『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』 作:夜幻
――蝶屋敷。
朝。
庭先では、鳥の声が響いていた。
竜牙十兵衛は縁側に座り、一枚の地図を広げている。
「……」
地図を見つめること数分。
「……」
さらに数分。
「……分からない」
「何がですか?」
背後から声がした。
振り返る。
胡蝶しのぶが立っていた。
「この地図だけでは、任務地までの最短経路が分からない」
「地図を見るだけで、どうしてそんな結論になるんですか?」
「道が多すぎる」
「……」
しのぶはため息をつく。
「十兵衛さん」
「なんだ?」
「任務地は山の向こうです」
「ああ」
「そして、ここから一本道です」
「……」
「迷う要素はありません」
「そうか」
十兵衛は真剣に地図を見る。
「では問題ないな」
「……本当に大丈夫でしょうか」
「大丈夫だ」
そこへ。
「しのぶ、十兵衛くん」
胡蝶カナエがやって来た。
「二人とも、任務の準備はできた?」
「ああ」
「はい」
カナエは二人を見る。
「今回の任務は、二人一組で行ってもらうそうよ」
「二人一組?」
十兵衛が尋ねる。
「ええ」
カナエが微笑む。
「十兵衛くんと、しのぶ」
「……!」
しのぶが僅かに目を見開く。
「私と……十兵衛さんが?」
「うん」
十兵衛は何でもないように頷いた。
「合理的だ」
「……」
しのぶの頬が少し赤くなる。
「そ、そうですね」
カナエは二人を見て、楽しそうに笑った。
「ふふっ。良い相棒になれそうね」
「相棒……」
しのぶが小さく呟く。
十兵衛は首を傾げた。
「何か問題があるか?」
「いえ」
しのぶは微笑む。
「ありませんよ」
◇
任務地。
山間にある小さな村。
ここ数日。
夜になると住民が行方不明になっているという。
「最後に目撃されたのは?」
十兵衛が村人に尋ねる。
「三日前です」
「時間は?」
「夜半……だったと思います」
「天候は?」
「雨でした」
「月は?」
「……そこまでは」
十兵衛は周囲を見る。
家々。
街道。
山道。
そして。
村の外れにある古い井戸。
「……」
十兵衛の目が止まった。
「井戸」
「え?」
しのぶも見る。
「何か気になるんですか?」
「ああ」
十兵衛が近づく。
井戸の周囲には、僅かな傷跡。
「これは人間のものじゃない」
しのぶがしゃがむ。
「爪痕……?」
「鬼だ」
「でも、どうして井戸に?」
「水場だからだ」
「……」
十兵衛は周囲を見渡す。
「この村で消えた人間は、全員この井戸の近くを通っている」
「分かるんですか?」
「足跡が残っている」
「私には見えません」
「だから、俺が見る」
「……」
しのぶは微笑んだ。
「頼もしいですね」
「そうか?」
「ええ」
◇
夜。
二人は井戸の近くで待機していた。
「……静かですね」
「ああ」
「鬼、本当に現れるでしょうか?」
「来る」
「どうして?」
「風向きが変わった」
「風?」
「匂いがする」
しのぶは目を細める。
「鬼の匂いですか?」
「ああ」
十兵衛は刀へ手を置く。
「来るぞ」
その瞬間。
井戸の中から。
――ガリッ。
何かが這い上がる音。
「……!」
しのぶが構える。
井戸から。
白い腕が伸びた。
続いて。
鬼が姿を現す。
「人間……」
鬼が笑う。
「また餌が来たか」
十兵衛は冷静に見る。
「一体」
「はい」
「だが、周囲にも気配がある」
「……!」
しのぶが周囲を見る。
「別の鬼?」
「違う」
十兵衛は即答する。
「分身だ」
次の瞬間。
村の家々から。
複数の鬼が姿を現した。
「囲まれましたね」
「ああ」
しのぶが刀を構える。
「どうします?」
「作戦を変更する」
「はい」
十兵衛は周囲を見る。
「しのぶ」
「はい」
「君は正面を頼む」
「正面?」
「ああ」
「十兵衛さんは?」
「裏へ回る」
「……」
しのぶが笑う。
「なるほど」
「何か?」
「ちゃんと私を頼ってくれるんですね」
「当然だ」
十兵衛は答えた。
「君は俺の相棒だからな」
「……!」
一瞬。
しのぶの思考が止まった。
「……相棒」
「そうだ」
「……」
「どうした?」
「いえ」
しのぶは顔を逸らす。
「なんでもありません」
その耳は。
少し赤かった。
◇
「来い!」
しのぶが鬼を引きつける。
「鬼さん、こちらですよ」
毒を仕込んだ刀が閃く。
「蟲の呼吸――蝶ノ舞・戯れ」
高速の突き。
「ぐあっ!」
鬼がよろめく。
「毒か!」
「ええ」
しのぶは微笑む。
「私には、あなたの首を斬る必要はありませんから」
一方。
十兵衛は裏手へ回っていた。
複数の鬼。
「……」
呼吸を整える。
「雷の呼吸――」
紫電。
「壱ノ型――霹靂一閃」
瞬間。
鬼の首が飛ぶ。
一体。
二体。
三体。
「……残り二体」
その時。
「十兵衛さん!」
しのぶの声。
「右です!」
十兵衛は振り返る。
巨大な鬼が迫っていた。
「……」
「死ねぇ!」
鬼の爪。
十兵衛は一歩下がる。
だが。
「させません!」
しのぶが間に入る。
刀が閃く。
「蝶ノ舞・戯れ!」
鬼の腕へ毒を叩き込む。
「ぐおおお!」
「十兵衛さん!」
「任せろ」
十兵衛が踏み込む。
「日の呼吸――伍ノ型」
「火車」
鬼の頭上を飛び越える。
背後から。
――一閃。
首が落ちる。
「……終わった」
しのぶが息を吐く。
「はい」
十兵衛が頷く。
「怪我は?」
「ありません」
「本当に?」
「はい」
「……」
十兵衛はしのぶの手を見る。
「手が震えている」
「え?」
しのぶは自分の手を見る。
僅かに震えていた。
「これは……」
「疲労だ」
「……」
「少し休もう」
「はい」
◇
二人は村外れの岩に腰を下ろした。
夜空には月。
静かな風。
「十兵衛さん」
「なんだ?」
「さっき」
「うん」
「私のことを相棒と言いましたよね?」
「ああ」
「……」
しのぶは少し迷ってから。
「嬉しかったです」
「そうか」
「はい」
十兵衛は何でもないように頷く。
「なら良かった」
「……」
しのぶは苦笑する。
「本当に、分かっていないんですね」
「何が?」
「……なんでもありません」
しのぶは月を見る。
「でも」
小さく。
「私も、あなたの相棒でいたいです」
「分かった」
十兵衛は頷く。
「これからも頼む」
「はい」
しのぶは笑った。
◇
帰り道。
「十兵衛さん」
「なんだ?」
「帰り道は覚えていますか?」
「当然だ」
「……本当ですか?」
「ああ」
「では、先頭をお願いします」
「分かった」
十兵衛が歩き出す。
十分後。
「……」
「……」
「……」
しのぶが静かに尋ねる。
「十兵衛さん」
「なんだ?」
「ここ、来たことがありますよね?」
「……」
「同じ道を戻っていますよね?」
「……」
十兵衛は立ち止まった。
「……地形が似ている」
「ふふっ」
しのぶは笑う。
「やっぱり迷子じゃないですか」
「……」
「私が案内します」
「頼む」
「はい」
しのぶが先を歩く。
十兵衛はその後ろについていく。
そして。
ふと。
しのぶが振り返った。
「十兵衛さん」
「なんだ?」
「今日は、とても楽しかったです」
「任務が?」
「……それもあります」
「それ以外は?」
「秘密です」
「そうか」
十兵衛は深く考えずに頷いた。
しのぶは笑う。
「ふふっ……本当に鈍感なんですから」
◇
蝶屋敷へ戻る。
門の前にはカナエが待っていた。
「お帰りなさい」
「ただいま戻りました」
しのぶが答える。
「二人とも無事で良かったわ」
カナエは二人を見る。
「どうだった?」
「問題ない」
十兵衛が答える。
「しのぶが正面を抑えてくれたから、楽に倒せた」
「まあ」
カナエが嬉しそうに妹を見る。
「さすがしのぶね」
「いえ……」
しのぶは照れる。
「十兵衛さんがいたからです」
「いや」
十兵衛は首を振る。
「しのぶがいたから勝てた」
「……」
しのぶが黙る。
カナエは二人を見て。
ふふっと笑った。
「二人とも」
「はい?」
「とても良い相棒ね」
「……」
「……」
十兵衛は普通に頷く。
「ああ」
しのぶは。
少しだけ頬を赤くして。
「……はい」
答えた。
その日。
竜牙十兵衛と胡蝶しのぶ。
二人の間に。
確かな絆が生まれた。
それはまだ恋と呼ぶには早い。
けれど。
しのぶにとっては。
確実に。
特別な一歩だった。
――最強無双の天然軍師。
――そして、毒を操る美しき蟲柱候補。
二人の「相棒」としての物語が。
ここから始まる。