鬱百合アニメの推しキャラ皆に幸せになってほしいTS転生百合厨魔法少女   作:丹羽にわか

8 / 9
予約投稿です
昨日も投稿してます


第8話 シンプルな理由

 

 

 

「はふぅ……」

 

 

 湯船に肩まで浸かったリリカは、浴槽のフチに後頭部を預けて天井を見上げた。ごぉ、と低い音を立てながら換気扇が回り、シャワーを浴びた時の水蒸気を吸い込んでいる。

 

 

(なんだか、夢みたい)

 

 

 心地よい熱と疲労で弛緩した思考が思い出すのは今日一日の出来事。

 

 

(魔法の特訓をして、その先生がナギサさんで、またみんなにも会えて……その後にはナギサさんも一緒にご飯食べて……凄い一日だったなあ)

 

 

 まず思い浮かんだのは今日の魔力訓練の冒頭だ。

 

 

「普通に、歌うんですか? でも、それだと暴霊は……」

 

 

 魔法少女の姿に変身し、マイク型のレゾナンスギアを握りながらリリカは訊ねる。

 

 負響でないと暴霊は倒せない。親友であり、魔法少女シャドウヴェイルとして戦う黒瀬ミオからの話やシスターフッド提供の資料にはそうあった。なら、その使い方も含めて教わるものだとリリカはなんとなく考えていた故の言葉だった。

 対して、教官役を務める魔法少女サイレンスマキナ——宇多ナギサは感情の薄い翠色の瞳をリリカに向ける。

 

 

「負響は、教えない。今の天音さんには」

「今の……? あ、魔力自体の扱いがうまくないと危ないとか?」

「……それも、ある。負響は精神的に大きな負荷がかかる。素人にいきなり教えるようなものじゃない。けれど、もし天音さんが魔力制御の天才で、もう教えることが無くなっても、負響は教えない、かな」

「……なんで、ですか? それだと暴霊には」

 

 

 リリカの心の奥底にあるのはあの日の恐怖だ。希望や勇気を歌い放った魔法が効かず、より強大になった暴霊を前に竦むしかなかった。

 

 負響が使えれば、あんな恐怖を感じる事は無くなる。

 そんな期待があった。

 

 

「天音さんは、戦う事、選んだの?」

「……いえ」

「なら、戦わなくていい。覚醒したからといって、魔法少女として戦う義務は無い。魔力を制御出来るようになれば、普通の日常に戻っても、いい」

「そう、ですか……」

 

 

 戦わなくて良い。

 ナギサにそう言われ、ほっとした自分がいた。暴霊とは災害のようなものだ。警報が鳴ってからちゃんとシェルターに避難すれば死傷率は大きく下がる。

 

 けれど、恐怖は消えない。

 

 だって、ゼロではないから。

 過去には、整備不良のシェルターがちゃんと閉鎖されずに暴霊の侵入を許し、多くの死傷者が出た事もある。

 

 

「……もしも、ですよ。また暴霊に遭ったら、どうすればいいんですか?」

 

 

「逃げて」

 

 

「――え?」

「倒そうとする必要はない。……足止めしようとか、注意を引こうとか、そんな事も考えないでいい。普通に、これまで通り、シェルターに避難して。その過程で暴霊に襲われたりしたなら、これから教える魔力制御を活かして頑張って逃げて」

「それで、いいんですか?」

「いい。……でも、そうだね。もし、その途中で逃げ遅れたりしてる人がいて、天音さんに余裕があれば、手を引いてあげて」

 

 

 ちゃぷり、とリリカは鼻下まで湯船に沈んだ。

 

 ――負響は、教えない。

 ――戦わなくていい。

 ――逃げて。

 

 ナギサの言葉を反芻する。

 

 戦わなくていいと言われ安堵した。けれど、負響の扱いを教えてもらえなかった事に不満を抱く自分がいた。

 

 

(……ずるいなぁ、わたしって)

 

 

 膝を抱え、内心で自嘲する。

 

 

(戦うのは……怖い。でも、何にも出来ないのも……怖い)

 

 

 黒い影が脳裏を過る。あの時、どうして立ち向かえたのか、分からなくなるほどにそれは大きくて禍々しい。

 

 

(……ミオちゃんは……怖くないのかな)

 

 

 ミオは2年間、魔法少女として活動しているのだという。つまり、中学生の時からだ。同じクラスで、一緒に登下校して、笑い合っていたあの日々の裏で、彼女は負響を使い、暴霊と戦っていた。

 

 

(……ぜんぜん、気付かなかったなぁ)

 

 

 ミオとはそれこそ姉妹のように過ごしてきた。勿論、ミオが姉だ。自他ともに厳しいけれど、ちょっと天然で抜けている所があって、頼りになる姉。血は繋がっていないし同い年だが。

 

 

(……どうして戦ってるんだろう。なんで戦い続けられるんだろう。聞きたい、けど……ミオちゃんは、それを話したくないのに……)

 

 

 うぅ、と悩ましげな声のかわりにぶくぶくと水面が泡立つ。

 

 

(理由……そうだ。ナギサさんはさっき……)

 

 

 次いで思い出したのは訓練後の食事会だった。

 

 場所は第二一支部の近所にあるファミレス『ジョニーズ』。数日前、カナデ達との初顔合わせの時にも利用した場所だ。

 窓に面した対面の長椅子に、向かいは奥からヒナ・ユキナ・カナデ。こちらはミオ・リリカ・ナギサの順で座っている。

 

 昼のピークを過ぎて閑散とした店内。スピーカーからは落ち着いたリズムのジャズが響いていた。

 空になった食器はすでに店員によって下げられていた。リリカの前には飲みかけのオレンジジュース、隣のミオのグラスには溶けかけた氷だけが残っていて、ナギサは食後のアイスコーヒーをストローでちまちま飲んでいる。

 ヒナがふわとろオムライスに加えて頼んだ大盛りフライドポテトは、彼女一人では食べ切れなかったようでしれっとテーブルの中央に移動していた。

  

 

「ねーマキちゃんさんって、どうしてそんなにながーく魔法少女やってるの?」

 

 

 フライドポテトの攻略を諦めコップのメロンソーダを飲み切ったヒナが、ふとそんな疑問を口にした。

 

 ようやく緊張が解れてきてアイスティーを飲んでいたカナデの肩が跳ね上がり、ヒナのグラスから垂れた水滴を拭いていたユキナの笑顔は強張る。

 リリカとミオも、その動きは止まり意識はナギサへと向く。

 凍り付いた空気の中、ナギサはストローから口を離してグラスを置く。

 

 

「……前も、訊かれた」

「そうなの?」

「その時は、何のために戦うのか、だったけど」

 

 

 その時のことを思い返しているのか、彼女の視線は手元に落ちている。

 

 

「私に、守りたい未来(もの)がある、から」

「……それだけ?」

「ん。それだけ」

「世界のため! とか、そういうのは?」

「それは荷が重い、かな。そういう事は、偉い人たちに任せてる」

「それでいいの?」

「たぶん」

「えぇーっ!?」

「ヒナちゃん、しーっ、ですよ」

「わわっ、ごめんユキねえ」

 

 

 世界のためではなく、守りたいものがあるから。

 ナギサのそれが何なのかは分からない。けれど、その為に彼女は20年も戦っている。

 

 

(……守りたいもの……かぁ)

 

 

「——リリカー? そろそろご飯出来るわよー?」

 

 

 母親の声で意識が引き戻される。リリカは「はーい!」と返事をすると、ざぶりと立ち上がった。

 

 

(ミオちゃんには、きっとある。でも、わたしは……)

 

 

 

 

 

 

 ————————————————————

 

 

 

 初めての訓練から数日が経った。

 

 魔法少女として覚醒したからといってリリカの世界が大きく変わる事は今の所無かった。しいて言えば、魔力の暴発を抑えるのとモニタリングの為に、スマートウォッチ型の制御用デバイスが左手首に増えたくらい。

 これも、これからの訓練で魔力制御が身に付けばシスターフッドに返却する事になっている。その後は定期的に検査を受けるが、献血のようにお菓子や飲み物が貰えるらしい。

 次の訓練は前回から1週間後。次の土曜日の予定だ。教官役は再びナギサが務める。

 

 

「ナギサさんって別の支部に所属してるんだよね。家はこっちらしいけど……お仕事大丈夫なのかな」

「……正直、あまり大丈夫じゃないかも」

「——ええっ!?」

 

 

 ふと、この場に居ない先輩魔法少女のことが心配になったリリカの言葉に、ミオは深刻そうな声音で答える。

 

 

「リリカが巻き込まれた時もそうだけど、サイレンスマキナはこの地域での暴霊災害に対して積極的に対処してくれているの。研修や訓練への協力もそう。彼女が非番の時でもね」

「そうなんだ……」

「だから、向こうの支部から時折チクチク言われてるみたい。カナデ先輩が困った顔をしていたわ。決めているのはもっと上だし、彼女自身がそれを良しとしているのだから、こっちに言われても困るのだけれど」

「あ、はは……なんか申し訳ないかも」

「そう思うなら、はやく魔力制御を身につけることね」

「あぅ……何かコツとかないの……?」

「三角錐を目の前に浮かべて、その先を尖らせていくイメージ、なんて言われて出来る?」

 

 

 ミオに言われリリカは目を閉じ暫く「むむむ」と唸った。

 

 

「——無理!」

「まあ、そうよね。知ってたけど」

「酷いよミオちゃ〜ん!」

「きゃっ! もうっ……急にくっつかないで頂戴」

 

 

 そう言うミオの表情は柔らかなものだったが、それがふと、消えた。

 

 電子音。

 

 生理的な恐怖を煽るような、悍ましい音だった。発生源は二人のポケット――だけではない。

 道を歩いていた人々も一斉に足を止める。

 

 

「――っ!」

 

 

 リリカとミオはポケットの中で振動するスマートフォンを取り出した。

 画面を確認しようとした直後、街頭スピーカーから大音量で警報音が流れた後に、ブツッと人の声が入る。

 

 

『――こちら、シスターフッド東都第二一支部です。凛璃ヶ丘市春咲地区一帯に避難指示を発令しました。暴霊の出現が予想されます。ただちに避難して下さい。周辺住民は職員の指示に従い、最寄りの指定避難施設へ――』

 

 

「春咲……近いわね。カテゴリーは――」

「み、ミオちゃん」

「リリカ」

 

 

 不安を声に滲ませるリリカに対し、スマートフォンから顔を上げたミオは真剣な眼差しを向ける。

 それは幼馴染で頼れる姉貴分の黒瀬ミオではない。

 魔法少女シャドウヴェイルとしての顔だった。

 

 

「最寄りのシェルターは東三号。場所は分かる?」

「う、うん」

「真っ直ぐ行くこと。寄り道しないで」

「ミオちゃんは?」

「行くわ」

 

 

 迷いなくミオは言い切り、持っていた鞄をリリカに押し付ける。

 

 

「これ、お願い。それと……」

 

 

 ミオの手が鞄ごとリリカを押す。

 

 

「絶対に、来ないで」

「……うん」

 

 

 リリカが頷いたのを確認すると、ミオは駆け出して行った。

 

 

「ミオ……ちゃん……」

 

 

 残されたリリカは、彼女が去って行った方向にぽつりと零し、顔を振った。

 

 

「避難、しなきゃ」

 

 

 手首の制御デバイスに手を当てる。

 これをつけている限り、歌い魔力を高めなければ魔法は使えない。

 

 それでいい。

 

 今の自分は、魔法少女(覚悟した者)では無いのだから。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 避難は粛々と進んでいた。

 訓練は学校でも何度かやっているし、授業でも習う。押さない、走らない、喋らない。スマートフォンで避難の様子を撮影したりしている人々がいるのは時代だろうか。

 

 街頭の看板などの表示も、通常の広告から避難経路の案内に切り替わっていた。上空には赤いランプを点滅させながらドローンがいくつも飛んでいる。

 

 これまでなら、友人らとコソコソお喋りしながら心の何処かで(本物の魔法少女が見れるかも)と期待しながら歩いていただろう。

 暴霊だって、待っていれば魔法少女が倒してくれる。

 少しすれば『警報は解除されました』と、当たり前に日常に戻るのだと、そう思っていた。

 

 

 けれど、その魔法少女はミオなのだ。

 彼女が戦う暴霊は、あの黒い巨影のような存在。

 

 それを考えると足が少し遅くなる。

 しかし、彼女は内心で自嘲した。

 

 自分は魔力が使えるだけの一般人で、戦い方も、暴霊の倒し方も知らない。

 力を持つ責任は背負いたくないくせに、自分の身を守るための使い方だけは知りたがる。そんなズルい自分。

 

 

「今更、だよね。それにミオちゃんも……ナギサさんだって、逃げろって言ってたんだし……」

 

 

 逃げて、魔法少女によって暴霊が倒されるのを待って、いつもの日常を謳歌すればいい。

 

 

「そうだよ。別に、魔法少女じゃなくてもミオちゃんやカナデさん達とは友達だし、ナギサさんだって、地元がここならまた会えるかもだし」

 

 

 だから。

 

 それでいい。

 

 

 

 

 

「誰か……」

 

 

 声が聞こえた。

 か細く、消え去りそうな声だ。

 

 リリカは反射的にそちらを向く。人の流れから外れた歩道の端に、小柄な老爺が蹲っている。

 何かの拍子に転んで立ち上がれなくなったのだろうか。小さな車輪のついた手押し車が近くに倒れていた。

 

 考えなんて無かった。リリカは人の流れをかき分け、老爺のもとに駆けつけた。

 

 

「おじいちゃん! 大丈夫ですか!?」

「あ、あぁ、すまんなあ。うっかり転んじゃって」

「立って……あっ、どこか捻ったりは……」

「平気平気。ただ、それが無いと歩くのがしんどくてね。この歳だと立つのも一苦労なんだ」

「手伝います!」

 

 

 リリカは腰を落とすと老爺の腕を自身の肩に回し、「せーのっ」と声を合わせて足腰を踏ん張りゆっくり立ち上がった。

 老爺は若干ふらつきながらもしっかり立ち、リリカが差し出した手押し車の持ち手をしっかり握る。

 

 

「ありがとうね、お嬢ちゃん」

「いえ! さ、早く避難しましょう!」

「そうしようかね」

 

 

 ――もし、その途中で逃げ遅れたりしてる人がいて、天音さんに余裕があれば、手を引いてあげて。

 

 

 ナギサの言葉を思い出す。

 そうだ。別に戦わなくたっていい。それでも、こうやって誰かの助けになれる。

 

 リリカは老爺を先導する形で歩き始める。

 

 その時だった。

 

 

 ――ぞわり、と怖気が走った。

 

 

 咄嗟に老爺に駆け寄り覆いかぶさる。

 轟音。地面が揺れ、パラパラと砂礫が飛んでくる。辺りに立ち込める砂煙で視界は悪い。

 周囲の人々から悲鳴が上がる。

 

 

「くっ――!」

 

 

『暴霊発生。カテゴリーⅡ。東三号シェルターへ向かっている住民は――』

 

 

 無機質な機械音声の続きを聞くより先に、リリカは見た。

 通りの奥。砂煙の中に佇む何か。

 形は定まらず、けれど歪な人の形をした黒い靄。

 

 

「暴霊……」

 

 

 喉がひきつる。

 身体が強張る。

 

 忘れていない。

 忘れられない。

 

 

「行きな、お嬢ちゃん」

 

 

 ぐい、と強い力で押し退けられ、リリカはたたらを踏んだ。

 老爺だ。

 彼は片手で手押し車を押しながらリリカの前に出る。

 

 

「ワシは、もういいよ」

「え?」

「見た所丙型(カテゴリーⅡ)程度さ。壕の門扉をこじ開けるような力は無い」

「なに、言ってるんですか」

「この足じゃ、とても間に合わないからな。だから――」

「ダメ、です」

 

 

 リリカは老爺の手を取る。

 

 

 ――絶対に、こないで。

 

 

 ミオの声が、頭の中で響く。

 

 

 ――足止めしようとか、注意を引こうとか、そんな事も考えないでいい。

 

 

 ナギサの声もする。

 彼女達は正しい。

 自分は魔法少女じゃない。負響は使えず、魔力制御だって未熟。暴霊なんてとても倒せない。

 

(怖い)

 

 逃げるべきだ。

 

 でも。

 

 

(この人を――誰かを置いて?)

 

 胸がぎゅっと縮む。

 

(そっちのほうが、もっと――ずっと――怖い)

 

 

 

 

「ごめんね、ミオちゃん。ごめんなさい、ナギサさん」

 

 

 歌う。それは、決意の歌。

 

 

「お嬢ちゃん、あんた……」

 

 

 レゾナンスギアを手に取る。桃色の光が溢れた。

 

 

「――変身」

 

 




明日は朝7時03分投稿です。
感想評価お気に入りしおりここすきなどなど宜しくニキー
Twitter(現X)で読了報告とかしてくれてもいいのよ

一応カクヨムで先行投稿してます。垢持ってる人はそっちも応援宜しくです。
https://kakuyomu.jp/works/2912051606795487729
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。