『赫き日輪と紫電の如く〜最強無双の天然軍師、並行世界を征く〜』 作:夜幻
――藤襲山。
最終選別五日目。
夜の帳が山を覆い始めていた。
鬼たちが蠢く森の中を、竜牙十兵衛は一人で歩いていた。
すう――。
はあ――。
一定の呼吸。
全集中・常中。
足音はほとんどなく、木々の間を抜けていく。
「……」
十兵衛が足を止めた。
風が吹く。
木の葉が揺れる。
その中に、微かな音が混じっていた。
――しゃり。
刀が鞘から抜かれる音。
「誰かいるな」
十兵衛は音のした方向へ向かう。
すると。
「――ッ!」
少女の姿が見えた。
狐の面をつけた少女。
小柄な身体。
しかし、その構えには無駄がない。
目の前には一体の鬼。
「死ねぇ!」
鬼が爪を振り下ろす。
少女は身体を捻って回避。
そして刀を振るう。
――ザシュッ!
「ぐあっ!」
鬼の腕が切り落とされた。
「まだ……!」
少女は間合いを詰める。
だが。
「――危ない!」
十兵衛が叫ぶ。
「え?」
少女の背後。
別の鬼が迫っていた。
「お前一人だと思ったか!」
鬼の爪が少女へ迫る。
――キィン!
火花が散った。
十兵衛の刀が鬼の爪を受け止めていた。
「……!」
少女が驚く。
「下がれ」
「でも……」
「二体目だ」
十兵衛が鬼を押し返す。
「君は目の前の鬼に集中していた」
「……!」
「戦場では、敵を一体だけだと思わない方がいい」
少女は頷いた。
「分かりました」
その声は。
思っていたより幼かった。
「なら、こちらは任せろ」
十兵衛は鬼へ向き直る。
「お前の相手は俺だ」
「人間風情が!」
鬼が襲いかかる。
十兵衛は一歩踏み込む。
「雷の呼吸――」
紫電。
「壱ノ型――霹靂一閃」
――バァンッ!
鬼の首が落ちた。
ほぼ同時に。
少女の刀も、最初の鬼の首を捉えていた。
鬼が灰になる。
静寂。
「……」
少女は刀を納めた。
「助けていただいて、ありがとうございました」
「礼はいらない」
十兵衛も刀を納める。
「君が自分で倒した鬼だ」
「でも、背後の鬼を教えてくれました」
「ああ」
「あなたがいなければ……」
「なら、次から気をつければいい」
少女は少しだけ首を傾げる。
「あなたは……変わった人ですね」
「そうか?」
「はい」
十兵衛は真面目な顔で考え込んだ。
「初対面で変わった人と言われたのは初めてだ」
「……そうですか」
少女が小さく笑う。
「ふふっ」
「何かおかしいか?」
「いえ」
少女は狐の面を少し直した。
「あなたのお名前を聞いても?」
「竜牙十兵衛」
「竜牙……十兵衛さん」
「ああ」
「私は――」
少女が名乗ろうとした、その時。
遠くから鬼の咆哮が響いた。
「グオオオオオッ!」
二人の表情が変わる。
「まだいるな」
「はい」
「行こう」
「え?」
「鬼を倒す」
「……はい!」
二人は同時に走り出した。
◇
それから数時間。
十兵衛と少女は、偶然とは思えないほど何度も遭遇した。
一体。
二体。
三体。
鬼を見つけるたび、二人は自然と共闘していく。
「右!」
「分かっています!」
少女が右の鬼を斬る。
「左から来る!」
「はい!」
十兵衛が左の鬼を斬る。
「上!」
「――!」
少女が跳躍。
鬼の爪をかわす。
そして。
――ズバッ!
「これで最後です!」
鬼が消滅する。
十兵衛は刀を納める。
「良い動きだ」
「ありがとうございます」
「ただし」
「はい?」
「少し前に出すぎる」
「……」
「敵を倒そうとする意識が強すぎる」
「気をつけます」
「それと」
「まだありますか?」
「鬼を倒した後、必ず周囲を確認しろ」
「はい」
少女は素直に頷く。
そして。
「十兵衛さんも」
「俺?」
「はい」
「何か問題が?」
「……さっき」
少女は少し困ったように笑う。
「鬼を倒した後、反対方向へ歩いていました」
「……」
「森の出口は逆でした」
「…………」
十兵衛は沈黙した。
「……そうだったか」
「はい」
「気づかなかった」
「やっぱり」
「?」
少女が笑う。
「十兵衛さん、もしかして方向音痴ですか?」
「…………」
「違いますか?」
「……地形を記憶しているから問題ない」
「今、思い切り迷っていましたよね?」
「……」
十兵衛は空を見上げた。
「星の位置から判断できる」
「今日は曇っていますよ?」
「…………」
少女はとうとう吹き出した。
「ふふっ……あははっ!」
「……」
「すみません。でも……」
少女は笑いながら。
「なんだか安心しました」
「安心?」
「はい」
少女は十兵衛を見る。
「完璧な人なのかと思っていましたから」
「俺は完璧ではない」
「そうみたいですね」
「……」
「ふふっ」
◇
夜が深くなる。
二人は小さな泉のそばで休んでいた。
少女が狐の面を外す。
初めて、その素顔が月明かりに照らされた。
柔らかな表情。
優しい瞳。
儚げな美しさ。
「……」
十兵衛は一瞬だけ見つめた。
「どうしました?」
「いや」
十兵衛は首を振る。
「面を外した方が呼吸しやすそうだと思った」
「……」
少女が固まる。
「それだけですか?」
「ああ」
「……そうですか」
少女は少し頬を膨らませた。
「十兵衛さんって、本当に天然ですね」
「また言われた」
「だって……」
少女は笑った。
「私の顔を見ても何も思わないんですか?」
「怪我がないことを確認した」
「そういう意味じゃありません」
「?」
「……もういいです」
少女は小さく笑う。
それから。
「私の名前」
「?」
「まだ名乗っていませんでしたね」
「ああ」
少女は静かに告げた。
「真菰です」
「真菰」
「はい」
「覚えた」
「ありがとうございます」
十兵衛は頷いた。
「よろしく、真菰」
「……はい」
その瞬間。
真菰の胸の奥で。
何かが小さく温かくなった。
◇
翌朝。
十兵衛が目を覚ます。
「……」
隣を見る。
真菰が眠っている。
「……」
十兵衛は立ち上がる。
薪を集める。
水を汲む。
簡単な食事を用意する。
「……」
真菰が目を覚ました。
「おはようございます」
「おはよう」
「これ……?」
「朝食だ」
「作ってくれたんですか?」
「ああ」
真菰は嬉しそうに笑った。
「いただきます」
おにぎりを一口。
「……美味しい」
「そうか」
「はい」
「それは良かった」
十兵衛もおにぎりを食べる。
真菰はしばらく十兵衛を見ていた。
「何か?」
「いえ」
「?」
「……なんでもありません」
真菰は微笑んだ。
◇
その日の昼。
二人は再び鬼と遭遇した。
だが。
今度の鬼は強かった。
「真菰!」
「はい!」
鬼が突進する。
真菰が受け止める。
しかし。
「くっ……!」
力で押される。
十兵衛が援護しようとする。
だが。
「十兵衛さん!」
真菰が叫ぶ。
「後ろ!」
十兵衛が振り返る。
別の鬼。
「……!」
爪が迫る。
――キィン!
真菰が飛び込んだ。
「危ない!」
十兵衛の前に立つ。
鬼の攻撃を刀で受ける。
「真菰!」
「今です!」
十兵衛は理解した。
「……任せろ」
雷の呼吸。
壱ノ型。
――霹靂一閃。
鬼の首が落ちる。
そして。
真菰の目の前の鬼へ。
「日の呼吸――円舞」
――ズバッ!
最後の鬼も消滅した。
「……」
真菰が息を吐く。
「終わりましたね」
「ああ」
「十兵衛さん」
「なんだ?」
「さっき、助けてくれてありがとうございました」
「それはこちらの台詞だ」
「え?」
「君が俺を守った」
「……」
真菰は驚いた。
「私が?」
「ああ」
「でも、私は……」
「仲間を守る」
十兵衛は言った。
「それは強さだ」
「……」
真菰の瞳が揺れる。
「ありがとう」
小さな声。
「十兵衛」
初めて。
「さん」を外した。
「……」
十兵衛は特に気にする様子もなく。
「ああ」
と頷いた。
真菰は少しだけ笑った。
◇
夜。
藤襲山の空に星が瞬く。
十兵衛と真菰は並んで歩いていた。
「十兵衛」
「なんだ?」
「私ね」
「うん」
「最終選別が終わっても……」
真菰は言葉を選ぶ。
「また会えるかな?」
「会える」
即答。
「本当?」
「ああ」
「どうして分かるの?」
「俺が会いに行くから」
「……」
真菰は目を見開いた。
十兵衛は真面目な顔をしている。
「君は強い」
「……」
「それに」
少し考えて。
「一緒にいると楽しい」
「……っ」
真菰の頬が赤くなる。
「そ、そう……」
「ああ」
「……ありがとう」
真菰は前を向く。
その横顔は。
とても嬉しそうだった。
十兵衛はそんな彼女を見て。
「どうした?」
「なんでもないよ」
「そうか」
そして二人は歩き続ける。
まだ名前すら知らなかった少女と。
異世界から来た青年。
本来なら。
この二人が出会うことはなかった。
本来なら。
真菰の運命も。
この先で待つ未来も。
変わることはなかった。
しかし――。
「真菰」
「なに?」
「明日も一緒に行動しよう」
「……うん!」
その一言が。
運命の歯車を動かした。
藤襲山にて。
竜牙十兵衛と真菰。
二人の物語が。
静かに始まった。