『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』   作:夜幻

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第2話 最終選別の夜

――夜が、深くなっていく。

 

 藤襲山を覆う闇は濃く、月明かりさえも木々の隙間から僅かに差し込む程度だった。

 

 普通の人間なら、これほど暗い森を歩くことすら困難だろう。

 

 だが。

 

「……四体」

 

 木の上に立つ竜牙十兵衛は、静かに呟いた。

 

「南西に二体。北東に一体。そして……」

 

 目を閉じる。

 

 風向きが変わった。

 

 血の臭い。

 

「北に一体」

 

 十兵衛は目を開いた。

 

 その瞳に迷いはない。

 

「錆兎」

 

「分かってる」

 

 少し離れた場所から返事が聞こえる。

 

 錆兎もすでに刀を抜いていた。

 

 隣には真菰。

 

「私たちは北東へ行きます」

 

「分かった」

 

 十兵衛は頷いた。

 

「ただし、無理はするな」

 

「十兵衛は?」

 

「南西へ行く」

 

 錆兎が眉を寄せる。

 

「二体いるぞ」

 

「だから俺が行く」

 

「……一人で?」

 

「二体なら問題ない」

 

 真菰が小さく笑う。

 

「本当に自信があるんですね」

 

「事実を言っているだけだ」

 

「ふふっ」

 

 真菰は笑った。

 

 十兵衛は真面目な顔をしている。

 

 だが。

 

 その返答が妙におかしい。

 

「では、また後で」

 

「ああ」

 

 錆兎と真菰が走り出す。

 

 十兵衛はその背中を見送った。

 

「……生き残れよ」

 

 小さく呟く。

 

 それから。

 

「さて」

 

 南西へ向かって歩き出した。

 

 ◇

 

「グルルル……」

 

 森の奥。

 

 二体の鬼が、一人の参加者を追い詰めていた。

 

「や、やめろ!」

 

「喰わせろォ!」

 

 参加者が刀を振る。

 

 しかし。

 

 鬼の腕を浅く傷つけただけだった。

 

「そんな刀じゃ俺たちは殺せねぇ!」

 

「終わりだなぁ!」

 

 二体の鬼が同時に飛びかかる。

 

 ――その瞬間。

 

「雷の呼吸」

 

 声がした。

 

「壱ノ型――霹靂一閃」

 

 紫電。

 

 鬼の横を一筋の光が走った。

 

 ドサッ。

 

 二体の鬼が地面へ転がる。

 

「……え?」

 

 参加者は呆然とする。

 

 いつの間にか。

 

 自分の前に赤髪の青年が立っていた。

 

「大丈夫か?」

 

「は、はい……!」

 

「なら、ここから離れろ」

 

「あなたは……?」

 

「竜牙十兵衛」

 

 青年はそれだけ言う。

 

「鬼は俺が処理する」

 

「でも……!」

 

「行け」

 

 穏やかな声。

 

 しかし逆らえないほどの迫力があった。

 

「……はい!」

 

 参加者が走り去る。

 

 十兵衛は鬼を見る。

 

 首を斬られたはずなのに。

 

 まだ動いている。

 

「……再生速度が速い」

 

 鬼が笑う。

 

「へへ……油断したなぁ!」

 

 首が繋がり始める。

 

「俺たちを殺したつもりか?」

 

「いや」

 

 十兵衛は刀を構え直す。

 

「確認しただけだ」

 

「何をだ!?」

 

「お前たちが、どの程度の再生能力を持つのか」

 

 鬼の顔が引きつる。

 

「……何?」

 

「分かった」

 

 十兵衛の瞳が鋭くなる。

 

「では、終わりだ」

 

 刀を横へ構える。

 

「日の呼吸――」

 

 鬼が飛びかかる。

 

「円舞」

 

 赫い刃が円弧を描く。

 

 ――ズバァッ!

 

 二体の鬼の首が再び飛ぶ。

 

「ぐああああ!」

 

 だが。

 

 十兵衛は止まらない。

 

「弐ノ型――碧羅の天」

 

 斬撃。

 

「参ノ型――烈日紅鏡」

 

 斬撃。

 

「伍ノ型――火車」

 

 斬撃。

 

「陸ノ型――灼骨炎陽」

 

 鬼の身体が崩れていく。

 

「な、なんだ……この斬撃……!」

 

「日の呼吸だ」

 

「日の……!」

 

 鬼が恐怖に震える。

 

 十兵衛は淡々と告げた。

 

「鬼にとって太陽が弱点なら」

 

 刀を構える。

 

「その性質に近い呼吸が有効なのは当然だ」

 

「ふざけるな!」

 

 鬼が血鬼術を放つ。

 

 大量の爪が地面から突き出した。

 

「……なるほど」

 

 十兵衛は一歩後退。

 

「攻撃範囲は広い」

 

 さらに一歩。

 

「だが、発動地点が限定される」

 

 もう一歩。

 

「そして」

 

 刀を振る。

 

「術者の位置が固定される」

 

「なっ……!」

 

「雷の呼吸――」

 

 紫電が走る。

 

「拾壱ノ型――紫電一閃」

 

 鬼の目の前へ。

 

 瞬間移動したかのような速度。

 

「……!」

 

 首が落ちる。

 

「これで終わりだ」

 

 十兵衛は刀を納めた。

 

 ◇

 

 その頃。

 

 錆兎と真菰も鬼と戦っていた。

 

「――そこ!」

 

 真菰が鬼の攻撃をかわす。

 

 錆兎が横から斬り込む。

 

「はあっ!」

 

 鬼の腕が落ちる。

 

「今だ!」

 

 真菰が頷く。

 

 二人の連携は見事だった。

 

 だが。

 

 鬼は一体だけではない。

 

 背後から。

 

「グルル……」

 

 巨大な鬼が現れる。

 

「……!」

 

 錆兎が振り返る。

 

「真菰!」

 

「分かってる!」

 

 二人が構える。

 

 巨大な鬼が笑った。

 

「俺は他の鬼とは違うぞ」

 

 異常な威圧感。

 

「お前ら程度じゃ――」

 

「――そこまでだ」

 

 声がした。

 

「え?」

 

 木の上。

 

 十兵衛が立っていた。

 

「十兵衛!」

 

「遅かったな」

 

「今までどこに……」

 

「鬼を二体倒していた」

 

「二体……」

 

 錆兎が呆れる。

 

 十兵衛は地面へ降りる。

 

「そいつは強い」

 

「分かるのか?」

 

「ああ」

 

 巨大な鬼を見る。

 

「だが」

 

 刀を抜く。

 

「問題ない」

 

 鬼が吠える。

 

「舐めるなァァァ!」

 

 巨大な腕が振り下ろされる。

 

 ――ドゴォン!

 

 地面が砕ける。

 

「十兵衛!」

 

 だが。

 

 十兵衛はそこにいない。

 

「雷の呼吸――」

 

 背後。

 

「捌ノ型――鳴神月夜」

 

 神速の踏み込み。

 

 雷鳴のような連続斬撃。

 

「ぐあっ!」

 

 鬼の両腕が切断される。

 

「な……!」

 

 さらに。

 

「日の呼吸――」

 

 刀が赫く染まる。

 

「漆ノ型――陽華突」

 

 ――ズドンッ!

 

 鬼の胸部を貫く。

 

「が……!」

 

「錆兎」

 

「分かってる!」

 

 錆兎が飛び込む。

 

「はあああっ!」

 

 頸へ斬撃。

 

 ――ズバッ!

 

 鬼の首が落ちる。

 

「……!」

 

 鬼の身体が崩れ始める。

 

「助かった……」

 

 錆兎が息を吐く。

 

「いや」

 

 十兵衛は首を横に振る。

 

「最後に斬ったのは君だ」

 

「でも、お前が隙を作った」

 

「なら、二人の勝利だ」

 

 真菰が微笑む。

 

「十兵衛は、そういうところがありますね」

 

「どういうところだ?」

 

「自分の手柄を、自分のものにしないところです」

 

「事実だからな」

 

 真菰は少し嬉しそうに笑った。

 

 ◇

 

 夜が更けていく。

 

 参加者の数は少しずつ減っていった。

 

 だが。

 

 十兵衛。

 

 錆兎。

 

 真菰。

 

 三人は生き残っている。

 

 そして。

 

 十兵衛は山の中央へ向かっていた。

 

「……妙だ」

 

 またしても。

 

「鬼の数が減っていない」

 

 通常ならば。

 

 参加者が鬼を倒すほど、鬼の数は減る。

 

 しかし。

 

「増えている」

 

 十兵衛の目が細くなる。

 

「誰かが鬼を送り込んでいる?」

 

 そんな可能性すら考え始める。

 

 この最終選別。

 

 ただの試験ではないのかもしれない。

 

「……調べる必要があるな」

 

 その時。

 

 遠くから悲鳴。

 

「助けてぇぇぇ!」

 

 十兵衛は即座に走り出した。

 

「雷の呼吸――」

 

 ――紫電。

 

「壱ノ型――霹靂一閃!」

 

 森を一直線に駆け抜ける。

 

 その先にいたのは。

 

 複数の鬼に囲まれた少女。

 

「――!」

 

 十兵衛が着地する。

 

「下がれ」

 

 少女が震える。

 

「え……?」

 

「そこから動くな」

 

 十兵衛が刀を構える。

 

 鬼が一斉に襲いかかる。

 

「数は七」

 

 冷静に数える。

 

「なら――」

 

 十兵衛の足元に紫電が走った。

 

「七手で終わる」

 

 次の瞬間。

 

 雷鳴が轟いた。

 

 ――一閃。

 

 ――二閃。

 

 ――三閃。

 

 ――四閃。

 

 ――五閃。

 

 ――六閃。

 

 そして。

 

「最後」

 

 刀が赫く染まる。

 

「日の呼吸――炎舞」

 

 ――ズバァッ!

 

 七体の鬼が同時に崩れ落ちる。

 

 少女は。

 

 ただ呆然と十兵衛を見ていた。

 

「……ありがとう」

 

「怪我は?」

 

「ありません」

 

「ならよかった」

 

 十兵衛は歩き出す。

 

「あ、あの!」

 

「なんだ?」

 

「名前を……」

 

「竜牙十兵衛」

 

 少女はその名前を何度も心の中で繰り返した。

 

 ――竜牙十兵衛。

 

 この最終選別の夜。

 

 その名は少しずつ、参加者たちの間に広まっていった。

 

「赤髪の剣士がいる」

 

「鬼を一瞬で倒した」

 

「雷みたいに速かった」

 

「いや、太陽みたいな刀だった」

 

「竜牙十兵衛……」

 

 噂は夜の山を駆け巡る。

 

 そして。

 

 夜明けまで残りわずかとなった頃。

 

 十兵衛は一人、山の頂上に立っていた。

 

 東の空が僅かに白み始めている。

 

「……もうすぐ朝か」

 

 その時。

 

 背後から足音がした。

 

「十兵衛」

 

 錆兎だった。

 

「真菰は?」

 

「少し下で休んでる」

 

「そうか」

 

「お前は寝ないのか?」

 

「必要ない」

 

「……本当に人間か?」

 

「人間だ」

 

「そういう意味じゃない」

 

 錆兎が苦笑する。

 

 十兵衛も僅かに笑った。

 

「あと少しだ」

 

「ああ」

 

「生きて帰ろう」

 

「当然だ」

 

 そして。

 

 東の空から。

 

 太陽が昇る。

 

 藤襲山が朝日に照らされる。

 

 七日間の最終選別。

 

 その最初の夜は終わった。

 

 だが。

 

 この夜を境に。

 

 鬼殺隊の歴史は大きく変わり始める。

 

 竜牙十兵衛。

 

 彼はまだ知らない。

 

 この最終選別で救った命が。

 

 やがて彼と共に鬼と戦う仲間となることを。

 

 そして。

 

 この山で出会った錆兎と真菰が。

 

 本来なら失われるはずだった運命を。

 

 彼自身の手で書き換えていくことになることを。

 

 ――最終選別の夜。

 

 紫電は、まだ止まらない。

 

 

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