『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』 作:夜幻
――藤襲山。
鬼殺隊士になるための最終選別が行われる場所。
山を取り囲むように咲き誇る藤の花は、夜の闇の中でも淡い紫色を漂わせていた。
その美しい光景とは裏腹に。
この山には、人を喰らう鬼が閉じ込められている。
七日間。
この山の中で生き残ること。
そして、鬼を倒すこと。
それが最終選別だった。
「…………」
山門の前。
一人の青年が静かに立っていた。
燃えるような赤髪。
整いすぎていると言っても過言ではない美貌。
すらりとした長身。
腰には一振りの刀。
その姿だけなら、どこかの名家の若君にも見える。
しかし、その瞳には一切の浮ついたものがなかった。
「……藤襲山」
青年――竜牙魁陣は、静かに山を見上げた。
異世界からこの世界へ流れ着いてから、まだそれほど時間は経っていない。
しかし、彼はすでにこの世界の情報をかなり集めていた。
鬼。
鬼殺隊。
鬼舞辻無惨。
そして、鬼を殺すために鍛えられた剣士たち。
「なるほど」
魁陣は頷く。
「敵は夜間に活動する不死の捕食者」
指を一本立てる。
「弱点は日光」
二本目。
「通常の刀では再生を許す」
三本目。
「頸を斬ることが基本」
そして四本目。
「敵には特殊能力――血鬼術がある」
ここまで独り言のように呟くと。
「……悪くない」
口元を僅かに上げた。
「戦術を組み立てやすい」
普通の人間ならば。
これから始まる命懸けの選別を前に、緊張して当然だ。
だが魁陣は違う。
彼にとって戦場とは。
恐怖する場所ではなく――分析する場所だった。
「……君」
背後から声がした。
振り返る。
そこには、面をつけた少年が立っていた。
白い狐面。
腰には刀。
少年は魁陣をじっと見つめている。
「随分と落ち着いているな」
「そうか?」
「ああ」
「緊張する必要がないからな」
「……強いのか?」
魁陣は少し考えた。
「どうだろう」
「?」
「戦ってみれば分かる」
少年は一瞬黙った。
そして。
「俺は錆兎だ」
「竜牙魁陣」
「竜牙……」
錆兎は魁陣の顔を見た。
「その髪、珍しいな」
「そうか?」
「目立つ」
「そうらしい」
魁陣本人には、外見に対する関心がほとんどない。
そのため、自分がどれほど目立っているのかも理解していなかった。
「……あなた」
今度は少女の声。
振り返る。
狐面をつけた少女が立っていた。
「真菰です」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
真菰は魁陣を見つめる。
「……なんだか、不思議な感じがします」
「何が?」
「あなたのこと」
「そうか」
「はい」
真菰は小さく笑った。
すると。
「それでは、最終選別を始めます」
藤の花の下。
二人の少女が説明を始める。
七日間。
山の中で生き残ること。
鬼を倒すこと。
そして――。
「どうか、ご武運を」
参加者たちが山へ入っていく。
魁陣も歩き出した。
その隣には錆兎。
少し後ろには真菰。
「竜牙さん」
「なんだ?」
「どう戦うつもりですか?」
真菰が尋ねる。
「まずは敵情視察だ」
「敵情視察?」
「ああ」
魁陣は山を見渡す。
「鬼は人間を狙う。ならば、夜間に活動する際には一定の行動パターンがあるはずだ」
「…………」
「さらに、藤の花によって鬼の行動範囲が限定されている」
魁陣は地面を見る。
「つまり、この山は完全な自然環境ではない。鬼の配置もある程度予測できる」
「そこまで……」
「だから」
魁陣は足を止めた。
「最初の三十分で、この山の地形と鬼の活動範囲を把握する」
「三十分で?」
「ああ」
錆兎が苦笑する。
「無茶を言うな」
「そうか?」
「普通はそんなことできない」
「普通ならな」
魁陣は淡々と答えた。
「俺は普通ではないらしい」
「自分で言うのか……」
錆兎が呆れる。
真菰はクスクスと笑った。
「面白い人ですね」
「そうか?」
「はい」
その時。
――ガサッ。
三人の会話が止まる。
森の奥から。
何かが近づいてくる。
「……来るぞ」
錆兎が刀に手をかける。
「うん」
真菰も構える。
魁陣だけは。
刀に手をかけたまま、冷静に森を見ていた。
「一体」
「え?」
「いや」
魁陣は首を横に振る。
「三体だ」
「三体!?」
次の瞬間。
木々の間から三匹の鬼が飛び出した。
「人間だぁぁぁ!」
「喰わせろ!」
「血の匂いがするぞ!」
錆兎が踏み込む。
「俺が正面を!」
「待て」
魁陣が制止した。
「右の一体は君」
「え?」
「真菰は左」
「私は?」
「中央は俺が取る」
錆兎が笑う。
「簡単に言ってくれるな!」
「簡単だ」
魁陣は刀を抜いた。
――シュン。
風が揺れる。
「来る」
鬼が飛びかかった。
その瞬間。
「雷の呼吸――」
魁陣の身体が沈む。
「壱ノ型――」
紫電が走る。
「霹靂一閃」
――ズバァッ!
鬼の首が宙を舞った。
「な――」
残る二体が硬直する。
「次」
魁陣の姿が消える。
鬼の背後。
「弐ノ型――稲魂」
横薙ぎ。
鬼の腕が落ちる。
「ぎゃああ!」
「再生速度は?」
魁陣は冷静に観察する。
「約三秒」
再生を確認。
「なるほど」
その瞬間。
「竜牙さん!」
真菰の声。
もう一体の鬼が彼女へ襲いかかっていた。
しかし。
「大丈夫です」
真菰が身を翻す。
刀が舞う。
「――!」
鬼の腕を斬り落とす。
そして。
「錆兎!」
「任せろ!」
錆兎が鬼の頸を斬った。
鬼が崩れ落ちる。
「……やるな」
魁陣が言った。
「当然だ」
錆兎が刀を納める。
「俺たちは鬼殺隊になるために来たんだからな」
真菰も頷く。
「一緒に生き残りましょう」
「ああ」
魁陣は二人を見る。
「三人ともな」
その言葉に。
錆兎と真菰は笑った。
――この時。
三人はまだ知らなかった。
この出会いが。
本来なら失われるはずだった二人の運命を変えることを。
◇
夜。
森の奥。
「……妙だ」
魁陣は木の枝に腰掛けていた。
下では錆兎と真菰が休んでいる。
「鬼の数が多い」
魁陣は地図を作っていた。
「参加者を狙うだけなら、この配置は不自然だ」
鬼が多すぎる。
しかも。
強い鬼がいる。
「……誰かが意図的に」
その瞬間。
森の奥から。
――ドン。
大地が揺れた。
「来たか」
魁陣が立ち上がる。
「錆兎」
「起きてる」
「真菰」
「はい」
二人も起き上がる。
「強い鬼がいる」
魁陣が言った。
「かなり強い」
錆兎が刀を握る。
「どれくらいだ?」
「君たち二人だけなら危険だ」
「……!」
「だが」
魁陣は刀を抜く。
「三人なら問題ない」
森の奥。
巨大な鬼が姿を現した。
「人間……!」
その身体は異様に大きい。
「喰わせろォォォ!」
錆兎が構える。
「行くぞ!」
真菰も続く。
魁陣は二人の前に手を出した。
「待て」
「?」
「この鬼は」
魁陣の瞳が鋭くなる。
「俺が倒す」
「一人で?」
「ああ」
「無茶だ!」
「いや」
魁陣は笑った。
「最適解だ」
鬼が咆哮する。
大地が震える。
そして。
魁陣が一歩踏み出した。
「雷の呼吸――」
紫電が刀身を走る。
「拾壱ノ型――紫電一閃」
世界が白く染まった。
次の瞬間。
魁陣は鬼の背後に立っていた。
「……え?」
錆兎が目を見開く。
鬼の頸に。
一筋の赤い線。
「ぐ……」
鬼が膝をつく。
「ば、馬鹿な……」
魁陣は刀を振る。
血を払う。
「戦場では」
静かに言った。
「勝てる相手と正面から戦う必要はない」
鬼が崩れ落ちる。
「勝つために必要なのは」
魁陣が二人を見る。
「敵より強くなることではない」
「…………」
「敵が最も弱くなる瞬間を作ることだ」
錆兎は黙って魁陣を見る。
「……軍師」
「ん?」
「お前、本当に剣士なのか?」
「剣士でもある」
「でも?」
「軍師でもある」
真菰が微笑む。
「どちらも似合っていますよ」
「そうか」
魁陣は頷いた。
そして。
夜空を見上げる。
月が輝いている。
「……この世界」
魁陣は呟いた。
「変えられそうだな」
その言葉は。
やがて現実になる。
錆兎と真菰の未来。
胡蝶カナエの運命。
胡蝶しのぶの復讐。
鬼殺隊の戦術。
そして。
鬼舞辻無惨の支配。
すべてが。
一人の男によって変わっていく。
竜牙魁陣。
通称――竜牙十兵衛。
最強の武を持ち。
誰よりも冷静に戦場を読み。
それでいて日常では驚くほど天然な天才軍師。
彼が鬼殺隊に入った瞬間。
歴史は。
静かに。
しかし確実に。
書き換わり始めた。