『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』   作:夜幻

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第121話「最強無双の天然軍師」

――鬼のいない世界。

 

戦いが終わってから、しばらくの時が流れた。

 

蝶屋敷にも、以前とは比べものにならないほど穏やかな時間が流れている。

 

庭では花が咲き。

 

縁側では少女たちが笑い。

 

食事の時間になれば、皆で食卓を囲む。

 

かつて鬼殺隊の本部として緊張感に包まれていた場所も、今ではすっかり「普通の家」のようになっていた。

 

ただし。

 

一人だけ。

 

「…………」

 

庭の中央で、十兵衛が腕を組んでいた。

 

「これは困ったな」

 

「どうしました?」

 

しのぶが声をかける。

 

「道が分からない」

 

「……」

 

しのぶは目を細める。

 

「ここ、蝶屋敷の庭ですよ?」

 

「そうだ」

 

「目の前に屋敷がありますよね?」

 

「ああ」

 

「では、なぜ迷うんです?」

 

「庭が広い」

 

「……」

 

しのぶは深いため息をついた。

 

「本当に、あなたは最強の軍師なんですか?」

 

「もちろんだ」

 

「では、どうして自分のいる場所が分からないんです?」

 

「戦場では迷わない」

 

「戦場じゃなくて庭です」

 

「……」

 

十兵衛は真剣に考えた。

 

「なるほど」

 

「何がなるほどなんですか?」

 

「庭は戦場ではないからだ」

 

「屁理屈ですよ、それ」

 

 

そこへ。

 

「十兵衛さーん!」

 

蜜璃が走ってくる。

 

「ここにいたんですね!」

 

「ああ」

 

「探しました!」

 

「なぜ?」

 

「だって、お昼ご飯ですよ!」

 

「……」

 

十兵衛の表情が変わった。

 

「昼食か」

 

「はい!」

 

「それなら急ごう」

 

「ふふっ」

 

蜜璃は嬉しそうに笑う。

 

「十兵衛さんって、ご飯の時だけ反応が早いですよね」

 

「食事は重要だからな」

 

「軍略みたいに言わないでください!」

 

 

食堂。

 

すでに全員が揃っていた。

 

カナエ。

 

しのぶ。

 

蜜璃。

 

真菰。

 

カナヲ。

 

禰豆子。

 

冨岡蔦子。

 

産屋敷四姉妹。

 

そして十兵衛。

 

「いただきます」

 

全員が箸を取る。

 

「……」

 

十兵衛は料理を一口食べた。

 

「美味い」

 

蔦子が嬉しそうに笑う。

 

「本当ですか?」

 

「ああ」

 

「よかった」

 

すると蜜璃が。

 

「私が作ったおかずも食べてください!」

 

「分かった」

 

カナエも。

 

「こちらもどうぞ」

 

「ありがとう」

 

しのぶも。

 

「十兵衛さん、これも」

 

「……」

 

十兵衛の前に次々と料理が並ぶ。

 

「皆、今日は随分と食べさせようとするな」

 

少女たちが顔を見合わせる。

 

「……」

 

真菰が小声で言った。

 

「みんな、考えることは同じなんだね」

 

カナヲが頷く。

 

「……はい」

 

禰豆子も。

 

「ん」

 

産屋敷四姉妹も微笑む。

 

十兵衛はそんな少女たちを見て。

 

「仲が良くて何よりだ」

 

「…………」

 

しのぶが額を押さえた。

 

「まだ気づかないんですね」

 

「何が?」

 

「なんでもありません」

 

 

午後。

 

産屋敷家。

 

今日は久しぶりに、十兵衛が産屋敷邸を訪れていた。

 

「十兵衛さん」

 

産屋敷耀哉が穏やかに笑う。

 

「こうして平和な時間を過ごせることが、何より嬉しいですね」

 

「ああ」

 

十兵衛は頷く。

 

「だが」

 

「はい?」

 

「一つ気になることがある」

 

「何でしょう?」

 

十兵衛は屋敷の庭を見渡す。

 

「以前より人の動きが増えている」

 

「……」

 

「警備の必要はない世界だが、癖で周囲を分析してしまう」

 

耀哉は微笑んだ。

 

「それも十兵衛さんらしいですね」

 

「軍師だからな」

 

「戦いが終わっても?」

 

「ああ」

 

十兵衛は真面目に答えた。

 

「戦いが終わったからこそ、守るべきものを見失ってはいけない」

 

「……」

 

耀哉の表情が柔らかくなる。

 

「あなたがいてくれて、本当によかった」

 

「俺もそう思う」

 

「自分で言いますか?」

 

隣にいたしのぶが思わず突っ込む。

 

「事実だからな」

 

「……」

 

カナエが笑う。

 

「十兵衛さんらしいですね」

 

 

その日の夕方。

 

庭で、真菰が十兵衛を呼び止めた。

 

「十兵衛さん」

 

「真菰か」

 

「少しだけ、付き合ってもらえますか?」

 

「構わない」

 

二人は庭を歩く。

 

「……」

 

真菰は少し緊張していた。

 

「どうした?」

 

「いえ」

 

「何か相談か?」

 

「……そういうところです」

 

「?」

 

真菰は苦笑する。

 

「十兵衛さんは、どんな時でも冷静ですね」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

「戦場ではな」

 

「今は?」

 

「……?」

 

「今も、です」

 

真菰は笑う。

 

「でも」

 

少しだけ十兵衛に近づく。

 

「私は、そんな十兵衛さんが好きですよ」

 

「そうか」

 

「……」

 

真菰が止まる。

 

「それだけですか?」

 

「ありがとう」

 

「……」

 

「嬉しい」

 

「……もう」

 

真菰は笑った。

 

「本当に鈍感なんですね」

 

 

夜。

 

十兵衛は一人、縁側に座っていた。

 

月を見上げる。

 

「……」

 

しのぶがやってくる。

 

「また一人ですか?」

 

「ああ」

 

「寂しくありません?」

 

「別に」

 

「そうですか」

 

しのぶは隣に座る。

 

「今日は、みんなと一緒にいたでしょう?」

 

「ああ」

 

「楽しかったですか?」

 

「もちろん」

 

「……」

 

しのぶは微笑む。

 

「それならよかったです」

 

「しのぶ」

 

「はい?」

 

「俺は思うんだ」

 

「何を?」

 

「俺がこの世界に来た理由は、戦うためだけじゃなかったのかもしれない」

 

しのぶは静かに聞く。

 

「鬼を倒す」

 

「はい」

 

「誰かを守る」

 

「はい」

 

「そして」

 

十兵衛は屋敷を見る。

 

そこには。

 

笑っている少女たちがいる。

 

カナエがいる。

 

蔦子がいる。

 

産屋敷四姉妹がいる。

 

そして、しのぶがいる。

 

「みんなが笑っている未来を見るためだったのかもしれない」

 

しのぶの目が優しくなる。

 

「……そうですね」

 

「だから」

 

十兵衛は笑う。

 

「俺は今、かなり満足している」

 

「……」

 

「戦いがなくてもいい」

 

「はい」

 

「刀を振らなくてもいい」

 

「はい」

 

「ただ」

 

十兵衛はしのぶを見る。

 

「みんなが幸せなら、それでいい」

 

しのぶは胸の奥が温かくなるのを感じた。

 

「……十兵衛さん」

 

「なんだ?」

 

「あなたは、本当に優しい人ですね」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

「なら、よかった」

 

 

翌朝。

 

「十兵衛さん!」

 

蜜璃の声。

 

「朝ご飯ですよ!」

 

「分かった!」

 

十兵衛が屋敷から出てくる。

 

「今日は迷わなかったんですね!」

 

「当然だ」

 

「すごい!」

 

十兵衛は得意げに頷く。

 

「昨日、庭の地形を完全に把握した」

 

「……」

 

しのぶが呟く。

 

「一晩かけて庭を攻略したんですね」

 

「当然だ」

 

「軍師の使い方、間違ってません?」

 

「何を言う」

 

十兵衛は真剣な顔で答える。

 

「未知の地形を攻略するのは軍師の基本だ」

 

「ここは庭ですよ」

 

「庭も地形だ」

 

「……」

 

カナエが笑う。

 

「ふふっ」

 

真菰も笑う。

 

蜜璃も笑う。

 

カナヲも。

 

禰豆子も。

 

産屋敷四姉妹も。

 

そして。

 

しのぶも笑った。

 

戦場を支配した最強の軍師。

 

数十手先を読み、上弦の鬼すら圧倒し、無惨を打ち破った男。

 

その男が今。

 

たった一つの庭を攻略するために、一晩かけて地図を作っている。

 

――それが。

 

竜牙十兵衛だった。

 

最強無双。

 

天才軍師。

 

そして。

 

誰よりも天然な男。

 

「さて」

 

十兵衛が歩き出す。

 

「朝食へ行くぞ」

 

「はい!」

 

少女たちが後を追う。

 

平和な朝。

 

笑い声。

 

穏やかな時間。

 

もう、誰も戦わなくていい。

 

誰も死ななくていい。

 

そして十兵衛はまだ知らない。

 

そんな平和な世界で。

 

自分を巡る「恋の戦い」が。

 

これからさらに激しくなっていくことを――。

 

 

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