ハードモードで始めるVtuber事務所経営物語 作:天ケ谷いろは
【Prologue】
「ん~~!!」
薄暗い部屋に、少女の声が響いた。
殺風景な部屋の片隅。
ゲーミングチェアに腰かけた少女が、ぐぐぐ~と山なりに背筋を伸ばしている。
目の前には何台ものモニター。
周囲にはコードやカメラ、センサー、高性能なゲーミングPCまで、用途を知らない人間なら首を傾げそうな機材が所狭しと並んでいた。
どれも決して安いものではない。
むしろ値段を思い出すと、今でも少し目を逸らしたくなる。
ふと、机の上に置かれた缶コーヒーに手を伸ばした。
触れてみると、少しぬるい。
いつ買ったものだったか。思い返せば、随分前だったような気もする。
一口飲む。
「……マズい」
顔をしかめながら、缶を机の端へ戻した。
とても静かな部屋だった。
まだ何も始まっていない。
誰かの声も聞こえない。
ただ――何かが始まる直前だけにある、妙に張り詰めた静けさがそこにはあった。
モニターの横には、小さなぬいぐるみが三つ並んでいる。
それを眺めていると、自然と昔のことを思い出した。
「……長かったなぁ」
少女――月坂凛は、小さく苦笑いする。
本当に、長かった。
天涯孤独の身で放り出されて、パン屋や工場で働いた。
生活費ギリギリで、日雇いの仕事ばかりしていた時期もある。
今となっては笑えるものもあるけれど、当時はどれも必死だった。
失敗なんて数え切れない。
夢を笑われたことだってあった。
それでも、やめようとは思わなかった。
だからきっと、ここまで来れたのだろう。
「ふふっ」
今度は自然と笑みが零れた。
凛は椅子から立ち上がると、閉め切っていたカーテンを片っ端から開けていった。
差し込む光に目を細めながら、一つ、一つ。
新たな門出を祝うように。
そして、最後のカーテンを勢いよく開く。
眩しい光が部屋いっぱいに差し込んだ。
窓の向こうには、雲一つない夏空が広がっている。
「ようやくここまで来た」
空を見上げながら、一人呟く。
返事はない。
当然だ。ここにいるのは彼女だけなのだから。
それでも、凛は満足そうに笑っていた。
ここからだ。
ずっとやりたかったことが、ようやく始まる。
馬鹿なことをして、笑って、叫んで、喧嘩して。
時には本気で歌って。たくさんの夢を描こう。
いつか何万人もの人を笑わせる。
誰かが今日も楽しかったと、そう思えるような場所を作る。
かつて、画面の向こう側に憧れていた自分がそうだったように。
今度は、自分たちが誰かを笑顔にする番だ。
誰よりも自由に。
誰よりも高く。
どこまでも飛んでいこう。
――さあ
「はじめよう。私達の物語を」