『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』   作:夜幻

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第八章 幸福な未来編 第115話「鬼のいない世界」

――鬼舞辻無惨が滅びてから、しばらくの時が流れた。

 

朝。

 

町には人々の声が響いている。

 

商人が店を開ける。

 

子供たちが走り回る。

 

農家が畑へ向かう。

 

誰もが、ごく普通の一日を始めていた。

 

そして――。

 

夜になっても。

 

誰も、怯えていなかった。

 

「……本当に、鬼がいないんですね」

 

街道を歩きながら、真菰が呟いた。

 

隣を歩いていた錆兎が頷く。

 

「ああ」

 

「なんだか変な感じ」

 

「分かる」

 

二人は夜空を見上げる。

 

満月が輝いている。

 

かつてなら、この時間帯に外を歩くなど自殺行為だった。

 

しかし今は。

 

月明かりの下を、普通に人々が歩いている。

 

「……平和だな」

 

錆兎が呟く。

 

「うん」

 

真菰も微笑んだ。

 

「これが、本当の夜なんだね」

 

 

一方。

 

蝶屋敷。

 

「十兵衛さん!」

 

庭から蜜璃の声が響く。

 

「おはようございます!」

 

「おはよう、蜜璃」

 

十兵衛が振り返る。

 

蜜璃は大きな籠を抱えていた。

 

「今日は町へ買い物に行きませんか?」

 

「買い物?」

 

「はい!」

 

「何を買うんだ?」

 

「お菓子です!」

 

「……」

 

十兵衛は少し考えた。

 

「必要なのか?」

 

「必要です!」

 

蜜璃は即答した。

 

「人生にはお菓子が必要なんです!」

 

「そういうものか」

 

「そういうものです!」

 

その会話を聞いていたしのぶが、くすりと笑う。

 

「十兵衛さん」

 

「なんだ?」

 

「たまには軍略以外のことも考えてくださいね」

 

「俺は常に考えている」

 

「何を?」

 

「今日の買い物の最短経路」

 

「……」

 

しのぶは額に手を当てた。

 

「そういうところですよ」

 

「?」

 

 

町へ向かう道。

 

十兵衛たちは大勢で歩いていた。

 

十兵衛。

 

しのぶ。

 

カナエ。

 

カナヲ。

 

蜜璃。

 

真菰。

 

錆兎。

 

義勇。

 

蔦子。

 

煉獄。

 

そして禰豆子。

 

以前なら、この人数で夜の町を歩くことなど考えられなかった。

 

だが今は。

 

誰も刀を抜いていない。

 

誰も周囲を警戒していない。

 

ただの――散歩だった。

 

「十兵衛さん」

 

カナエが隣へ並ぶ。

 

「なんだ?」

 

「こうしてみると、不思議ですね」

 

「何が?」

 

「私たちが普通に町を歩いていることです」

 

「ああ」

 

十兵衛も周囲を見る。

 

「確かにな」

 

「以前なら、任務以外で夜の町を歩くなんて考えられませんでした」

 

「鬼がいたからな」

 

「はい」

 

カナエは笑う。

 

「でも、もういません」

 

「そうだな」

 

「……嬉しいですね」

 

「うん」

 

十兵衛は素直に頷いた。

 

その少し後ろ。

 

しのぶが二人を見ていた。

 

「……」

 

蜜璃が隣に来る。

 

「しのぶちゃん?」

 

「はい?」

 

「どうしたの?」

 

「なんでもありませんよ」

 

「本当に?」

 

「ええ」

 

蜜璃は首を傾げる。

 

そして。

 

「もしかして嫉妬ですか?」

 

「…………」

 

「わっ!」

 

しのぶが蜜璃の頬を軽くつねる。

 

「痛いです!」

 

「余計なことを言うからですよ」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

それを見ていたカナヲが、小さく笑った。

 

 

町の商店。

 

「いらっしゃい!」

 

店主の元気な声。

 

蜜璃が目を輝かせる。

 

「わぁ……!」

 

団子。

 

饅頭。

 

羊羹。

 

餅。

 

色とりどりのお菓子が並んでいる。

 

「どれにしましょう!」

 

「全部買えばいい」

 

十兵衛が言う。

 

「えっ?」

 

蜜璃が振り返る。

 

「全部?」

 

「ああ」

 

「本当に!?」

 

「みんなで食べるなら問題ない」

 

「十兵衛さん!」

 

蜜璃の顔がぱっと明るくなる。

 

「大好きです!」

 

「そうか」

 

「……」

 

しのぶが固まる。

 

蜜璃も固まる。

 

カナエも。

 

真菰も。

 

カナヲも。

 

全員が十兵衛を見る。

 

「……?」

 

十兵衛だけが首を傾げる。

 

「どうした?」

 

しのぶが小さくため息をつく。

 

「なんでもありません」

 

 

その日の昼。

 

みんなで団子を食べる。

 

「美味しい!」

 

蜜璃が幸せそうに頬張る。

 

真菰も嬉しそうに笑う。

 

「平和ですね」

 

「うん」

 

錆兎が頷く。

 

義勇は黙々と食べている。

 

蔦子が笑う。

 

「義勇、そんなに急いで食べなくても大丈夫よ」

 

「……美味しいから」

 

「ふふっ」

 

煉獄は豪快に笑った。

 

「うまい!」

 

「煉獄さん、声が大きいです」

 

しのぶが苦笑する。

 

「うまいものは、うまい!」

 

「それはそうですけど」

 

その光景を見ながら。

 

カナエが静かに笑う。

 

「……本当に、幸せですね」

 

十兵衛は頷く。

 

「ああ」

 

「これが、あなたが望んでいた未来ですか?」

 

「そうだな」

 

「戦わなくてもいい」

 

「ああ」

 

「誰も殺されない」

 

「ああ」

 

「誰も、復讐のために生きなくていい」

 

「ああ」

 

カナエは微笑む。

 

「なら」

 

「?」

 

「この世界を守っていきましょう」

 

十兵衛は少し驚いた。

 

そして。

 

「ああ」

 

力強く頷いた。

 

 

夕方。

 

みんなが屋敷へ戻る。

 

その途中。

 

小さな子供たちが走ってくる。

 

「お兄ちゃん!」

 

「ん?」

 

十兵衛が振り返る。

 

「鬼って、本当にいなくなったの?」

 

子供の一人が尋ねた。

 

「ああ」

 

「もう来ない?」

 

「ああ」

 

「絶対?」

 

十兵衛はしゃがみ込む。

 

「絶対だ」

 

子供たちが笑う。

 

「やった!」

 

「もう夜でも外で遊べる?」

 

「夜遅くまで遊ぶのは駄目だ」

 

「えー!」

 

「寝る時間だからな」

 

「はーい!」

 

子供たちは走っていった。

 

十兵衛はその背中を見る。

 

しのぶが隣に立つ。

 

「優しいですね」

 

「普通だろう」

 

「そういうところです」

 

「何が?」

 

「……なんでもありません」

 

 

夜。

 

蝶屋敷の縁側。

 

みんなで空を見上げる。

 

満天の星。

 

静かな夜。

 

虫の声。

 

「……」

 

しのぶが呟く。

 

「昔は、星を見る余裕なんてありませんでした」

 

十兵衛が隣を見る。

 

「そうだったな」

 

「夜が怖かったから」

 

「……」

 

「鬼が来るかもしれない」

 

しのぶは空を見る。

 

「誰かが死ぬかもしれない」

 

「…………」

 

「明日、生きている保証もない」

 

十兵衛は黙って聞いていた。

 

「でも今は」

 

しのぶは微笑む。

 

「夜が綺麗です」

 

「そうだな」

 

「月も」

 

「ああ」

 

「星も」

 

「ああ」

 

「全部、昔から同じだったんでしょうね」

 

「……」

 

「変わったのは、私たちの心なのかもしれません」

 

十兵衛は静かに頷いた。

 

「そうかもしれない」

 

その時。

 

「十兵衛さん」

 

カナヲがやってきた。

 

「どうした?」

 

「隣、いいですか?」

 

「ああ」

 

カナヲが座る。

 

その反対側には禰豆子が座る。

 

さらに蜜璃も座る。

 

真菰も。

 

しのぶが少しだけ目を細める。

 

「……」

 

十兵衛は気づかない。

 

「みんな、今日は月を見たいのか?」

 

「はい」

 

カナヲが答える。

 

「そうです!」

 

蜜璃も答える。

 

「うん」

 

真菰も笑う。

 

禰豆子は。

 

「ん!」

 

と元気よく頷いた。

 

しのぶは小さく笑う。

 

「……本当に幸せそうですね」

 

「そうだな」

 

十兵衛は穏やかに答える。

 

「俺も嬉しい」

 

「……」

 

しのぶはその横顔を見る。

 

以前の十兵衛は。

 

戦場では誰よりも冷静だった。

 

敵を分析し。

 

未来を読み。

 

味方を生かすために戦った。

 

でも今。

 

彼が見つめているのは、戦場ではない。

 

仲間たちの笑顔だった。

 

「十兵衛さん」

 

「ん?」

 

「これからも」

 

「?」

 

「こういう日々が続くといいですね」

 

十兵衛は微笑んだ。

 

「ああ」

 

「ずっと?」

 

「ずっとだ」

 

「……約束ですよ」

 

「ああ」

 

しのぶは静かに頷いた。

 

 

その夜。

 

誰も刀を手に取らなかった。

 

誰も鬼の気配を探さなかった。

 

誰も明日の死を恐れなかった。

 

ただ。

 

大切な人たちと笑って。

 

食事をして。

 

空を見上げて。

 

眠る。

 

それだけ。

 

かつてなら。

 

そんな日常は夢だった。

 

けれど。

 

今は現実だ。

 

鬼のいない世界。

 

それは、何も特別な世界ではない。

 

人が朝起きて。

 

ご飯を食べて。

 

仕事をして。

 

誰かと笑って。

 

夜になれば眠る。

 

そんな当たり前の日々。

 

十兵衛が守ったかったのは。

 

結局――その「当たり前」だった。

 

「……おやすみなさい」

 

しのぶが言う。

 

「ああ。おやすみ」

 

十兵衛が答える。

 

屋敷の明かりが、一つずつ消えていく。

 

夜空には月。

 

その下に、穏やかな町。

 

もう鬼はいない。

 

もう恐怖もない。

 

そして。

 

明日の朝も。

 

きっと太陽が昇る。

 

――鬼のいない世界。

 

それは。

 

誰もが「普通の幸せ」を享受できる世界。

 

そして十兵衛たちは。

 

その幸せを、これからも大切にしていく。

 

――物語は。

 

戦いの時代から。

 

幸福な未来へ。

 

静かに歩み始めた。

 

 

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