『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』   作:夜幻

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第116話「平和な蝶屋敷」

――鬼がいなくなってから、さらに数日。

 

朝の蝶屋敷には、以前とはまるで違う空気が流れていた。

 

かつては負傷した隊士たちが運び込まれ、薬の匂いと慌ただしい足音が絶えなかった。

 

任務帰りの隊士。

 

傷を負った柱。

 

眠れない夜。

 

次の戦いへの備え。

 

そんな緊張感に包まれていた場所が――。

 

今では。

 

「おはようございます!」

 

「おはよう、カナヲ」

 

「今日もいい天気ですね!」

 

「はい」

 

穏やかな笑い声に包まれている。

 

庭では真菰が花に水をやり。

 

縁側では錆兎と義勇が将棋を指している。

 

蔦子は朝食の準備。

 

蜜璃は厨房で料理を手伝い。

 

煉獄は朝から大声で笑っている。

 

そして――。

 

「……十兵衛さん」

 

「なんだ?」

 

「どうして庭の真ん中で地図を広げているんですか?」

 

胡蝶しのぶが呆れた顔で尋ねた。

 

「蝶屋敷の改築案だ」

 

「……改築?」

 

「ああ」

 

十兵衛は真剣な表情で地図を指差す。

 

「診療所として使っていた部屋を、一般の医療施設として再整備する」

 

「なるほど」

 

「それから、この空き地には薬草園」

 

「はい」

 

「こちらには子供たちの学習施設」

 

「……」

 

「さらに裏手には運動場」

 

しのぶはしばらく黙っていた。

 

「十兵衛さん」

 

「なんだ?」

 

「戦争が終わって、まだ何日だと思っています?」

 

「……数日だな」

 

「少し休んでは?」

 

「休んでいる」

 

「どこがですか?」

 

十兵衛は首を傾げた。

 

「鬼がいないから、戦術を考える必要が減った」

 

「だから施設の設計を?」

 

「ああ」

 

「……」

 

しのぶは小さく笑った。

 

「本当に、あなたらしいですね」

 

 

「十兵衛さん!」

 

そこへ蜜璃がやってきた。

 

「朝ご飯、できました!」

 

「分かった」

 

十兵衛は地図を畳む。

 

「今日は何だ?」

 

「お味噌汁と焼き魚と卵焼きです!」

 

「美味そうだな」

 

「本当ですか?」

 

蜜璃が嬉しそうに笑う。

 

「本当だ」

 

「じゃあ、いっぱい食べてくださいね!」

 

「分かった」

 

しのぶがその様子を見ながら微笑む。

 

「蜜璃さん」

 

「はい?」

 

「十兵衛さんを甘やかしすぎでは?」

 

「えっ!?」

 

蜜璃の顔が赤くなる。

 

「そ、そんなつもりは……!」

 

「そうですか?」

 

「は、はい!」

 

十兵衛は二人を見比べる。

 

「何の話だ?」

 

「なんでもありません」

 

「そうか」

 

――やはり気づかない。

 

 

朝食。

 

全員が一つの食卓を囲んでいる。

 

「いただきます!」

 

蜜璃が元気よく手を合わせる。

 

「いただきます」

 

みんなも続く。

 

煉獄が焼き魚を口にする。

 

「うまい!」

 

「煉獄さん、朝から元気ですね」

 

しのぶが笑う。

 

「朝だからこそ元気なのだ!」

 

「なるほど」

 

錆兎が笑う。

 

「相変わらずだな」

 

義勇は黙って食べている。

 

蔦子が弟を見る。

 

「義勇、美味しい?」

 

「……うん」

 

「ならよかった」

 

その隣では、真菰が味噌汁を飲んでいる。

 

「……なんだか夢みたい」

 

「何が?」

 

錆兎が尋ねる。

 

「こうやって、みんなで朝ご飯を食べられること」

 

真菰は微笑んだ。

 

「昔は、最終選別で生き残ることだけを考えていたから」

 

「そうだな」

 

錆兎も頷く。

 

「任務に出れば、誰かが死ぬかもしれなかった」

 

「……」

 

「今は、その心配がない」

 

真菰は庭を見る。

 

「うん」

 

カナヲも静かに頷いた。

 

「……幸せですね」

 

その言葉に。

 

十兵衛が箸を止める。

 

「そうだな」

 

「十兵衛さんも?」

 

「ああ」

 

「何が一番嬉しいですか?」

 

カナヲが尋ねる。

 

十兵衛は少し考えた。

 

「みんなが笑っていること」

 

「……」

 

カナヲの頬が少し赤くなる。

 

「そうですか」

 

「ああ」

 

十兵衛は自然に笑った。

 

 

朝食後。

 

庭では、ちょっとした騒ぎが起きていた。

 

「十兵衛さん!」

 

蜜璃が木刀を差し出す。

 

「稽古しましょう!」

 

「稽古?」

 

「はい!」

 

「もう鬼はいないぞ?」

 

「分かっています!」

 

蜜璃は元気よく答える。

 

「でも、身体を動かすのは楽しいですから!」

 

「なるほど」

 

十兵衛は木刀を受け取る。

 

そこへ錆兎が入ってくる。

 

「俺もいいか?」

 

「もちろん」

 

義勇も立ち上がる。

 

「俺も」

 

真菰が笑う。

 

「じゃあ私も」

 

「……」

 

しのぶが呆れる。

 

「鬼がいなくなっても、結局みんな稽古するんですね」

 

カナエが微笑む。

 

「身体に染み付いているんでしょうね」

 

「それもそうですね」

 

十兵衛が構える。

 

「では、軽くやるか」

 

「お願いします!」

 

――そして。

 

数分後。

 

「……」

 

蜜璃は地面に座り込んでいた。

 

「強すぎます……」

 

錆兎も息を切らしている。

 

「相変わらず規格外だな」

 

義勇は黙って木刀を見つめる。

 

「……勝てない」

 

真菰が笑う。

 

「十兵衛さん、本気じゃなかったよね?」

 

「ああ」

 

「……ですよね」

 

十兵衛は首を傾げる。

 

「みんな強くなったと思うぞ」

 

「それ、慰めになってませんよ……」

 

蜜璃が頬を膨らませる。

 

しのぶはその光景を見ながら笑っていた。

 

「平和ですね」

 

カナエも頷く。

 

「ええ」

 

 

昼過ぎ。

 

蝶屋敷の庭。

 

カナヲが花壇の手入れをしている。

 

その隣に十兵衛がしゃがみ込んだ。

 

「何をしている?」

 

「花を植えています」

 

「なるほど」

 

「手伝いますか?」

 

「ああ」

 

十兵衛も土を掘る。

 

二人で黙々と作業する。

 

しばらくして。

 

カナヲが口を開く。

 

「十兵衛さん」

 

「ん?」

 

「私は……ここにいてもいいんでしょうか?」

 

「もちろん」

 

「鬼殺隊もなくなりました」

 

「ああ」

 

「私には、もう役割がないような気がして」

 

十兵衛は手を止める。

 

「カナヲ」

 

「はい」

 

「役割がなくても、生きていい」

 

「……」

 

「誰かの役に立つためだけに生きる必要はない」

 

カナヲは黙って聞く。

 

「花を育ててもいい」

 

「……」

 

「料理をしてもいい」

 

「……」

 

「遊んでもいい」

 

「……」

 

「何もしなくてもいい」

 

カナヲの目が少し潤む。

 

「……何もしなくても?」

 

「ああ」

 

「それでも……ここにいていい?」

 

「当然だ」

 

十兵衛は笑う。

 

「ここはもう、戦場じゃない」

 

カナヲは小さく笑った。

 

「……はい」

 

 

夕方。

 

縁側。

 

蜜璃が大量の団子を並べていた。

 

「今日は団子祭りです!」

 

「団子祭り?」

 

十兵衛が首を傾げる。

 

「はい!」

 

「なぜ?」

 

「平和だからです!」

 

「……」

 

十兵衛は真剣に考える。

 

「平和と団子に、どんな因果関係が?」

 

「気持ちの問題です!」

 

「なるほど」

 

しのぶが笑う。

 

「十兵衛さん」

 

「なんだ?」

 

「深く考えなくていいですよ」

 

「そうか」

 

十兵衛は団子を一つ取る。

 

「美味い」

 

「ですよね!」

 

蜜璃が嬉しそうに笑う。

 

真菰も一つ取る。

 

「平和っていいね」

 

錆兎が頷く。

 

「本当にな」

 

禰豆子は十兵衛の隣に座っている。

 

「ん」

 

「禰豆子も食べるか?」

 

「ん!」

 

十兵衛が団子を渡す。

 

禰豆子は嬉しそうに受け取った。

 

しのぶがそれを見る。

 

「……」

 

カナエが隣で笑う。

 

「しのぶ?」

 

「何でもありません」

 

「ふふっ」

 

 

夜。

 

蝶屋敷は静かだった。

 

誰も怪我をしていない。

 

誰も任務に出ていない。

 

誰も死を恐れていない。

 

ただ、穏やかな夜。

 

十兵衛は縁側に座り、星空を見上げていた。

 

「……」

 

そこへ、しのぶがやってくる。

 

「隣、いいですか?」

 

「ああ」

 

しのぶが座る。

 

「今日は楽しかったですね」

 

「ああ」

 

「朝ご飯を食べて」

 

「うん」

 

「稽古をして」

 

「ああ」

 

「花を植えて」

 

「そうだな」

 

「団子を食べて」

 

「ああ」

 

しのぶは笑う。

 

「……それだけです」

 

「それがいいんだ」

 

十兵衛が答える。

 

「え?」

 

「何も起こらない一日」

 

「……」

 

「誰も傷つかない」

 

「……」

 

「誰も死なない」

 

「……」

 

「それだけで十分だ」

 

しのぶは静かに微笑む。

 

「そうですね」

 

二人は黙って星空を見る。

 

しばらくして。

 

しのぶが小さく呟いた。

 

「……昔の私に、見せてあげたいです」

 

「何を?」

 

「この景色を」

 

「……」

 

「鬼のいない世界」

 

「……」

 

「姉さんが生きていて」

 

「……」

 

「カナヲも、真菰も、錆兎も」

 

「……」

 

「みんなが笑っている世界」

 

十兵衛は静かに頷く。

 

「きっと喜ぶだろうな」

 

「はい」

 

しのぶは微笑む。

 

「だから」

 

「?」

 

「この日々を、大切にしたいです」

 

十兵衛は答えた。

 

「ああ」

 

「ずっと」

 

「ああ」

 

「守っていきましょう」

 

「……もちろんだ」

 

夜空に星が瞬く。

 

蝶屋敷の中からは、みんなの笑い声が聞こえてくる。

 

戦いは終わった。

 

鬼もいない。

 

刀を抜く必要もない。

 

だからこそ。

 

今度は。

 

この穏やかな日々を守る。

 

それが――。

 

戦いを終えた彼らに与えられた、新しい使命だった。

 

「……おやすみなさい、十兵衛さん」

 

「ああ。おやすみ、しのぶ」

 

静かな夜。

 

平和な蝶屋敷。

 

そして。

 

誰も失わない朝が、またやってくる。

 

 

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