『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』 作:夜幻
――藤襲山、最終選別七日目。
朝日が昇った。
山を覆っていた闇が、ゆっくりと消えていく。
木々の間から差し込む陽光。
それを見た瞬間。
十兵衛は静かに息を吐いた。
「……朝か」
隣では、真菰が目を細めている。
「綺麗だね」
「ああ」
錆兎も空を見上げる。
「やっと終わったな」
「いや」
十兵衛が答える。
「まだ終わっていない」
「え?」
錆兎が振り向く。
「最終選別の終了条件は?」
「七日間の生存だろ?」
「そうだ」
十兵衛は頷く。
「ならば、日没までに鬼を残さない」
「……何?」
錆兎が目を見開いた。
「鬼を?」
「ああ」
「この山にいる鬼を全部?」
「そうだ」
真菰も驚く。
「十兵衛……」
「どうした?」
「最終選別って、本当にそこまでするものなの?」
「必要だからな」
「必要?」
「鬼を残せば、次の参加者が殺される」
十兵衛は山を見渡す。
「なら、俺が処理する」
あまりにも自然な口調。
錆兎は苦笑した。
「……やっぱりお前は普通じゃない」
「そうか?」
「そうだよ」
◇
十兵衛は懐から地図を取り出した。
藤襲山の地形。
鬼の出現位置。
参加者の位置。
全てが記録されている。
「現在確認できる鬼は、残り十一体」
「十一体……」
真菰が呟く。
「昨夜までに三十体以上倒したはずだよね」
「ああ」
「どうしてそんなに正確に分かるの?」
「足跡、血の匂い、木々の破損、鳴き声」
「……」
「それと」
十兵衛は耳を澄ます。
「呼吸音」
「呼吸音?」
「鬼にも癖がある」
錆兎が感心したように呟く。
「そこまで分かるのか……」
「分かる」
十兵衛は地図に印をつける。
「西に二体」
「北に三体」
「南東に四体」
「そして――」
指が一点で止まる。
「東に二体」
真菰が尋ねる。
「じゃあ、どうする?」
「簡単だ」
十兵衛は地図を畳んだ。
「全員、東へ追い込む」
錆兎が目を丸くする。
「十一体を一か所に?」
「そうだ」
「危険すぎる!」
「俺たち三人なら問題ない」
「そういう話じゃ――」
「いや」
十兵衛は真剣な目で錆兎を見る。
「俺たちだけで戦うわけじゃない」
◇
十兵衛は残っている参加者たちを集めた。
「……以上だ」
十数名の剣士たちが、緊張した面持ちで話を聞いている。
「この山に残る鬼を、東側へ誘導する」
「鬼を集めるってことか?」
「そうだ」
「俺たちに何をしろと?」
「倒す必要はない」
全員が驚く。
「え?」
「鬼を見つけたら、一定距離を保って東へ誘導しろ」
「それだけ?」
「ああ」
十兵衛は地図を広げる。
「絶対に単独で戦うな」
「……」
「負傷したら即座に撤退」
「……」
「無理をする必要はない」
一人の青年が尋ねた。
「あなたは……何者なんですか?」
十兵衛は少し考えた。
「竜牙十兵衛」
「それは知っています」
「なら問題ない」
「いや、そうじゃなくて……!」
周囲から苦笑が漏れる。
真菰が小さく笑った。
「十兵衛は本当にこういうところが天然だね」
「?」
◇
作戦開始。
鬼を見つけた参加者が叫ぶ。
「いたぞ!」
「東へ!」
鬼が追いかける。
「逃げるな!」
「こっちだ!」
別の場所でも。
「鬼だ!」
「東へ誘導する!」
さらに。
「二体来た!」
「走れ!」
鬼たちが次々と移動していく。
十兵衛は森の中心から状況を把握していた。
「……予定通り」
錆兎が尋ねる。
「本当に集まるのか?」
「集まる」
「なぜ?」
「鬼は人間を追う」
「それだけ?」
「それだけで十分だ」
◇
やがて。
東側の広場。
十一体の鬼が集結した。
「人間め!」
「どこへ行った!」
「喰わせろ!」
「……」
その前に。
一人の男が立っていた。
竜牙十兵衛。
「全員揃ったな」
「……!」
鬼たちが一斉に振り向く。
「貴様!」
「またお前か!」
「この六日間……!」
十兵衛は刀を抜いた。
陽光を受けて。
刃が赫く輝く。
「ここで終わりだ」
「殺せぇぇぇ!」
十一体の鬼が一斉に襲いかかった。
――だが。
「遅い」
紫電。
十兵衛の姿が消える。
「雷の呼吸――壱ノ型」
霹靂一閃。
一体。
二体。
三体。
首が飛ぶ。
「な――!」
「速すぎる!」
残りが距離を取る。
十兵衛は止まらない。
「日の呼吸――参ノ型」
「烈日紅鏡」
左右から赫い斬撃。
二体同時に首が落ちる。
「五体」
十兵衛が呟く。
鬼たちが恐怖する。
「来るな!」
「化け物!」
「逃げろ!」
「逃がさない」
雷鳴。
「雷の呼吸――拾壱ノ型」
「紫電一閃」
紫の閃光が走る。
六体目。
七体目。
八体目。
ほぼ同時に崩れ落ちる。
残り三体。
そのうち一体が背後から襲いかかる。
「十兵衛!」
真菰が叫ぶ。
だが。
「問題ない」
十兵衛は振り返らない。
身体を沈める。
鬼の爪が頭上を通過。
その瞬間。
「日の呼吸――伍ノ型」
「火車」
鬼の頭上を飛び越える。
背後から一閃。
九体目。
残り二体。
「ふざけるなぁぁぁ!」
二体が左右から同時に襲いかかる。
「錆兎!」
「ああ!」
錆兎が片方を受け止める。
「真菰!」
「任せて!」
真菰がもう一体の動きを止める。
「十兵衛!」
「――今だ」
十兵衛が踏み込む。
「日の呼吸――拾弐ノ型」
「炎舞」
二連撃。
十体目。
そして。
最後の一体。
十兵衛の前に立つ。
「……」
鬼が震える。
「お前……」
「なんだ?」
「本当に……人間なのか?」
十兵衛は少し考えた。
「そうだ」
「嘘だ……!」
鬼が絶叫する。
「そんな人間がいるものか!」
十兵衛は刀を構える。
「なら」
呼吸を整える。
「確かめろ」
紫電。
赫き日輪。
雷と日の呼吸が一つになる。
「雷・日の呼吸――」
一歩。
踏み込み。
「日輪・紫電」
――ズバァァァンッ!
最後の鬼の首が落ちた。
灰が風に舞う。
完全な静寂。
◇
「……終わった?」
誰かが呟いた。
十兵衛は目を閉じる。
山全体の気配を探る。
北。
南。
西。
東。
「……」
しばらくして。
「終わった」
その一言。
参加者たちから。
「おおおおおっ!」
歓声が上がった。
「生き残った!」
「俺たち……生きてる!」
「鬼がいない!」
泣き出す者もいた。
錆兎はそんな光景を見ながら、十兵衛に尋ねる。
「これで本当に終わりか?」
「ああ」
「……お前が来なかったら、何人死んでいたんだろうな」
十兵衛は答えない。
「考える必要はない」
「え?」
「死ななかった」
「……」
「それだけで十分だ」
真菰が微笑む。
「うん」
◇
そして。
藤襲山の麓。
最終選別の案内役を務める白髪の少女たちが、参加者たちを見ていた。
「……生存者が多すぎます」
「こんな人数が残るなんて……」
その数。
例年とは比べものにならない。
鬼の数は決して少なくなかった。
それなのに。
大量の生存者。
そして。
その中心にいる一人の青年。
「竜牙……十兵衛」
一人が名前を呟いた。
◇
参加者たちの前に、案内役が立つ。
「最終選別は終了しました」
「皆様、お疲れ様でした」
「これより鬼殺隊士として必要なものを選んでいただきます」
だが。
一人の参加者が手を挙げた。
「あの!」
「はい?」
「俺たちが生き残れたのは、竜牙さんのおかげです!」
「……!」
別の者も声を上げる。
「俺も!」
「私も助けてもらいました!」
「何度も鬼から救ってもらった!」
「竜牙さんがいなかったら死んでました!」
次々と声が上がる。
十兵衛は困った顔をする。
「……そこまで言わなくても」
真菰が隣で笑う。
「みんな、本当に感謝してるんだよ」
「そうか」
錆兎が肩を叩く。
「素直に受け取れ」
「分かった」
◇
そして。
最後に。
十兵衛。
真菰。
錆兎。
三人が並んだ。
「……」
真菰が十兵衛の隣を見る。
錆兎もいる。
三人とも生きている。
本来なら。
ここに二人の姿はない。
だが。
今。
三人は立っている。
「十兵衛」
「なんだ?」
「ありがとう」
「何が?」
「……全部」
真菰は笑った。
「私を救ってくれて」
「当然だ」
「……うん」
真菰は嬉しそうに頷いた。
錆兎も言う。
「俺からも礼を言う」
「必要ない」
「いや、必要だ」
錆兎は笑う。
「お前のおかげで、俺はここにいる」
十兵衛は二人を見る。
「なら」
静かに答えた。
「これからも生きろ」
「ああ」
「うん」
三人は頷いた。
◇
その日の昼。
藤襲山から見える空は、雲一つない青空だった。
最終選別。
本来ならば多くの命が失われる場所。
しかし。
この世界では違った。
竜牙十兵衛が。
最終選別そのものを完全に制圧した。
鬼は全滅。
参加者の生存率は異例の高さ。
そして。
真菰と錆兎。
二人の未来は。
完全に原作とは異なる道へ進み始めた。
十兵衛は空を見上げる。
「……良い天気だ」
真菰が隣で笑う。
「そうだね」
錆兎も笑う。
「これからが本番だな」
「ああ」
十兵衛は頷く。
「鬼殺隊に入る」
その瞳に。
迷いはない。
「そして」
赫き日輪を見つめる。
「この世界から、鬼の脅威を消す」
その言葉は。
まだ誰も知らない。
遠い未来。
鬼舞辻無惨と対峙するその時まで。
竜牙十兵衛が。
鬼殺隊そのものを変革していくことを。
そして――。
救われた真菰と錆兎が。
やがて鬼殺隊の歴史を大きく変える存在になることを。
最終選別。
完全制圧。
それは終わりではない。
――本当の戦いの始まりだった。