『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』 作:夜幻
――蝶屋敷。
昼下がり。
庭には穏やかな風が吹いていた。
竜牙十兵衛は、一人で木刀を握っている。
「……」
構え。
呼吸。
足運び。
そして――。
「雷の呼吸」
一瞬。
十兵衛の姿が消えた。
「壱ノ型――霹靂一閃」
轟ッ!
踏み込みによって砂埃が舞う。
木刀が空気を切り裂く。
「……」
十兵衛は静かに構えを戻す。
その様子を、縁側から胡蝶しのぶが見ていた。
「相変わらず、とんでもない速さですね」
「しのぶ」
「はい」
「いつからいた?」
「少し前からです」
「そうか」
「気づかなかったんですか?」
「ああ」
「……」
しのぶは苦笑する。
「戦場ではあれほど周囲を警戒しているのに」
「戦闘中ではないからな」
「なるほど」
しのぶは庭へ降りる。
「少し、教えてもらえませんか?」
「何を?」
「雷の呼吸です」
「いいぞ」
「本当ですか?」
「ああ」
十兵衛は木刀を一本差し出した。
「持ってみろ」
「……」
しのぶが木刀を握る。
「重いですね」
「日輪刀より重い」
「これをあの速度で……」
しのぶは十兵衛を見る。
「やっぱり人間離れしていますね」
「そうか?」
「はい」
◇
「雷の呼吸は速度が重要だ」
十兵衛が説明する。
「ただ速いだけでは意味がない」
「では?」
「初動」
「初動?」
「ああ」
十兵衛は足を少し引く。
「敵がこちらを認識する前に、間合いを消す」
しのぶが頷く。
「そして一撃」
「そうだ」
「でも私には難しそうです」
「なら無理に使う必要はない」
「え?」
「君には君の戦い方がある」
十兵衛はしのぶの刀を見る。
「毒」
「……」
「君の武器は速さと正確さだ」
「はい」
「なら、雷の呼吸の速度だけを取り入れればいい」
「……!」
しのぶの目が輝く。
「雷の呼吸を、そのまま使うのではなく?」
「ああ」
「私の蟲の呼吸に組み込む?」
「そうだ」
「なるほど……」
しのぶは考え込む。
そして。
「……やってみます」
◇
しのぶが構える。
「蟲の呼吸――」
踏み込む。
しかし。
「……っ」
バランスを崩す。
「危ない」
十兵衛が腕を掴む。
「ありがとうございます」
「足の位置が悪い」
「そうですか?」
「ああ」
十兵衛は地面を指す。
「ここから一歩」
「はい」
「次に身体を捻る」
「こうですか?」
「そうだ」
十兵衛がしのぶの動きを確認する。
「そして、踏み込む」
しのぶが踏み込む。
シュッ!
先ほどより速い。
「……!」
「今のだ」
「……できました」
「成功だ」
しのぶは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
「礼は不要だ」
「でも」
しのぶは十兵衛を見る。
「あなたに教えてもらったからできたんですよ?」
「なら、良かった」
十兵衛はいつもの無表情。
しのぶは思う。
――本当に、この人は。
褒められても。
感謝されても。
まったく自覚がない。
◇
その時。
庭に蝶が飛んできた。
ひらひら。
しのぶの肩の近くを舞う。
「あら」
しのぶが笑う。
「綺麗ですね」
「蝶か」
「はい」
「君に似ている」
「……え?」
しのぶが固まる。
「蝶に?」
「ああ」
「……」
「軽やかで」
「……」
「速い」
「……」
「そして毒を持っている」
「最後の一言はいらないですよ」
しのぶは頬を膨らませる。
「ふふっ」
十兵衛が僅かに笑った。
「……」
しのぶは驚く。
「今、笑いました?」
「笑った?」
「はい」
「そうか?」
「はい」
「自覚はない」
「……本当に天然ですね」
◇
夕方。
カナエが庭へやって来た。
「あら」
木刀を持つ二人を見て微笑む。
「二人で稽古していたの?」
「はい」
しのぶが答える。
「十兵衛さんに雷の呼吸を教えてもらっていたんです」
「まあ」
カナエが十兵衛を見る。
「しのぶに新しい戦い方を教えてくれたの?」
「ああ」
「ありがとう」
「大したことではない」
カナエは笑う。
「でも、しのぶが嬉しそうね」
「……!」
しのぶが少し照れる。
「そうですか?」
「ええ」
カナエは妹の顔を見る。
「とても」
十兵衛は首を傾げる。
「そうなのか?」
「十兵衛くん」
「なんだ?」
「女の子の表情は、もう少しよく見た方がいいと思うわ」
「……?」
カナエは笑った。
「ふふっ」
◇
その夜。
十兵衛は縁側に座っていた。
隣にはしのぶ。
「今日はありがとうございました」
「ああ」
「雷の呼吸」
「うん」
「少しだけ分かった気がします」
「それならいい」
「でも」
しのぶは空を見上げる。
「雷は速くて、強くて、怖いですね」
「そうだな」
「私には、少し眩しすぎる気がします」
十兵衛はしばらく黙った。
そして。
「なら」
「?」
「蝶が雷のそばを飛べばいい」
「……」
しのぶが振り返る。
「雷と蝶が?」
「ああ」
「どうして?」
「一人で戦う必要はないからだ」
「……」
「雷が道を開く」
「……」
「蝶が敵を惑わせる」
「……」
「そして最後に」
十兵衛は静かに笑う。
「二人で勝つ」
しのぶの胸が。
どくん、と鳴った。
「……それ」
「なんだ?」
「すごく素敵ですね」
「ああ」
「では」
しのぶは微笑む。
「私たちの新しい戦い方の名前は――」
少し考えて。
「『雷と蝶』なんて、どうでしょう?」
「いい名前だ」
「本当ですか?」
「ああ」
十兵衛は頷く。
「覚えやすい」
「……そこですか」
「重要だ」
「ふふっ」
しのぶは笑う。
月明かりの下。
雷を操る青年と。
蝶のように舞う少女。
二人の戦い方は。
まだ始まったばかりだった。
◇
翌日。
任務。
山道。
「来ます」
しのぶが鬼を捉える。
「分かった」
十兵衛が構える。
鬼が飛び出した。
「人間ごときが!」
「十兵衛さん」
「ああ」
二人が同時に踏み込む。
「雷の呼吸――」
「蟲の呼吸――」
紫電。
そして。
蝶のような舞。
「霹靂一閃!」
「蝶ノ舞・戯れ!」
雷が道を切り開く。
蝶が鬼の動きを封じる。
一瞬。
鬼の首が宙を舞った。
――戦闘終了。
「……」
しのぶは十兵衛を見る。
「上手くいきましたね」
「ああ」
「これなら」
しのぶは微笑む。
「もっとたくさんの人を守れそうです」
「そうだな」
十兵衛は空を見上げた。
青空の下。
一匹の蝶が飛んでいた。
そして。
その蝶の遥か彼方で。
雷鳴が響く。
――雷と蝶。
それは。
後に鬼殺隊で語り継がれることになる。
二人だけの戦術の。
始まりだった。