『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』 作:夜幻
――蝶屋敷。
朝。
竜牙十兵衛は、縁側で静かにお茶を飲んでいた。
「……」
一口。
湯呑みを置く。
「……平和だ」
「何をしみじみ言っているんですか?」
隣から胡蝶しのぶの声がした。
「しのぶ」
「はい」
「今日は任務か?」
「違いますよ」
「そうか」
十兵衛は再びお茶を飲む。
その横顔は穏やかだった。
昨日まで鬼と戦っていた男とは思えない。
しのぶはそんな十兵衛を眺める。
「十兵衛さん」
「なんだ?」
「昨日の任務で、鬼を五体倒したことを覚えていますか?」
「ああ」
「その時のあなたと、今のあなた」
「?」
「まるで別人ですね」
「そうか?」
「ええ」
しのぶは微笑む。
「戦場では、とても怖い顔をしていますから」
「……」
十兵衛は少し考えた。
「俺はいつも同じだ」
「本人はそう思っているんですね」
「違うのか?」
「ふふっ」
しのぶは笑った。
「ええ。全然違います」
◇
その日の昼。
緊急の鎹鴉が飛来した。
「カァーッ! 任務! 任務!」
十兵衛が立ち上がる。
「行く」
「私も同行します」
しのぶも立つ。
カナエが二人を見る。
「気をつけてね」
「ああ」
「はい」
そして二人は蝶屋敷を出た。
◇
今回の任務地は。
山間の集落。
夜になると鬼が現れ。
住民を襲っているという。
村へ入った瞬間。
十兵衛の表情が変わった。
「……」
しのぶが気づく。
「十兵衛さん?」
「静かに」
「……はい」
声が低い。
目つきが鋭い。
さっきまでのお茶を飲んでいた青年とは。
明らかに違う。
「村人の避難は?」
「まだです」
「では最優先だ」
十兵衛は周囲を見渡す。
「しのぶ」
「はい」
「東側の民家を確認」
「分かりました」
「俺は西側を探す」
「了解しました」
その瞬間。
十兵衛は走った。
速い。
いや。
速いという言葉では足りない。
地面を蹴った瞬間。
姿が霞む。
――雷の呼吸。
「霹靂一閃」
紫電。
一瞬で数十メートルを駆け抜ける。
民家へ侵入しようとしていた鬼の前に。
十兵衛が現れた。
「なっ……!」
「動くな」
「人間が……!」
「動けば斬る」
鬼が爪を振るう。
十兵衛は僅かに身体を傾ける。
回避。
そして。
「日の呼吸――円舞」
斬撃。
鬼の腕が飛ぶ。
「ぎゃあああ!」
「騒ぐな」
淡々とした声。
もう一閃。
首が落ちた。
――静寂。
鬼は塵となって消えていく。
「……」
十兵衛は刀を納める。
「次」
◇
一方。
東側。
「鬼さん」
しのぶが笑う。
「あなたはこちらへどうぞ」
「女が一人……!」
鬼が飛びかかる。
「蟲の呼吸――蝶ノ舞・戯れ」
毒。
「ぐ……!」
鬼の動きが鈍る。
「あと少しですね」
しのぶが止めを刺す。
しかし。
「……!」
背後。
別の鬼が迫る。
「しのぶ!」
十兵衛の声。
しのぶが振り返る。
だが。
十兵衛はすでにそこにいた。
「雷の呼吸――」
鬼の首が飛ぶ。
「……助かりました」
「周囲を確認しろ」
「はい」
「敵は一体とは限らない」
「分かっています」
「ならいい」
その顔は。
冷静。
冷徹。
戦場を完全に支配する軍師。
しのぶは思わず見つめる。
「……」
「どうした?」
「いえ」
しのぶは微笑む。
「やっぱり別人だと思いまして」
「何が?」
「戦っている時のあなたです」
「……」
十兵衛は少し考える。
「鬼を相手にしているからだ」
「それだけですか?」
「ああ」
「……そうですか」
しのぶは小さく笑った。
◇
その後。
十兵衛は村全体を調べ始めた。
「鬼は三体」
「三体?」
「ああ」
「二体は倒しました」
「あと一体」
十兵衛は山を見る。
「洞窟だ」
「どうして?」
「逃げ道が限定されている」
「……」
十兵衛は地面を見る。
足跡。
血痕。
そして。
枝の折れ方。
「ここから入っている」
「なるほど」
「ただし」
十兵衛の顔がさらに険しくなる。
「罠だ」
「罠?」
「鬼はこちらが追ってくることを想定している」
「……!」
「洞窟の奥へ誘導し、挟撃するつもりだ」
「では?」
「逆に利用する」
十兵衛は周囲を見渡す。
「しのぶ」
「はい」
「君はここで待機」
「十兵衛さんは?」
「俺が一人で入る」
「危険では?」
「問題ない」
「……」
しのぶは十兵衛を見る。
「あなたがそう言う時ほど、無茶をするんですよね」
「無茶ではない」
「では、私も行きます」
「……」
「相棒でしょう?」
「……」
十兵衛は少しだけ目を細める。
「分かった」
「ありがとうございます」
◇
洞窟。
暗闇。
十兵衛が先頭。
しのぶが後ろ。
「……」
「……」
突然。
天井から鬼が落ちてくる。
「死ねぇ!」
十兵衛は振り返りもせず。
「しのぶ」
「はい!」
しのぶが刀を突き出す。
「蝶ノ舞・戯れ!」
毒が入る。
「ぐああ!」
そこへ。
「日の呼吸――火車」
十兵衛が跳躍。
鬼の背後へ回り。
一閃。
――首が落ちる。
しかし。
「まだいる」
十兵衛が呟く。
「……!」
奥から。
さらに鬼が五体。
「囲まれたぞ、人間!」
「数で勝てると思うな!」
十兵衛は。
静かに刀を構えた。
「しのぶ」
「はい」
「下がっていろ」
「でも――」
「大丈夫だ」
その声。
先ほどまでより。
さらに低い。
冷たい。
「ここからは」
十兵衛の瞳が鋭く光る。
「俺の仕事だ」
――瞬間。
雷鳴。
「雷の呼吸――紫電一閃」
消える。
一体。
二体。
三体。
鬼たちが理解するより早く。
「な……」
「どこへ……」
「上だ」
天井。
十兵衛が逆さにいる。
「日の呼吸――斜陽転身」
横一文字。
鬼の首が二つ飛ぶ。
残った二体が逃げる。
「逃がさない」
十兵衛が追う。
「雷の呼吸――迅雷風烈」
紫電が洞窟を駆ける。
鬼の逃走経路を完全に封鎖。
「なぜ……」
「読んでいた」
「俺たちの動きを……?」
「ああ」
十兵衛は刀を構える。
「戦場では」
一歩。
「敵の行動を読む」
さらに一歩。
「逃げ道を消す」
そして。
「味方を生かす」
刀が閃く。
「それが軍師の仕事だ」
二体の鬼が塵になる。
――戦闘終了。
◇
洞窟の外。
しのぶは十兵衛を見ていた。
「……」
戦闘が終わった瞬間。
十兵衛の表情が戻っている。
「終わったな」
「はい」
「怪我は?」
「ありません」
「なら良かった」
いつもの十兵衛だった。
しのぶは思わず笑う。
「やっぱり」
「何が?」
「戦場では別人ですね」
「そうか?」
「ええ」
しのぶは十兵衛の顔を見る。
「普段はぼんやりしているのに」
「ぼんやり?」
「はい」
「俺は真剣だ」
「それがまた面白いんです」
「……」
十兵衛は困ったように眉を寄せる。
しのぶは笑う。
「でも」
少しだけ真剣な顔になる。
「戦場でのあなたは、とても頼もしいです」
「……」
「私が安心して背中を預けられる」
「それなら良かった」
「はい」
しのぶは微笑む。
「だから」
「なんだ?」
「これからも、私の前ではちゃんと生きて帰ってきてくださいね」
「当然だ」
十兵衛は即答した。
「君を置いて死ぬつもりはない」
「……!」
しのぶの顔が赤くなる。
「……もう」
「?」
「そういうところですよ」
「何が?」
「なんでもありません」
◇
帰り道。
十兵衛は先頭を歩いていた。
「十兵衛さん」
「なんだ?」
「帰り道は?」
「覚えている」
「本当ですか?」
「ああ」
しのぶは少し安心する。
しかし。
数分後。
「……」
「……」
「十兵衛さん」
「なんだ?」
「道が違います」
「……」
「こっちではありません」
「……」
十兵衛は地図を見る。
「……」
「また迷いましたね」
「戦場では迷わない」
「日常では?」
「……努力する」
しのぶは笑った。
「ふふっ」
戦場では。
鬼すら恐れる冷徹な軍師。
しかし。
蝶屋敷へ帰る道では。
美しい少女に手を引かれて歩く。
「こちらですよ、十兵衛さん」
「ああ」
「ちゃんとついてきてくださいね」
「分かった」
そんな彼を見て。
しのぶは思う。
――この人は。
戦場では誰よりも強い。
なのに。
日常では、どうしてこんなにも無防備なのだろう。
そして。
そんな二面性を知るたびに。
胡蝶しのぶの胸には。
少しずつ。
確かな想いが積み重なっていくのだった。