7月20日、今日は一之瀬の誕生日だ。
もちろん、オレは誕生日プレゼントを用意してある。
この一週間、かなり悩んだ。
一之瀬が何を欲しがるのかを考えたが、本人に直接聞くわけにもいかない。
高価すぎるものを贈るのも違う気がしたし、かといって適当なものを渡すつもりもなかった。
……高価すぎるものはどうせポイントがなくて買えないんだけどな。
オレはそれを小さな箱に入れ、カバンに入れて部屋を出る。
「綾小路くん!おはよう!」
部屋を出ると、今日も今日とて一之瀬がオレの部屋の前で待っていた。
「おはよう、一之瀬。誕生日おめでとう」
「お、覚えててくれたんだ……ありがとう」
その顔を見て、オレは一瞬だけカバンに手を伸ばした。
今日のために用意したプレゼントを今渡してもいいのではないという考えが頭をよぎる。
しかし、それはすぐにやめることにした。
今ここで渡してしまえば、今日の予定が一つ終わってしまう。
別に悪いことではないのだが、せっかくならもっと良いタイミングで渡したいというものだ。
「当たり前だろ?大切な人の誕生日くらいちゃんと覚えてるぞ」
「た、大切な人……そっか……」
「一之瀬、今日なんだが、せっかくだしオレに夕飯を作らせてくれないか?」
「良いけど……なんで?」
「今日は一之瀬の誕生日だろ?誕生日の人は労わなくてはな」
「そっか……ありがとう。綾小路くん」
その後、オレたちは学校へ向かった。
今日は一之瀬の誕生日ということもあり、朝から多くの生徒に祝われている。
「一之瀬さん、誕生日おめでとう!」
「ありがとう!」
「これ、よかったら受け取って」
「えっ、いいの? ありがとう!」
一之瀬は一人一人に丁寧に礼を言っている。
普段から周囲に好かれている一之瀬らしい光景だ。
一之瀬は次々と声をかけられているにもかかわらず、一人一人に対する態度を変えることがなかった。
面倒そうな顔をすることもない。
本当に嬉しそうに笑って、相手の目を見て礼を言う。
こういうところが、彼女が多くの人から好かれている理由なのかもしれない。
少なくとも、オレには真似できそうにないな。
「人気者だな」
「そ、それほどでもないけどね」
「いや、この光景を見て人気者でないと思う方がおかしくないか?」
流石は一之瀬である。
友達の少ないオレとは大違いだ。
「一之瀬、今日は教室で昼食を食べたらどうだ?オレたちの時間は夜だけで十分だろう?」
「え……うん、そうしようかな?」
「じゃあ、また放課後な」
「うん。……でも、本当にいいの?」
「何がだ?」
「お昼、一緒に食べなくても」
一之瀬は少し寂しそうにこちらを見る。
「今日は一之瀬の誕生日なんだ。友達と過ごす時間も大切だろ」
「……そっか、じゃあ、今日はそうするね」
今日は一之瀬の誕生日だ。
普段オレと一緒にいる時間が長い分、今日くらいは友達と過ごす時間を優先してもらった方がいい。
夜には、二人で過ごす時間を用意してあるんだからな。
そう言って、一之瀬は友達の輪の中へ戻っていった。
その背中を眺めながら、オレは自分の教室へ向かう。
今日はいつもとは違う一日になりそうだ。
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放課後になり、オレはスーパーで食材を買い、一之瀬の部屋へと戻る。
何故入れるかって?もちろん、一之瀬の部屋の合鍵を持っているからだ。
オレはキッチンに食材を並べ、作り始める。
……レシピは見るぞ?当たり前だ。
こうして料理をしてみると、レシピを見ずに色々なものを作ることができる一之瀬は本当に凄いなと実感する。
そうこうしていると、大量のプレゼントを抱えた一之瀬が帰ってきた。
両手に抱えられたプレゼントの数を見れば、今日一日で彼女がどれだけ多くの人から祝われたのかが分かる。
朝からずっとあれだけの人数に祝われていたのだから、これくらいあっても不思議ではない。
むしろ、これだけのプレゼントを抱えて帰ってくる姿を見ると、改めて一之瀬が周囲から大切にされていることを実感する。
「おかえり」
「ただいま……っていい匂い……」
「そうだろう?頑張って作っているからな」
「本当に作ってくれてるんだね」
「ああ、なんてったって今日は一之瀬の誕生日だからな」
「この匂いは……もしかして、ビーフシチュー?」
「ああ、そうだ。よく分かったな」
一之瀬の表情が一気に明るくなる。
「わあっ。私、ビーフシチュー好きなんだ!」
「そうなのか。それは良かった」
「なんだか食べると特別な気分になるでしょ?家庭的だし、私好きなんだ」
そう言って一之瀬はオレの隣に立ち、手伝おうとしてくる。
「一之瀬は座って待っててくれ」
「手伝わなくていいの?」
「今日は誕生日だろ。料理くらい任せてくれ」
「……じゃあ、お言葉に甘えようかな」
一之瀬はテーブルにつき、料理を始めたオレを眺めている。
オレはビーフシチューを鍋でじっくり煮込んでいく。
時間が経つにつれて、部屋にはビーフシチューの濃厚な香りが広がっていった。
「できたぞ」
「わぁ……!」
テーブルの上に置かれたビーフシチューを見て、一之瀬が目を輝かせる。
「どうだ?美味そうだろ?」
オレは自慢げに言う。
オレだってやればできるのだ。
「うんっ。すっごく美味しそう!」
「じゃ、早速だが食べてくれ」
「いただきます」
「いただきます」
一之瀬が一口食べる。
「……おいしい」
「本当か?」
「うん。すごくおいしい!」
一之瀬は嬉しそうに笑った。
その様子を見ていると、わざわざ今日のためにビーフシチューを選んだ甲斐があったと思えた。
「もしかして、綾小路くん料理の才能があるんじゃない?」
「いや、そんなことは無いと思う。オレはレシピ通り作っただけだからな」
「なんでこんなに美味しいんだろう……。やっぱり、綾小路くんが作ったからかな?」
「もしかしたら、そうかもしれないな」
料理そのものは特別なものではない。
高級な食材を使ったわけでもないし、プロが作った料理でもない。
それでも、一之瀬がこんなにも嬉しそうに食べてくれるのなら、作った意味は十分にあった
食事を終えたところで、オレはカバンの中から小さな箱を取り出した。
今日渡そうと思っていたのだが、中々渡すタイミングが見つからなかったのだ。
「一之瀬、改めて誕生日おめでとう。これは、誕生日プレゼントだ」
「えっ……ありがとう!」
一之瀬の顔が更にぱあっと明るくなる。
一之瀬はしばらく箱を見つめたあと、ゆっくりと蓋を開けた。
一之瀬の動きが止まる。
「こ、これって……指輪?」
そう、中に入っていたのはシンプルなデザインの指輪だった。
「ああ、そうだが……何か問題があったか?普段使いできるようなデザインにしたんだが」
一之瀬の顔がみるみる赤くなっていく。
「あ、綾小路くん!?これって……どういう意味?」
「どういう意味も何も、祝いの気持ちだ。……おかしな所があったか?」
「そ、そうじゃなくて……!だって、指輪だよ?ネックレスとかブレスレットじゃなくて?」
「大切な人へ送るプレゼントで調べたら指輪が上の方に出てきたんだが……」
「そ、そういうことなんだ。嬉しいけど……。綾小路くんがこんなものをくれるだなんて、心の準備が出来てなかったから」
どうやら、指輪というチョイスは少しズレていたらしい。
おかしいな……ネットの情報を参考にしたのだが。
「もしかして、嫌だったか?」
「ううん!すっごく嬉しいよ!むしろ、嬉しすぎて困ってるの」
そう言って一之瀬は大事そうに指輪を箱の中に戻す。
「綾小路くん、これ、大切にするね」
「ああ、大切にしてくれると嬉しい」
一之瀬は指輪の入った箱を胸元で大切そうに抱えながら、少しだけ上目遣いでこちらを見る。
「綾小路くん……もう1つ、プレゼント欲しいな?」
……もうプレゼントなんて用意してないんだが。
「もう1つ?」
「うん。今日は特別な日だから……特別なこと、して欲しいな」
「特別なこと?」
「もう、言わせないでよ……綾小路くんからキス、して欲しいな?」
……キス、か。
思えば、あの日以来キスはしていない。
一之瀬は自分で言ったことが恥ずかしくなったのか、顔を再度真っ赤にしている。
「……嫌?」
オレは首を横に振る。
「いや、一之瀬がそれを望むなら嫌ではない」
「……うん、して?」
視線が重なる。
普段なら何気なく話せる距離なのに、今は妙に近く感じた。
オレは一之瀬の様子を確認してから、ゆっくりと顔を近づける。
そして、そっと唇を重ねた。
前の触れるだけのキスではなく、口と口とを押し当てるキス。
ほんの数秒、いや、数十秒だったような気もする。
顔を離す。
一之瀬は顔を赤くしてそっぽを向いている。
「……一之瀬?」
「……む、無理」
「何がだ?」
「嬉しすぎて、今ちゃんと綾小路くんの顔見られない……こんなに沢山のプレゼントを貰えるなんて思ってなかったから……」
「喜んでもらえたなら良かった」
「うん、私、今日のことは一生忘れないよ」
……ここまで喜んでもらえるとオレまで嬉しいな。
ちょっと短めですが次話をすぐに投稿するので許してください