『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』 作:夜幻
――夜が、深くなっていく。
藤襲山を覆う闇は濃く、月明かりさえも木々の隙間から僅かに差し込む程度だった。
普通の人間なら、これほど暗い森を歩くことすら困難だろう。
だが。
「……四体」
木の上に立つ竜牙十兵衛は、静かに呟いた。
「南西に二体。北東に一体。そして……」
目を閉じる。
風向きが変わった。
血の臭い。
「北に一体」
十兵衛は目を開いた。
その瞳に迷いはない。
「錆兎」
「分かってる」
少し離れた場所から返事が聞こえる。
錆兎もすでに刀を抜いていた。
隣には真菰。
「私たちは北東へ行きます」
「分かった」
十兵衛は頷いた。
「ただし、無理はするな」
「十兵衛は?」
「南西へ行く」
錆兎が眉を寄せる。
「二体いるぞ」
「だから俺が行く」
「……一人で?」
「二体なら問題ない」
真菰が小さく笑う。
「本当に自信があるんですね」
「事実を言っているだけだ」
「ふふっ」
真菰は笑った。
十兵衛は真面目な顔をしている。
だが。
その返答が妙におかしい。
「では、また後で」
「ああ」
錆兎と真菰が走り出す。
十兵衛はその背中を見送った。
「……生き残れよ」
小さく呟く。
それから。
「さて」
南西へ向かって歩き出した。
◇
「グルルル……」
森の奥。
二体の鬼が、一人の参加者を追い詰めていた。
「や、やめろ!」
「喰わせろォ!」
参加者が刀を振る。
しかし。
鬼の腕を浅く傷つけただけだった。
「そんな刀じゃ俺たちは殺せねぇ!」
「終わりだなぁ!」
二体の鬼が同時に飛びかかる。
――その瞬間。
「雷の呼吸」
声がした。
「壱ノ型――霹靂一閃」
紫電。
鬼の横を一筋の光が走った。
ドサッ。
二体の鬼が地面へ転がる。
「……え?」
参加者は呆然とする。
いつの間にか。
自分の前に赤髪の青年が立っていた。
「大丈夫か?」
「は、はい……!」
「なら、ここから離れろ」
「あなたは……?」
「竜牙十兵衛」
青年はそれだけ言う。
「鬼は俺が処理する」
「でも……!」
「行け」
穏やかな声。
しかし逆らえないほどの迫力があった。
「……はい!」
参加者が走り去る。
十兵衛は鬼を見る。
首を斬られたはずなのに。
まだ動いている。
「……再生速度が速い」
鬼が笑う。
「へへ……油断したなぁ!」
首が繋がり始める。
「俺たちを殺したつもりか?」
「いや」
十兵衛は刀を構え直す。
「確認しただけだ」
「何をだ!?」
「お前たちが、どの程度の再生能力を持つのか」
鬼の顔が引きつる。
「……何?」
「分かった」
十兵衛の瞳が鋭くなる。
「では、終わりだ」
刀を横へ構える。
「日の呼吸――」
鬼が飛びかかる。
「円舞」
赫い刃が円弧を描く。
――ズバァッ!
二体の鬼の首が再び飛ぶ。
「ぐああああ!」
だが。
十兵衛は止まらない。
「弐ノ型――碧羅の天」
斬撃。
「参ノ型――烈日紅鏡」
斬撃。
「伍ノ型――火車」
斬撃。
「陸ノ型――灼骨炎陽」
鬼の身体が崩れていく。
「な、なんだ……この斬撃……!」
「日の呼吸だ」
「日の……!」
鬼が恐怖に震える。
十兵衛は淡々と告げた。
「鬼にとって太陽が弱点なら」
刀を構える。
「その性質に近い呼吸が有効なのは当然だ」
「ふざけるな!」
鬼が血鬼術を放つ。
大量の爪が地面から突き出した。
「……なるほど」
十兵衛は一歩後退。
「攻撃範囲は広い」
さらに一歩。
「だが、発動地点が限定される」
もう一歩。
「そして」
刀を振る。
「術者の位置が固定される」
「なっ……!」
「雷の呼吸――」
紫電が走る。
「拾壱ノ型――紫電一閃」
鬼の目の前へ。
瞬間移動したかのような速度。
「……!」
首が落ちる。
「これで終わりだ」
十兵衛は刀を納めた。
◇
その頃。
錆兎と真菰も鬼と戦っていた。
「――そこ!」
真菰が鬼の攻撃をかわす。
錆兎が横から斬り込む。
「はあっ!」
鬼の腕が落ちる。
「今だ!」
真菰が頷く。
二人の連携は見事だった。
だが。
鬼は一体だけではない。
背後から。
「グルル……」
巨大な鬼が現れる。
「……!」
錆兎が振り返る。
「真菰!」
「分かってる!」
二人が構える。
巨大な鬼が笑った。
「俺は他の鬼とは違うぞ」
異常な威圧感。
「お前ら程度じゃ――」
「――そこまでだ」
声がした。
「え?」
木の上。
十兵衛が立っていた。
「十兵衛!」
「遅かったな」
「今までどこに……」
「鬼を二体倒していた」
「二体……」
錆兎が呆れる。
十兵衛は地面へ降りる。
「そいつは強い」
「分かるのか?」
「ああ」
巨大な鬼を見る。
「だが」
刀を抜く。
「問題ない」
鬼が吠える。
「舐めるなァァァ!」
巨大な腕が振り下ろされる。
――ドゴォン!
地面が砕ける。
「十兵衛!」
だが。
十兵衛はそこにいない。
「雷の呼吸――」
背後。
「捌ノ型――鳴神月夜」
神速の踏み込み。
雷鳴のような連続斬撃。
「ぐあっ!」
鬼の両腕が切断される。
「な……!」
さらに。
「日の呼吸――」
刀が赫く染まる。
「漆ノ型――陽華突」
――ズドンッ!
鬼の胸部を貫く。
「が……!」
「錆兎」
「分かってる!」
錆兎が飛び込む。
「はあああっ!」
頸へ斬撃。
――ズバッ!
鬼の首が落ちる。
「……!」
鬼の身体が崩れ始める。
「助かった……」
錆兎が息を吐く。
「いや」
十兵衛は首を横に振る。
「最後に斬ったのは君だ」
「でも、お前が隙を作った」
「なら、二人の勝利だ」
真菰が微笑む。
「十兵衛は、そういうところがありますね」
「どういうところだ?」
「自分の手柄を、自分のものにしないところです」
「事実だからな」
真菰は少し嬉しそうに笑った。
◇
夜が更けていく。
参加者の数は少しずつ減っていった。
だが。
十兵衛。
錆兎。
真菰。
三人は生き残っている。
そして。
十兵衛は山の中央へ向かっていた。
「……妙だ」
またしても。
「鬼の数が減っていない」
通常ならば。
参加者が鬼を倒すほど、鬼の数は減る。
しかし。
「増えている」
十兵衛の目が細くなる。
「誰かが鬼を送り込んでいる?」
そんな可能性すら考え始める。
この最終選別。
ただの試験ではないのかもしれない。
「……調べる必要があるな」
その時。
遠くから悲鳴。
「助けてぇぇぇ!」
十兵衛は即座に走り出した。
「雷の呼吸――」
――紫電。
「壱ノ型――霹靂一閃!」
森を一直線に駆け抜ける。
その先にいたのは。
複数の鬼に囲まれた少女。
「――!」
十兵衛が着地する。
「下がれ」
少女が震える。
「え……?」
「そこから動くな」
十兵衛が刀を構える。
鬼が一斉に襲いかかる。
「数は七」
冷静に数える。
「なら――」
十兵衛の足元に紫電が走った。
「七手で終わる」
次の瞬間。
雷鳴が轟いた。
――一閃。
――二閃。
――三閃。
――四閃。
――五閃。
――六閃。
そして。
「最後」
刀が赫く染まる。
「日の呼吸――炎舞」
――ズバァッ!
七体の鬼が同時に崩れ落ちる。
少女は。
ただ呆然と十兵衛を見ていた。
「……ありがとう」
「怪我は?」
「ありません」
「ならよかった」
十兵衛は歩き出す。
「あ、あの!」
「なんだ?」
「名前を……」
「竜牙十兵衛」
少女はその名前を何度も心の中で繰り返した。
――竜牙十兵衛。
この最終選別の夜。
その名は少しずつ、参加者たちの間に広まっていった。
「赤髪の剣士がいる」
「鬼を一瞬で倒した」
「雷みたいに速かった」
「いや、太陽みたいな刀だった」
「竜牙十兵衛……」
噂は夜の山を駆け巡る。
そして。
夜明けまで残りわずかとなった頃。
十兵衛は一人、山の頂上に立っていた。
東の空が僅かに白み始めている。
「……もうすぐ朝か」
その時。
背後から足音がした。
「十兵衛」
錆兎だった。
「真菰は?」
「少し下で休んでる」
「そうか」
「お前は寝ないのか?」
「必要ない」
「……本当に人間か?」
「人間だ」
「そういう意味じゃない」
錆兎が苦笑する。
十兵衛も僅かに笑った。
「あと少しだ」
「ああ」
「生きて帰ろう」
「当然だ」
そして。
東の空から。
太陽が昇る。
藤襲山が朝日に照らされる。
七日間の最終選別。
その最初の夜は終わった。
だが。
この夜を境に。
鬼殺隊の歴史は大きく変わり始める。
竜牙十兵衛。
彼はまだ知らない。
この最終選別で救った命が。
やがて彼と共に鬼と戦う仲間となることを。
そして。
この山で出会った錆兎と真菰が。
本来なら失われるはずだった運命を。
彼自身の手で書き換えていくことになることを。
――最終選別の夜。
紫電は、まだ止まらない。