『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』   作:夜幻

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第6話 全集中・常中

 ――藤襲山、最終選別五日目。

 

 夜明け前。

 

 森の中に、静かな呼吸音が響いていた。

 

 すう――。

 

 はあ――。

 

 すう――。

 

 はあ――。

 

 木の根元に座る竜牙十兵衛は、目を閉じていた。

 

 刀は脇に置いてある。

 

 身体には一切の力が入っていない。

 

 しかし。

 

 その胸郭は一定の間隔で動き続けていた。

 

 呼吸。

 

 心拍。

 

 血流。

 

 筋肉。

 

 すべてが乱れない。

 

「……」

 

 十兵衛は目を開いた。

 

「全集中・常中」

 

 静かに呟く。

 

 この世界の剣士たちにとって、それは容易な技術ではない。

 

 常に全集中の呼吸を維持する。

 

 戦闘中だけではない。

 

 歩いている時も。

 

 眠っている時も。

 

 食事をしている時も。

 

 意識せずに呼吸を続ける。

 

 極めれば、身体能力そのものが大きく向上する。

 

 だが。

 

 十兵衛にとっては――。

 

「……これが普通だな」

 

 あまりにも自然なことだった。

 

 異世界で武術を極めた彼にとって、呼吸の制御は基礎中の基礎。

 

 だからこそ。

 

 鬼殺隊に入る前から、すでに全集中・常中を体得していた。

 

「……十兵衛」

 

 声がする。

 

 木の向こうから錆兎が現れた。

 

「起きていたのか」

 

「ああ」

 

「また呼吸の鍛錬?」

 

「鍛錬というほどでもない」

 

 十兵衛は立ち上がる。

 

「呼吸しているだけだ」

 

「いや、それが難しいんだろ」

 

「そうなのか?」

 

「そうだ」

 

 錆兎は呆れた。

 

「お前は何でも簡単に言いすぎる」

 

 その後ろから真菰も現れる。

 

「おはよう、十兵衛」

 

「おはよう」

 

「今の呼吸……」

 

 真菰が十兵衛を見る。

 

「ずっと続けていたの?」

 

「ああ」

 

「寝ている時も?」

 

「ああ」

 

「……本当に?」

 

「たぶん」

 

「たぶん?」

 

「寝ている間は自分で確認できないからな」

 

 真菰が思わず吹き出した。

 

「ふふっ」

 

「何がおかしい?」

 

「なんでもないよ」

 

 ◇

 

 朝。

 

 三人は山を歩いていた。

 

 最終選別も五日目。

 

 参加者の数はかなり減っていた。

 

 だが。

 

 十兵衛たちの周囲には、まだ何人もの参加者が生き残っている。

 

 その理由は明白だった。

 

 十兵衛が鬼を倒し続けているからだ。

 

「……」

 

 十兵衛が突然足を止める。

 

「どうした?」

 

 錆兎が尋ねる。

 

「鬼がいる」

 

「どこだ?」

 

「南東」

 

「距離は?」

 

「約四百」

 

 真菰が目を細める。

 

「見えないよ?」

 

「音だ」

 

「音?」

 

「木々の間を歩いている」

 

 十兵衛は耳を澄ます。

 

「二体」

 

 そして。

 

「いや、三体」

 

「……三体」

 

 錆兎が刀を握る。

 

「行こう」

 

「ああ」

 

 ◇

 

 森の中。

 

 三体の鬼が、一人の参加者を追っていた。

 

「逃げろ!」

 

「喰わせろ!」

 

「その足を止めろ!」

 

 参加者は必死に走る。

 

 しかし。

 

 体力が限界に近い。

 

「もう……駄目だ……」

 

 木の根に足を取られ、転倒する。

 

 鬼が飛びかかる。

 

 ――その瞬間。

 

「雷の呼吸――」

 

 紫電が走った。

 

「壱ノ型――霹靂一閃!」

 

 ――ズバァッ!

 

 一体目。

 

「ぎゃあ!」

 

 二体目。

 

「な……!」

 

 三体目。

 

「待――」

 

 ――ズバッ!

 

 すべての鬼が倒れる。

 

「……」

 

 参加者は呆然とする。

 

「三体……一瞬で……」

 

 十兵衛は刀を納める。

 

「怪我は?」

 

「ありません……」

 

「なら立てるか?」

 

「はい」

 

「よし」

 

 十兵衛は歩き出す。

 

「……あの」

 

「なんだ?」

 

「どうして、そんなに速く動けるんですか?」

 

「呼吸だ」

 

「呼吸?」

 

「ああ」

 

 十兵衛は説明する。

 

「身体へ酸素を取り込み、血流を制御する」

 

「……」

 

「筋肉の働きを最大限に引き出す」

 

「そんなことが……」

 

「できる」

 

 十兵衛は淡々と答えた。

 

「ただし、常に維持する必要がある」

 

「常に?」

 

「そうだ」

 

 参加者は目を丸くした。

 

「戦っている時だけじゃなく?」

 

「歩いている時も」

 

「食事中も?」

 

「ああ」

 

「寝ている時も?」

 

「おそらく」

 

「……すごい」

 

 十兵衛は首を傾げた。

 

「そうか?」

 

 参加者は思った。

 

 この人。

 

 本当に自分が凄いことをしている自覚がない。

 

 ◇

 

 その日の昼。

 

 小さな川のほとり。

 

 十兵衛は水を汲んでいた。

 

「……」

 

 水面を見る。

 

 自分の顔が映る。

 

 赤い髪。

 

 整った顔。

 

 鋭い瞳。

 

「……髪が長くなったな」

 

 十兵衛はそう呟く。

 

 しかし。

 

 自分の顔には興味がない。

 

 背後から。

 

「十兵衛」

 

 真菰が声をかける。

 

「なんだ?」

 

「……顔を見ていたの?」

 

「髪の長さを確認していただけだ」

 

「そう」

 

 真菰は微笑む。

 

「綺麗な顔なのに」

 

「そうか?」

 

「うん」

 

「戦闘には関係ない」

 

「……そこなんだね」

 

 真菰は苦笑した。

 

 ◇

 

 夕方。

 

 鬼が現れた。

 

 今までとは違う。

 

 異様な殺気。

 

「……」

 

 十兵衛は立ち止まる。

 

「来る」

 

 錆兎が刀を抜く。

 

「強いか?」

 

「かなり」

 

「なら、俺も――」

 

「いや」

 

 十兵衛が手を上げる。

 

「今回は俺が戦う」

 

「一人で?」

 

「ああ」

 

 真菰が心配そうに見る。

 

「気をつけて」

 

「分かった」

 

 十兵衛は歩き出した。

 

 森の奥。

 

 そこにいたのは。

 

 巨大な鬼だった。

 

「……お前か」

 

 鬼が笑う。

 

「竜牙十兵衛」

 

「そうだ」

 

「お前を殺せば、他の鬼たちから認められる」

 

「そうか」

 

「俺は強いぞ!」

 

「知っている」

 

「なら、なぜそんな顔をしている!」

 

 十兵衛は答える。

 

「君が強いことと、俺が勝つことは別問題だ」

 

「何だと!」

 

 鬼が突進。

 

 ――ドゴンッ!

 

 十兵衛は避ける。

 

 続けて拳。

 

 蹴り。

 

 頭突き。

 

 すべて回避。

 

「なぜ当たらん!」

 

「呼吸が乱れている」

 

「何?」

 

「怒りで呼吸が速くなっている」

 

 十兵衛は刀を抜く。

 

「攻撃の精度も落ちている」

 

 鬼が吠える。

 

「黙れ!」

 

 さらに突進。

 

 十兵衛は一歩だけ横へ。

 

「全集中」

 

 呼吸が深くなる。

 

「常中」

 

 身体が研ぎ澄まされる。

 

 そして。

 

「雷の呼吸――」

 

 紫電。

 

「拾壱ノ型――紫電一閃」

 

 ――バァンッ!

 

 一瞬。

 

 鬼の懐へ。

 

「な――」

 

 首へ刃が入る。

 

 しかし。

 

「浅い!」

 

 鬼が笑う。

 

 首が硬い。

 

「俺の首は斬れない!」

 

「……そうか」

 

 十兵衛は冷静だった。

 

「なら、もう一度」

 

「何?」

 

 呼吸が変わる。

 

 雷のような速度。

 

 そして。

 

 日の呼吸の熱。

 

「雷・日の呼吸」

 

 刀身が赫く輝く。

 

「――融合」

 

 十兵衛の身体から。

 

 凄まじい圧力が放たれた。

 

「何だ……その呼吸は……!」

 

「俺の呼吸だ」

 

 十兵衛は踏み込む。

 

「雷で距離を詰め」

 

 紫電。

 

「日の呼吸で斬る」

 

 赫い刃。

 

「これで――」

 

 刀が鬼の首へ。

 

「終わりだ」

 

 ――ズバァッ!

 

 鬼の首が落ちた。

 

「……」

 

 鬼は何が起きたのか理解できないまま。

 

 灰となって消えていく。

 

 ◇

 

「……凄い」

 

 戦いを見ていた錆兎が呟く。

 

 真菰も頷く。

 

「呼吸が変わった瞬間……別人みたいだった」

 

「十兵衛」

 

 錆兎が近づく。

 

「今のは?」

 

「雷と日の呼吸を繋いだ」

 

「そんなことができるのか?」

 

「できる」

 

「どうやって?」

 

「感覚だ」

 

「…………」

 

 錆兎は黙った。

 

「お前に聞いた俺が悪かった」

 

「なぜ?」

 

「説明が全然説明になってない」

 

 真菰が笑う。

 

「十兵衛らしいね」

 

「そうか?」

 

「あはは」

 

 ◇

 

 夜。

 

 三人は焚き火を囲んでいた。

 

 十兵衛は静かに呼吸している。

 

 すう――。

 

 はあ――。

 

 すう――。

 

 はあ――。

 

 錆兎が尋ねる。

 

「十兵衛」

 

「なんだ?」

 

「お前は、どうしてそこまで強くなった?」

 

 十兵衛は炎を見る。

 

「……守るためだ」

 

「守る?」

 

「ああ」

 

 少し間を置く。

 

「強さは目的じゃない」

 

「……」

 

「誰かを守るための手段だ」

 

 真菰が静かに聞いている。

 

「だから」

 

 十兵衛は続けた。

 

「俺は強くなる」

 

「これからも?」

 

「ああ」

 

「どこまで?」

 

 十兵衛は空を見上げた。

 

「守れる人間が一人でも増える限り」

 

 その言葉に。

 

 錆兎は拳を握った。

 

「……俺も」

 

「?」

 

「俺も強くなる」

 

 真菰も笑う。

 

「私も」

 

 十兵衛は二人を見る。

 

「そうか」

 

 そして。

 

「なら、三人で生き残ろう」

 

 炎が揺れる。

 

 夜空に星が瞬く。

 

 全集中・常中。

 

 それは単なる技術ではない。

 

 己の身体を極限まで制御し。

 

 己の心を乱さず。

 

 守るべきもののために、力を使い続けるための基礎。

 

 竜牙十兵衛は。

 

 すでにその境地へ到達していた。

 

 そして。

 

 最終選別は残り二日。

 

 彼の存在によって。

 

 本来なら死ぬはずだった参加者たちは、一人、また一人と生き残っていく。

 

 ――運命は。

 

 確実に変わり始めていた。

 

 

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