『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』   作:夜幻

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第二章 蝶屋敷編 第15話 胡蝶しのぶ

 ――鬼殺隊本部。

 

 最終選別を終え、鬼殺隊士となった竜牙十兵衛は、初めて本部での正式な任務を与えられていた。

 

「竜牙十兵衛さんですね?」

 

「ああ」

 

 案内役の隊士が一礼する。

 

「本日は蝶屋敷へ向かっていただきます」

 

「蝶屋敷?」

 

「はい。負傷者の治療や機能回復訓練を行っている場所です」

 

「なるほど」

 

 十兵衛は頷く。

 

「では、案内してくれ」

 

「……」

 

 隊士が一瞬だけ固まった。

 

「竜牙さん」

 

「なんだ?」

 

「蝶屋敷の場所はご存じですか?」

 

「知らない」

 

「……」

 

 即答だった。

 

「では、地図を」

 

「ああ」

 

 十兵衛は地図を受け取った。

 

「これなら分かる」

 

 数秒後。

 

「……」

 

「どうしました?」

 

「この地図では道順が分からない」

 

「え?」

 

「縮尺と地形情報が不足している」

 

「……」

 

 隊士は苦笑した。

 

「竜牙さん。蝶屋敷までは私が案内します」

 

「助かる」

 

 ――この男。

 

 戦場の地形なら一瞬で把握する。

 

 だが、日常の道案内になると途端に弱くなる。

 

 それを知らない者にとっては、まさに奇妙な人物だった。

 

 ◇

 

 しばらくして。

 

 森を抜けた先に、一軒の屋敷が見えた。

 

 蝶の模様が施された門。

 

 静かな庭。

 

 そして。

 

 薬草の香り。

 

「ここが蝶屋敷です」

 

「なるほど」

 

 十兵衛は周囲を見る。

 

「良い場所だ」

 

「そうでしょう?」

 

 案内役の隊士が笑う。

 

「ここには優秀な医療担当者がいますから」

 

「医療担当者?」

 

「胡蝶姉妹です」

 

「胡蝶……」

 

 その名前を。

 

 十兵衛はまだ知らなかった。

 

 ――胡蝶しのぶ。

 

 そして。

 

 胡蝶カナエ。

 

 彼の人生を大きく変える二人の少女との出会いが。

 

 今、始まろうとしていた。

 

 ◇

 

「お姉ちゃん!」

 

 蝶屋敷の庭。

 

 少女の声が響いた。

 

「どうしたの?」

 

 振り返ったのは、一人の少女だった。

 

 長い黒髪。

 

 毛先に向かうほど紫色へと変わる髪。

 

 蝶の髪飾り。

 

 穏やかな笑顔。

 

「薬草を運んできました」

 

「ありがとう」

 

 彼女は優しく微笑む。

 

 胡蝶カナエ。

 

 その隣に。

 

「姉さん、そろそろ休んだ方がいいですよ」

 

 もう一人の少女がいた。

 

 姉より少し小柄。

 

 紫がかった瞳。

 

 どこか儚げで。

 

 しかし。

 

 その瞳の奥には。

 

 強い意志が宿っている。

 

 胡蝶しのぶ。

 

「私は大丈夫ですよ」

 

「姉さんはいつもそう言います」

 

「ふふっ」

 

 カナエが笑う。

 

「しのぶは心配性ね」

 

「姉さんが無理をするからです」

 

 その時。

 

 門の方から声がした。

 

「失礼する」

 

「……?」

 

 しのぶが振り返る。

 

 そこに。

 

 一人の青年が立っていた。

 

 赤い髪。

 

 整った顔立ち。

 

 鬼殺隊の隊服。

 

 そして。

 

 腰には日輪刀。

 

 誰もが一瞬、目を奪われるような美麗な容姿。

 

 しかし。

 

 本人は自分の外見など一切気にしていない。

 

「竜牙十兵衛」

 

 青年は名乗った。

 

「本日から鬼殺隊士として活動することになった」

 

「……」

 

 しのぶは十兵衛を見つめる。

 

「竜牙……十兵衛さん」

 

「ああ」

 

「初めまして」

 

 しのぶが微笑む。

 

「私は胡蝶しのぶです」

 

「そうか」

 

「そして、こちらが姉の――」

 

「胡蝶カナエです」

 

 カナエが優しく頭を下げる。

 

「よろしくお願いしますね、十兵衛くん」

 

「こちらこそ」

 

 十兵衛も頭を下げる。

 

「世話になる」

 

 その瞬間。

 

 しのぶは。

 

 ほんの僅かに目を見開いた。

 

「……」

 

 何だろう。

 

 この人は。

 

 初対面なのに。

 

 不思議な感覚がする。

 

 美しい。

 

 それは間違いない。

 

 だが。

 

 それ以上に。

 

 妙に落ち着いている。

 

 まるで。

 

 目の前にいる相手の全てを見透かしているような。

 

 それでいて。

 

 本人は何も気にしていないような。

 

「十兵衛さん」

 

「なんだ?」

 

「少し変わった方ですね」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

「よく言われる」

 

「……ふふっ」

 

 しのぶは思わず笑った。

 

 ◇

 

 その後。

 

 十兵衛は蝶屋敷の設備を見て回った。

 

「薬品の管理は?」

 

「こちらです」

 

「なるほど」

 

「何か問題がありますか?」

 

「いや」

 

 十兵衛は棚を見る。

 

「ただ、薬草の配置を少し変えた方がいい」

 

「どうして?」

 

「使用頻度の高い薬が奥にある」

 

「……」

 

 しのぶが棚を見る。

 

「確かに」

 

「治療中に取りに行く時間が無駄になる」

 

「なるほど」

 

「それと」

 

 十兵衛は別の棚を指差す。

 

「包帯はここ」

 

「はい」

 

「止血剤はここ」

 

「はい」

 

「解毒剤はここ」

 

「……」

 

 しのぶの目が少しずつ大きくなる。

 

「十兵衛さん」

 

「なんだ?」

 

「医療の知識もあるんですか?」

 

「多少は」

 

「多少……」

 

 カナエが微笑む。

 

「十兵衛くん、もしかして何でもできるのかしら?」

 

「そんなことはない」

 

「例えば?」

 

「道に迷う」

 

「……」

 

「……」

 

 しのぶとカナエが黙る。

 

「……ふふっ」

 

 カナエが笑い出した。

 

「なるほど」

 

「何か変か?」

 

「いいえ」

 

 カナエは楽しそうに笑う。

 

「とても親しみやすい方だと思って」

 

「そうか」

 

 しのぶも口元を押さえる。

 

「……ふふ」

 

「しのぶ?」

 

「いえ」

 

 しのぶは微笑む。

 

「少し面白い人だと思っただけです」

 

「そうか」

 

 十兵衛は真顔で頷いた。

 

 ――本人は。

 

 自分が二人を笑わせたことすら。

 

 あまり理解していなかった。

 

 ◇

 

 その日の夕方。

 

 庭。

 

 十兵衛は一人で木刀を振っていた。

 

「……」

 

 静かな呼吸。

 

 無駄のない足運び。

 

 一閃。

 

 木刀が空気を切り裂く。

 

 次の瞬間。

 

 十兵衛の姿が消えた。

 

 ――雷の呼吸。

 

 壱ノ型。

 

 霹靂一閃。

 

 もちろん木刀なので斬撃は発生しない。

 

 だが。

 

 その速度だけで。

 

 空気が震えた。

 

「……!」

 

 縁側から見ていたしのぶが目を見開く。

 

「速い……」

 

 さらに。

 

 十兵衛は型を変える。

 

「日の呼吸――」

 

 身体が滑る。

 

 円。

 

 弧。

 

 回転。

 

 流れるような連撃。

 

 しのぶは息を呑んだ。

 

「……綺麗」

 

 剣技なのに。

 

 舞のようだった。

 

 しかし。

 

 その威力は。

 

 もし本物の日輪刀なら。

 

 鬼の首を一瞬で斬り落としているだろう。

 

「……」

 

 しのぶは無意識に胸元へ手を置いた。

 

 どうしてだろう。

 

 この人の剣を見ていると。

 

 胸の奥が。

 

 少しだけ温かくなる。

 

 ◇

 

「見ていたのか?」

 

「……!」

 

 いつの間にか。

 

 十兵衛が目の前にいた。

 

「しのぶ?」

 

「い、いつから……?」

 

「今」

 

「……」

 

 しのぶは苦笑する。

 

「驚かせないでください」

 

「すまない」

 

「いえ」

 

 しのぶは十兵衛を見る。

 

「凄い剣技ですね」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

「なら、しのぶもやってみるか?」

 

「私が?」

 

「ああ」

 

「……」

 

 しのぶは少しだけ笑った。

 

「私は刀で鬼の首を斬るのが苦手ですから」

 

「なら、斬らなくてもいい」

 

「え?」

 

「毒を使えばいい」

 

「……!」

 

 しのぶの表情が変わる。

 

「鬼を斬れないなら」

 

 十兵衛は淡々と続ける。

 

「斬らずに殺せばいい」

 

「……」

 

「戦い方は一つじゃない」

 

 しのぶは。

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 

 胸の奥を。

 

 何かが貫いたような気がした。

 

「……十兵衛さん」

 

「なんだ?」

 

「あなたは……」

 

 言葉を探す。

 

「本当に不思議な人ですね」

 

「よく言われる」

 

「ふふっ」

 

 しのぶは笑った。

 

 その笑顔は。

 

 いつもの微笑みとは。

 

 ほんの少しだけ違っていた。

 

 ◇

 

 夜。

 

 蝶屋敷の廊下。

 

 カナエとしのぶが並んで歩いていた。

 

「しのぶ」

 

「はい」

 

「十兵衛くん、素敵な人ね」

 

「……」

 

「どうしたの?」

 

「別に」

 

「そう?」

 

 カナエは妹の顔を見る。

 

「少し嬉しそうだけど」

 

「そんなことありません」

 

「ふふっ」

 

「姉さん」

 

「何かしら?」

 

「からかわないでください」

 

 カナエは優しく笑う。

 

「でも」

 

「……?」

 

「あの人なら」

 

 カナエは窓の外を見る。

 

「しのぶを守ってくれそうね」

 

「……」

 

 しのぶは答えなかった。

 

 ただ。

 

 心の中で。

 

 先ほどの言葉を思い出していた。

 

『戦い方は一つじゃない』

 

 その言葉が。

 

 なぜか頭から離れなかった。

 

 ◇

 

 その頃。

 

 十兵衛は。

 

「……」

 

 廊下の角で立ち止まっていた。

 

「……」

 

 右を見る。

 

 左を見る。

 

「……」

 

 少し考える。

 

「部屋はどこだ?」

 

 そこへ。

 

「十兵衛さん?」

 

「しのぶ」

 

「何をしているんですか?」

 

「部屋を探している」

 

「……」

 

 しのぶは目を細める。

 

「まさか」

 

「なんだ?」

 

「迷子ですか?」

 

「違う」

 

「……」

 

「部屋の位置を確認している」

 

「それを世間では迷子と言うんですよ」

 

「そうなのか?」

 

「そうです」

 

 しのぶは思わず笑った。

 

「こちらですよ」

 

「助かる」

 

「もう……」

 

 しのぶが先を歩く。

 

 十兵衛はその後ろをついていく。

 

「しのぶ」

 

「はい?」

 

「ありがとう」

 

「……」

 

 たったそれだけ。

 

 なのに。

 

 しのぶの胸が。

 

 ほんの少しだけ高鳴った。

 

「どういたしまして」

 

 振り返って微笑む。

 

 そして。

 

 その瞬間から。

 

 胡蝶しのぶの中で。

 

 竜牙十兵衛という存在が。

 

 少しずつ。

 

 特別なものへと変わり始めていた。

 

 ――最強無双の天然軍師。

 

 その運命を大きく変える最初の出会い。

 

 そして。

 

 絶対的優位メインヒロイン。

 

 胡蝶しのぶとの物語が。

 

 今、静かに幕を開けた。

 

 

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