『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』   作:夜幻

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第120話「ずっと隣にいてください」

――あの夜から、数日が経った。

 

蝶屋敷の庭には、穏やかな春の風が吹いていた。

 

かつては傷ついた隊士たちが運び込まれ、慌ただしい声が飛び交っていた場所。

 

今は、鳥の声と少女たちの笑い声が聞こえるだけだった。

 

鬼はいない。

 

戦いもない。

 

誰かが命を落とすこともない。

 

そんな平和な日々の中で――。

 

胡蝶しのぶは、一つの決意を固めていた。

 

「……今日こそ」

 

縁側で小さく呟く。

 

昨日も。

 

一昨日も。

 

言おうと思っていた。

 

けれど。

 

「十兵衛さん」

 

と呼びかけるたびに、胸が高鳴ってしまう。

 

「……本当に、困った人です」

 

しのぶは苦笑する。

 

あれほど戦場では冷静な人なのに。

 

恋愛のことになると、どうしてこうも鈍感なのだろう。

 

「でも……」

 

しのぶは胸に手を当てる。

 

「もう、逃げません」

 

 

「しのぶ」

 

「……!」

 

振り返る。

 

そこには十兵衛が立っていた。

 

「こんなところにいたのか」

 

「はい」

 

「何か考え事か?」

 

「少しだけ」

 

「そうか」

 

十兵衛は隣に腰を下ろす。

 

「今日は天気がいいな」

 

「そうですね」

 

二人並んで庭を見る。

 

しばらく沈黙が続く。

 

けれど。

 

その沈黙は、不思議と心地よかった。

 

「十兵衛さん」

 

「なんだ?」

 

「以前、私がお願いしたことを覚えていますか?」

 

「もちろん」

 

「……本当に?」

 

「ああ」

 

十兵衛は迷いなく答えた。

 

「これからも隣にいる、という約束だろう?」

 

「……」

 

しのぶの頬が赤くなる。

 

「覚えていてくれたんですね」

 

「忘れるわけがない」

 

「……そうですか」

 

しのぶは嬉しそうに笑った。

 

「では」

 

少しだけ間を置いて。

 

「もう一つ、お願いしてもいいですか?」

 

「構わない」

 

「今度のお願いは……」

 

しのぶは十兵衛を見る。

 

「もっとわがままです」

 

「それでも聞こう」

 

「……」

 

しのぶは深呼吸した。

 

そして。

 

「ずっと隣にいてください」

 

「……」

 

十兵衛は黙った。

 

しのぶの心臓が大きく跳ねる。

 

「……嫌、ですか?」

 

「いや」

 

十兵衛は首を横に振る。

 

「嫌ではない」

 

「では……」

 

「ただ」

 

十兵衛は少し考える。

 

「ずっと、というのはどのくらいだ?」

 

「……」

 

しのぶの表情が固まる。

 

「……本当に、そういうところですよ」

 

「?」

 

「なんでもありません」

 

しのぶは小さく笑った。

 

「ずっとです」

 

「ずっと?」

 

「はい」

 

「明日も?」

 

「はい」

 

「来年も?」

 

「はい」

 

「十年後も?」

 

「……はい」

 

「その先も?」

 

「……はい」

 

しのぶは恥ずかしそうに頷く。

 

「私が……ずっと隣にいてほしいと思う限り」

 

十兵衛は静かにしのぶを見る。

 

そして。

 

「ああ」

 

短く答えた。

 

「分かった」

 

「……」

 

「俺もそうする」

 

「……本当に?」

 

「ああ」

 

「どうして?」

 

十兵衛は少し考えてから答える。

 

「しのぶの隣は、居心地がいいからだ」

 

「……」

 

「それに」

 

十兵衛は微笑んだ。

 

「俺も、しのぶのことを大切に思っている」

 

しのぶの瞳が揺れる。

 

「……大切に?」

 

「ああ」

 

「それは……」

 

聞きたい。

 

けれど。

 

怖い。

 

だから、しのぶはあえて聞かなかった。

 

今は。

 

この言葉だけで十分だった。

 

「……ありがとうございます」

 

しのぶは笑う。

 

「私も、十兵衛さんを大切にします」

 

 

少し離れた場所。

 

「……!」

 

蜜璃が木の陰から二人を見ていた。

 

隣には真菰。

 

さらにカナヲ、禰豆子、カナエ、産屋敷四姉妹。

 

「言った……」

 

蜜璃が小声で呟く。

 

「しのぶちゃん、言ったよ!」

 

真菰が微笑む。

 

「うん」

 

カナヲはじっと二人を見る。

 

「……羨ましい」

 

「カナヲちゃん!?」

 

蜜璃が驚く。

 

カナヲは少し頬を赤くした。

 

「私も……いつか」

 

「うん!」

 

蜜璃が力強く頷く。

 

「みんなで頑張りましょう!」

 

「はい」

 

「ん!」

 

禰豆子も頷く。

 

カナエは妹の姿を見ながら、優しく微笑んでいた。

 

「しのぶ」

 

「……」

 

「よかったですね」

 

 

夕方。

 

しのぶと十兵衛は庭を歩いていた。

 

「今日は、ありがとうございました」

 

「何のことだ?」

 

「……もう」

 

しのぶは笑う。

 

「私のお願いを聞いてくれたことです」

 

「当然のことをしただけだ」

 

「それでもです」

 

しのぶは立ち止まる。

 

「十兵衛さん」

 

「なんだ?」

 

「私……昔は、未来なんていらないと思っていました」

 

「……」

 

「姉さんを失ったら、私も鬼を倒すためだけに生きて……最後には」

 

言葉を止める。

 

「でも」

 

しのぶは空を見る。

 

「今は違います」

 

「……」

 

「明日が楽しみです」

 

「それはよかった」

 

「明後日も」

 

「ああ」

 

「来年も」

 

「ああ」

 

「十年後も」

 

「ああ」

 

しのぶは微笑む。

 

「……ずっと」

 

十兵衛が頷く。

 

「ああ」

 

「ずっとですからね」

 

「約束する」

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

しのぶはそっと目を閉じた。

 

「……ありがとうございます」

 

心の中で。

 

もう一度だけ呟く。

 

――私は、あなたの隣で生きたい。

 

復讐ではなく。

 

怒りでもなく。

 

誰かを守るために自分を犠牲にするのでもなく。

 

ただ、一人の少女として。

 

好きな人の隣で。

 

笑っていたい。

 

 

その夜。

 

しのぶは自室の机に向かっていた。

 

一枚の紙を取り出す。

 

そこには。

 

今日の日付。

 

そして、一言。

 

『ずっと隣にいてください』

 

しのぶはそれを見つめて、微笑む。

 

「……願いが一つ、叶いましたね」

 

窓の外には、月。

 

静かな夜。

 

そして――。

 

明日という未来。

 

かつてのしのぶなら、想像すらできなかった未来だった。

 

けれど今は。

 

その未来を、一緒に歩いてくれる人がいる。

 

「十兵衛さん」

 

小さく名前を呼ぶ。

 

「これからも……よろしくお願いします」

 

――戦いの時代は終わった。

 

だから今度は。

 

守るために戦うのではなく。

 

幸せになるために、生きていく。

 

その隣には。

 

竜牙十兵衛。

 

そして。

 

胡蝶しのぶ。

 

二人の新しい物語が、静かに始まっていた。

 

 

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