『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』 作:夜幻
――鬼のいない世界になってから。
蝶屋敷には、以前とは違う時間が流れていた。
戦いはない。
任務もない。
傷つく者もいない。
それでも――。
少女たちの胸の中には、まだ一つだけ解決していないものがあった。
それは。
竜牙十兵衛への想い。
◇
「……」
縁側。
しのぶは一人、月を眺めていた。
隣にはカナエ。
「しのぶ」
「はい?」
「最近、少し嬉しそうですね」
「……そうですか?」
「ええ」
カナエは微笑む。
「十兵衛さんが近くにいる時、とても楽しそうです」
「……」
しのぶは黙る。
「姉さん」
「なに?」
「私は……」
言葉が出てこない。
しばらくして。
「……あの人のことが好きなのかもしれません」
カナエは驚かない。
ただ優しく笑った。
「やっぱり」
「気づいていました?」
「もちろん」
「……」
「だって、しのぶは分かりやすいもの」
「そんなことありません」
「ありますよ」
カナエはくすりと笑う。
「十兵衛さんの話になると、すぐ表情が変わりますから」
「……」
しのぶは頬を少し赤くする。
「でも……」
「うん」
「まだ、本人には言えません」
「どうして?」
「……怖いんです」
「怖い?」
「はい」
しのぶは月を見る。
「もし、この気持ちを伝えて……今の関係が変わってしまったら」
「……」
「相棒として隣にいられなくなるのが、一番怖い」
カナエは妹の手を握った。
「大丈夫ですよ」
「姉さん?」
「十兵衛さんは、そんな人ではありません」
「……」
「きっと、どんな気持ちでも受け止めてくれます」
しのぶは小さく笑った。
「そうだといいですね」
◇
その頃。
庭。
蜜璃は花壇の前でしゃがんでいた。
「……」
隣には真菰。
「蜜璃ちゃん」
「はい?」
「何を考えてるの?」
「えっ!?」
蜜璃の顔が一気に赤くなる。
「な、何も!」
「十兵衛さん?」
「……!」
真菰が笑う。
「やっぱり」
「うぅ……」
蜜璃は両手で頬を押さえる。
「だって……」
「うん」
「十兵衛さんって、本当に素敵なんです!」
「知ってるよ」
「強くて!」
「うん」
「優しくて!」
「うん」
「みんなを守ってくれて!」
「うん」
「でも!」
蜜璃は少し困った顔をする。
「私がどれだけ頑張っても……」
「?」
「全然、気づいてくれないんです!」
真菰が笑った。
「それは……十兵衛さんだからね」
「そうなんですよ!」
蜜璃はため息をつく。
「この前だって『大好きです!』って言ったのに」
「うん」
「『ありがとう』って!」
「……」
「普通、そこは何かありますよね!?」
真菰は苦笑した。
「十兵衛さんは、そういう人だから」
「……ですよね」
蜜璃は笑う。
「でも」
「うん?」
「好きなんです」
その笑顔には、迷いがなかった。
◇
一方。
廊下。
カナヲは一人で歩いていた。
手には一輪の花。
庭で摘んだものだった。
「……」
十兵衛の姿を見つける。
「十兵衛さん」
「カナヲか」
「はい」
「どうした?」
カナヲは花を差し出す。
「これ……」
「俺に?」
「はい」
十兵衛は受け取る。
「綺麗だな」
「……」
「ありがとう」
「どういたしまして」
カナヲはそれだけ言って、その場を離れようとする。
「カナヲ」
「はい?」
「どうして花をくれたんだ?」
「……」
カナヲは少し考える。
そして。
「好きだからです」
「花が?」
「……」
「?」
カナヲは小さく笑う。
「……そういうところです」
「?」
カナヲはそのまま歩いていった。
十兵衛は花を見つめる。
「……?」
◇
縁側。
禰豆子は十兵衛の隣に座っていた。
「ん」
「どうした?」
禰豆子が十兵衛の袖を掴む。
「……」
離さない。
「禰豆子?」
「んー……」
「眠いのか?」
「……」
首を横に振る。
「じゃあ、どうした?」
禰豆子は少し考える。
そして。
十兵衛の肩に頭を預けた。
「……」
十兵衛は驚く。
「今日は甘えたい気分なのか?」
「ん」
「そうか」
十兵衛は何も言わず、そのままにする。
少し離れた場所。
しのぶがその光景を見ていた。
「……」
蜜璃も見ている。
真菰も。
カナヲも。
少女たちの視線が集まる。
しかし。
当の本人だけは。
「平和になってよかったな」
などと呑気に呟いていた。
◇
その夜。
少女たちは、偶然一つの部屋に集まった。
しのぶ。
カナエ。
蜜璃。
真菰。
カナヲ。
禰豆子。
そして――産屋敷四姉妹もいた。
「……」
静かな沈黙。
蜜璃が口を開く。
「みなさん」
「はい?」
カナエが振り返る。
「十兵衛さんのこと……」
「……」
全員が黙る。
「好きですよね?」
「……」
否定する者はいなかった。
しのぶが苦笑する。
「蜜璃さん」
「はい」
「あなた、随分と大胆ですね」
「だって隠しても仕方ないですから!」
真菰が笑う。
「確かに」
カナヲも小さく頷く。
「……はい」
禰豆子は。
「ん」
と頷いた。
産屋敷四姉妹も顔を見合わせる。
「私たちも……」
「うん」
「十兵衛様は……」
「大切な人」
その言葉に、しのぶは少し驚いた。
けれど。
嫌な気持ちにはならなかった。
なぜなら。
みんなの想いは同じだったから。
――十兵衛に幸せになってほしい。
それだけだった。
◇
「でも」
真菰が言う。
「一番の問題は……」
「十兵衛さんですね」
カナエが続ける。
「そうです」
しのぶがため息をつく。
「本人が全く気づいていません」
蜜璃が頭を抱える。
「どうしましょう……」
カナヲが真顔で答える。
「直接言うしかないと思います」
「……」
全員が黙る。
「……それが一番難しいんです」
しのぶが呟く。
真菰が笑う。
「じゃあ、みんなで頑張ろう」
「はい!」
蜜璃が元気よく答える。
「私も!」
カナヲも頷く。
「……はい」
禰豆子も。
「ん!」
産屋敷四姉妹も笑う。
カナエはそんな少女たちを見て微笑んだ。
「ふふっ」
そして。
「恋って、不思議ですね」
しのぶが頷く。
「ええ」
「敵もいない」
「はい」
「戦う必要もない」
「はい」
「なのに」
カナエは楽しそうに笑った。
「一番難しい戦いが始まりそうですね」
◇
翌朝。
十兵衛は庭で一人、刀の手入れをしていた。
そこへ少女たちが次々と現れる。
「十兵衛さん!」
「おはようございます!」
「今日は一緒に朝食を――」
「花を見に行きませんか?」
「団子もあります!」
「……?」
十兵衛は少女たちを見る。
「今日はみんな、随分と積極的だな」
「……」
少女たちが顔を見合わせる。
そして。
全員が思った。
――今度こそ。
――少しでも、この鈍感な軍師に気持ちを伝える。
だが。
「みんな仲が良くていいな」
「…………」
「?」
十兵衛は満足そうに笑っていた。
少女たちは一斉に頭を抱える。
「「「……鈍感すぎる!」」」
蝶屋敷に。
今日も平和な笑い声が響いた。
そして。
戦いが終わった今。
少女たちにとっての「新しい戦い」が。
静かに始まろうとしていた。