鬱百合アニメの推しキャラ皆に幸せになってほしいTS転生百合厨魔法少女 作:曇らせは幸せから始まる
消毒用エタノールの匂いは苦手だ。
病室に染み付くそれは、鼻につくほど強いという訳では無い。けれど、小学校の保健室で傷口を消毒された時の痛みと恐怖は、高校生になった今でも薄っすらと残っている。
窓の外、空模様は重苦しい曇天だった。
換気のためだろうか。硝子戸が少し開いていて、吹き込んできた風でベージュ色のカーテンがはためき、窓ガラスの向こうの街路樹の葉はざわざわと揺れていた。遠くでは車の列が交差点で止まって、流れる。飛ばしているバイクの甲高いエンジン音もする。少し前まで、警報により一帯の道路は封鎖されていたが、今ではもうすっかり日常を取り戻し、人の営みがそこにはあった。
途端、静まり返る病室。ピッ、ピッ、と機械が無機質に、規則的に鳴らす電子音だけが室内を満たしている。
振り返る。
部屋の中央には一台のベッドがある。皺のない白いシーツ。薄手の白い掛け布団。小ぶりな枕。ベッドサイドには見慣れない白い機械があって、画面には黒背景に数字と線が浮かんでいる。目線くらいの高さの点滴台にぶら下がった透明な袋からはポツリ、ポツリと硝子筒の中を雫が落ち、細い管へと吸い込まれていく。
ベッドの上に
黒色の髪がベッドに散らばり、右腕は厳重に固定されている。顔にもところどころガーゼが貼られている。それでも、すぅすぅと寝息を立てているその寝顔だけを見れば、普段の彼女と何ら変わりの無いように見えた。
「ナギサ、さん……」
リリカはぽつりと彼女の名を呼ぶ。
返事はない。
「——馬鹿」
リリカは、そっと手を伸ばすとナギサの頬に触れる。白く、しっとりとした肌。彼女は人と触れ合うことが苦手だった。手を繋いだ時なんて、普段の落ち着いた様子からは全く別物のように大げさな反応をしていた。
でも今は、ピクリとも動かない。
「本当に、馬鹿です、大馬鹿ですよ」
あの時もそうだった。
ナギサは未熟な自分を庇った。前に出た彼女の背中は細くて、それでも、その何倍も大きくて強大な敵の攻撃を真正面から受け、一歩も引かなかった。
そして、一歩前へ。普段の華麗で流麗な魔力糸の技巧とは全く別物の、ただ身体強化任せに振り抜いた拳は、一撃で敵を吹き飛ばした。
ナギサは折れた腕を下げたまま、口角から溢れる血を拭いもせず。
——無事、だね。……良かった。
そう言って、安心したと微笑んで——その場に崩れ落ちた。
まるで、自身が傷つくことなど勘定に入れていないかのように。本当に、心の底から、リリカの無事を喜びながら。
「無事じゃ、無いですよ」
声が、少し掠れた。
「こんなに、胸が痛いんです。ナギサさんが傷付いて、苦しんで、そんなだから全然、平気じゃなくて」
布団の外に左手が出ている。リリカは少しためらってから、その手にちょんと指先で触れ、おそるおそる手のひらを重ねる。
触れ合う肌は温かい。そんな当たり前のことに、彼女の胸はとくんと脈打った。
初めて会った時、彼女を怖い人だと思った。淡々としていて、何を考えているのか分からなくて、とても強くて。迷ってばかりで覚悟も足りない未熟な自分とは何もかも違う人なのだと思っていた。
でも、それは違くて。ナギサは人より少し不器用で、口下手なだけで、とっても優しい人だと知った。
声を掛ければどんな喧騒の中でも絶対に振り向くし、どんな話でもちゃんと聞いていて短いけど返事をくれる。自分たちを見て、たまに、本当に僅かに表情を緩めることもある。
だから、こんなのは嫌だった。
「……ナギサさん」
重ねていた手を指に絡め、少しだけ力をこめる。
「起きたらお説教、なんですから」
返事はない。動くことは、ない。
それでもリリカは、手を離さなかった。
窓の向こう。街路樹がひときわ大きく揺れる。
雨が降ってきた。
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前世からの最推しの百合カプを実現するために私、宇多ナギサは生きている。
天音リリカ、そして黒瀬ミオ。
二〇一〇年代に深夜枠で放映されていたアニメ『リリカルリリックマジカルガール』。その最大手カプ『リリミオ』の二人だ。
王道の愛と勇気と希望の正統派主人公なリリカと、現実主義者でシニカルなクール系ヒロインのミオ。この二人がイチャラブする薄い本やイラストを見て、前世の私は百合の沼に沈んだ。
いわゆる百合厨というやつだ。同じ作品の他のキャラ同士のカプは勿論、他作品だったり現実にも百合を見出す変態日本人男性だった。
もっとも、リリマジの原作アニメの存在を知った当時はまだネット配信されておらず、なんだかんだと触れる機会がなかったのだが。
社会人になり百合作品で精神を回復させながら社畜としての日々を過ごすある日。アニメリリマジのサブスク解禁のニュースが飛び込んできた。
前世の私はネタバレを受けないようにSNSなどを断った上で、それを全話視聴した。
そして、私は死んだ。
幸せな百合アニメだと思っていた。リリカ、ミオ、ヒナ、カナデ、ユキナ。彼女たち魔法少女が、ゆるーくキャッキャウフフしながら時折敵と戦ったりする、そんな日常ものだと。
だって、そういうイラストや同人誌が溢れていたから。
違った。
大間違いだった。
チーム最年少のヒナは民間人を敵から庇って死んだ。
頼れるお姉さんだったカナデは精神をすり減らし壊れた。
一歩引いたところから皆を支え見守っていたユキナは脚を喪った。
残されたリリカとミオは、戦友として最後まで戦い続けることを選んだ。
死因は憤死だ。
——何で、何で誰も幸せにならないんだ!!
最終話のエンドロールを眺め、怒りに震えていた所で私の意識は途絶えている。
前世で私が摂取してきた愛と幸福に満ちた百合作品達は、原作リリマジをリアルタイムで履修し心にぶっ刺さって抜けなくなった同志たちの魂の叫びだったのだろう。
せめて今、この瞬間だけは。彼女たちが幸せになってほしい。幸せな姿が見たい。
そんな祈りにも似た思いが形になったそれらの作品を、私はたくさん見てきた。
彼らの思いを継ぐなんていう高尚な考えは無い。けれど私も、彼女達には幸せになって欲しいという思いがあった。
だけど、大きな原作改変はダメだ。この世界はニチアサの皮を被った鬱アニメ。力を持たないモブは画面の内外であっさりと傷付き、死ぬ。
そして、私の力で彼女たちを守るのにも限度がある。
リリカ達には原作同様に魔法少女になって、大変な思いをしながらも強くなってもらわなければならない。
そして、そのついでにイチャラブ百合を見せてほしい。リリミオを成したい。二人のイチャイチャプレイを観葉植物となって部屋の隅から眺めていたい。あわよくば他のキャラ達も。
十五歳のある時に魔法少女に覚醒し、前世の記憶を思い出してからのおよそ二十年は、そんな野望を胸に秘め、がむしゃらに生きてきたらあっという間だった。
色々なことがあった。原作の舞台となるリリカたちの生まれ故郷への配属は人手不足を理由に断られ、原作キャラに接触をはかるも怯えられ、リリミオの疎遠フラグであるミオのあれこれに介入しようとして失敗した。
原作介入やフラグ破壊すら出来ない、無能なTS転生者にいったいどれほどの価値があるだろう。
百グラム百円くらい? しかし、百グラム八八円(税抜き)の鶏むね肉ですら、可憐で美しい彼女たちの血肉になれるというのに。
——まあ、いい。これからの介入が全部上手く行けばお釣りが来るから。
沈みかけた思考を軌道修正して、私は街中に立ち並ぶビルとビルの間を飛ぶように駆ける。
気分は前世の蜘蛛男だ。百合の邪魔をしないよう静かに敵を倒す為、身に着けた魔力糸の操作は市街地での戦闘や移動に大きなメリットがある。
跳んで、飛んで、ビルが減って緑が増えてきて、見えてくるのは見覚えのある光景。
原作アニメで、天音リリカが魔法少女へと覚醒したあのシーン。
歌が聞こえる。希望の歌が。諦めないでという不屈の調べが。
「これでえええええええええ!! 終わりだあああああああああ!!!!」
眩い閃光が一人の少女を中心に放たれる。
とんでもない魔力だ。歌で増幅された魔力が視認できるレベルまで高まっている。
「リリカル! シャイン! ブラスタアアアアアアアアッ!!!!」
構えたマイク型のワンド――レゾナンスギアから撃ち出される桃色の魔力砲。それは大地を抉りながら突き進み、敵を飲み込んだ。
覚醒、そして大技。
主人公の初戦闘かくあるべし。そんな王道な流れだった。
これで、おしまいだったのなら。
――本当のリリマジは、ここからだ。
シンフォギア第1期を見直して、やっぱり好きだなあって。
書き溜めは無いですが連載予定です。
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