。
「ああ」
十兵衛は指を一本立てた。
「第一に、鬼に襲われた人々の保護」
二本目。
「第二に、孤児や身寄りのない子供たちの生活支援」
三本目。
「第三に、医療体制の整備」
四本目。
「第四に、教育制度の確立」
五本目。
「第五に――」
十兵衛は一瞬考える。
「みんなが安心して暮らせる環境を作る」
食卓が静かになる。
「……」
蜜璃が目を輝かせた。
「十兵衛さん」
「なんだ?」
「それって……」
「戦争の後始末だ」
「……」
「鬼殺隊がなくなったからといって、人間社会の問題まで消えるわけじゃない」
十兵衛は真剣な顔で話す。
「むしろ、これからが重要だ」
カナエが微笑む。
「ふふっ」
「何か?」
「いえ」
カナエは優しく笑った。
「やっぱり十兵衛さんですね」
「?」
「戦いが終わった瞬間に、もう次の戦略を考えているんですもの」
「それは軍師だからな」
「でも」
カナエは言う。
「今度の戦場には、鬼はいませんよ」
「……」
十兵衛は少し考える。
「そうだな」
「だから」
カナエは笑顔で続ける。
「今度は、誰かを救うための戦いですね」
十兵衛は静かに頷いた。
「ああ」
◇
昼。
十兵衛は産屋敷邸へ向かった。
そこでは、産屋敷耀哉と産屋敷四姉妹が待っていた。
「ようこそ」
耀哉が微笑む。
「今日から始まる未来について、少し話をしましょう」
「はい」
十兵衛は座る。
耀哉の前には、すでに大量の資料が並べられていた。
「鬼殺隊は解散する予定です」
「承知しています」
「ですが」
耀哉は一枚の紙を差し出す。
「これまで鬼殺隊が保有していた医療、通信、情報収集などの仕組みを、民間へ移行できないかと考えています」
十兵衛が資料を見る。
「これは良い」
「本当ですか?」
ひなたが尋ねる。
「ああ」
十兵衛は即座に分析を始める。
「隠の医療技術を一般医療へ応用できる」
「なるほど」
「藤の花の研究も続けるべきだ」
「はい」
「刀鍛冶たちの技術も、農具や工具の製造に転用できる」
「……」
「鬼殺隊の情報網は、街道や災害情報の伝達に使える」
耀哉が微笑む。
「戦うために作られたものを、今度は人を守るために使う」
「そういうことです」
十兵衛は頷く。
「それなら、鬼殺隊が存在した意味も残る」
「……ありがとうございます」
耀哉が深く頭を下げた。
「こちらこそ」
「え?」
「あなたがこの世界に来てくれたことに」
十兵衛は黙る。
耀哉は続ける。
「あなたは多くの命を救いました」
「……」
「本来なら失われていた命を」
十兵衛は首を横に振る。
「俺一人の力ではありません」
「ですが」
耀哉は優しく笑う。
「あなたが始めたのです」
◇
夕方。
十兵衛は屋敷へ戻る。
門の前。
そこには、しのぶが待っていた。
「お帰りなさい」
「ああ」
「どうでした?」
「やることが増えた」
「ふふっ」
しのぶは笑う。
「戦いが終わったのに?」
「ああ」
「大変ですね」
「むしろ楽しい」
「楽しい?」
「戦争とは違う」
十兵衛は空を見る。
「誰かを倒す必要がない」
「…………」
「誰かを守るために、未来を作る」
「……素敵ですね」
しのぶは静かに微笑んだ。
「私も手伝います」
「助かる」
「もちろん」
二人は並んで歩き始める。
「十兵衛さん」
「なんだ?」
「これから、どんな未来になると思いますか?」
十兵衛は少し考える。
「分からない」
「え?」
「未来は予測できても、確定はできない」
しのぶは少し驚く。
「あなたでも?」
「ああ」
「……意外です」
「だから面白い」
十兵衛は笑った。
「俺たちが作っていけばいい」
しのぶも笑う。
「はい」
◇
夜。
屋敷の縁側。
みんなが集まっている。
錆兎と真菰が話している。
義勇と蔦子が並んでいる。
煉獄は大声で笑っている。
蜜璃は料理を作っている。
カナヲは花を眺めている。
禰豆子は相変わらず十兵衛の羽織を掴んでいる。
そして。
しのぶは、その光景を見つめていた。
「……」
昔。
姉が死ぬと思っていた。
自分も死ぬと思っていた。
この笑顔を見ることも。
こんな穏やかな夜を過ごすことも。
全部、叶わないと思っていた。
でも。
今は。
「しのぶ」
「はい?」
「何を考えている?」
「……昔のことです」
「そうか」
「昔は、こんな未来が来るなんて思いませんでした」
「俺もだ」
「でも」
しのぶは笑う。
「来ましたね」
「ああ」
「新しい朝が」
十兵衛は空を見上げる。
「……ああ」
月が輝いている。
そして。
遠くの空が、少しずつ白み始めていた。
「明日も朝が来る」
十兵衛が言う。
「はい」
「明後日も」
「はい」
「その次の日も」
「……はい」
しのぶは微笑んだ。
「もう、夜明けを待って戦う必要はないんですね」
「そうだ」
「ただ、朝を迎えればいい」
「そういうことだ」
二人は静かに笑った。
やがて。
東の空から、太陽が昇る。
誰もがその光を見つめた。
かつては鬼を滅ぼすための光だった。
今は違う。
ただ。
人々の一日を照らす光。
「……綺麗」
蜜璃が呟く。
真菰も笑う。
「うん」
カナヲは静かに目を細める。
禰豆子は嬉しそうに両手を広げる。
錆兎が笑う。
義勇も。
蔦子も。
煉獄も。
カナエも。
しのぶも。
そして十兵衛も。
誰もが同じ朝日を見ていた。
――新しい朝。
それは、単なる一日の始まりではない。
戦うための朝ではない。
誰かを失うかもしれない朝でもない。
生きるための朝。
笑うための朝。
未来を作るための朝。
そして。
大切な人たちと共に迎える朝。
十兵衛は静かに呟いた。
「……いい朝だ」
しのぶが隣で笑う。
「ええ」
「新しい朝だな」
「はい」
――鬼のいない世界で。
新しい人生が、始まった。