現代社会における万能チートの正しい使い方 作:寸劇の小人
転職します。能力ほしい。
「ビビった~。そりゃアニメ化は能力のせいじゃないよな」
調べてみると、確かにケイリーのアニメ化が発表されていた。
公式ポストの動画でコンセプトアートをはさんでいくつかのシーンが実際に動いている。
NHK Eテレでの2クールで原作の芦谷先生もかなり関わるらしい。
話の大筋は同じだが個々のシーンは結構手を加えたり、打ち切りで削らざるを得なかった当初予定していたエピソードが5,6話増えるとのこと。
「完全なアニオリ展開ってわけでもないのか? プラネテス形式をマイルドにした感じってことか……? 今どき珍しいな」
しかし追加があるとしても4巻の漫画で2クールは圧縮率考えるとかなり贅沢だな。
原作が売れてるのに酷評・爆死したアニメについて昔いろいろ調べたのだが、4巻だと1クールが相場になる。
ある程度はクリエイターの腕とか作品がアクション多めだったりだと何とかなるが、そもそも昨今の作品は昔に比べるとまず尺がかなり厳しい。
「封神演義とかNHKの大河枠で4クール以上でやってくれん?
いや、逃げ若の方がまだ可能性あるか……」
地味に鉱脈だと思うんだよな。NHK大河アニメ枠。
まあそんな横道は置いといて、アニメ化自体は数年前から動いていて今回SNSで宣伝する作品が受けやすい判断にそれが含まれていた、ということのようだ。
「今回は避けられたけど能力で意図しないネタバレ引くの怖えなあ……。覚悟してる場合はいいんだけど不意打ちだと困る。制限かけとこ」
能力使用にルールを追加する。もう何も怖くない。
芦谷先生のリポストは引用リポストでコメントがついているというわけではないがやはりかなり効果が大きいようだ。
更新のたびに伸び続けている。
いろいろ見ているうちにすっかり冷めてしまったが、いつもより飯が美味い。
「これ応用したら原作がある程度売れてる好きな作品がアタリの製作体制を引ける、みたいな使い方もできちゃう?
いや、でもアニメ業界のリソース自体は有限で好きな作品を優遇するとどこかでババ引くのも出るか。クリエイターにどこまで関わるかは贅沢な悩み過ぎるな」
アニメのクオリティにケチが付くとき、わかりやすく脚本家とかが槍玉にあげられがちだが、実際はプロデューサーとか監督とか権限が大きい方が悪い場合が多いんじゃないかというのがいろいろ調べた感想だった。
能力を使うならリソースを偏らせずに相性の良い組み合わせの配置とかで介入くらいならありかもしれない。
もし本当にやるなら能力使って十分に調査した後になるだろうが。
夕食を終え、片付けのあとはいったん全年齢向けのアカウントの方は置いて成人向けのアカウントの準備に移った。
動き出しは勢いがあるうちにやった方が良い。
こちらは昨今だとSNSの規制もだいぶ強くなったのもあり最悪凍結なども考えると趣味的な側面がだいぶ強くなる。
「能力で調べても想像通り売れる作家さんとか作品がNTRばっかでホントに萎える……」
かわいそうなのは抜けないんだよ。
いやNTRって寝取られる側の男が悪い話も多いんだけどそれを加味してもだいたい寝取る側がクズで女の人が将来的に幸せになれないだろうなって流れで終わるから。
能力で身体の相性が一番いいキャストのいるお店とか探さないのもたぶんこれの延長線上にあって完全に趣味の問題である。
それならマチアプの方がまだ許容範囲なくらいだ。
「条件つけると一気に減るな~。しかし見落としてた良さそうな作品もあるぞ。これは嬉しい誤算だ」
ポチポチとすぐに作品を買う。
お金はかかるが「資金源」があるのでここしばらくは漫画買うのが以前に比べてもだいぶ増えた。
「どっちかというと問題は部屋の広さの方だからなあ……。電子じゃなくてやっぱり紙でほしい作品もめっちゃあるんよね」
電子は電子でPCの大画面で描き込まれたページを見た時の感動もあったりするんだけどね。
やっぱりお金が入ったら引っ越し先を探した方がいいかもしれない。
でも仮に月5万家賃上げたら1年で60万、30年で1800万だしなあ……。
そんなことを頭の隅で考えながら準備ができた順に投稿してアカウントが伸びていくのを眺めるのだった。
一方その頃、バイトから帰った尾野貴虎(おの たかとら)は自室で残り少なくなったパスタを茹で、パックのミートソースを少しだけかけて食べていた。
部屋は蒸し暑い。
だがここ数年に比べると今年はまだ耐えられる暑さで冷房を使わなくても我慢できるのがありがたい。
高くなった電気代が抑えられる。
イベントで売れ残った本は委託に移し、段ボールが消えた部屋は少しだけ広くなった。
ここ数年ジリ貧なのには気づいていた。
だがまさか本が売れないのはともかくとして、印刷代がここまで急激に上がるとは想定していなかった。
一般向けでは担当がついても連載までは至らず、同人誌で細々食いつなぐのももう限界だった。
SNSには引退を告げるポストを投稿した。
それがほとんど顧みられなかったのが自分の作家としての終わりを何より示していた。
(疲れた……)
他の人とほとんど喋らないで済むためなんとか続けられた倉庫のアルバイトの時給は数十円上がったがそれだけで、物価の上昇にはまったく追いついておらず生活は苦しくなる一方だった。
150万に届かない程度だが借金もある。
何度かに分けて印刷代を名目に借りた生活費のためのもので、運よく普通のサラ金と異なり銀行で低利で借りられたので月の返済額は1万円に満たない程度で何とか生活はできていたのだけが救いだった。
氷河期世代で学生時代にまともな就職先も見つからず、資格も職歴もない。
引退を決めたイベントの後、先週から正社員として就職先を探しているが年齢のせいかコミュニケーション能力のせいか手ごたえは全くない。
今さら普通の仕事でまともに働くのはそもそも自分でも無理だと心のどこかでは感じていたのかもしれない。
履歴書とそこに貼る写真にかかるお金を切り詰めるため、PCとスマホのアプリを使って印刷して節約する工夫くらいしかできない。
家賃を支払い残高が3万円を切った銀行のアプリを見てため息をつく。
新刊の売り上げは多少入る。だが何か月もそれでもつわけではない。
単純な金銭面だけの問題ではなく、漫画を描いているからバイトもギリギリ我慢できていたのもある。
端的に言って、尾野は、ほとんど詰んでいた。
半人前ほどのパスタを食べ終わったがまだお腹は空いていた。
それでも我慢するしかない。
食べているものの味もろくに分からず、水道水で誤魔化すのにも慣れた。
外食はおろかコンビニも公共料金の支払い以外では使わなくなり、スーパーで弁当を買うことすらほとんどなくなった。
見切り品の野菜を買うのを意識して何とか身体を壊さずに済んでいるという状況だった。
それも最近では不況のせいか割引シールが貼られることも減っている。
大きな病気だけはしなかったが、それが崩れるかもしれないと思うといよいよ終わりを感じた。
何もしていないと、ぼんやり涙が滲んでくる。
気持ちを誤魔化すため、念のためすっかり癖になった同人誌販売サイトの管理画面を開く。
新作がいきなりたくさん売れていればいいなと自分でもほとんど諦めながらも。
奇跡も、魔法も。ない。
それは自立してから今までの人生で、自分が一番知っていた。
丁寧に丁寧に、あらゆる希望が少し見えるたびに毎度毎度細かくなるまで徹底的に砕かれ続けてきたのが尾野にとっての現実だった。
(……?)
奇跡は起こらない、はずだった。
10年前の作品が突然250部売れていた。
12万円の売上だった。
「……間違い、じゃないよな」
思わず普段出ない独り言が出た。
管理画面を確認すると、今回のイベントで出した新刊に次いで部数が出ていたのは前回のイベントで出した作品ではなく、10年前に描いた作品だった。
前回から考えると新刊の売り上げは1000部とかその程度になるだろう。
それでもこの金が入れば借金の返済はできなくてもちゃんとした仕事を見つけるまでのつなぎにはなる。
そこまで計算しての引退宣言だった。
新刊に連動して過去作が多少売れるのもあるが、過去の経験から金額的には大したものにはならないので実質的に新刊売り上げの一部として考えていた。
だが今日になって突然、今描いているのと全然違う作風の過去作が誤差とは思えないほど売れている。
ペンネームのhatchet(ハチェット)と作品名でSNSに検索をかけてみると原因が分かった。
『秒速5センチメートルが苦みのあるTRUEルートじゃなかった場合のやつみたいな話。10年前の作品だけどクソ好き』
純愛大吟醸というアカウントのポストが伸びていた。
業者の宣伝のようにも見えたが、明らかにどこかが違う。
それはbotやインプレゾンビと思われるコメントへの対応や他のコメントへの対応からも感じられた。
どうして、今さらになってこんなことが起きるんだろう。
あの頃の記憶が蘇ってくる。
自信のある作品だった。
実際にいくつかのブログでも取り上げられることもあったし、サイトのコメントや評価も良かったが、思っていた部数にはならなかった。
まだ今より若かったころだ。
それに満足できてなくて、売れ線に挑戦してみようと考えて寝取られにジャンルを変えた。
10倍売れた。
こんなに簡単なのかと笑ってしまうというよりむしろ呆然とした。
次の作品も、その次の作品も多少減ったが結構な量が売れた。
3年経って売り上げが半分以下になり、5年経って元の水準になった。
それからもジリジリと下がり続け、ついに廃業するしかなくなった。
元の作品のような話を描こうと考えたこともあったが、もっと売り上げが下がったら? と怖くなって描けなかった。
作風をまた別のものに変えるのも、気が付くとそこまでのエネルギーも沸かず、できなくなっていた。
何となく管理画面を更新すると、10年前の作品の売上はさらに50部増えていた。
「作者さん本人じゃん……?」
ポストが伸びるのが楽しすぎて辞め時が見つからなそうなので、休日なども考えて書き溜めを作っていた。
寝る前に一度確認しようとアカウントを見ると、DMが来ていた。
全年齢向けの方を含めて、急激に伸びたアカウントに対して業者的な連絡などは多少来ていたがどうやらこれは別のようだ。
『はじめまして、hatchetです。この度は私の作品をご紹介いただきありがとうございます。引退宣言したあとですが、思い入れのある作品なので嬉しかったです』
ある程度は調べていた。
作風を変える前はかなり好きだった作家さんだ。
特に今回紹介した作品は今でも年数回読み返しているし、個人的に傑作だと思っている。
イベントでどこ回ろうか調べているときにもチラッと見たがサンプルを見た時点で作風が変わっていなかったので候補からは外していた。
今回のイベントのあと、引退宣言を出していたのもぼんやり知っていたがあまり気にしてはいなかった。それくらいの人だ。
「そもそも同人作家さん含めて漫画家全体が激務のせいか体調管理が悪いのか病死しすぎなんだよ。
健康なまま自己判断で引退するならそれもありだと思ってしまう。
能力で描くまで出られない部屋作ってそこに監禁して体調管理するとかちょっと考えたぞ。
いや、以前の俺なら人のこと言えんけど」
DMからプロフィールをたどると作品の宣伝や活動期間から間違いなく本人だった。
(念のため能力でも確認したので間違いない)
しかし引退か。
それなら趣味と実益を含めてこっちに少し付き合ってもらってもいいかもしれない。
(アカウントが伸びてはいるけどアフィリエイトの申請の都合でまだ具体的にお金になっていないというのもあるし)
仕事相手として考えて能力の使用範囲を少し深くして調査。
考えていることが実現できる可能性やその手順を組み立ててから返信を送る。
『活動終了されるとのことで迷惑でしたらすみませんでした。
自分としてもたびたび読み返す大好きな作品です。
御縁があったので、もし可能であれば有償で依頼をお願いすることなどはできますでしょうか。
もし健康に不安があっての引退でしたら申し訳ございません』
能力での想定の通り、それほど時間をかけずに返信が来る。
『ご依頼というと、イラストなどでしょうか?』
『いえ、今回紹介したような昔に近い作風で成人向けのちょっと長めの同人誌を一冊描いてもらうイメージです』
『原作があって作画を私が担当するという形ですか?』
『お恥ずかしながら私に創作の才能は無いので、基本となる設定というかルールをいくつか指定して、それを満たす形で先生にアイデアを考えていただき新作を作ってもらう形になります』
『公開禁止で個人的に純愛大吟醸さんが楽しむ形式の依頼と考えてよいですか?』
他人からアカウント名で呼ばれるとちょっと笑ってしまう。
でも結構好きかもしれない。
『普通に新作として売っていただいて大丈夫です。
詳しい条件を出すので少し考えてみてください』
能力を使いながら詰めていた条件を書き出して送る。
作品のルール:
・寝取られ/ヒロインが傷ついたまま終わらないこと
・オリジナルであること(過去作の続編やパラレルは可)
・ヒロインが年少者ではないこと
(・上記に反して良いアイデアが出れば相談いただいてネーム完成時点までにこちらで判断。基本的に1つ目の条件、寝取られ等は通らない想定)
製作等のルール
・ページ数は40~60ページ程度、納期は1~2か月を想定
・完成した作品の権利や途中で没になったアイデアの権利は先生が持ち、流用や販売等は自由に行ってよい
報酬について
・プランを選んでいただき、着手時、ネーム完成時、作品完成時にそれぞれ予め決めた金額を報酬として振り込む
・総額30万円で10万円ずつ払うプランA
・総額100万円で25万円を2回、最後に50万円を払うプランB
プランAについて
・特に上記以外の事項はなし(普通の制限の無い有償依頼です)
プランBについて
・このアカウントで製作過程を含めて多少の宣伝を行います
・週1~2回程度のオンラインでメッセージでの打ち合わせを想定(こういう宣伝をします、という事前確認になります)
・可能ならネームについての相談時は通話(カメラ不要、画面共有は要)が望ましいが無理ならメッセージのやり取りでOK
・完成後、先生のサークルから作品を販売頂き、売れた金額からサイトの手数料を引いてこちらで依頼した金額まで、それ以上売れた場合は30万を上限に20%を戻してもらう形(130万円を超えた場合はそれ以上は頂かない)
(ジャンプの原稿料が業界最高峰で新人が1ページ2万くらいって聞くから金額ベースならかなりいいはず。
そしてこの「資金源」は使い道に悩んで消費に回してた能力で勝った競馬のリターン。
帰省の移動中に買ったの含めて万馬券が何回か当たってて地味に全体で100万超えてたんだよな。
株と違ってこっちはさらにあぶく銭感があってどうしようかとずっと悩んでたけどこういう使い方なら趣味にも合うしお金稼ぎのテストにもなる)
ややあって、それから返信が来た。
『100万円、本当に売れると思いますか』
意外とこのあたりの感覚弱い人が多いよな。
自分で何かを作れるってそれだけで凄いことだと思うんけど。
『シンプルに考えると、別の作家さんですが今の売上ランキングで上位の作品は今回のイベントの新刊で880円で5000本以上出てます。
手数料引いて1部500円だとしたら、100万円って2000部で達成できますよね。十分可能だと考えています』
『売れなかった場合は特に借金になったりはしない?
そちらに渡す金額の上限も決められていますが』
『はい、正直に言いますが、私にとっては趣味を兼ねた副業のテストという形です。
こちらで宣伝等も行いますがそのあたり含めてもし商売にするならこういうのが成り立つかなを知りたいというのもありまして。
金額が作家さんにとって不利すぎるとモチベーションにも関わるかもしれないとも思うので今回はこの形で』
ここはあえてそれっぽいことを言う。
いや、これが成り立つなら趣味の副業なら実際かなり嬉しい。
画風・ストーリー・キャラクターの全部が自分の趣味と噛みあった作品なんて本当に数えるほどしか出会えないというのもあるし。
コンテンツは実力ある作家さんでも水物だと考えているが、ジャンル指定とか好きな作家に依頼できるみたいな固定値を出せるなら自分にとっては価値がある。
そもそも売れないという可能性がかなり低い。
能力を使って適切な宣伝をし、傑作とまではいかなくても先生にとっての60点くらいを出せれば問題なく100万は回収可能で80点以上ならかなりの確率でプラス30万回収できる見込みだ。
本来の株の投資なら+30%はかなり大きい。
Aプランは先生が自分が選んだという気持ちを強めるための囮(俺がこれくらいなら趣味に年1でギリ出せる限界というのも本音)。
Bプランが選ばれる可能性が極めて高いことも見えている。
『着手金は自由に使って良いんですよね』
『はい、取材の経費とかは出せないのでそのあたり含めてと考えていただければ』
そういえば全年齢向けだけじゃなくて成人向けでも描いてなかったのか。
完全に一人で10年以上やってたってのも凄い話だなと思う。
これ頼んだらこっちも経費とかいろいろ使えるようになるのもある。
『30万円の方でも販売も自由とありますが』
『記載の通りです。仕事抜きで完全に趣味として出すならそれくらいの金額になるかなと』
『もしかしたら途中で描けなくなるかもしれません』
ブラック企業で働いたりして自信無くしたらこうなっちゃうのかな……。
細かい事情までは全部調べているわけじゃないが、売れなくて引退というのは結構根が深いのかもしれない。
『なので、お金は3回に分けて払う形に。
ネームができたら後はそんなに悩まないかなというのもありますし。
もし描けなくなったら無理でしたとか一言で良いので連絡くれると助かります。
最初の予定の2か月経って連絡切れてたら無理だったとこちらで判断します』
驚くべきことに、このあたりの連絡がちゃんとできない人がクリエイター界隈だと本当に多いらしい。
学生時代ならなんでだよとツッコんでいたがおそらく能力値の割り振りが違うのだ。
(とはいえ最近はこのあたりもちゃんとできる人が増えてきている印象があるらしいが)
『ただ、ちゃんと届くべきところに届いたら余裕ではあると思うんですよね。
失礼ながらあの作品描いた人が最近の作品があの販売数なのは納得いってない部分がだいぶあります。
逆に商業・同人問わずにちゃんと届けるって意外と難しいと思っているので上手くできれば仕事にもなるかなと』
ラーメンハゲが言っていた。
いいものなら売れるなどというナイーヴな考え方は捨てろ、と。
先生が寝取られというジャンルを選んだのはある意味では正しい。
だが、それは絶対の正解ではない。
その作家さんの「熱」がなければ技術だけでは何度も読み返すような作品にはならないと信じている。
そしてその「熱」と一定の技術があればあとは売る力が思った以上に重要なのだとも。
これまで摂取してきた数々の作品や、仕事や、能力を得てアプリを作るようになって色々調べた結果気づいた。
ここまでの話、自分が望むことは最初の時点で盛り込んでいる。
後はすべて「先生がパフォーマンスを最も出せる形」で話を組み立てている。
だからこそ、最後にこちらの「熱」を伝える言葉が必要だ。
『何だかんだ言っても結局単純に俺が読みたいんですよ。
先生の昔みたいな話を、今の先生が描いたらどうなるかを』
その言葉に対する返事が返って来たのは日が変わった少し後だった。
『プランBで、100万円の方で、やらせてください』
尾野は、そのやりとりからしばらく放心状態でPCの画面を見つめていた。
引き受けてしまった。
引退報告もしているがそのあたりは最後にファンの依頼を受けてという形で宣伝につなげるとのことらしい。
もしかしたら詐欺みたいな話だ。
落ち着いていたら受けなかったかもしれない。
だが何かに押されるように自分の作品を宣伝してくれた人の言葉を聞き入れ受けてしまった。
100万円。
以前の自分ならそれくらいはまあ最低限売れるだろうという気持ちがあった。
年2回それくらい出せれば何とかバイト抜きでも最低限食ってはいける。
今となってはずいぶん遠く感じる場所だ。
ピロンとSNSに通知が届く。
DMに振り込み完了のスクリーンショットが貼られている。
そちらの口座への反映はもしかしたら明日になるかもしれませんがという注意書きも無視して慌てて銀行アプリを見る。
25万、確かにジュンアイダイギンジョウ名義で振り込まれていた。
気づくと涙が出ていた。
認められたのが嬉しかったのか、売れると言われたのが嬉しかったのか。
うまく気持ちが言葉にならない。
服の袖で涙を拭き、入稿後以来となるペンを握った。
――だから、描いて伝える。
尾野は、火のついた目をしていた。