現代社会における万能チートの正しい使い方 作:寸劇の小人
夕方の院内はだいぶ前に診療が終わっており、明かりも消えているエリアが多くてひっそりとしている。
歯医者だとか耳鼻科だとかちょっと体調を崩した際に病院に行くことはあったが、ここまで大きな病院に来るのは初めてだった。
指定された通り併設されている入院患者用の病棟で受付に声をかけ、職員用の通路から別の建物に案内してもらった。
適度に柔らかい床が音を立て、結構な距離を歩くとある部屋にたどり着く。
「逢河さんか!」
職員の人が声をかけてから部屋に入ると大きな声と大きな身振り手振りで迎えられた。
握手をしないのが医者らしい。
自分より二回りは年上だが全身にエネルギーがみなぎっているのが一目でわかる。
この白衣を着た分厚い胸板の男性が太山のようだ。
「はい。本日はお忙しい中、お時間ありがとうございます」
「いや、礼を言うのはこちらの方だ。ああ、君ありがとう。もう大丈夫だ。逢河さんも座ってくれ」
椅子に座りペットボトルの水を渡される。
受け取ると太山はそのままおもむろに口を開いた。
「いきなりになるが指摘をもらったモデルのことだがな。あれは当たりだ。見事だった!」
机の上には成実が送った資料を印刷したらしき紙とその他に見覚えのない表が何枚か広げられている。
「こちらのデータでも試したが、指摘された通り精度が上がるのを確認した。
共同研究でこれを使っている人間がたいそう張り切って徹夜でテストしてな。
君が来ることを知って来ると言っていたのだが寝過ごしたのかまだ来とらんが」
思ったより大事(おおごと)になっているのかもしれない。
「専門家ではないので自分ではわからないのですが、そんなに大変なことだったんですか」
太山は一瞬面食らったように眉を上げた。
「そうか、簡単な経歴はメールにあったが君は別に医療関係者というわけではなかったな。
まあ仮に医者でも特定分野の専門的な知識だ。探しても理解できる者はほとんどおるまい」
だが、と太山は続ける。
「そうなると非常に興味深い事例ではあるな! メールではAIを使って論文の矛盾点を見つけたとあったが」
このあたりの答えは前もって用意してある。
「はい、ここ数年すごかったんですが今年に入ってから本当にできることが増えたというか精度が上がったというか。
ただやっぱり不完全なところもまだまだ多いですけど、去年出たRLCRというMITが出した論文の考え方と合わせるとちょっとだいぶコスト面とか含めてやれることが変わってきそうで」
情報関係で何か聞かれた際、困ったらAIという逃げ道があるのは助かる。
能力を得たのが今年で本当に良かった。
AIの性能の伸びが爆発的で、以前は考えられなかったようなことができるようになったのが大きい。
おそらく近いうちに太山に話した理論を使ったか近い考えを元にしたモデルが出る可能性も高い。
(医療系に比べるとIT系で興味のある分野だと能力の補助があれば理解もしやすいんだよな)
「調べものだなんだで多少利用してはいるがAIのことは逆に私の方が素人だな。しかしそうだな、君のくれた指摘は専門のスタッフが数人がかりで半月はかかる仕事の成果に匹敵する。
まあ稀に執念で数日で何とかしてしまうような例外もいるが勘定に入れるべきではない」
返信にもあった共同研究者という人のことだろうか。
「……話がずれたな。そう、重要なのは問題を解いたことそれ自体ではなく、こういう仮説がありうると気づいたことの方なのだ。
気づくことがすべてと言ってもある意味では過言ではない。
まだまだソフトウェアだけのことだと考えていたが、しかし実際に成果を目の当たりにしてしまうとこれからの研究はだいぶん話が変わってくるのかもしれんと感じたぞ」
「そんなにですか」
「本当に分かっておらんのだな。そんなにだ。
さすがに何も返さないというわけにはいかんくらいにな。
こちらで君に対して何かできることはあるだろうか?」
かなりいい流れだ。
ダイエットについて専門家の意見を聞きたいとつなげても不自然ではないだろう。
「そうですね。まあ自分の体形を見てもらえば分かると思うのですが、ダイエットについていろいろお話を聞かせてもらえればと」
「そんなことでいいのか? いや、私の専門ではあるが」
ふむ、と太山は少し何事かを考えているようだった。
「少し触れたが共同研究者が君の話を聞きたがっていてな。君の目的にもかなうはずだ。
質問に答えるだけではもらった情報に見合わんし、彼女が来るまでせっかく時間もあるからいくつか普通の病院では測れない数値でも測っておこうか」
がははと聞こえるような笑顔で太山が言い、部屋の外に連れ出された。
それからおよそ1時間ほどかけて3つほどの機材で体組成などの測定をされた。
特に1つ目は検査着に着替えてわざわざ技師を呼んでの大掛かりな検査だった。
「研究の協力者ということにしてある。実際その通りだしな。今日測定の予定だったが伝え忘れていたと言ったら何とかなってよかったな!」
出会ってまだ時間が経っていないがこの太山という医師、かなり押しが強い。
検査を終えて部屋に戻るとスーツを着た金髪の女性がノートPC(Macのやつ)を開いていた。
「先生(センセ)、どこ行っとったんです? 結構待ちましたよ」
見た目に反してコテコテの関西弁だ。
イントネーション的に間違いなくネイティブのそれである。
「お前さんが全然来ないから客人を待たせるのも悪いと思って検査をしてただけだわい」
太山の言葉にてへへと頭をかく女性。
「えらいすんませんでした。……ちゅうことはそっちの人が逢河さんでええんかな?」
はい、と頷いた瞬間、しゅばばと音が聞こえるような速度で彼女はこちらに猛突進してきた。
「めっっっちゃ凄かったです! ウチらでも気づかんようなややこいとこやったんに、AI使ったって書いてたけどどうやって見つけたんですか!?
医療関係やないのは聞いてますけど大学の専攻とか今やってる仕事とかは!? スカウトさせてもろうてもええです!?」
太山に輪をかけて押しが強い。
どう返せばいいかと考えていると太山が割り込んできてくれた。
「いきなり話を進めすぎだ、馬鹿者。名前くらい言わんと失礼だぞ」
「あー、連絡貰ってからどんな人がこれ考えたんやろってずっと考えてたから忘れてましたわ。初対面やった。
ウチは玖来 怜丹(くらい れに)いいます。太山センセと共同研究してるスマートウォッチとかのデバイスの会社の代表やってます。
レニでええですよ」
名刺名刺とカバンの中を漁っているのを横目に太山が言葉を引き取る。
「……さて逢河さん、最初に私の方でも少し聞いていたが、もう少し今回のモデルの指摘の発見から改善について話してもらえるだろうか」
そんなわけでしばらく能力を使ったり使わなかったりしながら、今回の指摘について話をすることになった。
それからところどころで質問をはさみながら30~40分ほど話した。
レニさんも最初ほどは暴走しなかったのでその点は助かった。
話を進める中ではあえて能力は使いすぎないようにした。
「やっぱAIか~。
画像診断とかやと専門家超えることもあるみたいなんは話聞きますけど、調査やコード書くんだけやなくてもっと研究にも使っていくことになりそうやなあ」
「人間の能力の全部が今すぐに代替できるとは言わんが、ぼんやり思っていたよりだいぶ進歩が早いな。
話を聞く限りお前さんの立場だと専門のスタッフがいた方がいいかもしれん。詳しい人間にたまに見てもらうだけでもだいぶ違いそうだ」
医療に関する知識など自信が無い部分は下手に能力に頼らず分からないと言っていたのが良かったようだ。
フィクションで見るように、嘘は真実と混ぜると判別が難しくなる(実際医学は分からないので嘘というわけでもないが)。
「ありがとうございます。次はこっちが質問に答える番やね。なんで調べようと思ったかでちょい出とったけどダイエットについてでええです?」
「はい、1か月半で5kgくらい痩せたんですけど、健康考えるとあと15kgくらいは落としたくて。なるべく楽にリスクなく痩せる方法ないですかね?」
そこからは太山が中心になってカウンセリングのような形で話を聞かれた。
現在の食事・運動などを中心とした生活習慣などごく普通の診療を丁寧にしてもらった感じだ。
「なるほどな。これやと、逆に難しいかもしれんなあ……」
軽く手を握って考える人のポーズをするレニ。
見ていると顔を上げて手をパタパタと横に振る。
「ああ、悪い意味やなくてええ意味であんまり手を加えるところがないっちゅうことです。
ウチも健康に関わる仕事してますけど、始めるのと続けるのが大事でよっぽど変なことや無い限りは定番の方法が一番ええんですよ。
おもろない話なんやけど信頼できる研究の結果ってだいたいそんな感じ」
(それができれば 苦労はしねェ)
過去の自分ならそう思っていただろう。
まあ今は能力のおかげで環境が変わったことも含めてだいぶ下駄を履いているのだと思う。
そんなことを考えていると、うむ、と太山がうなずいて話を引き取った。
「強いて言えば睡眠の見直しはしてみてもいいかもしれんな。現代人は基本的にほぼ寝不足なのだ。もちろん仕事が許せばだが……。残業などは問題ないかね?」
「あ~、しばらく前から残業はそんなになくて、ここ数年寝るのは日が変わるくらいから2時くらいまでに寝て7時半から8時までに起きる感じですかね。
独立で今度会社辞めるんでもうちょい意識しようと思います(有給もあと1週間くらいか)」
「働き方が変わるとまた別のストレスがあるかもしれんが、それなら2週間くらい寝れるだけ寝る生活を一度してみるといいかもしれんな。ダイエットに限らず思った以上に睡眠の影響は大きいのだよ」
これは意外と見落としだったかもしれない。
正確に言えば能力で勧められてはいたが、能力を得て余裕ができてからは極端な夜更かしはしなくなって寝る時間も前より平均としては早くなったのであまり重視していなかった部分だ。
専門家が言うということは、やはりできるかどうかは別にしても相当重要なことなのだろう。
「睡眠も大事やけど、でもそもそも継続できるん自体がめちゃ凄いことやと思うんよ。
ウチもそれ何とかするための道具を作ろう思て一生苦労しとる。逢河さんはそこんとこどうして上手くいったと思います?」
さすがに能力使いました、とは答えられないのでそれっぽく返す必要があるな。
「リモートワークで生活習慣変わったのがハマったとか、有給期間に入って時間を自由に使えるようになったのが一番大きいですかね。
あと食事だと食べるものの極端な制限とかは嫌だったので一口目を全神経集中して味わうようにしたのとかが個人的に相性が良かったのとか」
「おもろいことしてはりますやん。そういうのもっとないですか?」
いい球が来た。ここが狙いどころかもしれない。
「あんまり自分の方ではこれといったやつはないんですけど、イベントで買ったダイエットの評論系同人誌でスマートウォッチとか完全食とかテクノロジー全部使って痩せるみたいな本があったのは面白かったですね。
手間とか考えるとちょっと同じことやるのは自分は無理そうですけど。
逆に痩せる薬とかドラえもんに出てきそうな専門家から見たら荒唐無稽なアイデアとかってあったりします?」
質問を返すと彼女は口を大きく横に開いてにやりとした。
「なにそれオモロ。確かに今ある物を生かすことばっかり考えててぶっ飛んだアイデアってあんまり考えたことなかったわ。
センセもこういうのできたらええなっての何かあります?」
「ブレインストーミングというか思考実験みたいなものか。
医学に携わっていると無意識で安全性などを重視して幅を狭めてしまうような向きはあるかもしれんな。少し考えてみるか」
そこからは能力使用でも役に立ちそうな話を含めて結構いろいろな話ができた。
マンジャロのような痩せる薬の種類やタイプ別のリスク(食欲を抑える、カロリーの吸収を阻害する、代謝を上げたりするといった効果)。
脳内麻薬をコントロールして運動がとにかく楽しくなるとか、フルダイブ型VRができたら中で楽しむ食事をして現実ではディストピア飯で栄養管理とか。
味を変えるスプーンで塩味以外も変えられるようにするとか、豆腐にいろんな味をつけて食感を変えてジャンクフードを再現するとか。
無人島で1年過ごすとか、痩せるまで出られない部屋(ホテル)で強制的に食事を管理するとか。
「は~考えとらんかったことって結構あるなあ。
ちなみに、スマートウォッチって使ったことあります?
使ってないなら使ってない理由とかあったら聞きたいんやけども」
アイデアについての話がひと段落して、レニさんから質問が来た。
「一時期安いやつはお試しで使ってました。でもそこまでできること多くないしスマホで良いかなって。時計として使うのはありだけど意外と充電面倒だし。
仕事柄、通話多用する人はスマホ開かなくていいから選択肢としてありかも?ってくらいですね」
「やっぱそこなんよあ。血糖値とか測れたらまた全然違うんやけど、そこはちょっと壁がいくつかあったりやし。
生活習慣の改善を続ける補助にもっと役に立ったらええんやけど」
元々信頼できる相手というのを絞り込んだ太山とは違い、一応部外者だったレニについても、同程度に信頼できる相手かどうかは話の途中で能力を使って確認してある。
少なくとも本来の分を超えた領域では保険の意識は必要だろう(女性に使うのは多少の抵抗があるが)。
「なあなあ、何かええアイデアないですか?
それかウチで働きません?」
「おいおい、あんまり無茶を言うんじゃない」
答えられる。
答えようと思えば。
積み上げた科学という基盤で階段を飛ばして昇るのは実用を考えると難しい。
産業化するにはゲームのスキルツリーのような前提となる前段階が必要という話だ。
だが今この世界にある技術と知識を組み合わせて行える現実的な技術革新には能力を使えばあまりにもあっけなくたどり着ける。
(それが人に受け入れられるか、商売になるかは別の話だが)
それをしないのは自分の立場でその回答を出すのはあまりに説明がつかないからだ。
相手の言動に制限を掛けるとか記憶をいじるとか想定していなかった影響への責任とか、突き詰めれば覚悟とかそういった分野の話だ。
「十分にいろいろしてもらっただろう。もういい時間だし今日はこれくらいで終わりにせんか」
大きな機械を使った検査やカウンセリングもしっかりしてもえらえたし、知りたかった情報や専門家目線の意見ももらえたので取引としては悪くなかった。
純粋な金銭換算だと多少ずれるかもしれないが、優秀な専門家とつなぎが取れたという価値もある。
あげすぎでも、もらいすぎでもない。だからこれ以上こちらから余計なお節介をする必要はない。
それでももし何かあるとしたら――。
「でもなんかしてくれそうな気がしたんですもん。
できる人は何人いてもええですからね」
レニさんが唇を尖らせてそんなことを言う。
そのとき、何の予兆もなく脳裏に突然一筋の閃光が走った。
能力の影響などではなく、何か自分の中で能力について大事なことに気づいた気がする。
今日ここに来た元々の目的とは別のそれよりもこれから先ずっと影響が出るようなことだ。
単なる言い訳ではなく、自分に利がある形で試したいことがある。
能力を使って大急ぎで話の流れを組み立ててから話しかける。
「血糖値とかはちょっと分からないですけど、そういうのもそのうちできたらいいですね。
それかARグラスで食べたものを全部自動で記録してもらえるとか」
ん~?
と反応したレニさんは少しの間考えてから返答をよこす。
「そっちもええですね。画像の判別はAI使ったら今でも結構いけるようになるんかな? ただハード的な制約はまだかなりあるし――」
そこまで言ってから、言葉がふいに途切れた。
今、想像通りなら彼女の中でシナプスがつながっている。
「――え、ちょっと待って」
能力を使って彼女の何かを変えるような特別なことは何もしてない。
ただ情報の出し方を工夫して彼女が気付きやすくする流れを作っただけだ。
「……完全自動は無理。できるのは電話とかLINEを受けるみたいな通知がメイン。
でも現状の続かない理由の一番は細かい内容をわざわざスマホ開いていちいち入力する面倒なところ。
せやけど普通の人が日常続けたい運動なんて何十種類もあるわけやない。最初だけとか折を見てたまに見返すくらいでもええ。
としたらほんまは日頃の限られたパターンの対応だけでじゅうぶんなんや。例えばもしこれが2パターンの簡単な通知に答えるだけのプッシュ式になったら?」
「おい、レニ? 話聞いとるか?」
太山の若干困惑したような声が部屋に響く。
だが深い集中、問題を解決するという没頭はその程度では遮ることはできない。
「ゲームとおんなじや。自分から目標立てて努力するのは誰にでもできることやない。
だからわかりやすうして、余計な手間はぜえんぶ向こうでやってもらえるようにする。
座りっぱなし通知は毎日になるとだるくてあんまり効果ないと思ってたけど、手元で2択を選ぶだけなら話は違うかもしれん。きっかけがデバイスの方から来て反応返すだけになるんが認知負荷を減らすキモなんや。精度は毎日の積み重ねで上げていったらええ」
「全然聞いとらんな、こりゃあ」
ゴホン、と太山がわざとらしく咳をしたところで戻ってきたレニがおもむろに成実の手を両手で握って持ち上げた。
「ありがとうな! 試してみたいアイデア浮かんだわ!
もしかしたらモデルの改善以上にエラいことかもですわ!」
満面の笑みでぎゅうぎゅう手を握られている。
やめてくれ、好きになっちゃうだろ。
時間がだいぶ経っていたのもあり、その日の話はレニさんと連絡先を交換してそこまでで終わった。
何年ぶりかで女性に手を握られた感触を思い出しながら帰路に着いた。
特に会話周りで質上げようとすると全部手書きになっちゃいますね。
質維持したいので週1が限度になりそうです。
兆資産持ってるIT社長に囲われたい。