『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』 作:夜幻
――蝶屋敷。
その朝。
鎹鴉のけたたましい鳴き声が、屋敷中に響き渡った。
「カァーッ! 任務! 緊急任務!」
縁側で朝食を取っていた竜牙十兵衛が、静かに顔を上げる。
「……緊急任務か」
「はい」
隣にいた胡蝶しのぶも立ち上がる。
「どこですか?」
「西方! 山間部! 複数の隊士が消息を絶った!」
十兵衛の目が変わる。
「複数?」
「カァーッ! 三名! さらに村人にも被害あり!」
「……」
十兵衛は湯呑みを置いた。
先ほどまでおにぎりを頬張っていた男とは思えないほど、その表情が鋭くなる。
「しのぶ」
「はい」
「準備を」
「分かりました」
その様子を見ていた胡蝶カナエが微笑む。
「気をつけてね」
「ああ」
「十兵衛くん」
「なんだ?」
「今回も、みんなを連れて帰ってきてね」
十兵衛は一瞬だけ黙った。
そして。
「任せてくれ」
力強く答えた。
◇
任務地へ向かう山道。
しのぶが十兵衛の隣を歩いている。
「今回、少し様子が変ですね」
「ああ」
「何がですか?」
「被害の出方だ」
十兵衛は周囲を見ながら答える。
「隊士三名が消息不明。その後、村人に被害」
「鬼が強いということでしょうか?」
「それだけではない」
「……?」
「もし単純に強い鬼なら、最初から村を襲えばいい」
十兵衛は地面を見る。
「だが、最初に狙われたのは鬼殺隊士だ」
「つまり?」
「俺たちの存在を知っている」
しのぶの表情が変わる。
「……待ち伏せ?」
「可能性が高い」
「では、今回の鬼は知能が高い?」
「そう考えるべきだ」
十兵衛は足を止める。
「しのぶ」
「はい」
「ここからは警戒を上げる」
「分かりました」
◇
山間の村。
到着すると。
妙な静けさが漂っていた。
「誰もいませんね」
「ああ」
十兵衛は村を見渡す。
家屋。
井戸。
倉庫。
街道。
そして山。
「……」
しのぶが尋ねる。
「何か見つかりましたか?」
「村人が全員消えたわけじゃない」
「え?」
「あそこ」
十兵衛が指差す。
屋根の上。
小さな人影。
「子供?」
「保護する」
二人が近づく。
だが。
「来ないで!」
子供が叫んだ。
「鬼がいる!」
「どこに?」
十兵衛が聞く。
「村の中じゃない!」
子供は震えながら答える。
「山の中!」
十兵衛の目が鋭くなる。
「山か」
「うん……」
「何人いる?」
「分からない」
「見たか?」
「……いっぱい」
しのぶが心配そうに子供を見る。
「大丈夫ですよ」
優しく声をかける。
「もう鬼はあなたを傷つけません」
その時。
――ヒュン。
風を切る音。
「伏せろ!」
十兵衛が叫ぶ。
しのぶと子供を抱えて地面へ伏せる。
次の瞬間。
屋根に巨大な爪痕が走った。
「……!」
しのぶが息を呑む。
「今のは……」
「鬼だ」
十兵衛は刀を抜いた。
だが。
敵の姿がない。
「……」
十兵衛は周囲を見る。
屋根。
木。
地面。
山。
そして。
「なるほど」
呟いた。
「どうしました?」
「こいつは正面から戦う気がない」
十兵衛は子供をしのぶへ預ける。
「村全体が罠だ」
◇
突然。
地面が崩れた。
「きゃっ!」
「しのぶ!」
十兵衛が手を伸ばす。
だが。
しのぶの足元が沈む。
「これは……!」
地中から無数の腕が伸びてくる。
「鬼の血鬼術!」
しのぶが刀を抜く。
十兵衛は即座に判断する。
「しのぶ、動くな!」
「え?」
「そのままだ!」
十兵衛が地面を蹴る。
「雷の呼吸――」
紫電。
「霹靂一閃!」
――轟ッ!
地面を覆っていた腕が一瞬で切り裂かれる。
しのぶを抱き上げ。
安全な場所へ着地。
「……ありがとうございます」
「無事か?」
「はい」
「ならいい」
しかし。
十兵衛はすぐに周囲を見る。
「……」
敵の姿はない。
「どうして攻撃してこないんでしょう?」
「俺たちを誘導している」
「……!」
「この村そのものが戦場だ」
十兵衛は地面に指を置く。
「敵は地中を移動している」
「では、私たちの位置を常に把握している?」
「ああ」
「どうします?」
十兵衛は答えない。
代わりに。
村全体を見る。
そして。
「……三つ」
「え?」
「敵の攻撃地点」
十兵衛は指を立てる。
「第一、ここ」
次に。
「第二、あの倉庫」
そして。
「第三、村の北側」
「なぜ分かるんです?」
「敵の攻撃間隔」
「……」
「地中を移動するなら、速度には限界がある」
「つまり?」
「俺たちを追い込んでいる」
十兵衛の目が鋭くなる。
「なら」
一歩踏み出す。
「こちらから追い込む」
◇
「しのぶ」
「はい」
「村人を集める」
「分かりました」
「子供を中心に、安全な場所へ」
「はい」
「俺は鬼を誘導する」
「……一人で?」
「ああ」
しのぶが心配そうに見る。
「危険では?」
「問題ない」
「でも――」
「しのぶ」
十兵衛はしのぶを見る。
「君を信頼している」
「……」
「だから任せる」
しのぶは少しだけ目を見開いた。
そして。
「分かりました」
笑った。
「任せてください」
◇
十兵衛が村の中央へ出る。
「来い」
静かな声。
「俺を狙っているんだろう?」
返事はない。
「なら来い」
――ドン!
地面が爆発した。
鬼の腕。
十兵衛は跳ぶ。
「雷の呼吸――」
空中。
「弐ノ型――稲魂!」
雷のような連撃。
腕を次々に切断する。
「そこだ」
しかし。
鬼は地中へ逃げる。
「逃がすか」
十兵衛は追わない。
むしろ。
「……」
村の中央へ戻る。
「来る」
次の瞬間。
北側。
轟音。
「予想通り」
十兵衛が走る。
敵は。
自分から十兵衛の想定地点へ出てきた。
「なぜだ……!」
鬼が叫ぶ。
「なぜ俺の位置が分かる!」
「分かるわけじゃない」
十兵衛は刀を構える。
「お前が来る場所を限定した」
「……!」
「戦場では」
十兵衛の瞳が冷たくなる。
「敵を倒すより」
一歩。
「敵の選択肢を減らす方が簡単だ」
「ぐ……!」
鬼が逃げようとする。
だが。
そこにはしのぶが立っていた。
「逃げ道はこちらですよ」
「女……!」
「蟲の呼吸――蝶ノ舞・戯れ」
毒。
「ぐあああ!」
鬼の動きが鈍る。
「十兵衛さん!」
「ああ!」
十兵衛が踏み込む。
「日の呼吸――円舞!」
一閃。
鬼の首が飛ぶ。
――戦闘終了。
◇
村人の救出。
負傷した隊士の発見。
そして。
鬼の討伐。
全てが終わった。
村人たちは無事。
消息不明だった隊士三名も、重傷ではあったが生存していた。
「……」
しのぶが十兵衛を見る。
「全員、生きています」
「ああ」
「十兵衛さん」
「なんだ?」
「今回の作戦」
「うん」
「最初から全部読んでいたんですか?」
「全部ではない」
「では?」
「可能性を一つずつ潰しただけだ」
しのぶは微笑む。
「それを普通は『軍略』と言うんですよ」
「そうなのか?」
「はい」
◇
帰り道。
夕焼けが山を赤く染めていた。
「十兵衛さん」
「なんだ?」
「今日が、軍師としての初陣だったんじゃありませんか?」
「……」
十兵衛は考える。
「そうかもしれない」
「感想は?」
「仲間が全員生きていて良かった」
「……」
しのぶは微笑む。
「それが、あなたらしいですね」
「そうか?」
「はい」
十兵衛は夕焼けを見る。
「戦術も、武術も」
「……」
「全部、誰かを生かすために使う」
「……」
「それが俺の戦い方だ」
しのぶは黙って隣を歩く。
そして。
「だったら」
「?」
「私は、あなたの隣で戦います」
十兵衛が見る。
「相棒だからか?」
「はい」
しのぶは笑った。
「あなたが敵を追い詰める軍師なら」
刀に手を添える。
「私は、その作戦を完成させる蝶になります」
「……」
十兵衛は頷く。
「ああ」
二人は並んで歩く。
雷と蝶。
剣と毒。
そして。
戦況を読み切る軍師と、敵を翻弄する剣士。
この日。
竜牙十兵衛は初めて。
自分の「軍師」としての力を、鬼殺隊のために完全に使った。
それはまだ、小さな一歩。
しかし。
この初陣を境に。
鬼殺隊内部で、ある噂が広がり始める。
――竜牙十兵衛。
――彼の指揮する戦場では、死者が出ない。
そして。
その噂こそが。
後に鬼殺隊の運命を大きく変えることになる。