『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』 作:夜幻
――藤襲山、最終選別三日目。
夜。
月明かりを遮るように雲が流れ、山の中は漆黒の闇に包まれていた。
鬼にとっては、最も動きやすい時間。
そして。
竜牙十兵衛にとっても――最も戦いやすい時間だった。
「……静かだな」
十兵衛は木々の間を歩いていた。
刀は抜いていない。
だが、いつでも抜けるよう右手は柄に添えられている。
足音はほとんどない。
呼吸も乱れていない。
全集中・常中。
それは十兵衛にとって、すでに日常そのものだった。
心拍。
血流。
筋肉。
視覚。
聴覚。
すべてを一定に保つ。
その状態で、彼は周囲の状況を読み取っていく。
「……北東に二体」
足を止める。
「西に一体」
さらに。
「南……五体」
十兵衛の眉が僅かに動いた。
「多いな」
鬼がこれほど一か所に集まるのは不自然だった。
十兵衛は腰を落とし、地面へ指を触れる。
足跡。
折れた枝。
血痕。
そして。
「……人間の足跡が三人分」
鬼に追われている。
そう判断した瞬間。
「――助けて!」
遠くから少女の悲鳴が響いた。
十兵衛の姿が消える。
「雷の呼吸――」
大地を蹴る。
「壱ノ型――霹靂一閃!」
――バァンッ!
雷鳴にも似た轟音。
木々の間を一筋の紫電が駆け抜けた。
◇
「嫌ぁぁぁ!」
少女が必死に逃げている。
その背後には五体の鬼。
「逃がすな!」
「喰わせろ!」
「その柔らかそうな腕をよこせぇ!」
少女は転倒した。
「きゃっ!」
鬼の爪が振り下ろされる。
――キィン!
火花が散った。
「……え?」
少女の目の前。
一人の青年が刀で鬼の爪を受け止めていた。
「下がれ」
低い声。
「え……?」
「後ろへ」
少女は慌てて後退する。
十兵衛は鬼を見た。
「五体か」
鬼たちが笑う。
「一人増えたところで同じだ!」
「俺たちは五人いる!」
「お前一人じゃ勝てねぇ!」
「そうか」
十兵衛は淡々と答えた。
「では確認しよう」
刀を抜く。
「どちらが正しいか」
「殺せぇ!」
五体の鬼が同時に襲いかかる。
正面。
左右。
背後。
上。
完全な包囲。
普通ならば逃げ場はない。
だが。
十兵衛は動かなかった。
「……」
目を閉じる。
音を聞く。
風を読む。
敵の足音。
筋肉の動き。
殺気。
攻撃の軌道。
すべてが。
手に取るように分かる。
「一体目」
左へ半歩。
爪が空を切る。
「二体目」
身体を反転。
背後からの攻撃を回避。
「三体目」
頭上から落下してきた鬼の顎を、刀の柄で打ち抜く。
「四体目」
右腕を掴む。
――グキッ!
「ぎゃあああ!」
関節を極め、そのまま地面へ叩きつける。
「五体目」
正面から突っ込んできた鬼を見据える。
鬼が笑う。
「死ねぇ!」
その瞬間。
十兵衛の姿が消えた。
「――雷の呼吸」
紫電が走る。
「拾壱ノ型――紫電一閃」
――ズンッ!
静寂。
鬼の動きが止まる。
次の瞬間。
首が落ちた。
「……な」
鬼の身体が崩れる。
残った四体が恐怖に包まれた。
「なんだ……今の……」
「見えなかった……」
「あいつ、どこに……」
「後ろだ」
声。
振り返る。
十兵衛が立っている。
「な――」
「遅い」
刀が閃く。
――ザシュッ!
一体。
さらに。
「日の呼吸――円舞」
二体目。
「碧羅の天」
三体目。
「烈日紅鏡」
最後の一体が後退する。
「ひっ……!」
逃げる。
十兵衛は追わない。
ただ。
「逃げても無駄だ」
静かに告げる。
鬼が振り返る。
そこには。
十兵衛がすでに回り込んでいた。
「……!」
「軍略の基本だ」
刀を構える。
「退路を残しているように見せて、そこを潰す」
「な……」
「終わりだ」
――ズバッ!
鬼の首が落ちた。
◇
「…………」
少女は呆然としていた。
五体。
それも、鬼が一瞬で倒された。
「すごい……」
十兵衛は刀を納める。
「怪我は?」
「ありません……」
「ならいい」
「あの……」
「なんだ?」
「今の技……」
「どれだ?」
「最後の……」
「ああ」
十兵衛は少し考える。
「雷の呼吸、拾壱ノ型」
「……紫電一閃?」
「そうだ」
少女はその名前を呟いた。
「紫電……一閃」
それは。
後に鬼殺隊の一部で伝説となる技の名だった。
◇
その後。
十兵衛は少女を安全な場所まで送り届けた。
そして。
「……さて」
一人になった。
「残り四日」
十兵衛は夜空を見上げる。
最終選別。
参加者の生存率は低い。
だが。
「今回は違う」
十兵衛は呟いた。
すでに十数人の参加者を救っている。
鬼の行動範囲も把握しつつある。
戦闘能力の低い参加者を危険区域から遠ざけ。
強い参加者を要所に配置。
鬼同士の行動範囲が重ならないよう誘導する。
知らず知らずのうちに。
十兵衛は最終選別そのものを――戦場として再構築していた。
「これなら」
彼は小さく笑う。
「死者をかなり減らせる」
その時。
「十兵衛!」
聞き覚えのある声。
錆兎だった。
「ここにいたのか」
「ああ」
錆兎が近づいてくる。
「真菰も無事だ」
「そうか」
「お前は?」
「問題ない」
「……また一人で鬼を倒したのか?」
「五体」
「五体!?」
「それほどでもない」
「いや、普通はそれほどだ!」
錆兎が頭を抱える。
そこへ真菰がやって来る。
「十兵衛」
「なんだ?」
「今、すごい音がしました」
「鬼を倒した」
「何体?」
「五体」
「……やっぱり」
真菰は苦笑した。
「十兵衛がいると安心しますね」
「そうか?」
「はい」
真菰は嬉しそうに笑う。
「だって、死なない気がしますから」
「死なせない」
十兵衛は即答した。
「え?」
「君たちは死なせない」
錆兎と真菰が黙る。
十兵衛は続けた。
「俺の目の届く範囲にいる限り」
「…………」
「誰も死なせない」
その言葉には。
一切の冗談がなかった。
◇
しかし。
同じ頃。
藤襲山のさらに奥。
異様な気配を放つ鬼が、一体。
木々の間から姿を現した。
巨大な身体。
異常なほどの腕。
そして。
「……竜牙十兵衛」
鬼は呟いた。
「妙な奴がいるな」
その鬼は。
他の鬼とは明らかに違っていた。
知性。
戦闘経験。
そして。
強さ。
「俺たちを次々と殺している」
鬼は笑う。
「ならば――」
拳を握る。
「俺が殺してやろう」
その殺気が。
夜の森を震わせた。
十兵衛は遠く離れた場所で。
その気配を感じ取った。
「…………」
立ち止まる。
「来たか」
錆兎が問う。
「何が?」
「強い鬼だ」
十兵衛の瞳が鋭くなる。
「かなり強い」
真菰が心配そうに見る。
「大丈夫?」
「ああ」
十兵衛は刀の柄に手を置いた。
「むしろ」
僅かに笑う。
「ちょうどいい」
雷鳴が。
遠くで響いた。
紫電が。
夜空を一瞬だけ照らした。
そして。
竜牙十兵衛は。
未知なる強敵へ向かって歩き始める。
その背中を。
錆兎と真菰が追う。
――最終選別三日目。
最も長い夜が。
始まろうとしていた。