『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』 作:夜幻
――藤襲山。
最終選別、終了。
鬼は全滅。
参加者たちは次々と山を下り始めていた。
「……」
竜牙十兵衛は、一本の道を見つめていた。
「……」
右を見る。
森。
左を見る。
森。
正面を見る。
やっぱり森。
「……」
十兵衛は地図を取り出した。
しばらく眺める。
「……おかしい」
錆兎が振り返る。
「どうした?」
「出口がない」
「……は?」
真菰も近づいてくる。
「出口がないって……?」
「ない」
十兵衛は真剣な顔で答えた。
「この山の構造が、地図と一致しない」
「いや……」
錆兎が周囲を見る。
「普通に道を下ればいいんじゃないか?」
「それは危険だ」
「危険?」
「鬼がいなくても遭難する可能性がある」
「……」
真菰が笑いを堪える。
「十兵衛」
「なんだ?」
「もしかして……」
一拍。
「迷子?」
「違う」
「……」
「これは戦略的なルート探索だ」
「迷子だね」
真菰が笑った。
「違う」
十兵衛は真剣だった。
「俺は方向音痴ではない」
「じゃあ、出口はどっち?」
「……」
十兵衛は地図を見る。
「……東」
「ここは?」
「……北」
「出口は?」
「……東」
「じゃあ、なんで北に歩いてきたの?」
「……」
十兵衛は黙った。
錆兎が頭を抱える。
「お前……」
「なんだ?」
「戦場ではあれだけ先読みするのに……」
「?」
「道だけは本当に駄目なんだな」
「……否定はできない」
◇
三十分後。
「こっちじゃない?」
真菰が指差す。
「いや」
十兵衛が首を横に振る。
「そちらは西だ」
「でも出口は東なんでしょう?」
「ああ」
「なら反対だよね?」
「……」
十兵衛は考える。
「確かに」
「ふふっ」
「何がおかしい?」
「ううん」
真菰は笑いながら歩く。
「十兵衛って、可愛いところもあるんだなって」
「可愛い?」
「なんでもない」
◇
さらに十分。
「ここ、さっき通らなかった?」
錆兎が尋ねる。
「通っていない」
「いや、あの木」
「……」
「さっき見たぞ」
真菰も木を見る。
「本当だ」
「……」
十兵衛は木の幹を見る。
そこには。
小さな傷がついていた。
「……」
「十兵衛?」
「俺がつけた傷だ」
「……」
「……」
三人の間に沈黙が落ちる。
「つまり?」
錆兎が聞く。
「同じ場所を一周した」
「やっぱり迷子じゃん!」
真菰がとうとう笑い出した。
「あはははっ!」
「……」
十兵衛は腕を組む。
「おかしい」
「何が?」
「俺は戦場で敵軍を数千単位で動かせる」
「うん」
「なのに、なぜ自分一人の位置を把握できない?」
「それが方向音痴だからじゃない?」
「……」
十兵衛は深刻な顔で考え込む。
「改善が必要だな」
「そこまで真面目に考えることなの?」
真菰がまた笑った。
◇
しばらく歩いたところで。
前方から声がした。
「十兵衛ー!」
「……?」
聞き覚えのある声。
錆兎が振り返る。
「誰だ?」
森の向こうから。
一人の少年が走ってくる。
「探したぞ!」
最終選別で十兵衛が助けた参加者だった。
「あなたたち、まだここにいたんですか?」
「出口を探している」
「出口?」
少年は首を傾げる。
「もうすぐですよ」
「……」
十兵衛が固まる。
「どこだ?」
「こっちです」
少年が指を差す。
十兵衛は地図を見る。
「……」
「十兵衛?」
「……地図では反対だ」
「地図より現地の人に聞いた方がいいと思うよ」
真菰が笑う。
「うむ」
十兵衛は頷いた。
「合理的な判断だ」
「今さら?」
◇
少年について歩くこと数分。
木々が途切れた。
その先に。
藤の花が咲き誇っている。
「……」
十兵衛が立ち止まる。
「出口だ」
「やっとだね」
真菰が微笑む。
錆兎は大きく息を吐いた。
「長かった……」
「?」
十兵衛が振り返る。
「どうした?」
「お前が迷わなければ、もっと早かった」
「……」
十兵衛は少し考える。
「そうか」
「そこで認めるんだな……」
◇
藤の花の下。
最終選別の案内役たちが待っていた。
「皆様、お疲れ様でした」
「……」
十兵衛はその場に立つ。
そして。
「質問がある」
「はい?」
「出口までの道順は、事前に説明されていたか?」
「……?」
案内役が困惑する。
「最終選別の開始時にご説明しております」
「そうか」
「……」
「覚えているか?」
真菰が小声で尋ねる。
「覚えている」
「本当に?」
「……半分」
「ふふっ」
真菰は笑う。
案内役も、何となく察したようだった。
◇
そして。
最終選別を終えた三人は、藤襲山を下ることになった。
だが。
ここで新たな問題が発生した。
「十兵衛」
「なんだ?」
「屋敷へ戻る道は分かる?」
「……」
十兵衛は沈黙する。
「分からない?」
「……分からない」
「やっぱり!」
真菰が笑う。
錆兎は空を見上げる。
「鬼より厄介な敵がいたな……」
「敵?」
「方向音痴だよ」
「……」
十兵衛は少し考える。
「では」
「うん?」
「二人についていく」
「最初からそうしてよ!」
真菰が笑った。
◇
帰り道。
三人は並んで歩く。
今度は。
十兵衛が真ん中。
右に真菰。
左に錆兎。
「これなら迷わないね」
真菰が言う。
「ああ」
十兵衛が頷く。
「合理的だ」
「……」
錆兎が苦笑する。
「お前、本当に天然だな」
「そうか?」
「そうだ」
「なら覚えておく」
少し歩いて。
真菰がそっと十兵衛の袖を掴んだ。
「……」
「真菰?」
「迷子にならないように」
「?」
「こうしておけば安心でしょ?」
「……確かに」
十兵衛は素直に頷く。
「ありがとう」
真菰は顔を赤くする。
「う、うん」
錆兎はその光景を横目で見る。
「……」
そして小さく笑った。
◇
その日の夕方。
三人は山道を下っていく。
最終選別は終わった。
鬼は全滅。
参加者たちは生き残った。
そして。
真菰も。
錆兎も。
生きている。
十兵衛は歩きながら空を見る。
「……」
夕焼け。
赤い空。
それは彼の髪の色にも似ていた。
「十兵衛」
「なんだ?」
「これから鬼殺隊に入ったら」
真菰が尋ねる。
「私たち、また一緒に戦えるかな?」
「当然だ」
十兵衛は即答した。
「三人で戦った方が効率がいい」
「……効率」
真菰は苦笑する。
「そういうところだよ」
「?」
「なんでもない」
錆兎が笑う。
「でも、俺も賛成だ」
「なら決まりだな」
三人は歩き続ける。
その背中を。
夕日が照らしていた。
◇
――この日。
竜牙十兵衛は一つの弱点を自覚した。
鬼ではない。
敵でもない。
軍略でもない。
方向音痴。
そして。
もう一つ。
彼はまだ知らない。
この先。
鬼殺隊へ入隊した彼を待っているのが。
さらなる戦いだけではないことを。
胡蝶しのぶ。
胡蝶カナエ。
栗花落カナヲ。
甘露寺蜜璃。
そして、多くの少女たち。
彼女たちはやがて。
竜牙十兵衛という男に惹かれていく。
しかし。
当の本人は。
その好意に。
最後まで気づかない。
「……ところで」
十兵衛が突然立ち止まった。
「どうした?」
錆兎が聞く。
「この道はどこへ続いている?」
「……」
「……」
真菰と錆兎は顔を見合わせる。
「十兵衛」
「なんだ?」
「私たちがいるから大丈夫だよ」
「……そうか」
十兵衛は安心したように頷いた。
そして。
三人は再び歩き出した。
――出口はどこだ?
答えは。
最初から。
仲間と共に歩いていけばいい。
そんな単純なものだった。