『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』   作:夜幻

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第16話 優しい姉、カナエ

 ――蝶屋敷。

 

 朝。

 

 障子の向こうから差し込む柔らかな日差しが、部屋を静かに照らしていた。

 

「……朝か」

 

 竜牙十兵衛は目を覚ました。

 

 布団から起き上がる。

 

 顔を洗い。

 

 髪を整え。

 

 隊服を着る。

 

 そして。

 

「……」

 

 廊下へ出たところで。

 

 十兵衛は立ち止まった。

 

「……」

 

 右を見る。

 

 左を見る。

 

「……」

 

 十兵衛は真剣な表情で考え込む。

 

「食事処はどこだ?」

 

 ――また迷っていた。

 

「十兵衛さん?」

 

「……しのぶ」

 

 後ろから声をかけてきたのは胡蝶しのぶだった。

 

「朝食でしたら、こちらですよ」

 

「そうか」

 

 十兵衛は素直についていく。

 

「昨日も言いましたが、蝶屋敷はそれほど広くありませんよ?」

 

「分かっている」

 

「本当ですか?」

 

「ああ」

 

「では、どうして迷ったんですか?」

 

「……」

 

 十兵衛は少し考える。

 

「昨日と廊下の景色が違って見えた」

 

「景色は変わっていません」

 

「そうか」

 

 しのぶは小さく笑った。

 

「ふふっ。本当に不思議な人ですね」

 

 ◇

 

 朝食の席。

 

「おはよう、十兵衛くん」

 

「おはよう」

 

 胡蝶カナエが柔らかな笑顔で迎える。

 

 朝食が並ぶ。

 

 味噌汁。

 

 焼き魚。

 

 漬物。

 

 そして。

 

「おにぎりもありますよ」

 

「……!」

 

 十兵衛の目が僅かに輝いた。

 

「おにぎりか」

 

「ええ。好きなの?」

 

「ああ」

 

 十兵衛は素直に頷く。

 

「携帯性に優れている」

 

「……」

 

 しのぶが微妙な顔をする。

 

「そういう理由なんですか?」

 

「食べやすい」

 

「まあ、確かにそうだけど……」

 

 カナエが楽しそうに笑う。

 

「あらあら。十兵衛くんは実用性を重視するのね」

 

「そうだ」

 

「でも、美味しいから好きでもいいのよ?」

 

「……」

 

 十兵衛はおにぎりを見る。

 

 一口。

 

「……美味しい」

 

 カナエが微笑む。

 

「でしょう?」

 

「うん」

 

「それなら、それでいいの」

 

 その穏やかなやり取りを。

 

 しのぶは静かに眺めていた。

 

 ◇

 

 朝食後。

 

 カナエは庭で薬草の手入れをしていた。

 

「カナエ」

 

「何かしら?」

 

「何をしている?」

 

「薬草のお世話よ」

 

「手伝おう」

 

「まあ」

 

 カナエは少し驚いた。

 

「ありがとう、十兵衛くん」

 

 二人で庭へ入る。

 

 十兵衛は薬草を観察する。

 

「これは?」

 

「薬効の強い薬草よ」

 

「こちらは?」

 

「傷薬に使うもの」

 

「なるほど」

 

 十兵衛は頷く。

 

「蝶屋敷では、かなり多くの薬を扱っているんだな」

 

「ええ」

 

「戦闘部隊の後方支援として重要だ」

 

「……」

 

 カナエの手が止まる。

 

「後方支援?」

 

「ああ」

 

 十兵衛は淡々と語る。

 

「戦闘員がどれだけ強くても、負傷者を治療できなければ継戦能力は落ちる」

 

「……」

 

「だから」

 

 十兵衛は薬草を見る。

 

「カナエたちの仕事は、鬼殺隊にとって非常に重要だ」

 

 カナエは目を細める。

 

「……ありがとう」

 

「なぜ礼を言う?」

 

「私たちの仕事を、そんな風に見てくれる人は少ないから」

 

「そうなのか?」

 

「ええ」

 

 カナエは微笑む。

 

「多くの人は、鬼を倒す剣士の方が凄いと思うでしょう?」

 

「それは間違いだ」

 

 十兵衛は即答した。

 

「戦う者だけでは組織は成立しない」

 

「……」

 

「食事を作る者」

 

「薬を作る者」

 

「情報を集める者」

 

「負傷者を運ぶ者」

 

「刀を作る者」

 

「全員が必要だ」

 

 カナエはしばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……本当に優しいのね」

 

「?」

 

「なんでもないわ」

 

 ◇

 

 昼。

 

 蝶屋敷へ負傷した隊士が運び込まれてきた。

 

「お願いします!」

 

「腕を負傷しています!」

 

「こちらへ!」

 

 屋敷内が一気に慌ただしくなる。

 

 しのぶが指示を出す。

 

「こちらへ運んでください!」

 

「はい!」

 

 カナエも動く。

 

「止血を!」

 

「分かりました!」

 

 十兵衛は少し離れた場所から状況を見ていた。

 

「……」

 

 そして。

 

「しのぶ」

 

「はい?」

 

「この患者は右腕の骨折だけではない」

 

「え?」

 

「左脚にも損傷がある」

 

 しのぶが確認する。

 

「……本当です」

 

「それと」

 

 十兵衛は患者の顔を見る。

 

「呼吸が浅い」

 

「……!」

 

 カナエがすぐに対応する。

 

「しのぶ、肺の確認を」

 

「はい!」

 

 十兵衛は負傷者の肩を支える。

 

「大丈夫だ」

 

「……う……」

 

「ここは安全だ」

 

 その声は。

 

 戦場で鬼を斬る時とは違って。

 

 驚くほど穏やかだった。

 

 やがて。

 

 患者の呼吸が安定する。

 

「……助かった」

 

 隊士が呟く。

 

 カナエは十兵衛を見る。

 

「ありがとう」

 

「俺は何もしていない」

 

「いいえ」

 

 カナエは微笑む。

 

「あなたが気づいてくれたから、この人を救えたのよ」

 

「……そうか」

 

 十兵衛は少し照れたように視線を逸らした。

 

 それを見たカナエは。

 

 少しだけ笑った。

 

 ◇

 

 夕方。

 

 庭。

 

 カナエは一人で空を見上げていた。

 

「……」

 

 その隣に十兵衛が立つ。

 

「何か悩み事か?」

 

「……」

 

 カナエは驚く。

 

「分かるの?」

 

「顔を見れば分かる」

 

「……」

 

「違ったか?」

 

「いいえ」

 

 カナエは微笑む。

 

「少しだけ」

 

「話せるなら聞く」

 

「……」

 

 カナエは空を見る。

 

「しのぶのこと」

 

「しのぶ?」

 

「ええ」

 

 カナエの声が少しだけ寂しくなる。

 

「しのぶは、とても頑張っているでしょう?」

 

「ああ」

 

「でも」

 

 カナエは胸元に手を置く。

 

「私のように鬼の首を斬れないことを、ずっと気にしているの」

 

「……」

 

「だから、いつか」

 

 カナエは笑った。

 

「しのぶが無理をしなくてもいい方法を見つけたいの」

 

「もう見つけ始めている」

 

「え?」

 

「毒だ」

 

 十兵衛は静かに答える。

 

「しのぶは、剣で鬼の首を斬れない」

 

「ええ」

 

「なら別の方法で倒せばいい」

 

「……」

 

「それは弱さではない」

 

 十兵衛はカナエを見る。

 

「自分に合った戦い方を選んでいるだけだ」

 

 カナエは目を見開く。

 

「……十兵衛くん」

 

「しのぶは強い」

 

「……」

 

「だから、守ってやってくれ」

 

 カナエは少し驚いた。

 

「私が?」

 

「ああ」

 

「あなたではなく?」

 

「俺も守る」

 

「……」

 

「でも、姉にしかできないこともある」

 

 カナエの目が潤む。

 

「……本当に」

 

「?」

 

「あなたは優しいのね」

 

「そうか?」

 

「ええ」

 

 カナエは笑う。

 

「とても優しい人よ」

 

 ◇

 

 その夜。

 

 しのぶは姉の部屋を訪れた。

 

「姉さん」

 

「どうしたの?」

 

「……今日、十兵衛さんと何を話していたんですか?」

 

「しのぶのこと」

 

「私?」

 

「ええ」

 

 カナエは笑う。

 

「十兵衛くん、あなたのことを強いって言っていたわ」

 

「……」

 

「それから」

 

「それから?」

 

「私に、あなたを守ってほしいって」

 

「……!」

 

 しのぶの頬が僅かに赤くなる。

 

「どうして……」

 

「さあ?」

 

 カナエは微笑む。

 

「でも、あの人は本気だったわ」

 

「……」

 

 しのぶは俯く。

 

「変な人です」

 

「そうね」

 

「戦場では、あんなに恐ろしいのに」

 

「うん」

 

「なのに」

 

 しのぶは小さく笑う。

 

「普段は道に迷ったり、おにぎりを食べて嬉しそうにしたり……」

 

「ふふっ」

 

「……本当に変な人」

 

 カナエは妹の横顔を見る。

 

「しのぶ」

 

「はい?」

 

「あなた、十兵衛くんのことを気に入ったの?」

 

「……!」

 

「顔に出ているわよ?」

 

「姉さん!」

 

 カナエは楽しそうに笑う。

 

「ごめんなさい」

 

「もう……」

 

 しのぶは頬を膨らませる。

 

 しかし。

 

 その表情には。

 

 ほんの少しだけ。

 

 嬉しそうな色があった。

 

 ◇

 

 翌朝。

 

「十兵衛くん」

 

「カナエ」

 

 庭で会う。

 

「昨日はありがとう」

 

「何のことだ?」

 

「しのぶのこと」

 

「ああ」

 

 十兵衛は頷く。

 

「俺は何もしていない」

 

「いいえ」

 

 カナエは優しく微笑む。

 

「あなたは、私たち姉妹に大切なものをくれたわ」

 

「大切なもの?」

 

「未来よ」

 

「……」

 

「だから」

 

 カナエは頭を下げる。

 

「ありがとう」

 

 十兵衛は少し考え。

 

 そして。

 

「こちらこそ」

 

「え?」

 

「カナエがいるから、しのぶも安心して戦える」

 

「……」

 

「俺も助かっている」

 

 カナエは目を細める。

 

「本当に、不思議な人ね」

 

「また言われた」

 

「ふふっ」

 

 カナエが笑う。

 

 その笑顔は。

 

 春の日差しのように暖かかった。

 

 ――優しい姉。

 

 胡蝶カナエ。

 

 彼女と竜牙十兵衛の出会いは。

 

 やがて。

 

 本来ならば失われるはずだった命を救う、大きな運命の転換点となっていく。

 

 そして。

 

 その傍らで。

 

 胡蝶しのぶは静かに十兵衛を見つめていた。

 

「……十兵衛さん」

 

「なんだ?」

 

「今日も迷子にならないでくださいね」

 

「善処する」

 

「……ふふっ」

 

 蝶屋敷に。

 

 三人の笑い声が響いた。

 

 まだ誰も知らない。

 

 この穏やかな日々が。

 

 鬼殺隊の歴史を大きく変える始まりになることを。

 

 

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