『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』   作:夜幻

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第7話 真菰との出会い

 ――藤襲山。

 

 最終選別五日目。

 

 夜の帳が山を覆い始めていた。

 

 鬼たちが蠢く森の中を、竜牙十兵衛は一人で歩いていた。

 

 すう――。

 

 はあ――。

 

 一定の呼吸。

 

 全集中・常中。

 

 足音はほとんどなく、木々の間を抜けていく。

 

「……」

 

 十兵衛が足を止めた。

 

 風が吹く。

 

 木の葉が揺れる。

 

 その中に、微かな音が混じっていた。

 

 ――しゃり。

 

 刀が鞘から抜かれる音。

 

「誰かいるな」

 

 十兵衛は音のした方向へ向かう。

 

 すると。

 

「――ッ!」

 

 少女の姿が見えた。

 

 狐の面をつけた少女。

 

 小柄な身体。

 

 しかし、その構えには無駄がない。

 

 目の前には一体の鬼。

 

「死ねぇ!」

 

 鬼が爪を振り下ろす。

 

 少女は身体を捻って回避。

 

 そして刀を振るう。

 

 ――ザシュッ!

 

「ぐあっ!」

 

 鬼の腕が切り落とされた。

 

「まだ……!」

 

 少女は間合いを詰める。

 

 だが。

 

「――危ない!」

 

 十兵衛が叫ぶ。

 

「え?」

 

 少女の背後。

 

 別の鬼が迫っていた。

 

「お前一人だと思ったか!」

 

 鬼の爪が少女へ迫る。

 

 ――キィン!

 

 火花が散った。

 

 十兵衛の刀が鬼の爪を受け止めていた。

 

「……!」

 

 少女が驚く。

 

「下がれ」

 

「でも……」

 

「二体目だ」

 

 十兵衛が鬼を押し返す。

 

「君は目の前の鬼に集中していた」

 

「……!」

 

「戦場では、敵を一体だけだと思わない方がいい」

 

 少女は頷いた。

 

「分かりました」

 

 その声は。

 

 思っていたより幼かった。

 

「なら、こちらは任せろ」

 

 十兵衛は鬼へ向き直る。

 

「お前の相手は俺だ」

 

「人間風情が!」

 

 鬼が襲いかかる。

 

 十兵衛は一歩踏み込む。

 

「雷の呼吸――」

 

 紫電。

 

「壱ノ型――霹靂一閃」

 

 ――バァンッ!

 

 鬼の首が落ちた。

 

 ほぼ同時に。

 

 少女の刀も、最初の鬼の首を捉えていた。

 

 鬼が灰になる。

 

 静寂。

 

「……」

 

 少女は刀を納めた。

 

「助けていただいて、ありがとうございました」

 

「礼はいらない」

 

 十兵衛も刀を納める。

 

「君が自分で倒した鬼だ」

 

「でも、背後の鬼を教えてくれました」

 

「ああ」

 

「あなたがいなければ……」

 

「なら、次から気をつければいい」

 

 少女は少しだけ首を傾げる。

 

「あなたは……変わった人ですね」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

 十兵衛は真面目な顔で考え込んだ。

 

「初対面で変わった人と言われたのは初めてだ」

 

「……そうですか」

 

 少女が小さく笑う。

 

「ふふっ」

 

「何かおかしいか?」

 

「いえ」

 

 少女は狐の面を少し直した。

 

「あなたのお名前を聞いても?」

 

「竜牙十兵衛」

 

「竜牙……十兵衛さん」

 

「ああ」

 

「私は――」

 

 少女が名乗ろうとした、その時。

 

 遠くから鬼の咆哮が響いた。

 

「グオオオオオッ!」

 

 二人の表情が変わる。

 

「まだいるな」

 

「はい」

 

「行こう」

 

「え?」

 

「鬼を倒す」

 

「……はい!」

 

 二人は同時に走り出した。

 

 ◇

 

 それから数時間。

 

 十兵衛と少女は、偶然とは思えないほど何度も遭遇した。

 

 一体。

 

 二体。

 

 三体。

 

 鬼を見つけるたび、二人は自然と共闘していく。

 

「右!」

 

「分かっています!」

 

 少女が右の鬼を斬る。

 

「左から来る!」

 

「はい!」

 

 十兵衛が左の鬼を斬る。

 

「上!」

 

「――!」

 

 少女が跳躍。

 

 鬼の爪をかわす。

 

 そして。

 

 ――ズバッ!

 

「これで最後です!」

 

 鬼が消滅する。

 

 十兵衛は刀を納める。

 

「良い動きだ」

 

「ありがとうございます」

 

「ただし」

 

「はい?」

 

「少し前に出すぎる」

 

「……」

 

「敵を倒そうとする意識が強すぎる」

 

「気をつけます」

 

「それと」

 

「まだありますか?」

 

「鬼を倒した後、必ず周囲を確認しろ」

 

「はい」

 

 少女は素直に頷く。

 

 そして。

 

「十兵衛さんも」

 

「俺?」

 

「はい」

 

「何か問題が?」

 

「……さっき」

 

 少女は少し困ったように笑う。

 

「鬼を倒した後、反対方向へ歩いていました」

 

「……」

 

「森の出口は逆でした」

 

「…………」

 

 十兵衛は沈黙した。

 

「……そうだったか」

 

「はい」

 

「気づかなかった」

 

「やっぱり」

 

「?」

 

 少女が笑う。

 

「十兵衛さん、もしかして方向音痴ですか?」

 

「…………」

 

「違いますか?」

 

「……地形を記憶しているから問題ない」

 

「今、思い切り迷っていましたよね?」

 

「……」

 

 十兵衛は空を見上げた。

 

「星の位置から判断できる」

 

「今日は曇っていますよ?」

 

「…………」

 

 少女はとうとう吹き出した。

 

「ふふっ……あははっ!」

 

「……」

 

「すみません。でも……」

 

 少女は笑いながら。

 

「なんだか安心しました」

 

「安心?」

 

「はい」

 

 少女は十兵衛を見る。

 

「完璧な人なのかと思っていましたから」

 

「俺は完璧ではない」

 

「そうみたいですね」

 

「……」

 

「ふふっ」

 

 ◇

 

 夜が深くなる。

 

 二人は小さな泉のそばで休んでいた。

 

 少女が狐の面を外す。

 

 初めて、その素顔が月明かりに照らされた。

 

 柔らかな表情。

 

 優しい瞳。

 

 儚げな美しさ。

 

「……」

 

 十兵衛は一瞬だけ見つめた。

 

「どうしました?」

 

「いや」

 

 十兵衛は首を振る。

 

「面を外した方が呼吸しやすそうだと思った」

 

「……」

 

 少女が固まる。

 

「それだけですか?」

 

「ああ」

 

「……そうですか」

 

 少女は少し頬を膨らませた。

 

「十兵衛さんって、本当に天然ですね」

 

「また言われた」

 

「だって……」

 

 少女は笑った。

 

「私の顔を見ても何も思わないんですか?」

 

「怪我がないことを確認した」

 

「そういう意味じゃありません」

 

「?」

 

「……もういいです」

 

 少女は小さく笑う。

 

 それから。

 

「私の名前」

 

「?」

 

「まだ名乗っていませんでしたね」

 

「ああ」

 

 少女は静かに告げた。

 

「真菰です」

 

「真菰」

 

「はい」

 

「覚えた」

 

「ありがとうございます」

 

 十兵衛は頷いた。

 

「よろしく、真菰」

 

「……はい」

 

 その瞬間。

 

 真菰の胸の奥で。

 

 何かが小さく温かくなった。

 

 ◇

 

 翌朝。

 

 十兵衛が目を覚ます。

 

「……」

 

 隣を見る。

 

 真菰が眠っている。

 

「……」

 

 十兵衛は立ち上がる。

 

 薪を集める。

 

 水を汲む。

 

 簡単な食事を用意する。

 

「……」

 

 真菰が目を覚ました。

 

「おはようございます」

 

「おはよう」

 

「これ……?」

 

「朝食だ」

 

「作ってくれたんですか?」

 

「ああ」

 

 真菰は嬉しそうに笑った。

 

「いただきます」

 

 おにぎりを一口。

 

「……美味しい」

 

「そうか」

 

「はい」

 

「それは良かった」

 

 十兵衛もおにぎりを食べる。

 

 真菰はしばらく十兵衛を見ていた。

 

「何か?」

 

「いえ」

 

「?」

 

「……なんでもありません」

 

 真菰は微笑んだ。

 

 ◇

 

 その日の昼。

 

 二人は再び鬼と遭遇した。

 

 だが。

 

 今度の鬼は強かった。

 

「真菰!」

 

「はい!」

 

 鬼が突進する。

 

 真菰が受け止める。

 

 しかし。

 

「くっ……!」

 

 力で押される。

 

 十兵衛が援護しようとする。

 

 だが。

 

「十兵衛さん!」

 

 真菰が叫ぶ。

 

「後ろ!」

 

 十兵衛が振り返る。

 

 別の鬼。

 

「……!」

 

 爪が迫る。

 

 ――キィン!

 

 真菰が飛び込んだ。

 

「危ない!」

 

 十兵衛の前に立つ。

 

 鬼の攻撃を刀で受ける。

 

「真菰!」

 

「今です!」

 

 十兵衛は理解した。

 

「……任せろ」

 

 雷の呼吸。

 

 壱ノ型。

 

 ――霹靂一閃。

 

 鬼の首が落ちる。

 

 そして。

 

 真菰の目の前の鬼へ。

 

「日の呼吸――円舞」

 

 ――ズバッ!

 

 最後の鬼も消滅した。

 

「……」

 

 真菰が息を吐く。

 

「終わりましたね」

 

「ああ」

 

「十兵衛さん」

 

「なんだ?」

 

「さっき、助けてくれてありがとうございました」

 

「それはこちらの台詞だ」

 

「え?」

 

「君が俺を守った」

 

「……」

 

 真菰は驚いた。

 

「私が?」

 

「ああ」

 

「でも、私は……」

 

「仲間を守る」

 

 十兵衛は言った。

 

「それは強さだ」

 

「……」

 

 真菰の瞳が揺れる。

 

「ありがとう」

 

 小さな声。

 

「十兵衛」

 

 初めて。

 

 「さん」を外した。

 

「……」

 

 十兵衛は特に気にする様子もなく。

 

「ああ」

 

 と頷いた。

 

 真菰は少しだけ笑った。

 

 ◇

 

 夜。

 

 藤襲山の空に星が瞬く。

 

 十兵衛と真菰は並んで歩いていた。

 

「十兵衛」

 

「なんだ?」

 

「私ね」

 

「うん」

 

「最終選別が終わっても……」

 

 真菰は言葉を選ぶ。

 

「また会えるかな?」

 

「会える」

 

 即答。

 

「本当?」

 

「ああ」

 

「どうして分かるの?」

 

「俺が会いに行くから」

 

「……」

 

 真菰は目を見開いた。

 

 十兵衛は真面目な顔をしている。

 

「君は強い」

 

「……」

 

「それに」

 

 少し考えて。

 

「一緒にいると楽しい」

 

「……っ」

 

 真菰の頬が赤くなる。

 

「そ、そう……」

 

「ああ」

 

「……ありがとう」

 

 真菰は前を向く。

 

 その横顔は。

 

 とても嬉しそうだった。

 

 十兵衛はそんな彼女を見て。

 

「どうした?」

 

「なんでもないよ」

 

「そうか」

 

 そして二人は歩き続ける。

 

 まだ名前すら知らなかった少女と。

 

 異世界から来た青年。

 

 本来なら。

 

 この二人が出会うことはなかった。

 

 本来なら。

 

 真菰の運命も。

 

 この先で待つ未来も。

 

 変わることはなかった。

 

 しかし――。

 

「真菰」

 

「なに?」

 

「明日も一緒に行動しよう」

 

「……うん!」

 

 その一言が。

 

 運命の歯車を動かした。

 

 藤襲山にて。

 

 竜牙十兵衛と真菰。

 

 二人の物語が。

 

 静かに始まった。

 

 

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