『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』 作:夜幻
――鬼殺隊本部。
最終選別を終え、鬼殺隊士となった竜牙十兵衛は、初めて本部での正式な任務を与えられていた。
「竜牙十兵衛さんですね?」
「ああ」
案内役の隊士が一礼する。
「本日は蝶屋敷へ向かっていただきます」
「蝶屋敷?」
「はい。負傷者の治療や機能回復訓練を行っている場所です」
「なるほど」
十兵衛は頷く。
「では、案内してくれ」
「……」
隊士が一瞬だけ固まった。
「竜牙さん」
「なんだ?」
「蝶屋敷の場所はご存じですか?」
「知らない」
「……」
即答だった。
「では、地図を」
「ああ」
十兵衛は地図を受け取った。
「これなら分かる」
数秒後。
「……」
「どうしました?」
「この地図では道順が分からない」
「え?」
「縮尺と地形情報が不足している」
「……」
隊士は苦笑した。
「竜牙さん。蝶屋敷までは私が案内します」
「助かる」
――この男。
戦場の地形なら一瞬で把握する。
だが、日常の道案内になると途端に弱くなる。
それを知らない者にとっては、まさに奇妙な人物だった。
◇
しばらくして。
森を抜けた先に、一軒の屋敷が見えた。
蝶の模様が施された門。
静かな庭。
そして。
薬草の香り。
「ここが蝶屋敷です」
「なるほど」
十兵衛は周囲を見る。
「良い場所だ」
「そうでしょう?」
案内役の隊士が笑う。
「ここには優秀な医療担当者がいますから」
「医療担当者?」
「胡蝶姉妹です」
「胡蝶……」
その名前を。
十兵衛はまだ知らなかった。
――胡蝶しのぶ。
そして。
胡蝶カナエ。
彼の人生を大きく変える二人の少女との出会いが。
今、始まろうとしていた。
◇
「お姉ちゃん!」
蝶屋敷の庭。
少女の声が響いた。
「どうしたの?」
振り返ったのは、一人の少女だった。
長い黒髪。
毛先に向かうほど紫色へと変わる髪。
蝶の髪飾り。
穏やかな笑顔。
「薬草を運んできました」
「ありがとう」
彼女は優しく微笑む。
胡蝶カナエ。
その隣に。
「姉さん、そろそろ休んだ方がいいですよ」
もう一人の少女がいた。
姉より少し小柄。
紫がかった瞳。
どこか儚げで。
しかし。
その瞳の奥には。
強い意志が宿っている。
胡蝶しのぶ。
「私は大丈夫ですよ」
「姉さんはいつもそう言います」
「ふふっ」
カナエが笑う。
「しのぶは心配性ね」
「姉さんが無理をするからです」
その時。
門の方から声がした。
「失礼する」
「……?」
しのぶが振り返る。
そこに。
一人の青年が立っていた。
赤い髪。
整った顔立ち。
鬼殺隊の隊服。
そして。
腰には日輪刀。
誰もが一瞬、目を奪われるような美麗な容姿。
しかし。
本人は自分の外見など一切気にしていない。
「竜牙十兵衛」
青年は名乗った。
「本日から鬼殺隊士として活動することになった」
「……」
しのぶは十兵衛を見つめる。
「竜牙……十兵衛さん」
「ああ」
「初めまして」
しのぶが微笑む。
「私は胡蝶しのぶです」
「そうか」
「そして、こちらが姉の――」
「胡蝶カナエです」
カナエが優しく頭を下げる。
「よろしくお願いしますね、十兵衛くん」
「こちらこそ」
十兵衛も頭を下げる。
「世話になる」
その瞬間。
しのぶは。
ほんの僅かに目を見開いた。
「……」
何だろう。
この人は。
初対面なのに。
不思議な感覚がする。
美しい。
それは間違いない。
だが。
それ以上に。
妙に落ち着いている。
まるで。
目の前にいる相手の全てを見透かしているような。
それでいて。
本人は何も気にしていないような。
「十兵衛さん」
「なんだ?」
「少し変わった方ですね」
「そうか?」
「はい」
「よく言われる」
「……ふふっ」
しのぶは思わず笑った。
◇
その後。
十兵衛は蝶屋敷の設備を見て回った。
「薬品の管理は?」
「こちらです」
「なるほど」
「何か問題がありますか?」
「いや」
十兵衛は棚を見る。
「ただ、薬草の配置を少し変えた方がいい」
「どうして?」
「使用頻度の高い薬が奥にある」
「……」
しのぶが棚を見る。
「確かに」
「治療中に取りに行く時間が無駄になる」
「なるほど」
「それと」
十兵衛は別の棚を指差す。
「包帯はここ」
「はい」
「止血剤はここ」
「はい」
「解毒剤はここ」
「……」
しのぶの目が少しずつ大きくなる。
「十兵衛さん」
「なんだ?」
「医療の知識もあるんですか?」
「多少は」
「多少……」
カナエが微笑む。
「十兵衛くん、もしかして何でもできるのかしら?」
「そんなことはない」
「例えば?」
「道に迷う」
「……」
「……」
しのぶとカナエが黙る。
「……ふふっ」
カナエが笑い出した。
「なるほど」
「何か変か?」
「いいえ」
カナエは楽しそうに笑う。
「とても親しみやすい方だと思って」
「そうか」
しのぶも口元を押さえる。
「……ふふ」
「しのぶ?」
「いえ」
しのぶは微笑む。
「少し面白い人だと思っただけです」
「そうか」
十兵衛は真顔で頷いた。
――本人は。
自分が二人を笑わせたことすら。
あまり理解していなかった。
◇
その日の夕方。
庭。
十兵衛は一人で木刀を振っていた。
「……」
静かな呼吸。
無駄のない足運び。
一閃。
木刀が空気を切り裂く。
次の瞬間。
十兵衛の姿が消えた。
――雷の呼吸。
壱ノ型。
霹靂一閃。
もちろん木刀なので斬撃は発生しない。
だが。
その速度だけで。
空気が震えた。
「……!」
縁側から見ていたしのぶが目を見開く。
「速い……」
さらに。
十兵衛は型を変える。
「日の呼吸――」
身体が滑る。
円。
弧。
回転。
流れるような連撃。
しのぶは息を呑んだ。
「……綺麗」
剣技なのに。
舞のようだった。
しかし。
その威力は。
もし本物の日輪刀なら。
鬼の首を一瞬で斬り落としているだろう。
「……」
しのぶは無意識に胸元へ手を置いた。
どうしてだろう。
この人の剣を見ていると。
胸の奥が。
少しだけ温かくなる。
◇
「見ていたのか?」
「……!」
いつの間にか。
十兵衛が目の前にいた。
「しのぶ?」
「い、いつから……?」
「今」
「……」
しのぶは苦笑する。
「驚かせないでください」
「すまない」
「いえ」
しのぶは十兵衛を見る。
「凄い剣技ですね」
「そうか?」
「はい」
「なら、しのぶもやってみるか?」
「私が?」
「ああ」
「……」
しのぶは少しだけ笑った。
「私は刀で鬼の首を斬るのが苦手ですから」
「なら、斬らなくてもいい」
「え?」
「毒を使えばいい」
「……!」
しのぶの表情が変わる。
「鬼を斬れないなら」
十兵衛は淡々と続ける。
「斬らずに殺せばいい」
「……」
「戦い方は一つじゃない」
しのぶは。
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥を。
何かが貫いたような気がした。
「……十兵衛さん」
「なんだ?」
「あなたは……」
言葉を探す。
「本当に不思議な人ですね」
「よく言われる」
「ふふっ」
しのぶは笑った。
その笑顔は。
いつもの微笑みとは。
ほんの少しだけ違っていた。
◇
夜。
蝶屋敷の廊下。
カナエとしのぶが並んで歩いていた。
「しのぶ」
「はい」
「十兵衛くん、素敵な人ね」
「……」
「どうしたの?」
「別に」
「そう?」
カナエは妹の顔を見る。
「少し嬉しそうだけど」
「そんなことありません」
「ふふっ」
「姉さん」
「何かしら?」
「からかわないでください」
カナエは優しく笑う。
「でも」
「……?」
「あの人なら」
カナエは窓の外を見る。
「しのぶを守ってくれそうね」
「……」
しのぶは答えなかった。
ただ。
心の中で。
先ほどの言葉を思い出していた。
『戦い方は一つじゃない』
その言葉が。
なぜか頭から離れなかった。
◇
その頃。
十兵衛は。
「……」
廊下の角で立ち止まっていた。
「……」
右を見る。
左を見る。
「……」
少し考える。
「部屋はどこだ?」
そこへ。
「十兵衛さん?」
「しのぶ」
「何をしているんですか?」
「部屋を探している」
「……」
しのぶは目を細める。
「まさか」
「なんだ?」
「迷子ですか?」
「違う」
「……」
「部屋の位置を確認している」
「それを世間では迷子と言うんですよ」
「そうなのか?」
「そうです」
しのぶは思わず笑った。
「こちらですよ」
「助かる」
「もう……」
しのぶが先を歩く。
十兵衛はその後ろをついていく。
「しのぶ」
「はい?」
「ありがとう」
「……」
たったそれだけ。
なのに。
しのぶの胸が。
ほんの少しだけ高鳴った。
「どういたしまして」
振り返って微笑む。
そして。
その瞬間から。
胡蝶しのぶの中で。
竜牙十兵衛という存在が。
少しずつ。
特別なものへと変わり始めていた。
――最強無双の天然軍師。
その運命を大きく変える最初の出会い。
そして。
絶対的優位メインヒロイン。
胡蝶しのぶとの物語が。
今、静かに幕を開けた。