鬱百合アニメの推しキャラ皆に幸せになってほしいTS転生百合厨魔法少女 作:曇らせは幸せから始まる
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
天音リリカは肩を大きく上下させながら、首だけは下げずに前を向く。
直線状に大きく抉られた地面。その先でもうもうと立ち込める砂煙。動く影は無く、辺りには戦闘後の静けさが戻ってきている。
「――や、やった」
そう口に出した瞬間、膝から力が抜けそうになった。両手に握った
怖かった。
本当に怖くて、逃げ出したかった。
――ついさっきまで、自分は普通の高校生だったのだ。授業を終えて、放課後になって、部活動をどこにしようかなんてクラスメイトと話しながら帰り道を歩いて。今日の晩ごはんは何だろうかと、そんな他愛も無い事を考えていた。
そして警報が鳴って、皆で近場のシェルターに避難して。子供と逸れたという母親の悲痛な叫びに居ても立ってもいられずに、友達の制止を振り切ってシェルターを飛び出していた。
子供は見つかった。無人の交番の片隅で泣きじゃくる女の子。彼女を連れてシェルターに戻ろうとした時、
最初は影法師のようなものだった。けれど普通、影は立ち上がらない。見ていて怖気の走るおどろおどろしい気配を纏った黒い靄が寄って集まり、歪な人型を形作る。背は高く、前傾姿勢なのに街灯と同じくらいあった。腕が異様に長くて鋭い爪の生えた手のひらがべったりとアスファルトについている。顔があるはずの所には靄が纏わりついていて目も鼻も何も無いのに、こちらを見ているとはっきりと理解った。
——
人の怒り、悲しみ、憎悪、恐怖、絶望、そんな負の感情から生じる怪物。第一級特異災害。人類の天敵。
学校でも何度も教えられてきた。警報が鳴ったら決して近づかず、最寄りのシェルターへ避難すること。遭遇しても一般人に対抗する手段はないこと。
そして、そんな暴霊と戦える唯一の存在が——魔法少女。
それは歌によって己の感情を魔力へ変え、暴霊と戦う少女たち。リリカも、それくらいは知っていた。
ただの高校生である自分が、目の前の存在に対して無力であることも理解っていた。
逃げないと。そう思って足を動かそうとして気付く。涙を浮かべた女の子が縋り付いている。その小さな手は震えながら、制服のスカートをぎゅっと掴んでいた。
そこからは、考えるより先に身体が動いていた。
リリカは女の子の手を取ると、一緒に駆け出す。
走って、走って、走って。ひたすら走って。途中、疲れて動けなくなった女の子を抱えて、それでも走って。
そして、辿り着いたのが街の中心から外れた公園だった。
まるで狩りを愉しんでいるように付かず離れず追ってきた暴霊を前に、リリカの足が止まり、膝をついた。肺が焼けるように熱く、痛い。足の筋肉は限界を迎え小刻みに震えていた。
腕の中で不安そうに瞳を揺らす女の子を下ろして、リリカはその手を握る。
「帰ろう。一緒に、ね?」
それは、恐怖で引き攣った不格好な笑みだった。女の子はコクリと頷くと強く握り返してくる。その熱が、リリカを衝き動かした。
「帰る……帰るんだから……!」
歯を食いしばり、痛みが走り震える脚に力を込める。あと一歩、それだけでいい。立ち上がる力が欲しい。前に進む力が。
「――う、あ、あぁぁッ!!」
動かなかった右足が、大地を踏みしめる。
――その瞬間。胸の奥で、何かがどくんと脈打った。
「――え?」
踏み出した足元から溢れる桃色の光。それは放射状に広がり、背後に迫っていた暴霊にぶつかり、押し戻した。
光は更に強くなりリリカを飲み込む。
「――これって」
光が収まった時、リリカの身体を包んでいたのは制服ではなく、白とピンクで彩られた見覚えのない衣装だった。
そして、右手にはいつの間にかマイクのような意匠が入った杖を握っている。
「もしかして……魔法少女……?」
半信半疑に呟くと、暴霊が口も無いのに咆哮する。
思わず肩が跳ねる。
向き直り、杖を構えるが暴霊への恐怖は消えない。
「それでもっ!」
リリカは握っていた手を離すと、女の子の頭を軽く撫でる。
「もう大丈夫だから」
視線を合わせて、言う。
「晩ごはんまでには帰ろうね」
うん、と。女の子が笑顔で頷いたのを見てリリカは頷き返し、暴霊へ向かって歩き出す。
歌が、溢れてくる。
――そして、今。
溢れる熱をそのままに放った桃色の奔流は、暴霊を跡形も無く消し飛ばした。
「――や、やった」
膝から崩れ落ちそうになるのを堪え、リリカは背筋を伸ばして振り返る。
「もう大じょ――」
気付く。女の子は、笑っていない。
「――ダメッ!!」
女の子が泣きそうな顔で叫んだ。リリカは振り返ろうとして、その視界に影がさす。
否。暴霊だ。
倒したはずなのに。さっきよりも大きい。復活? 強化? なんで、どうして。
そんな疑問が脳裏をよぎり、その硬直が致命的な隙を生んでしまう。
暴霊は腕を振り上げている。避けられない。身体は限界を超えていて、立っているのだってやっとだ。
「――あ」
走馬灯なんて走らない。頭が真っ白になって、ただ迫ってくる拳を視界に収めるだけで――。
ギチ、ギチ。
「……え?」
衝撃が来ない。拳は目の前で止まって、何かが軋む音がする。暴霊は唸り声を上げて腕を押し込もうとするが軋む音が大きくなるだけで動かない。
「な、なに……?」
戸惑うリリカは気付いた。暴霊が身じろぎするたびに周囲の街灯や街路樹、滑り台の支柱、鉄棒、フェンスなどが小さく揺れている。
目を凝らすと、陽光を受けて何かが煌めいた。
「……糸?」
それらあまりにも細かった。光の反射が無ければ気付くのは困難だっただろう。極細の糸が暴霊の身体に絡みつき、そこからあちらこちらへと伸びている。
公園全体が、幾重にも重なった巨大な蜘蛛の巣のようだった。
――これも、魔法?
疑問が脳裏をよぎった、その瞬間。
ぎちり、と一際大きく糸が軋み、暴霊の姿がかき消えた。
違う。速すぎてそう見えただけだ。暴霊は数十メートル先の芝生にクレーターを作ってめり込んでいた。
異常事態を前にリリカは手の中の杖の柄を強く握り身構える。
「下がって」
声がした。
凪いだ湖面を滑るような声だった。
遠くのサイレンの音や、暴霊のうめき声、風のざわめき、リリカ自身の荒い呼吸。色々な音の中でも、不思議とはっきり聞こえる。
リリカは声がした方向を見た。
少女が一人、空中に浮きながらこちらを見下ろしている。
夕暮れの光を受け、長い銀髪が風になびく。白磁のような肌に鮮やかな翠眼。灰を混ぜたような緑色と白から成る衣装は、リリカが纏っている華やかなドレスとはまるで違う。軍服を思わせる硬質な意匠と、ところどころに施されたフリルやレース。身長はすらりと高く、その姿は魔法少女という言葉からリリカが想像していたよりも鋭く、冷たい。
「あっ」
そして、気づいた。少女は宙に浮いているのではない。糸を足場に立っているのだと。
少女はとんと小さく跳んで音もなく地面に降り立った。
暴霊は立ち上がると、腕を振り上げ猛然と少女へ向かって突進する。
対して少女は散歩にでも行くような軽い足取りで暴霊に向かいながら、銀の指環がはまった手を広げ、軽く振るった。
ずしゃ、と暴霊が膝から崩れ落ちた。
切れていた。
膝から先を喪った暴霊は、腕だけで這って前に進みながら吠え、その首すら音もなく切断される。切り落とされた部位は黒い靄となって消えていく。
でも、頭を喪ってもなお暴霊は動いている。普通の生物とは違うのだと、リリカは背筋に走る怖気を感じながら悟った。
少女が指を少し動かした。無数の線が暴霊に食い込み、宙吊りにする。
そして。
崩れた。
空中で細切れにされた暴霊は、そのまま靄へと変わって大気に溶けるように消えていく。
やがて完全に消え去り、静寂が戻った。
復活する気配は、無い。
「たお、した……?」
倒したと、勝ったのだと、家に帰れる、と。理解するまでリリカにはしばしの時間が必要だった。
ふと、そこで違和感に気づく。
今の少女の戦いは、静かだった。欠けているものがあった。
自分が戦っている時には、ずっとあったものなのに。
勇気を奮い立たせ、力を引き出すために必要なのだと、当然のように理解っていたもの。
——歌。
この少女は。
最初から最後まで。
「歌って……ない……?」
そして、銀髪の少女が、ゆっくりとリリカへと振り向いた。
読了ありがと茄子!
この魔法少女⋯⋯きっと過去に闇を、心に陰を抱えたクールビューティミステリアス系追加戦士枠ヒロインなんやろなあ(すっとぼけ)
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