『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』 作:夜幻
――もしも。
あの日、誰か一人でも違う選択をしていたなら。
もしも、誰かがほんの少しだけ強かったなら。
もしも、誰かが戦場を俯瞰し、敵の動きを先読みできていたなら。
救えた命は、いくつあったのだろう。
大正の夜。
月明かりの下を、一人の青年が歩いていた。
燃えるような赤髪。
誰もが振り返るほど整った顔立ち。
長身で鍛え抜かれた身体。
腰には刀。
その青年の名は、竜牙魁陣。
鬼殺隊では――。
「竜牙十兵衛」
そう呼ばれている。
「……妙だな」
十兵衛は足を止めた。
森の中。
周囲には鬼の気配が三つ。
いや。
「……五つか」
さらに奥に二つ。
そして。
「人間が八人」
彼は目を閉じる。
風。
木々の揺れ。
足音。
血の匂い。
微かな呼吸音。
すべてを頭の中で組み立てる。
「鬼は人間を囲んでいる」
十兵衛は地面に枝を置いた。
簡単な地図を描く。
「ここが敵の主力」
枝を一本。
「ここが逃走経路」
さらに一本。
「そして、ここに罠」
最後に一点を示す。
「……なるほど」
十兵衛は立ち上がった。
「三分で終わる」
――戦場における彼の判断は、異常なほど速い。
敵の数。
地形。
味方の力量。
敵の心理。
すべてを計算した上で、最も被害の少ない勝利方法を導き出す。
それこそが。
竜牙十兵衛。
天才軍師の力だった。
「雷の呼吸」
十兵衛が刀を抜く。
静かな夜に、金属音が響く。
「壱ノ型――霹靂一閃」
――紫電。
次の瞬間。
鬼の首が飛んだ。
「な――」
別の鬼が振り返る。
「どこから――」
「ここだ」
背後。
「弐ノ型――稲魂」
斬撃。
さらに一体。
「参ノ型――聚蚊成雷」
連続する斬撃が鬼を切り刻む。
「ぐああああ!」
残った二体が同時に襲いかかる。
「挟撃か」
十兵衛は僅かに笑った。
「悪くない」
だが。
悪くないだけだった。
「日の呼吸――」
刀身が赫く染まる。
「肆ノ型――幻日虹」
身体が揺らぐ。
鬼の爪が空を切る。
「な……!」
「遅い」
背後へ回り込む。
「伍ノ型――火車」
鬼の首が飛ぶ。
最後の一体が逃げる。
「逃走」
十兵衛は追わない。
「……いや」
一歩だけ横へ移動する。
その瞬間。
「ぎゃっ!」
逃げた鬼が、目の前に現れた。
待ち構えていた別の隊士に斬られたのだ。
「よくやった」
十兵衛は隊士に声をかける。
「は、はい!」
「負傷は?」
「ありません!」
「なら良い」
十兵衛は刀を納めた。
戦闘終了。
わずか三分。
しかも。
鬼殺隊側の負傷者は――ゼロ。
「すごい……」
若い隊士が呟く。
「五体の鬼を、ほとんど一人で……」
「俺一人ではない」
「え?」
「君たちがいたから勝てた」
十兵衛は平然と言う。
「俺は君たちが動きやすいように、敵を誘導しただけだ」
「……」
隊士は言葉を失った。
それが。
十兵衛の戦い方だった。
自分だけが強ければいい。
自分だけが敵を倒せばいい。
そんな考えではない。
味方全員の力を最大限に引き出し。
誰一人として死なせず。
全員で生きて帰る。
それが彼の軍略だった。
◇
任務を終えた翌朝。
蝶屋敷。
縁側に座った十兵衛は、団子を頬張っていた。
「……美味い」
「そうですか」
隣に座っていた胡蝶しのぶが微笑む。
「それは良かったですね」
「ああ」
「昨夜の戦闘では、五体の鬼を三分で討伐したそうですね」
「そうらしい」
「そうらしい?」
「自分では時間を計っていなかった」
「……」
しのぶは苦笑する。
「本当に不思議な人ですね」
「そうか?」
「ええ」
しのぶは十兵衛を見つめる。
「戦場では、あれほど恐ろしいほど冷静なのに」
「恐ろしい?」
「褒めていますよ」
「そうか」
「そして今は――」
しのぶの視線が十兵衛の口元へ移る。
「お団子の餡子が口についています」
「どこだ?」
「そこです」
しのぶが指差す。
「……ここか?」
「反対です」
「ここ?」
「もっと右です」
「……取れたか?」
「いえ、まだです」
「難しいな」
「ふふっ」
しのぶは笑った。
戦場で鬼の動きを見切る男が。
自分の顔についた餡子には苦戦している。
「……十兵衛さん」
「なんだ?」
「貴方は、怖くないんですか?」
「何が?」
「鬼と戦うことです」
十兵衛は少し考える。
「怖いと思うことはある」
「……意外ですね」
「だが」
十兵衛は団子を置いた。
「恐怖と行動は別だ」
「……」
「怖いからこそ、考える」
十兵衛の瞳が遠くを見る。
「どうすれば仲間が死なないか」
「…………」
「どうすれば敵を最小限の犠牲で倒せるか」
「…………」
「どうすれば、次の戦いで同じ悲劇を繰り返さないか」
しのぶは黙って聞いていた。
「それを考えるのが、俺の役目だ」
「軍師だから?」
「ああ」
「……軍師」
しのぶは小さく呟いた。
それから。
「だったら」
微笑む。
「私たちの未来も、変えられるのでしょうか?」
十兵衛は彼女を見る。
「変えられる」
迷いのない答えだった。
「……簡単に言いますね」
「簡単じゃない」
「え?」
「難しいからこそ、やる価値がある」
十兵衛は立ち上がった。
「未来が決まっているなら、俺はそれを覆す」
「…………」
「死ぬはずだった人間がいるなら、生かす」
「…………」
「失われるはずだったものがあるなら、守る」
しのぶの瞳が揺れる。
「たとえ、それが運命でも?」
「ああ」
十兵衛は頷いた。
「運命だから仕方ない、という言葉が嫌いなんだ」
その言葉を聞いた瞬間。
しのぶの胸の奥にあった何かが、ほんの少しだけ揺れた。
姉。
胡蝶カナエ。
彼女の笑顔。
彼女の声。
そして。
鬼への憎しみ。
「……もし」
しのぶは小さく尋ねる。
「もし、姉さんが死ぬ運命だったとしても?」
十兵衛は即答した。
「生かす」
「……どうやって?」
「まだ分からない」
「え?」
「だから考える」
しのぶは目を丸くする。
「考えて……?」
「ああ」
十兵衛は真顔で言った。
「俺は軍師だからな」
「…………」
しのぶは。
ふっと笑った。
「本当に、貴方は不思議な人ですね」
「そうか?」
「ええ」
そして。
「でも――」
しのぶは優しく微笑んだ。
「少しだけ、信じてみたくなりました」
十兵衛は頷いた。
「任せてくれ」
その言葉に。
しのぶの胸が、ほんの少しだけ熱くなった。
まだ恋だとは分からない。
十兵衛も、もちろん気づいていない。
ただ。
二人の間に、小さな絆が生まれた瞬間だった。
◇
同じ頃。
鬼殺隊の別の場所では。
胡蝶カナエが空を見上げていた。
「……不思議な人が来たのね」
彼女の手には、十兵衛について書かれた報告書。
最終選別。
異常な討伐速度。
雷の呼吸。
日の呼吸。
そして。
鬼殺隊員の死者ゼロ。
「軍師、かぁ……」
カナエは微笑む。
「しのぶが、あんなに楽しそうに話しているのも珍しいわね」
そして。
「……十兵衛くん」
彼女は小さく呟いた。
「妹を、よろしくお願いしますね」
その瞬間。
運命がまた一つ。
変わった。
◇
さらに遠く。
鬼の潜む闇の中。
一体の鬼が震えていた。
「赤髪の男……」
その名はまだ、鬼たちの間では知られていない。
だが。
いずれ広まる。
竜牙十兵衛。
鬼殺隊に現れた、異質な剣士。
雷の呼吸。
日の呼吸。
そして。
戦場そのものを変える天才軍師。
彼の存在は、鬼殺隊だけではなく。
鬼舞辻無惨の作り上げた世界そのものを揺るがしていく。
誰かが死ぬ。
誰かが憎む。
誰かが絶望する。
そんな原作通りの未来を。
十兵衛は許さない。
「――死ぬ必要のない人間を、死なせない」
その信念を胸に。
彼は刀を取る。
雷が走る。
赫き日輪が昇る。
そして。
まだ誰も知らない。
その青年が。
やがて鬼殺隊史上、最も多くの命を救った男として語られることを。
その青年の隣に。
一人の少女が立つことを。
胡蝶しのぶが。
復讐ではなく、未来を見る日が来ることを。
そして。
本来なら失われるはずだった命が。
笑顔で朝を迎える未来が訪れることを。
――これは、運命を書き換える軍師の物語。
最強無双。
天才軍師。
そして――超がつくほどの天然。
竜牙魁陣。
またの名を。
竜牙十兵衛。
彼が一歩を踏み出したその瞬間。
この世界の運命は、静かに変わり始めた。
――紫電、走る。
――日輪、昇る。
そして。
新たな物語が、幕を開ける。