『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』   作:夜幻

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第117話「軍師、また迷子になる」

――鬼がいなくなった世界。

 

戦場を失った天才軍師・竜牙十兵衛には、最近、一つの問題があった。

 

「……」

 

蝶屋敷の廊下。

 

十兵衛は一人、立っていた。

 

右を見る。

 

廊下。

 

左を見る。

 

廊下。

 

正面を見る。

 

廊下。

 

「…………」

 

十兵衛は腕を組む。

 

「妙だな」

 

彼は真剣な顔で呟いた。

 

「確か、さっきまで庭にいたはずなんだが」

 

――迷子である。

 

 

十分前。

 

しのぶから頼まれた十兵衛は、庭に置いてあった薬箱を倉庫へ運んでいた。

 

「倉庫はどこですか?」

 

「この廊下をまっすぐ行って、右です」

 

「分かった」

 

「本当に分かりました?」

 

「当然だ」

 

しのぶは少し不安そうな顔をした。

 

「……気をつけてくださいね」

 

「大丈夫だ」

 

十兵衛は自信満々に歩き出した。

 

そして。

 

三分後。

 

「……」

 

現在に至る。

 

 

「さて」

 

十兵衛は冷静に分析を始めた。

 

「俺は庭から出た」

 

一歩進む。

 

「廊下を直進した」

 

さらに進む。

 

「右へ曲がった」

 

曲がる。

 

「その後、階段を下りた」

 

「……」

 

「だが、ここには見覚えがない」

 

十兵衛は眉を寄せる。

 

「つまり――」

 

そこで一つの結論に到達した。

 

「蝶屋敷の構造が複雑すぎる」

 

違う。

 

問題は屋敷ではない。

 

十兵衛である。

 

 

その頃、庭。

 

「……遅いですね」

 

しのぶが時計を見る。

 

カナエが笑う。

 

「十兵衛さんなら、そのうち戻ってくるでしょう」

 

「そう思いますか?」

 

「ええ」

 

「どこから?」

 

「……」

 

カナエも少し考える。

 

「そこが問題ですね」

 

蜜璃が慌てて走ってくる。

 

「しのぶちゃん!」

 

「どうしました?」

 

「十兵衛さん、いません!」

 

「知っています」

 

「探した方がいいですよね?」

 

「ええ」

 

真菰も立ち上がる。

 

「また迷子かな?」

 

錆兎がため息をつく。

 

「またか……」

 

義勇が呟く。

 

「前より早い」

 

「何が?」

 

「迷子になるまでの時間」

 

「……確かに」

 

 

その頃。

 

十兵衛は屋敷の一室にいた。

 

「……ここは?」

 

畳。

 

机。

 

棚。

 

窓。

 

そして。

 

「……薬?」

 

大量の薬瓶が並んでいる。

 

「なるほど」

 

十兵衛は頷く。

 

「医務室か」

 

――正解。

 

「ならば出口は――」

 

襖を開ける。

 

「……」

 

そこは別の部屋だった。

 

「……」

 

閉める。

 

反対側を開ける。

 

「……」

 

廊下。

 

「よし」

 

十兵衛は廊下へ出る。

 

そして左へ。

 

右へ。

 

さらに左。

 

階段を上る。

 

「……」

 

十兵衛は止まる。

 

「待て」

 

嫌な予感がした。

 

「今、同じ場所を通ったような気がする」

 

その瞬間。

 

「十兵衛さん?」

 

後ろから声。

 

「!」

 

振り返る。

 

そこには――カナヲ。

 

「カナヲ」

 

「はい」

 

「ちょうどいいところに来た」

 

「……?」

 

十兵衛は真顔で尋ねる。

 

「庭はどこだ?」

 

カナヲは一瞬固まった。

 

「……」

 

「どうした?」

 

「……十兵衛さん」

 

「なんだ?」

 

「また迷子ですか?」

 

「……」

 

十兵衛は沈黙する。

 

「違う」

 

「違う?」

 

「これは迷子ではない」

 

「……」

 

「状況確認だ」

 

カナヲの口元が僅かに緩む。

 

「そうですか」

 

「ああ」

 

「じゃあ、案内します」

 

「頼む」

 

カナヲが歩き出す。

 

十兵衛もついていく。

 

二分後。

 

庭に到着。

 

「着きました」

 

「……」

 

十兵衛は庭を見る。

 

しのぶ。

 

カナエ。

 

蜜璃。

 

真菰。

 

錆兎。

 

義勇。

 

全員がこちらを見ている。

 

「……」

 

十兵衛は堂々と歩いていく。

 

「戻った」

 

しのぶが微笑む。

 

「おかえりなさい」

 

「ただいま」

 

「倉庫は?」

 

「……」

 

十兵衛は薬箱を見る。

 

「まだ持っている」

 

「では、どこに行っていたんですか?」

 

「屋敷内の構造を確認していた」

 

「ほう」

 

しのぶの笑顔が深くなる。

 

「迷子になったんですね?」

 

「違う」

 

「カナヲさん」

 

「はい」

 

「十兵衛さん、迷子でしたか?」

 

「はい」

 

即答。

 

「カナヲ……」

 

「事実です」

 

「……」

 

蜜璃が吹き出す。

 

「ふふっ……」

 

真菰も笑いをこらえている。

 

錆兎は顔を背ける。

 

義勇は真顔。

 

「……迷子だったな」

 

「義勇まで」

 

 

「でも」

 

カナエが優しく言う。

 

「どうして十兵衛さんは、戦場ではあれほど正確なのに、屋敷では迷子になるんでしょう?」

 

「簡単だ」

 

十兵衛が答える。

 

「戦場では地形を記憶している」

 

「はい」

 

「敵味方の位置も把握する」

 

「はい」

 

「さらに、目的地までの経路を事前に設定する」

 

「なるほど」

 

「だが、蝶屋敷では」

 

十兵衛は屋敷を見る。

 

「似たような廊下が多い」

 

「……」

 

「部屋も多い」

 

「……」

 

「そして」

 

十兵衛は真顔で言った。

 

「俺は道を覚えるのが苦手だ」

 

全員が沈黙。

 

しのぶが笑う。

 

「開き直りましたね」

 

「事実だからな」

 

「ふふっ」

 

 

すると蜜璃が手を挙げる。

 

「じゃあ、地図を作りましょう!」

 

「地図?」

 

「はい!」

 

蜜璃は紙を広げる。

 

「蝶屋敷の地図です!」

 

十兵衛の目が輝く。

 

「それはいい」

 

「ですよね!」

 

「これなら迷わない」

 

しのぶが笑う。

 

「十兵衛さん」

 

「なんだ?」

 

「その地図、持ち歩くんですか?」

 

「ああ」

 

「……」

 

「何か問題が?」

 

「いえ」

 

しのぶは微笑んだ。

 

「とても似合っていると思いますよ」

 

 

数日後。

 

蝶屋敷。

 

十兵衛は廊下を歩いていた。

 

手には――地図。

 

「……」

 

角を曲がる。

 

地図を見る。

 

「右」

 

右へ。

 

また地図を見る。

 

「直進」

 

直進。

 

「階段」

 

階段を下りる。

 

「よし」

 

そして。

 

「庭だ」

 

到着。

 

十兵衛は満足そうに頷いた。

 

「完璧だ」

 

その後ろから、しのぶがやってくる。

 

「十兵衛さん」

 

「なんだ?」

 

「地図、役に立ちましたね」

 

「ああ」

 

「これで、もう迷子になりませんね」

 

「当然だ」

 

しのぶが微笑む。

 

「それなら安心です」

 

――その日の夜。

 

「……」

 

十兵衛は屋敷の廊下に立っていた。

 

手には地図。

 

「……」

 

地図を見る。

 

「……」

 

周囲を見る。

 

「……」

 

もう一度、地図を見る。

 

「……おかしい」

 

どうやら。

 

今度は地図を持ったまま迷子になったらしい。

 

「……」

 

そこへ。

 

「十兵衛さん?」

 

しのぶが現れる。

 

「……しのぶ」

 

「何をしているんですか?」

 

「……」

 

十兵衛は地図を見せる。

 

「この地図は間違っている」

 

「え?」

 

「俺はこの場所にいるはずがない」

 

しのぶが地図を見る。

 

そして周囲を見る。

 

「……十兵衛さん」

 

「なんだ?」

 

「地図を上下逆さまに持っています」

 

「…………」

 

沈黙。

 

「……なるほど」

 

しのぶはとうとう笑い出した。

 

「ふふっ……あはは……!」

 

「笑うな」

 

「だって……!」

 

「軍師にも間違いはある」

 

「ええ、そうですね」

 

しのぶは涙を拭きながら笑う。

 

「戦場では完璧なのに」

 

「……」

 

「蝶屋敷では、本当に困った人ですね」

 

十兵衛は少しだけ苦笑する。

 

「そういうこともある」

 

「ふふっ」

 

そして。

 

しのぶが手を差し出す。

 

「行きましょう」

 

「どこへ?」

 

「部屋です」

 

「……案内してくれるのか?」

 

「もちろん」

 

「助かる」

 

二人は並んで歩き始める。

 

しのぶは楽しそうに笑っていた。

 

――鬼のいない世界。

 

戦いもない。

 

命を懸ける必要もない。

 

だから今度は。

 

迷子になった軍師を、誰かが迎えに行けばいい。

 

そんな平和な日常が。

 

蝶屋敷には、今日も流れていた。

 

 

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