『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』   作:夜幻

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第19話 雷と蝶

 ――蝶屋敷。

 

 昼下がり。

 

 庭には穏やかな風が吹いていた。

 

 竜牙十兵衛は、一人で木刀を握っている。

 

「……」

 

 構え。

 

 呼吸。

 

 足運び。

 

 そして――。

 

「雷の呼吸」

 

 一瞬。

 

 十兵衛の姿が消えた。

 

「壱ノ型――霹靂一閃」

 

 轟ッ!

 

 踏み込みによって砂埃が舞う。

 

 木刀が空気を切り裂く。

 

「……」

 

 十兵衛は静かに構えを戻す。

 

 その様子を、縁側から胡蝶しのぶが見ていた。

 

「相変わらず、とんでもない速さですね」

 

「しのぶ」

 

「はい」

 

「いつからいた?」

 

「少し前からです」

 

「そうか」

 

「気づかなかったんですか?」

 

「ああ」

 

「……」

 

 しのぶは苦笑する。

 

「戦場ではあれほど周囲を警戒しているのに」

 

「戦闘中ではないからな」

 

「なるほど」

 

 しのぶは庭へ降りる。

 

「少し、教えてもらえませんか?」

 

「何を?」

 

「雷の呼吸です」

 

「いいぞ」

 

「本当ですか?」

 

「ああ」

 

 十兵衛は木刀を一本差し出した。

 

「持ってみろ」

 

「……」

 

 しのぶが木刀を握る。

 

「重いですね」

 

「日輪刀より重い」

 

「これをあの速度で……」

 

 しのぶは十兵衛を見る。

 

「やっぱり人間離れしていますね」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

 ◇

 

「雷の呼吸は速度が重要だ」

 

 十兵衛が説明する。

 

「ただ速いだけでは意味がない」

 

「では?」

 

「初動」

 

「初動?」

 

「ああ」

 

 十兵衛は足を少し引く。

 

「敵がこちらを認識する前に、間合いを消す」

 

 しのぶが頷く。

 

「そして一撃」

 

「そうだ」

 

「でも私には難しそうです」

 

「なら無理に使う必要はない」

 

「え?」

 

「君には君の戦い方がある」

 

 十兵衛はしのぶの刀を見る。

 

「毒」

 

「……」

 

「君の武器は速さと正確さだ」

 

「はい」

 

「なら、雷の呼吸の速度だけを取り入れればいい」

 

「……!」

 

 しのぶの目が輝く。

 

「雷の呼吸を、そのまま使うのではなく?」

 

「ああ」

 

「私の蟲の呼吸に組み込む?」

 

「そうだ」

 

「なるほど……」

 

 しのぶは考え込む。

 

 そして。

 

「……やってみます」

 

 ◇

 

 しのぶが構える。

 

「蟲の呼吸――」

 

 踏み込む。

 

 しかし。

 

「……っ」

 

 バランスを崩す。

 

「危ない」

 

 十兵衛が腕を掴む。

 

「ありがとうございます」

 

「足の位置が悪い」

 

「そうですか?」

 

「ああ」

 

 十兵衛は地面を指す。

 

「ここから一歩」

 

「はい」

 

「次に身体を捻る」

 

「こうですか?」

 

「そうだ」

 

 十兵衛がしのぶの動きを確認する。

 

「そして、踏み込む」

 

 しのぶが踏み込む。

 

 シュッ!

 

 先ほどより速い。

 

「……!」

 

「今のだ」

 

「……できました」

 

「成功だ」

 

 しのぶは嬉しそうに笑った。

 

「ありがとうございます」

 

「礼は不要だ」

 

「でも」

 

 しのぶは十兵衛を見る。

 

「あなたに教えてもらったからできたんですよ?」

 

「なら、良かった」

 

 十兵衛はいつもの無表情。

 

 しのぶは思う。

 

 ――本当に、この人は。

 

 褒められても。

 

 感謝されても。

 

 まったく自覚がない。

 

 ◇

 

 その時。

 

 庭に蝶が飛んできた。

 

 ひらひら。

 

 しのぶの肩の近くを舞う。

 

「あら」

 

 しのぶが笑う。

 

「綺麗ですね」

 

「蝶か」

 

「はい」

 

「君に似ている」

 

「……え?」

 

 しのぶが固まる。

 

「蝶に?」

 

「ああ」

 

「……」

 

「軽やかで」

 

「……」

 

「速い」

 

「……」

 

「そして毒を持っている」

 

「最後の一言はいらないですよ」

 

 しのぶは頬を膨らませる。

 

「ふふっ」

 

 十兵衛が僅かに笑った。

 

「……」

 

 しのぶは驚く。

 

「今、笑いました?」

 

「笑った?」

 

「はい」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

「自覚はない」

 

「……本当に天然ですね」

 

 ◇

 

 夕方。

 

 カナエが庭へやって来た。

 

「あら」

 

 木刀を持つ二人を見て微笑む。

 

「二人で稽古していたの?」

 

「はい」

 

 しのぶが答える。

 

「十兵衛さんに雷の呼吸を教えてもらっていたんです」

 

「まあ」

 

 カナエが十兵衛を見る。

 

「しのぶに新しい戦い方を教えてくれたの?」

 

「ああ」

 

「ありがとう」

 

「大したことではない」

 

 カナエは笑う。

 

「でも、しのぶが嬉しそうね」

 

「……!」

 

 しのぶが少し照れる。

 

「そうですか?」

 

「ええ」

 

 カナエは妹の顔を見る。

 

「とても」

 

 十兵衛は首を傾げる。

 

「そうなのか?」

 

「十兵衛くん」

 

「なんだ?」

 

「女の子の表情は、もう少しよく見た方がいいと思うわ」

 

「……?」

 

 カナエは笑った。

 

「ふふっ」

 

 ◇

 

 その夜。

 

 十兵衛は縁側に座っていた。

 

 隣にはしのぶ。

 

「今日はありがとうございました」

 

「ああ」

 

「雷の呼吸」

 

「うん」

 

「少しだけ分かった気がします」

 

「それならいい」

 

「でも」

 

 しのぶは空を見上げる。

 

「雷は速くて、強くて、怖いですね」

 

「そうだな」

 

「私には、少し眩しすぎる気がします」

 

 十兵衛はしばらく黙った。

 

 そして。

 

「なら」

 

「?」

 

「蝶が雷のそばを飛べばいい」

 

「……」

 

 しのぶが振り返る。

 

「雷と蝶が?」

 

「ああ」

 

「どうして?」

 

「一人で戦う必要はないからだ」

 

「……」

 

「雷が道を開く」

 

「……」

 

「蝶が敵を惑わせる」

 

「……」

 

「そして最後に」

 

 十兵衛は静かに笑う。

 

「二人で勝つ」

 

 しのぶの胸が。

 

 どくん、と鳴った。

 

「……それ」

 

「なんだ?」

 

「すごく素敵ですね」

 

「ああ」

 

「では」

 

 しのぶは微笑む。

 

「私たちの新しい戦い方の名前は――」

 

 少し考えて。

 

「『雷と蝶』なんて、どうでしょう?」

 

「いい名前だ」

 

「本当ですか?」

 

「ああ」

 

 十兵衛は頷く。

 

「覚えやすい」

 

「……そこですか」

 

「重要だ」

 

「ふふっ」

 

 しのぶは笑う。

 

 月明かりの下。

 

 雷を操る青年と。

 

 蝶のように舞う少女。

 

 二人の戦い方は。

 

 まだ始まったばかりだった。

 

 ◇

 

 翌日。

 

 任務。

 

 山道。

 

「来ます」

 

 しのぶが鬼を捉える。

 

「分かった」

 

 十兵衛が構える。

 

 鬼が飛び出した。

 

「人間ごときが!」

 

「十兵衛さん」

 

「ああ」

 

 二人が同時に踏み込む。

 

「雷の呼吸――」

 

「蟲の呼吸――」

 

 紫電。

 

 そして。

 

 蝶のような舞。

 

「霹靂一閃!」

 

「蝶ノ舞・戯れ!」

 

 雷が道を切り開く。

 

 蝶が鬼の動きを封じる。

 

 一瞬。

 

 鬼の首が宙を舞った。

 

 ――戦闘終了。

 

「……」

 

 しのぶは十兵衛を見る。

 

「上手くいきましたね」

 

「ああ」

 

「これなら」

 

 しのぶは微笑む。

 

「もっとたくさんの人を守れそうです」

 

「そうだな」

 

 十兵衛は空を見上げた。

 

 青空の下。

 

 一匹の蝶が飛んでいた。

 

 そして。

 

 その蝶の遥か彼方で。

 

 雷鳴が響く。

 

 ――雷と蝶。

 

 それは。

 

 後に鬼殺隊で語り継がれることになる。

 

 二人だけの戦術の。

 

 始まりだった。

 

 

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