『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』 作:夜幻
――藤襲山、最終選別六日目。
夜。
深い闇が山全体を包み込んでいた。
木々の隙間から見える月は薄く、森の奥からは鬼たちの呻き声が響いている。
最終選別が始まってから、六日。
参加者たちは疲弊していた。
傷を負い。
食料を失い。
眠ることさえできず。
それでも生き延びるために刀を握っている。
だが――。
その夜。
藤襲山の鬼たちは、これまでとは違う恐怖を感じていた。
「……来る」
一体の鬼が震える。
「何がだ?」
「……あいつだ」
「誰だ?」
「赤い髪の……男」
鬼の顔が歪む。
「雷みたいに現れて……俺たちの仲間を次々に殺していく……」
「たった一人の人間だろう?」
「違う……!」
鬼は首を横に振った。
「あれは……人間なんかじゃない」
――その直後。
紫電が森を駆け抜けた。
バァンッ!
「ぎゃあああああっ!」
鬼の首が宙を舞う。
竜牙十兵衛。
刀を振り抜いた姿勢のまま、静かに立っていた。
「一体」
刀を納める。
「残り――」
十兵衛は目を閉じる。
全集中・常中。
耳を澄ます。
遠く。
微かな悲鳴。
さらに。
その奥から鬼の気配が三つ。
「……北西」
十兵衛が歩き出す。
「行くぞ」
「うん!」
後ろから真菰が追いつく。
さらに錆兎も続く。
「またか?」
「ああ」
「お前、本当に休まないな」
「まだ助けられる人がいる」
「……そう言うと思った」
錆兎は苦笑した。
◇
北西の森。
「逃げろ!」
一人の少年が叫んでいた。
その前には。
三体の鬼。
「もう逃げられないぞ!」
「喰わせろ!」
「その血……美味そうだ!」
少年は刀を構える。
しかし腕は震えている。
体力は限界。
「くそ……!」
鬼が飛びかかる。
――その瞬間。
「水の呼吸――!」
真菰が割って入った。
「弐ノ型――水車!」
身体を回転させながら斬撃を放つ。
鬼の腕が切断される。
「今だよ!」
少年が走る。
「ありがとう!」
「東へ!」
真菰が叫ぶ。
「藤の花が見える場所まで逃げて!」
「はい!」
少年が駆け去る。
「邪魔をするなぁ!」
鬼が真菰へ迫る。
しかし。
「――遅い」
十兵衛が鬼の横を通り過ぎた。
紫電。
「雷の呼吸――拾壱ノ型」
刀が閃く。
「紫電一閃」
――ズバッ!
鬼の首が落ちる。
「なっ――!」
残った二体が怯える。
十兵衛は振り返る。
「どうした?」
「来るな!」
「……」
「化け物め!」
十兵衛は少し首を傾げた。
「俺は人間だ」
その言葉と同時に。
真菰が残った鬼の懐へ入る。
「十兵衛!」
「ああ」
呼吸が重なる。
雷。
水。
そして。
十兵衛の日輪刀が赫く染まった。
「日の呼吸――」
真菰が鬼の動きを止める。
「円舞!」
――ズバァッ!
最後の二体が灰になる。
静寂。
「……」
真菰が息を整える。
「終わったね」
「ああ」
十兵衛は頷いた。
だが。
「まだだ」
「え?」
「西から五体」
錆兎が目を見開く。
「五体!?」
「ああ」
「分かるのか?」
「足音と匂いだ」
「……」
錆兎は苦笑する。
「本当に化け物だな」
「褒め言葉か?」
「半分は」
◇
それから。
十兵衛たちは夜通し戦った。
鬼を倒す。
負傷者を救う。
安全な場所へ送る。
再び鬼を探す。
その繰り返し。
そして。
夜が最も深くなった頃。
十兵衛は突然立ち止まった。
「……」
空気が変わった。
真菰が尋ねる。
「どうしたの?」
「強い鬼がいる」
錆兎の表情が引き締まる。
「どれくらい?」
「これまでとは比べ物にならない」
「……」
「かなり危険だ」
真菰が刀を握る。
「行く?」
「ああ」
十兵衛は前を向く。
「だが」
「うん?」
「今回は俺が先に行く」
◇
森の奥。
そこに。
巨大な鬼がいた。
異様な身体。
幾つもの腕。
そして。
無数の顔。
「……」
鬼が笑う。
「人間……?」
十兵衛は止まる。
「鬼だな」
「そうだ」
鬼は笑った。
「私は強いぞ」
「そうか」
「この山で何人も殺した」
「……」
「お前も殺してやろう」
鬼が腕を振り上げる。
「まずは――」
その腕が。
突然吹き飛んだ。
「……?」
鬼が呆然とする。
十兵衛の刀が。
すでに抜かれていた。
「何をした?」
「斬った」
「いつ――」
「今だ」
鬼の顔が引きつる。
「貴様……!」
腕が再生する。
さらに。
十兵衛の背後から。
「十兵衛!」
真菰の声。
巨大な腕が迫る。
十兵衛は振り返らない。
「真菰」
「はい!」
「俺の背後を頼む」
「分かった!」
真菰が鬼の攻撃を受け止める。
錆兎も加勢。
「俺もいる!」
十兵衛は前を見る。
「なら――」
刀を構える。
「終わらせる」
鬼が咆哮。
「人間ごときがぁぁぁ!」
巨大な腕が雨のように降り注ぐ。
十兵衛は走る。
雷の呼吸。
壱ノ型。
「霹靂一閃!」
紫電。
一つ。
二つ。
三つ。
無数の腕をすり抜ける。
だが。
「そこだ!」
鬼が十兵衛を捉える。
巨大な腕が振り下ろされる。
「――!」
十兵衛が跳ぶ。
空中で身体を捻る。
「日の呼吸――玖ノ型」
「斜陽転身」
横一文字。
腕が斬れる。
着地。
同時に。
「雷の呼吸――拾弐ノ型」
刀身が紫電を纏う。
「八雷神大御神」
――ドドドドドッ!
八方向。
同時に放たれる神速の斬撃。
鬼の身体が切り刻まれる。
「な……!」
しかし。
再生。
「私を殺せると思うな!」
十兵衛は静かに刀を構え直した。
「なら」
呼吸が変わる。
雷の速度。
日の熱。
「もう一段階、上げる」
◇
真菰と錆兎は、離れた場所から見ていた。
「……」
真菰が呟く。
「十兵衛……」
「凄いな」
錆兎も息を呑む。
「でも」
真菰は気づいていた。
十兵衛の呼吸が。
ほんの少しだけ変化している。
「十兵衛……無理してる?」
「……!」
錆兎も気づく。
「ああ」
十兵衛は強い。
だが。
決して無限ではない。
「俺たちも行くぞ!」
「うん!」
二人が駆け出す。
その瞬間。
「来るな!」
十兵衛の声が響いた。
「でも!」
「俺が隙を作る!」
鬼が十兵衛へ集中する。
「貴様ぁぁぁ!」
十兵衛は真正面から迎え撃つ。
「――日の呼吸」
刀が赫く輝く。
「拾弐ノ型――炎舞!」
二連撃。
さらに。
「雷の呼吸――拾壱ノ型」
紫電。
「紫電一閃!」
雷と日の斬撃が連続する。
鬼の首へ。
刃が入る。
「ぐ……!」
あと少し。
だが。
鬼の再生速度が上回る。
「……!」
十兵衛は目を細める。
そして。
「そういうことか」
弱点を見抜く。
「お前は――首だけを狙えばいいわけじゃない」
鬼の身体。
再生。
腕。
血鬼術。
その全てを分析する。
「再生の起点は……」
十兵衛の瞳が鋭くなる。
「そこだ」
鬼の胸元。
刃が突き刺さる。
「ぐあああああっ!」
動きが止まる。
「錆兎!」
「ああ!」
「真菰!」
「任せて!」
二人が同時に駆ける。
「水の呼吸!」
「水車!」
「十兵衛!」
「――今だ」
十兵衛が踏み込む。
雷。
日の呼吸。
二つを完全に重ねる。
「雷・日の呼吸――」
紫電が走る。
赫き刃が夜を裂く。
「――日輪・紫電」
――ズバァァァンッ!
鬼の首が。
完全に断ち切られた。
「……」
鬼の身体が崩れる。
「馬鹿な……」
「私が……」
「こんな……」
灰となって消えていく。
◇
戦いが終わった。
森には静寂が戻る。
真菰が十兵衛へ駆け寄る。
「十兵衛!」
「ああ」
「大丈夫?」
「問題ない」
「本当に?」
「本当だ」
真菰は十兵衛の顔を見る。
「……嘘」
「?」
「少し疲れてる」
「……」
「隠さないで」
十兵衛は黙る。
錆兎も近づいてくる。
「真菰の言う通りだ」
「……」
「お前は一人で全部やろうとしすぎる」
十兵衛は二人を見る。
そして。
「……すまない」
「謝る必要はない」
錆兎が笑う。
「ただ、頼ってくれ」
「俺たちにも」
真菰が続ける。
「うん」
十兵衛は静かに頷いた。
「分かった」
◇
そして。
東の空が。
ほんの僅かに白み始めた。
「……朝だ」
真菰が呟く。
十兵衛は空を見る。
暗闇の向こう。
新しい光が生まれている。
「日が昇る」
錆兎が笑う。
「ああ」
十兵衛は刀を納めた。
「夜が終わる」
その言葉と同時に。
山の向こうから。
一筋の光が差し込んだ。
それは。
闇を切り裂く日輪。
そして。
十兵衛の赫き刀身に反射して。
まるで紫電のように輝いた。
――日輪、夜を裂く。
それは。
最終選別の終わりを告げる光ではない。
新しい運命の始まりを告げる光だった。
真菰が十兵衛の隣に立つ。
錆兎も並ぶ。
三人は。
昇りゆく太陽を見つめていた。
「十兵衛」
「なんだ?」
「これからも一緒にいようね」
「ああ」
十兵衛は頷く。
「もちろんだ」
その言葉を。
真菰は大切に胸へ刻んだ。
――本来ならば。
この朝を迎えることのできなかった二人。
錆兎。
真菰。
しかし。
竜牙十兵衛が選んだ「救済」という道によって。
二人は生きている。
そして。
この瞬間。
鬼殺隊の未来そのものが。
大きく変わり始めた。