『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』   作:夜幻

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第18話 戦場では別人

 ――蝶屋敷。

 

 朝。

 

 竜牙十兵衛は、縁側で静かにお茶を飲んでいた。

 

「……」

 

 一口。

 

 湯呑みを置く。

 

「……平和だ」

 

「何をしみじみ言っているんですか?」

 

 隣から胡蝶しのぶの声がした。

 

「しのぶ」

 

「はい」

 

「今日は任務か?」

 

「違いますよ」

 

「そうか」

 

 十兵衛は再びお茶を飲む。

 

 その横顔は穏やかだった。

 

 昨日まで鬼と戦っていた男とは思えない。

 

 しのぶはそんな十兵衛を眺める。

 

「十兵衛さん」

 

「なんだ?」

 

「昨日の任務で、鬼を五体倒したことを覚えていますか?」

 

「ああ」

 

「その時のあなたと、今のあなた」

 

「?」

 

「まるで別人ですね」

 

「そうか?」

 

「ええ」

 

 しのぶは微笑む。

 

「戦場では、とても怖い顔をしていますから」

 

「……」

 

 十兵衛は少し考えた。

 

「俺はいつも同じだ」

 

「本人はそう思っているんですね」

 

「違うのか?」

 

「ふふっ」

 

 しのぶは笑った。

 

「ええ。全然違います」

 

 ◇

 

 その日の昼。

 

 緊急の鎹鴉が飛来した。

 

「カァーッ! 任務! 任務!」

 

 十兵衛が立ち上がる。

 

「行く」

 

「私も同行します」

 

 しのぶも立つ。

 

 カナエが二人を見る。

 

「気をつけてね」

 

「ああ」

 

「はい」

 

 そして二人は蝶屋敷を出た。

 

 ◇

 

 今回の任務地は。

 

 山間の集落。

 

 夜になると鬼が現れ。

 

 住民を襲っているという。

 

 村へ入った瞬間。

 

 十兵衛の表情が変わった。

 

「……」

 

 しのぶが気づく。

 

「十兵衛さん?」

 

「静かに」

 

「……はい」

 

 声が低い。

 

 目つきが鋭い。

 

 さっきまでのお茶を飲んでいた青年とは。

 

 明らかに違う。

 

「村人の避難は?」

 

「まだです」

 

「では最優先だ」

 

 十兵衛は周囲を見渡す。

 

「しのぶ」

 

「はい」

 

「東側の民家を確認」

 

「分かりました」

 

「俺は西側を探す」

 

「了解しました」

 

 その瞬間。

 

 十兵衛は走った。

 

 速い。

 

 いや。

 

 速いという言葉では足りない。

 

 地面を蹴った瞬間。

 

 姿が霞む。

 

 ――雷の呼吸。

 

「霹靂一閃」

 

 紫電。

 

 一瞬で数十メートルを駆け抜ける。

 

 民家へ侵入しようとしていた鬼の前に。

 

 十兵衛が現れた。

 

「なっ……!」

 

「動くな」

 

「人間が……!」

 

「動けば斬る」

 

 鬼が爪を振るう。

 

 十兵衛は僅かに身体を傾ける。

 

 回避。

 

 そして。

 

「日の呼吸――円舞」

 

 斬撃。

 

 鬼の腕が飛ぶ。

 

「ぎゃあああ!」

 

「騒ぐな」

 

 淡々とした声。

 

 もう一閃。

 

 首が落ちた。

 

 ――静寂。

 

 鬼は塵となって消えていく。

 

「……」

 

 十兵衛は刀を納める。

 

「次」

 

 ◇

 

 一方。

 

 東側。

 

「鬼さん」

 

 しのぶが笑う。

 

「あなたはこちらへどうぞ」

 

「女が一人……!」

 

 鬼が飛びかかる。

 

「蟲の呼吸――蝶ノ舞・戯れ」

 

 毒。

 

「ぐ……!」

 

 鬼の動きが鈍る。

 

「あと少しですね」

 

 しのぶが止めを刺す。

 

 しかし。

 

「……!」

 

 背後。

 

 別の鬼が迫る。

 

「しのぶ!」

 

 十兵衛の声。

 

 しのぶが振り返る。

 

 だが。

 

 十兵衛はすでにそこにいた。

 

「雷の呼吸――」

 

 鬼の首が飛ぶ。

 

「……助かりました」

 

「周囲を確認しろ」

 

「はい」

 

「敵は一体とは限らない」

 

「分かっています」

 

「ならいい」

 

 その顔は。

 

 冷静。

 

 冷徹。

 

 戦場を完全に支配する軍師。

 

 しのぶは思わず見つめる。

 

「……」

 

「どうした?」

 

「いえ」

 

 しのぶは微笑む。

 

「やっぱり別人だと思いまして」

 

「何が?」

 

「戦っている時のあなたです」

 

「……」

 

 十兵衛は少し考える。

 

「鬼を相手にしているからだ」

 

「それだけですか?」

 

「ああ」

 

「……そうですか」

 

 しのぶは小さく笑った。

 

 ◇

 

 その後。

 

 十兵衛は村全体を調べ始めた。

 

「鬼は三体」

 

「三体?」

 

「ああ」

 

「二体は倒しました」

 

「あと一体」

 

 十兵衛は山を見る。

 

「洞窟だ」

 

「どうして?」

 

「逃げ道が限定されている」

 

「……」

 

 十兵衛は地面を見る。

 

 足跡。

 

 血痕。

 

 そして。

 

 枝の折れ方。

 

「ここから入っている」

 

「なるほど」

 

「ただし」

 

 十兵衛の顔がさらに険しくなる。

 

「罠だ」

 

「罠?」

 

「鬼はこちらが追ってくることを想定している」

 

「……!」

 

「洞窟の奥へ誘導し、挟撃するつもりだ」

 

「では?」

 

「逆に利用する」

 

 十兵衛は周囲を見渡す。

 

「しのぶ」

 

「はい」

 

「君はここで待機」

 

「十兵衛さんは?」

 

「俺が一人で入る」

 

「危険では?」

 

「問題ない」

 

「……」

 

 しのぶは十兵衛を見る。

 

「あなたがそう言う時ほど、無茶をするんですよね」

 

「無茶ではない」

 

「では、私も行きます」

 

「……」

 

「相棒でしょう?」

 

「……」

 

 十兵衛は少しだけ目を細める。

 

「分かった」

 

「ありがとうございます」

 

 ◇

 

 洞窟。

 

 暗闇。

 

 十兵衛が先頭。

 

 しのぶが後ろ。

 

「……」

 

「……」

 

 突然。

 

 天井から鬼が落ちてくる。

 

「死ねぇ!」

 

 十兵衛は振り返りもせず。

 

「しのぶ」

 

「はい!」

 

 しのぶが刀を突き出す。

 

「蝶ノ舞・戯れ!」

 

 毒が入る。

 

「ぐああ!」

 

 そこへ。

 

「日の呼吸――火車」

 

 十兵衛が跳躍。

 

 鬼の背後へ回り。

 

 一閃。

 

 ――首が落ちる。

 

 しかし。

 

「まだいる」

 

 十兵衛が呟く。

 

「……!」

 

 奥から。

 

 さらに鬼が五体。

 

「囲まれたぞ、人間!」

 

「数で勝てると思うな!」

 

 十兵衛は。

 

 静かに刀を構えた。

 

「しのぶ」

 

「はい」

 

「下がっていろ」

 

「でも――」

 

「大丈夫だ」

 

 その声。

 

 先ほどまでより。

 

 さらに低い。

 

 冷たい。

 

「ここからは」

 

 十兵衛の瞳が鋭く光る。

 

「俺の仕事だ」

 

 ――瞬間。

 

 雷鳴。

 

「雷の呼吸――紫電一閃」

 

 消える。

 

 一体。

 

 二体。

 

 三体。

 

 鬼たちが理解するより早く。

 

「な……」

 

「どこへ……」

 

「上だ」

 

 天井。

 

 十兵衛が逆さにいる。

 

「日の呼吸――斜陽転身」

 

 横一文字。

 

 鬼の首が二つ飛ぶ。

 

 残った二体が逃げる。

 

「逃がさない」

 

 十兵衛が追う。

 

「雷の呼吸――迅雷風烈」

 

 紫電が洞窟を駆ける。

 

 鬼の逃走経路を完全に封鎖。

 

「なぜ……」

 

「読んでいた」

 

「俺たちの動きを……?」

 

「ああ」

 

 十兵衛は刀を構える。

 

「戦場では」

 

 一歩。

 

「敵の行動を読む」

 

 さらに一歩。

 

「逃げ道を消す」

 

 そして。

 

「味方を生かす」

 

 刀が閃く。

 

「それが軍師の仕事だ」

 

 二体の鬼が塵になる。

 

 ――戦闘終了。

 

 ◇

 

 洞窟の外。

 

 しのぶは十兵衛を見ていた。

 

「……」

 

 戦闘が終わった瞬間。

 

 十兵衛の表情が戻っている。

 

「終わったな」

 

「はい」

 

「怪我は?」

 

「ありません」

 

「なら良かった」

 

 いつもの十兵衛だった。

 

 しのぶは思わず笑う。

 

「やっぱり」

 

「何が?」

 

「戦場では別人ですね」

 

「そうか?」

 

「ええ」

 

 しのぶは十兵衛の顔を見る。

 

「普段はぼんやりしているのに」

 

「ぼんやり?」

 

「はい」

 

「俺は真剣だ」

 

「それがまた面白いんです」

 

「……」

 

 十兵衛は困ったように眉を寄せる。

 

 しのぶは笑う。

 

「でも」

 

 少しだけ真剣な顔になる。

 

「戦場でのあなたは、とても頼もしいです」

 

「……」

 

「私が安心して背中を預けられる」

 

「それなら良かった」

 

「はい」

 

 しのぶは微笑む。

 

「だから」

 

「なんだ?」

 

「これからも、私の前ではちゃんと生きて帰ってきてくださいね」

 

「当然だ」

 

 十兵衛は即答した。

 

「君を置いて死ぬつもりはない」

 

「……!」

 

 しのぶの顔が赤くなる。

 

「……もう」

 

「?」

 

「そういうところですよ」

 

「何が?」

 

「なんでもありません」

 

 ◇

 

 帰り道。

 

 十兵衛は先頭を歩いていた。

 

「十兵衛さん」

 

「なんだ?」

 

「帰り道は?」

 

「覚えている」

 

「本当ですか?」

 

「ああ」

 

 しのぶは少し安心する。

 

 しかし。

 

 数分後。

 

「……」

 

「……」

 

「十兵衛さん」

 

「なんだ?」

 

「道が違います」

 

「……」

 

「こっちではありません」

 

「……」

 

 十兵衛は地図を見る。

 

「……」

 

「また迷いましたね」

 

「戦場では迷わない」

 

「日常では?」

 

「……努力する」

 

 しのぶは笑った。

 

「ふふっ」

 

 戦場では。

 

 鬼すら恐れる冷徹な軍師。

 

 しかし。

 

 蝶屋敷へ帰る道では。

 

 美しい少女に手を引かれて歩く。

 

「こちらですよ、十兵衛さん」

 

「ああ」

 

「ちゃんとついてきてくださいね」

 

「分かった」

 

 そんな彼を見て。

 

 しのぶは思う。

 

 ――この人は。

 

 戦場では誰よりも強い。

 

 なのに。

 

 日常では、どうしてこんなにも無防備なのだろう。

 

 そして。

 

 そんな二面性を知るたびに。

 

 胡蝶しのぶの胸には。

 

 少しずつ。

 

 確かな想いが積み重なっていくのだった。

 

 

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