『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』 作:夜幻
――藤襲山・最終選別終了後。
夕暮れの山道を、三人の少年少女が歩いていた。
竜牙十兵衛。
錆兎。
真菰。
最終選別を生き抜いた三人である。
もっとも。
「……十兵衛」
「なんだ?」
「さっきから同じ場所を三回通ってるよ」
「……」
十兵衛は黙って周囲を見回した。
右には大きな岩。
左には折れた木。
そして正面には――先ほども見た藤の花。
「……確かに」
「やっぱり迷ってたんだね」
真菰が笑う。
「これは戦略的な迂回だ」
「絶対違うよ」
錆兎が呆れた。
「戦場では鬼を一瞬で追い詰めるのに、山道では迷子か」
「……」
十兵衛は真剣に考える。
「地形把握能力には改善の余地がある」
「そこは認めるんだな」
錆兎が苦笑した。
だが。
この時。
二人はまだ知らなかった。
この天然な青年が。
後に鬼殺隊の戦術そのものを変える「軍師」になることを。
◇
その日の夜。
三人は山中の小さな休憩所で休んでいた。
囲炉裏の火がぱちぱちと音を立てる。
最終選別を終えたばかりの三人にとって、初めて訪れた安息だった。
「……」
十兵衛は火を見つめていた。
「十兵衛?」
「少し考え事をしている」
「何を?」
真菰が尋ねる。
「鬼殺隊についてだ」
「鬼殺隊?」
「ああ」
十兵衛は薪を一本、火へ入れる。
「俺たちは今日、鬼を倒した」
「うん」
「だが」
その目が鋭くなる。
「鬼を倒すだけでは、鬼による被害は減らない」
錆兎が黙って聞く。
「どういう意味だ?」
「鬼が人間を襲う場所を予測できれば、被害そのものを減らせる」
「……!」
「鬼は無差別に現れるわけではない」
十兵衛は地面に指で簡単な図を描いた。
「人口密度」
「街道」
「夜間の人の移動」
「地形」
「月齢」
「天候」
「そして鬼自身の行動範囲」
次々と条件を書いていく。
「これらを分析すれば、ある程度の予測はできる」
錆兎は目を見開く。
「鬼の出現を……予測する?」
「ああ」
「そんなことが可能なのか?」
「可能性は高い」
十兵衛は即答した。
「完全ではない。だが、被害を減らすには十分だ」
真菰が感心する。
「それなら、鬼殺隊の人たちにも教えればいいんじゃない?」
「……」
十兵衛が止まる。
「どうしたの?」
「それだ」
「え?」
「それが必要だ」
十兵衛は立ち上がった。
「個人の強さだけでは限界がある」
「……」
「ならば、組織全体を強くする」
◇
十兵衛はさらに地面へ図を描いた。
「例えば、鬼殺隊士を一人ずつ配置する」
円を描く。
「これは非効率だ」
次に複数の円。
「複数人を一組として運用する」
さらに矢印。
「索敵担当」
「接敵担当」
「護衛担当」
「斬首担当」
「救護担当」
「役割を分担すればいい」
錆兎が息を呑む。
「……隊士一人一人の能力を考えて配置するのか」
「ああ」
「鬼と戦うだけじゃなく、人を守るための配置まで?」
「ああ」
真菰が微笑む。
「十兵衛らしいね」
「そうか?」
「うん」
◇
翌日。
鬼殺隊の本部。
最終選別を終えた者たちが呼び集められていた。
そこには、最終選別の監督を務めた者たちもいる。
「今回の最終選別について、一つ報告があります」
案内役の少女が話し始める。
「例年と比較して、生存者数が異常に多いことが確認されました」
「原因は?」
「……竜牙十兵衛です」
「……」
周囲がざわめく。
「彼が最終選別中、他の参加者を組織的に救助していたようです」
「組織的に?」
「はい」
「それだけではありません」
少女は一枚の紙を取り出した。
「鬼の位置を予測し、参加者を安全な区域へ誘導」
「複数の参加者を役割ごとに分け、鬼を特定区域へ追い込み」
「最後には残存鬼を一か所へ集め、一掃しています」
「……」
大人たちは言葉を失った。
「最終選別を……作戦として攻略したということか?」
「はい」
その報告を聞いていた人物の一人が呟いた。
「剣士というより……軍師だな」
◇
その頃。
本人は。
「……」
廊下を歩いていた。
「十兵衛」
錆兎が呼ぶ。
「なんだ?」
「お前、さっき呼ばれてただろ」
「ああ」
「何の話だった?」
「分からない」
「……」
「何か説明されたが、途中で眠くなった」
「お前な……」
真菰が笑う。
「軍師としては天才なのに、自分の評価には無頓着なんだね」
「評価?」
「うん」
「興味ない」
「どうして?」
「鬼を倒せれば十分だから」
「……」
錆兎と真菰は顔を見合わせた。
この男。
本当に自分が何をしているのか分かっていない。
◇
数日後。
十兵衛たちは正式な隊服を受け取った。
「これが鬼殺隊の隊服か」
十兵衛は袖を通す。
真菰が目を輝かせる。
「似合ってるよ」
「そうか?」
「うん」
錆兎も頷く。
「かなり様になってる」
「そうか」
十兵衛は鏡を見る。
そこには。
美麗な顔立ち。
赤い髪。
鋭い瞳。
そして鬼殺隊の隊服。
だが本人は。
「動きやすいな」
感想はそれだけだった。
「顔については?」
真菰が聞く。
「顔?」
「……なんでもない」
◇
そして。
十兵衛の初任務が決まった。
「鬼の出現地域?」
「はい」
隊士が説明する。
「最近、この街道付近で旅人が何人も行方不明になっています」
十兵衛は地図を見る。
「……」
数秒。
「この鬼は街道そのものを狙っていない」
「え?」
「宿場町だ」
「宿場町?」
「はい」
「次の月齢」
十兵衛が指で日付を示す。
「この日、月明かりが最も弱くなる」
「……」
「鬼はそこを狙う」
隊士は驚く。
「なぜ分かるんです?」
「条件が揃っているからだ」
十兵衛は立ち上がった。
「先回りする」
◇
数時間後。
予測地点。
鬼が現れた。
「なぜ……!」
鬼が驚く。
「なぜ俺がここにいると分かった!」
十兵衛は刀を抜く。
「お前の行動パターンを読んだ」
「そんなことが……!」
「できる」
雷。
「雷の呼吸――」
紫電。
「霹靂一閃」
――ズバッ!
鬼の首が落ちる。
任務終了。
◇
帰還後。
隊士たちの間で噂になった。
「竜牙十兵衛は凄い」
「鬼の居場所を予測する」
「仲間の配置まで決める」
「しかも本人が一番強い」
「軍師みたいだ」
その言葉が。
少しずつ広がっていった。
――天才軍師。
それが。
竜牙十兵衛の新しい異名となる。
しかし。
本人は。
「軍師?」
首を傾げる。
「俺は剣士だろ?」
真菰が笑う。
「十兵衛は十兵衛だよ」
錆兎も笑う。
「でも、軍師って呼ばれるのも悪くないんじゃないか?」
「そうか?」
「うん」
「なら任せる」
「……何を?」
「軍師の仕事」
「いや、それはお前自身だろ!」
◇
夜。
三人は並んで歩いていた。
真菰が十兵衛の隣。
錆兎が反対側。
最終選別の時と同じ。
だが。
もう三人は。
鬼殺隊士だった。
「十兵衛」
「なんだ?」
「これから、どんな鬼を倒すのかな?」
「強い鬼もいるだろう」
「怖くない?」
「怖い?」
「うん」
「……」
十兵衛は少し考えた。
「俺一人なら問題ない」
「そうじゃなくて」
「?」
「仲間が傷つくのが怖くない?」
十兵衛は黙った。
そして。
「……それは嫌だ」
静かな声だった。
「だから」
十兵衛は二人を見る。
「俺が守る」
「……」
「二人だけじゃない」
「鬼殺隊の仲間全員を」
真菰は微笑む。
「やっぱり、十兵衛だね」
錆兎も頷く。
「ああ」
その瞬間。
竜牙十兵衛という男に。
一つの道が生まれた。
最強の剣士。
異世界の武術を極めた戦闘者。
そして。
仲間を生かすために戦局を支配する天才軍師。
後に鬼殺隊の戦術体系を根底から変える男。
その名は――。
竜牙十兵衛。
――天然軍師。
ここに誕生。
◇
ただし。
「……ところで」
十兵衛が立ち止まる。
「どうした?」
錆兎が聞く。
「本部はどっちだ?」
「……」
真菰が笑う。
「十兵衛」
「なんだ?」
「軍師になる前に、まず道を覚えようね」
「……努力する」
こうして。
史上最強とも呼ばれる天才軍師の。
意外にも頼りない日常が始まった。