『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』 作:夜幻
――藤襲山、最終選別六日目。
夜が明けた。
最終選別は、残り一日。
薄暗い森の中を、竜牙十兵衛と真菰は並んで歩いていた。
十兵衛はいつも通り、全集中・常中を維持している。
すう――。
はあ――。
静かな呼吸。
真菰もまた、十兵衛の歩幅に合わせて進んでいた。
「……十兵衛」
「なんだ?」
「少し休まない?」
「疲れたか?」
「ううん」
真菰は首を横に振る。
「ただ、十兵衛が全然休まないから」
「俺は疲れていない」
「そういうところだよ」
「?」
真菰は苦笑する。
「自分が疲れていないからって、他の人も同じだと思わないでね」
「……なるほど」
十兵衛は素直に頷いた。
「覚えておく」
「うん」
二人は近くの岩に腰を下ろした。
静かな時間。
風が木々を揺らしている。
「ねえ」
真菰が口を開いた。
「十兵衛は、どうして私を助けてくれたの?」
「昨日のことか?」
「うん」
「危険だったから」
「それだけ?」
「ああ」
真菰は少しだけ寂しそうに笑う。
「そっか」
「?」
「なんでもないよ」
十兵衛は首を傾げた。
「変な質問だったか?」
「ううん」
真菰は微笑む。
「十兵衛らしい答えだと思っただけ」
◇
しばらくして。
森の奥から物音が聞こえた。
「……」
十兵衛が立ち上がる。
「鬼だ」
「何体?」
「二体」
「行こう」
「ああ」
二人は走り出した。
森を抜けた先。
一人の参加者が、二体の鬼に追い詰められていた。
「来るな!」
少年が叫ぶ。
「喰わせろ!」
二体の鬼が同時に襲いかかる。
「真菰!」
「はい!」
真菰が左へ。
十兵衛が右へ。
二人は同時に鬼との間合いへ入る。
「水の呼吸――」
真菰の刀が弧を描く。
「壱ノ型!」
――ズバッ!
鬼の腕を斬り落とす。
その隙に。
「雷の呼吸――壱ノ型」
十兵衛が消える。
「霹靂一閃」
――バァンッ!
もう一体の首が飛ぶ。
だが。
「まだ!」
腕を斬られた鬼が再生する。
「真菰!」
「分かってる!」
真菰が踏み込む。
鬼が爪を振る。
「――っ!」
真菰の足元が崩れた。
「真菰!」
十兵衛が手を伸ばす。
真菰も手を伸ばす。
「――!」
その手が。
しっかりと重なった。
十兵衛が真菰の腕を引く。
「こっちだ!」
「うん!」
真菰は十兵衛の勢いを利用して身体を回転させる。
「今!」
十兵衛が刀を振る。
真菰も同時に斬る。
――ズバァッ!
二人の刃が交差した。
鬼の首が落ちる。
「……」
鬼が灰となって消えていく。
真菰は十兵衛の手を握ったままだった。
「……」
「……」
二人とも気づく。
十兵衛の手。
真菰の手。
しっかりと握られている。
「……あ」
真菰が顔を赤くする。
「すまない」
十兵衛が手を離す。
「……」
真菰は少しだけ残念そうな顔をした。
しかし。
十兵衛は気づかない。
「怪我は?」
「ないよ」
「本当に?」
「うん」
十兵衛は真菰の腕を見る。
「擦り傷がある」
「これくらい平気」
「駄目だ」
「え?」
「治療する」
十兵衛は懐から布を取り出した。
「腕を」
「……はい」
真菰は素直に腕を差し出す。
十兵衛は傷口を丁寧に包帯で巻いていく。
「痛い?」
「少し」
「我慢してくれ」
「うん」
十兵衛の手は驚くほど優しい。
真菰はその横顔を見つめる。
「……十兵衛」
「なんだ?」
「さっき」
「?」
「手を握ってくれた時」
「うん」
「……嬉しかった」
「そうか」
「……」
やはり。
気づかない。
真菰は苦笑する。
「もう少しだけ、女の子の気持ちを考えてくれると嬉しいんだけどな」
「女の子?」
「ううん。なんでもない」
「そうか」
◇
少し離れた場所。
錆兎がその光景を見ていた。
「……」
そして。
「またか」
呆れたように呟く。
「何が?」
後ろから別の参加者が尋ねる。
「いや……」
錆兎は二人を見る。
十兵衛は真菰の傷を手当てしている。
真菰は嬉しそうに笑っている。
「……あいつ、本当に気づいてないんだな」
「何に?」
「何でもない」
錆兎はため息をついた。
◇
昼。
三人は川辺で食事をしていた。
十兵衛が握ったおにぎり。
「いただきます」
真菰が食べる。
「美味しい」
「そうか」
「十兵衛は料理もできるんだね」
「必要だからな」
「何でもできるね」
「そうでもない」
「例えば?」
真菰が尋ねる。
十兵衛は少し考える。
「地図を読めない時がある」
「それは方向音痴ってことじゃ……」
「違う」
「違わないと思うよ」
真菰が笑う。
「それと」
「?」
「人の気持ちを読むのも苦手」
「……」
十兵衛が止まる。
「それは……軍略とは別だからな」
「そうだね」
真菰は笑った。
「だから、私が教えてあげる」
「何を?」
「人の気持ち」
「頼む」
あまりにも真面目な返事。
真菰は吹き出した。
「あははっ!」
「?」
「本当に十兵衛って面白いね」
「そうか?」
「うん」
◇
午後。
突然。
「――ッ!」
十兵衛が立ち上がった。
「どうした?」
錆兎が聞く。
「東」
「鬼か?」
「ああ」
十兵衛は耳を澄ます。
「それと、人間が一人」
「なら助けに行こう」
真菰が立ち上がる。
「ああ」
だが。
十兵衛が真菰を見る。
「真菰」
「なに?」
「君はここにいてくれ」
「嫌」
「……」
即答だった。
「私も行く」
「危険だ」
「分かってる」
「今回は強い鬼かもしれない」
「それでも」
真菰は十兵衛を見る。
「私は、十兵衛と一緒に行きたい」
「……」
十兵衛は黙る。
そして。
「分かった」
真菰が笑う。
「ありがとう」
「ただし」
「うん」
「絶対に俺から離れるな」
「……!」
真菰の頬が赤くなる。
「分かった」
◇
二人は走った。
木々の間を抜ける。
やがて。
「――誰か!」
少女の悲鳴が聞こえた。
十兵衛が加速する。
「雷の呼吸――」
「十兵衛!」
「大丈夫だ」
紫電。
――霹靂一閃。
一瞬で距離を詰める。
鬼の腕を斬る。
「えっ……?」
襲われていた少女が目を見開く。
真菰も続く。
「ここは私たちに任せて!」
「でも……!」
「逃げて!」
「はい!」
少女が逃げる。
鬼が怒り狂う。
「邪魔をするなぁ!」
十兵衛が構える。
「真菰」
「うん」
「二人でやる」
「分かった!」
十兵衛が踏み込む。
雷。
真菰が続く。
水。
雷と水。
二つの呼吸が一つの流れになる。
十兵衛が敵の動きを止め。
真菰が死角から斬り込む。
「今!」
「はい!」
――ズバッ!
鬼の首が落ちた。
◇
戦いが終わる。
真菰が息を整える。
「……やったね」
「ああ」
「十兵衛」
「なんだ?」
「私たち」
「うん」
「息が合ってきたね」
「そうだな」
十兵衛は頷く。
「良い連携だった」
「……」
真菰は嬉しそうに笑った。
「うん」
そして。
再び歩き出す。
今度は。
自然と。
二人の手が触れ合った。
十兵衛は気にしていない。
真菰も離さない。
やがて。
十兵衛が気づく。
「真菰」
「なに?」
「手」
「……」
真菰は少しだけ握る力を強めた。
「このままでいい?」
「……ああ」
十兵衛は頷いた。
「歩きやすいなら」
「ふふっ」
真菰は笑った。
「うん。歩きやすいよ」
その言葉の本当の意味を。
十兵衛はまだ知らない。
けれど。
真菰にとっては。
その手の温もりこそが。
何よりも嬉しかった。
◇
夕暮れ。
三人は再び合流した。
錆兎は二人を見る。
「……」
そして。
「お前ら、手を繋いでるのか?」
「そうだ」
十兵衛が答える。
「真菰が歩きやすいと言うから」
「……」
錆兎は真菰を見る。
真菰は頬を赤くしながら。
「……うん」
「そうか」
錆兎は何も言わなかった。
ただ。
小さく笑った。
――手を取り合う二人。
それは単なる戦闘での連携ではなかった。
互いの命を預け。
互いの背中を守り。
そして。
互いの運命を支え合うための、小さな始まり。
本来ならば。
真菰はこの山で命を落とす。
錆兎もまた。
その運命から逃れることはできない。
だが。
竜牙十兵衛は知っている。
未来は変えられる。
ならば――。
「明日も生き残ろう」
十兵衛が言った。
真菰は頷く。
「うん」
錆兎も笑う。
「ああ」
三人の手が重なる。
最終選別。
最後の夜が近づいていた。
そして。
運命を変える戦いは。
いよいよ最終局面へと突入する。