ようこそ一之瀬に愛される教室へ 作:クイヤ
入学してから五日目。
明日は入学して初めての休日だ。
まだ五日しか経っていないというのに、随分と色々なことがあった気がする。
特に一之瀬と知り合ってからは、毎日のように一緒にいる。
朝はオレの部屋の前で待っていて、学校では昼食を共にし、放課後になれば一緒に夕食をとる。
正直、ここまで誰かと一緒に行動することになるとは思っていなかった。
そんなことを考えながら、一之瀬の部屋で一之瀬の作った夕食を食べていると。
「ねえ、綾小路くん」
「なんだ?」
「明日って暇だよね?」
「ああ、暇だな。休日だから予定は何もない」
「ほんと?友達とかと予定はないの?」
やめてくれ、その発言は友達が2人しかいないオレに効く。
ちなみに、その2人とは一之瀬と櫛田である。
男子とも仲良くなりたかったのだが、オレが一之瀬と親しくしているのが気に食わないらしく、中々仲良くなれないのは困ったものだ。
「いや、全くない。そもそも友達が少ないからな」
「にゃは、そっか」
一之瀬は嬉しそうに笑う。
どうやら、この質問には何か目的があったらしい。
「それならさ……明日、私と出かけない?」
「出かける?ケヤキモールにか?」
「うん。私とデートしない?」
デート、か。名前だけは知っている。
男女が休日に二人で出かけて、食事をしたり、買い物をしたりするものだろう。
だが、当たり前だが実際に経験したことはない。
「……一之瀬は予定は無いのか?」
少し気が引けたオレは、一之瀬の都合を一応聞いてみることにした。
「うん。せっかくの初めての休日だし、綾小路くんと一緒に過ごしたいなって」
「……分かった」
「ほんと?」
「ああ。特に予定もないしな」
「やった!」
一之瀬は嬉しそうに両手を握る。
その表情を見ていると、断る理由など最初からなかったのだと思う。
「じゃあ、明日のお昼にケヤキモールの入口で待ち合わせね?」
「待ち合わせ?一緒に行かないのか?」
「もう、分かってないなあ。待ち合わせるからこそ良いんだよ?」
「そうなのか。それは知らなかったな」
「ふふっ。そうなんだ。ああ、楽しみだなあ」
その声は、今まで聞いた中でも特に嬉しそうだった。
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翌日、オレはケヤキモールの入口に向かっていた。
時刻は10時45分。
待ち合わせが11時なことを考えれば少し早く来すぎてしまったかもしれない。
しかし、目的地に着くと、一之瀬はもうそこで待っていた。
普段とは違う雰囲気の服を着ていて、すごく魅力的に見える。
遠くから見ても、一之瀬の周りだけ空気が違うように見えてしまうほどだ。
「おはよう、一之瀬。待ったか?」
「あ、綾小路くん、おはよう。ううん、全然待ってないよ。むしろ早く来てくれて嬉しいぐらい」
「そうか。なら良かった」
「今日はお洒落してみたんだけど、どうかな?」
この質問にはどう答えたら良いのだろうか……
オレの会話能力が試されるぞ。
「……似合ってると思うぞ?」
この回答は少し無難すぎるかもしれない。
が、最初のデートなのだ。無難な回答でもいいだろう。
「えへへ。良かった。綾小路くんもその服似合ってるよ」
一之瀬の顔が明るくなる。
良かった、オレの回答はそこまで悪くなかったらしい。
ケヤキモールに入ると、最初に目に入ったのは大勢の生徒だった。
「結構いるな」
「休日だからね、高育ってここしか遊ぶ所ってないし」
「もっと人が少ないと思っていたんだがな」
「じゃあ、今日は迷子にならないようにしないとね?」
「おい、オレは子供じゃないぞ」
「にゃはは。そうだけど。綾小路くんって意外と子供っぽい所あるから」
嘘だろ、そんな風に思われていたのか。
「……そんな事言われたことないぞ」
「えへへ、私だけが綾小路くんのそういうことに気づいてるのかもね。私、綾小路くんを見てる時間だったら誰にも負けないから」
「まあ、確かにな」
一之瀬と話していると自分の知らない面に気づけるな。
「それで、ケヤキモールで何をするんだ?」
「そうだなー、じゃあ、まずは服見に行こっか!」
「服、か」
「そう。私が綾小路くんの服を選んであげたいな」
「別に構わない。オレは服にそこまでこだわりはないからな」
「知ってるよ。だからこそ、ね?今の綾小路くんのファッション。似合ってるけど個性がないから」
そう言って、一之瀬はオレの袖を軽く引いた。
どうやらオレのファッションは量産型らしい。
そのまま向かったのは、ケヤキモールの中にある衣料品店だった。
店内には様々な服が並んでいる。
休日ということもあって、生徒らしき姿もちらほらと見かけた。
一之瀬は店に入るなり、楽しそうに服を見始める。
「これなんかどうかな?」
「……どうって言われてもな」
「綾小路くんが着るんだよ?」
「それなら、一之瀬が良いと思ったものなら何でもいい」
「もう、そういうとこだよ?まあ、私に任せてくれるのは嬉しいけど」
そういうとことはどういうとこだろうか。
「女の子が一生懸命選んでるんだから、もうちょっと悩んでくれてもいいのに」
「そうか。すまない」
「じゃ、これとこれ、試着して?絶対似合うと思うから」
試着室に入り、渡された服に着替える。
しばらくして外に出ると、一之瀬がこちらを見て固まった。
「……どうだ?」
「……」
「一之瀬?」
「えっ!? あ、ご、ごめん!」
一之瀬は慌てて視線を逸らした。
「すごく似合ってるよ。うん。本当に」
「そうか?オレにはそこまで違いが分からないが……」
「うん。これ、買おうよ」
「そこまで気に入ったなら、そうするか」
「やった!」
一之瀬は嬉しそうに笑った。
その後も一之瀬は店内を歩き回り、オレに似合いそうな服をいくつか探してくれた。
結局、最初に選んでもらった服を購入することになった。
店を出たところで、一之瀬が満足そうに袋を眺める。
「良かった。綾小路くんに似合う服を選べて」
「そこまで嬉しいものなのか?」
「うん。だって、私が選んだ服を綾小路くんが着てくれるんだよ?」
「……そうか」
オレにはその価値観はあまり分からないが、一之瀬が嬉しそうだから別に良いか。
「今度は綾小路くんに私の服選んでもらいたいな」
オレが女子の服を選ぶ……
いやいや、どう考えても無理だろう。
変なのを選んで笑われるのがオチだ。
「あまりオレのセンスには期待しないで貰いたいが」
「好きな人のセンスだもん。別に変なのでも気にしないよ」
「……そうか。ならハードルは低いな」
そう言われるとありがたい。
一応、どんな服が一之瀬に似合うか考えておこう。
「じゃあ次は、ご飯食べよっか?」
「そうだな、お腹も空いてきた頃だ」
「実はね、今日のために行きたいお店をいくつか調べてきたんだ」
「そこまで準備してきたのか」
「もちろん。せっかくの初デートだからね」
初デート……
改めて言われると妙に意識してしまうな。
「どこに行くんだ?」
「フレンチレストランにしようと思って」
「フレンチ、か。良いんじゃないか?」
「そう?なら良かった!じゃあ、行こっか」
一之瀬に案内されるまま、オレはケヤキモールの奥へと進んでいった。
というか、普通こういうのは男がエスコートするもんじゃないのか?
……オレって男として失格なんじゃないだろうか。
「こっちだよ」
「一之瀬は、随分ケヤキモールに詳しいんだな」
「え?」
「いや。さっきから全く迷う様子がなかったからな」
「ああ、うん。事前に調べてきたからね」
オレは何をしてるんだ……
一之瀬はお店の位置まで完璧に調べてきているって言うのに……
しばらく歩くと、一軒の店の前で足を止める。
落ち着いた雰囲気の店だった。
外から見ても、ケヤキモール内にある他の飲食店とは少し違った高級感がある。
「ここだよ」
「結構ちゃんとした店だな」
「そうかな?」
「オレはこういう店にあまり来たことがないからな」
「私もそんなに来るわけじゃないよ。でも、今日はここがいいかなって」
案内された席に座り、メニューを開いた。
「……結構種類があるな」
「そうだね」
「一之瀬は決まっているのか?」
「うーん……これにしようかな」
一之瀬が指差したコースを見る。
「じゃあ、オレもそれにする」
「同じのでいいの?」
「ああ。特に食べたいものがあるわけでもないからな」
前菜が到着し、二人で食べ始める。
……美味い。
具体的には、一之瀬の手料理に匹敵する程美味い。
いや、高級レストランに匹敵するとか一之瀬の手料理どれだけ美味しいんだよ……
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コース料理を食べ終え、次は一之瀬の発案でカラオケに行くことになった。
「綾小路くん、突然だけど、この学校のシステムについてどう思う?」
カラオケに入って数曲歌うと、一之瀬がそんな話題を切り出してきた。
「システム、か。具体的にどういうことだ?」
「具体的……じゃあ、来月、何ポイントが支給されると思う?」
「来月か。正直、10万ポイントが支給されるとは思っていない。実際、毎月10万ポイント支給されるとは言われてなかったからな。オレが考えるに、テストの点数や普段の生活態度で支給されるポイントが決まるのだと思うが」
オレは考えていたことを正直に一之瀬に話すことにした。
別に、隠す理由もないしな。
「凄い、綾小路くん。もうそこまで……」
一之瀬はキラキラした目でオレを見ている。
「実は、私もそういう風に考えてたんだよね」
「そうなのか」
「うん、私のクラスでは授業態度は徹底させてるよ」
驚いた。
Bクラスではもうそんなにまとまりがあるのか。
「……一之瀬はリーダー的なポジションなのか?」
「うん。委員長をやらせてもらってるよ。オリジナルの役職だけどね」
「そうなのか。それは凄いな」
「綾小路くんはリーダーにはならないの?」
「冗談だろ?オレに出来るとは到底思えないんだが」
「えぇ……私の見立てでは完璧に出来そうなんだけどなあ……まあ、良いか」
一之瀬はオレのことを買い被りすぎだろう。
参謀的な立場にはなれても、リーダー的なポジションなんてオレがなれるはずがない。
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夕方。
ケヤキモールから出て外れにあるベンチに、オレと一之瀬は並んで座っていた。
ついさっきまで賑やかだったモールも、時間が遅くなるにつれて少しずつ人が減っているようだ。
遠くから聞こえてくる話し声や、中から漏れてくる音も、昼間に比べれば随分と静かだった。
夕日が建物の隙間から差し込み、辺りを淡いオレンジ色に染めている。
「今日、楽しかったね」
一之瀬がぽつりと言った。
「ああ、そうだな」
服を選んだり、カラオケで歌ったり、かなり長い時間一之瀬と遊んでいた。
それなのに、不思議と疲れは感じない。
むしろ、もう少しこの時間が続いてもいいと思っているくらいだ。
「ねえ、綾小路くん」
一之瀬がこちらを見る。
その表情は、先ほどまでの明るいものとは少し違って、真剣な目をしている。
「……ちょっとだけ、聞いてほしいことがあるの」
「分かった」
一之瀬は一度だけ深呼吸した。
そして、ゆっくりと言葉を続ける。
「私、綾小路くんのことが好き」
それは、何度も聞いた言葉だった。
しかし、今までとは違う、真剣な言葉だった。
一之瀬は真っ直ぐにこちらを見ていた。
「前も言ったよね。友達以上の関係になりたいって。もう一度、ちゃんと聞きたいんだ。……私と付き合ってくれませんか?」
一之瀬と付き合う、それも悪くないとは思うが……
オレの返答は決まっている。
「……すまない。まだ、付き合うことはできない」
「……そっか」
一之瀬は俯いた。
悲しそうではあるが、泣きそうな顔ではなかった。
「やっぱり……まだ駄目かぁ」
「ああ、本当にすまない」
「ううん、謝らなくてもいいよ。……理由、聞いてもいい?」
「自分でも、まだ一之瀬に対する気持ちを上手く整理できていないからだ」
「……」
「一之瀬と過ごす時間は楽しい。が、これが恋愛感情なのかがオレにはまだ分からないんだ」
「……そっか。でも、好きになってくれるまで絶対に諦めないからね」
「そうだな。オレが言うのもなんだが、諦めないでくれ」
「にゃは、なにそれ」
二人の間に、再び穏やかな空気が戻る。
告白は失敗した。
だが、不思議と気まずさはなかった。
むしろ、これまでより一之瀬との距離が近くなったような気さえする。
「……綾小路くん」
「なんだ?」
「最後に一つだけ、お願いしてもいい?」
「内容によるな」
「そんなに警戒しないでよ」
一之瀬は少し困ったように笑う。
「……今日の記念に、いい?」
そう言って、一之瀬は少しだけ顔を近づける。
オレはその意図を理解するまでに、ほんの少し時間がかかった。
オレはそれを拒まず受け入れる。
一之瀬の口がほんの一瞬だけ、そっと気持ちを伝えるように触れる。
すぐに離れると、一之瀬は顔を真っ赤にしていた。
「……えへへ」
「一之瀬、告白を仮にでも失敗した後にそれはどうなんだ?」
「まあ。こういうのも良いでしょ?」
「まあな。中々良いものだった」
一之瀬への感情はまだ分からない。
だが、今日のデートも含めて中々に悪くなかった。
うーん、覚醒要素が足りないかな?
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