現代社会における万能チートの正しい使い方 作:寸劇の小人
しかしここ最近大御所作家さん亡くなり過ぎ
300年くらい生きてほしい
2日かけてなんとか最初のネームをひねり出した。
ハローワークに行くのも求人サイトを見るのも一度やめた。
25万が振り込まれる前とあまり変わらない食事をし、今まで通りバイトに行き、仕事の最中と通勤の行き帰りにアイデアを考える。
かいしんのいちげき、と言えるようなアイデアもキャラクターも出なかった。
苦しみながらそれでも描きあげたネームはここ10年描いていたものとは確かに違っていた。
勇気を出して純愛さんと打ち合わせの通話をした。
「どうでしょうか」
「……いや、やっぱり先生の話は好きですね。安心して読める」
嬉しい言葉のはずなのに、それを素直に受け取れない自分がいた。
「お金出してもらってるから、本音で言ってほしいです。自分でも納得できる出来じゃないのはわかってます」
声はたぶん小さかったと思う。それでも言った。
人にこんな風に意見するのは何十年ぶりのことだろう。
「……そうですね、正直言うと60点ってところです。お世辞とか抜きで最初に言ってた通り100万円分は絶対売れます(というか売る)。
でもこんなもんじゃないはずだって気持ちが、あります」
今まで何度か編集者と打ち合わせをしていろんな言葉を聞かされてきた。
調子のいいことを言うがこちらのコマに込めた意図に気づかないもの、厳しい言葉を投げかけてくるが具体的な指摘も提案も無いもの、それ以前の振る舞いで一緒に仕事をする相手として信頼に値しないもの。
この人はどういう人なんだろう。
「根本的な話の筋とかは無難すぎるかなあとは思うけどこっちが出してる条件には合ってるので、顧客が本当に必要だったものとかの話じゃないですけど、どうしたら良くなるかっていうのは難しいですけど。
ただ細かいとこだと先生の昔の作品って食事シーンとか日常の細かいところがすごく魅力的だったと思うんですよね。
なんかそういう本筋じゃないんだけどあるとないとじゃ違うみたいな余白とかがもっとほしい気はします」
自分には珍しいことだが、雑談が弾んだ。
打ち合わせを兼ねて純愛さんがどんなキャラや展開が好きなのか、自分の描いた作品や学生時代や最近ハマった作品などをお互いに話す。
「ダンジョン飯の『1日3食しっかり食べて睡眠をとってる俺たちのほうがずっと本気だった!!』とかBLUE GIANTの玉田の飯食いまくるシーンとか刃牙の食事シーンとか好きでしたねえ……。
先生もちゃんと食べてます? 食事と睡眠ってやっぱり大事っすよ」
できることは全部やりたい。
これが最後の作品というのもあるし、純愛さんに満足してもらいたいというのもある。
打ち合わせを終えて翌日は早朝からバイト。
仕事の帰りに数年ぶりに牛肉とマッシュルームとグリーンピースを買って、ハヤシライスを作る。
肉は普通の人にとってはそんなに高いものじゃない。100gあたり200円ちょっとのやつだ。
それでも自分にとっては十分なごちそうになる。
スーパーで久しぶりに結構な金額の買い物をした。
自転車のかごに肉や野菜やペットボトルの入ったエコバッグを入れ、米の袋でパンパンになったリュックを背負って苦労して自転車で運ぶ。
材料を切り、トマトとレタスとワカメと小エビのサラダを簡単に作ってケチャップとマヨネーズのなんちゃってサウザンドドレッシングをかけて冷蔵庫に冷やしておく。
ずっと買っていなかったバターで具を良く炒め、30分ほど水から煮込んでいる間にサボっていた細かい部分の部屋の掃除をする。
それからルゥを入れてとろ火で30分煮込み、さらに火を止めて何時間か置いて食べる前に再び1時間火を入れるのが自分流のコツだ。
中学の頃、調理実習で好きな子が間違えてルゥを買って来て、必死でフォローして作ってみたら美味しくて、それ以来ずっと好きだったのを長いこと忘れていた。
米を浸水して炊く準備をする。
シャワーだけで済ませて長らく行っていなかった近場の銭湯に向かいじっくりと浸かる。
広い湯舟で手と脚を放り出して身体がふやけるまで目を閉じて頭を空っぽにする。
しばらくするとその空白にアイデアのかけらのようなものが入り込んでくる。
それらを一つずつ手に取り、いろんな角度から見つめ、ラベルを付けて頭の中の棚にしまい込んでいく。
目を開けると眉間にずっと込められていた力が抜けた気がする。
ひぐらしが鳴く夕暮れの道を昔より減った電柱を見上げながら歩く。
行きかう人の中に子どもが多いことに、夏休みももう終わりだ、と気づく。
何年ぶりかでイヤホンをせずに歩く道はノイズだらけで音に溢れている。
たまにはこうして歩くのも悪くない気が少しだけする。
部屋に帰り、冷やしておいたジンジャーエールをグラスに注いで1杯飲む。
風呂上りでカラカラになった身体に水分が染み渡るのを感じる。
サフランはさすがに高いので小瓶のターメリックで米に色と風味を付けて炊く。
同時に鍋に火を通している間に昔から何度読み返したか分からない本棚に久しぶりに手を伸ばす。
神のみぞ知るセカイ、ハチミツとクローバー、とらドラ!、スクールランブル、金剛寺さんは面倒臭い、タッチ……。
1話読むごとに鍋をかき回す。
1時間かけてタイマーが鳴る。
本を片付けて黄色く色が付いたライスにパセリを振りハヤシライスを盛り付け、サラダと飲み物を横に並べる。
数年ぶりのそれは、幸せの味がした。
*
日比谷枝乃は、ひどく赤面した。
売れなかった本の在庫を、迎えに来た父親の車に放心状態で運び、その日は1日自分の手元に残された500円玉を見て過ごした。
「ほら、おにぎり作ったから食べちゃいなさい。しぃちゃんの好きなタラコだから」
1日経って空腹に気づき母親が作ったおにぎりを食べながらどうしてあのときあの人を引き止めなかったのかひどく後悔した。
1日経っていつものように図書館に行き、いつものように前に借りた本を返してから新しく本を借りて帰り、いつものように1日で読んだ。
1日経って思ったのは、日本にはあまりに人が多くあの人に偶然会うことは絶望的であること、そしてもう一度あの人に読んでもらうには自分が誰でも知っているレベルの作家になるしかないということだった。
「書こう。でもその前にもっと読まないと」
その日のうちに枝乃は普段あまり読まない「売れている本」を調べ、日中は毎日ネットカフェに籠って漫画を読み続け、家にいる時間は小説を読むだけでなくアニメや映画も見るようになった。
そして、面白いものを書くことがどれほど難しいか、自分がいかに何も考えずに思いつくままに書いていたかを思い知り、赤面した。
キーボードに向かう手はひどく重い。
書けないというわけではなかった。
逆だ。
書けることが無限にある。
あの人に面白いと思わせるものを書くと決めた日から、世界のすべてが書いてくれと言っているように感じる。
今までに無意識で流していた日常のすべての情報が無限に意識の中に入り込んでくる。
本を読んでいてもその作品のテーマも細部に使われている技術も今までとはまるで違うもののように鮮烈に感じ取れる。
それらの中から選び、不足している技術を磨き、これしかないというものを作りたい。
怠けている暇は一秒もない。
勤勉な天才になりたい。
大学の夏休みはまだひと月近くある。
サークルには入っておらず友人もあまりいない。
親は残酷なほどひどく優しい。アルバイトが必要ないほどいろいろ与えてくれる。
来年には就職のことも考え始めないといけないがまったく実感がない。
あと2,3年で社会に放り出されると考えると恐ろしい。
自分には何もできない気がする。
そんな負の感情ですら、今の自分にはただ選択肢として使える武器のように感じる。
作家になれないなら死ぬしかないと思っていた(さすがに働かなくて良いほど家が太いわけではない)。
だが、今はそんな安直な逃げすらできなくなった。
それがなぜだか無性にうれしい。
今はただ少しでも面白いものを書きたかった。
そんなことを考えながらまずはいつもは母親に全部任せていた夕食の洗い物から取り掛かった。
*
坂上繭子は、ひどく冷めた目で自分の描いたネームを見ていた。
悪くはない。自己満足ではなくむしろ良いと自信をもって言える。
雑誌や編集との相性もあるだろうがプロとして本を出すだけなら高確率でできる。
ずっとずっと技術は磨いてきた。
だが、それだけでは足りない。
『あのあのあのあの、人形町先生、ですか?』
あんな風に読者を狂わせる作品を描きたい。
あの日からなぜかそんなことばかり考えている。
プロとして雑誌に作品を載せ、毎週あるいは毎月、続きが楽しみで仕方がない、この作品のために雑誌を読んでいると言えるような作品を描きたい。
細かい伏線を張り、生き生きとキャラクターを動かし、映像化の余白を残し、描かれているものと描かれていないものの両方でその世界がここにあるようにしたい。
「同人で描いてきた主人公もヒロインも根本から変えないと駄目だなあ……」
自分の中の冷静な判断が残酷に告げる。
どうしても出したいならモブかサブキャラになる。
稀にスポットを当てるのであればこれまでの積み重ねで十分な存在の強度になるだろう。
「もしもボックス~。もし私が古今無双、空前絶後の天才だったら~」
誰も助けてくれない。それがキャラクターや物語を作るときのただ一つの平等なルールだ。
「最高に無慈悲で、最高にクール」
ぽつりとつぶやく声が部屋に溶ける。
自分ではない自分がいるかのよう。
自分が大きな影響を受けたいくつかの作品のように、テーマとシーンやキャラクターの対比がメタファーとなり読み返すたびに発見があるようなものにしたい。
友人であるクリスなら、「作者の人そこまで考えてないと思うよ」と言うかもしれない。
あの子にはそーゆーところがある。
「考えてるんだよなあ」
予期していなかったところまで読者の考察が広がることは確かにある。
それでも今の作品はテーマ性や技術面の両方で非常に洗練されていて、素人が見たら考えすぎという細部まで研ぎ澄まされていることが多い。
例えば単行本のヒキを計算して雑誌掲載時の話数から逆算して展開を考えるなんてのは当たり前のことだ。
そして、その技術を超える「熱」や「華」や「勢い」こそが売れるものとそれ以外を決定的に分けるのだということもここ最近になってようやく気づけた。
「やっぱり今まで描いた中で使えそうなのはこの子だけになっちゃうなあ……」
先生のキャラはあまり変えなくてもどんな話にしてもかなり重要なポジションとして使えそうだ。
それ以外はほとんどゼロから生み出して組み立て直す必要がある。
「キャラと作品に注ぐ有限の愛を無限にしたい」
思いついたことは自分でも良くわかっていなくてもすぐ口にして、書き留めるようにしている。
アイデアは本当に一瞬で溶けてしまうことを良く知っているからだ。
小手先の変化ではなく、1話を読んだだけで確信できるような面白さが、そんな「熱」が欲しい。
時間をかけて手をかけても芽が出ないものがある。それらに厳しくジャッジを下さないといけない。
仕事から帰宅後、決めていた作業の時間が終わったので今日はここまでとすっぱり打ち切る。
長く走り続けるには一瞬だけ全力を出せるのでは不十分なのを知っている。
「おなかすいた。ヤシの実開けたら食べたいもの出てくるやつほしい」
お風呂に軽く入ってから冷凍のワンプレート弁当を食べる。
それから今期のアニメや最近気になっている漫画を追いながら、ふと思いつくたびにアイデアをノートに書き止める。
気づくと動画プレイヤーの時間は止まったままで、ノートとにらめっこしている自分に苦笑した。
*
「良くなりましたねえ。前の打ち合わせから時間経ってないけど無理してないっすか?」
月曜(というかほぼ火曜)の夜に着手金を振り込み、水曜の夜に初回の打ち合わせをした。
2回目の打ち合わせは土曜の昼。
蔵多にプラモを届けに行こうかと思ったが彼女と急遽予定が入ったとのことで時間を持て余していたのでこちらとしてはむしろちょうどよかったかもしれない。
それにしてもこんなに早くネームが出てくるのはあんまり想像してなかった。
週刊連載とかやっぱり鬼だな。
同人作家だと年2回とかプラスアルファくらいを基準に考えてしまう。
「久しぶりにちゃんと食べてるし良く寝れてるので、大丈夫です。話の方もまだいける、とは思うんですけど今回は何点でしょうか」
声も前より元気がある感じがするのでその辺は一安心だ。
(能力で最低限の健康状態見てるのもあるし)
読者視点だとケチつけるの簡単だけどゼロから作ってるときに客観的な評価するのってめちゃ難しくない?
編集さんとかちょこちょこ燃えるのSNSで見るけどかなり適正も相性も求められる職業だなと実感した。
自分の感覚を頭の中で言葉にして、合わせて能力で売り上げの期待値を調べて大きなずれがないことを確認する。
「難しいけど80点、すかねえ……。自分の感覚だとこの内容なら最初に提示した100万の回収と利益の30万が出る250万円分くらいは売れると思います。
お世辞とかじゃなくてちゃんといい話ですよ」
多分に能力を使ったSNSでの宣伝力と、先生が持っている通販サイトで新刊出た際に瞬間的にランキング入りするくらいのネームバリューあってのものだが、それくらいの質だとは思う。
「そうですか、最低限の仕事はできそうで少し安心しました。ただ――」
――これが最後になるなら、もっと良いものにしたい。
本気の声で言われると、ゴンさんやめて、なんて茶化すこともできない。
「そりゃズルいっすよ。そんなん言われたらいくらでも付き合いたくなっちゃいますもん。
俺が石油王だったら給料出すんであと単行本30冊分くらい続けてくださいよ~。いやマジで」
意識して最後以外は軽い口調で本音を言いながら、改めてネームを見ながらああでもないこうでもないと続ける。
内容的には40ページくらいの普通の大学生の純愛物だ。
エッッッなシーンは大きく前半と後半のメインの部分と、あと生々しい日常の中でのスキンシップ描写が妙に色気があってかなり推したい。
狭い脱衣所でお互いにはにかみながら服脱いで一緒に風呂入るとこ良すぎるな。このシチュでのオールタイムベストの予感がする。
ネームだけど先生の絵がはっきりと浮かんできていい作品になるだろうなという確信がある。
「ちなみに純愛さんにとっての90点とか100点とかってどんなのです?」
これはだいぶ難しい。
感覚自体が年取って人生経験積んで変わるのもあるし。
「100点はほぼ出なくてハンターとかピンポンとかくらいになっちゃいますね。
エッチいのは100点だと本当にあるかないかで、先生の10年前のやつが95点とかで同じ評価つけるとしたらあとはすげえマイナーなプリキュアのCG集のやつとか。
実用性って言う意味だとNTRも仕方なくそれなりに見てるんですけど趣味に合うのはマジで少ないんすよね。
有名作家さんの描いた10年とか前の二次のやつとか普段の作風とは違うけど奇跡的に自分の求めるものと供給が噛みあったみたいな作品はめっちゃ大事にしてます。
全体じゃなくて話の一部で100点級にすごい好きなのとかは結構あって、ラブコメだと古いすけどタッチの終盤のアイドルが振られる話とか」
自分の趣味じゃないけど特に商業だと認めざるを得ない名作みたいなのはある。
実用性別にしてBLとか百合とか全部含めてね。露悪系はウシジマくんとかあるし。
しかしそれにしても同人サイトのランキングでNTR多すぎるだろここ最近。
「タッチわかります。あの時代のサンデーでラブコメって一度完成しちゃってますよねえ……」
高橋留美子とあだち充があまりに強い。
アニメになってない部分が本当に良いのだ。
「その後も名作は出てると思いますけどレジェンドがレジェンド過ぎるんすよね。
最近だとかぐや様とか100カノとか? あ、恋太郎は主人公のキャラ立ってていいっすよね。
バス江のラブコメ論じゃないけど主人公を応援したくなるような話がいい気もするけど、成人向けだと共感性というか没入感とトレードオフで難しいとかはあるかも」
この辺は難しい話かもしれない。
キャラが立ってて共感もできたら最強だと思うけどそうそうそんなキャラって出てこないし。
「あと宣伝面で気になるとしたら、やっぱりここ10年の作風が出てきてラストでどんでん返しになるんじゃないかって意見が出るかもってあたりですかね」
一度NTR描いたらその作者の話にはNTRっていう選択肢が入り込むと思うんだ。
能力に聞いた限りだと(確認しなくても分かるが)純愛を全面に出してこれやるとまあ炎上する。
ネーム見てるので先生が乱心しない限りラストで追加ページが増えてそこでやられるとか以外は大丈夫って自分視点だとわかるけれども。
純粋に消費者視点でこれやられたら、シュタゲ以来別世界線の話だと思えるように護身完了してるけど、今回は自分も関わってるので守り切れるかちょっと自信ない。
「こればっかりは自分のやってきたことだから難しいですね……。いや、それで食ってきたわけですけど」
そうそう。
依頼をきっかけに今までサンプルしか見てなかった先生のNTR作品も全部ちゃんと読みましたよ。
なんでその執筆に充てた時間を純愛にもっと分けてあげられなかったんだ(血涙)。
「絵なんかは今の方がブラッシュアップされてると思うんすけどね。話の方は俺は素人なんで寝取り男を序盤に出して、TSさせてヒロインにしちゃうとかくらいの荒療治くらいしか思いつかないっす」
TSは基本ストライクゾーン外なのだが、最近だいぶ増えたよね。
作劇とかテーマ上、意味のあるTSで話の質が高ければ結構いけるようになった。
意味の無いTSはうーんという感じ。
「……今なんて?」
「へ? 寝取り男をTSさせてヒロインにする、みたいな……?」
マイクの向こうからガタガタッと音がして、何やら慌てた様子だがこちら側からはさっぱり分からない。
(NTRは全部駄目だと思ってた。でも10年NTRを描いてきた自分が描くならその予感や余白に紛れ込むものを完全には否定できない。
最初から矛盾した依頼だ。打ち合わせをしている純愛さん以外には本当の意味では届かない。それでも良いと思っていた)
「せんせ?」
(逆だったんだ。なら逆に考えればいい。今の自分にはNTRの本質・核の部分が分かる。
それをどうやったら完璧に破壊できるのかも分かるし、それをするモチベーションもある)
画面共有されているクリスタにガッガッと乱暴に書き文字が浮かび上がる。
「……NTRスレイヤー?」
画面に映し出された文字を読み上げると、先生はどこか興奮したようにうなずいた。
「はい、アイデアが浮かんだのでもうちょっと時間貰っていいですか」
「……何か掴んだんですね、わかりました。大丈夫です」
タイトル的に若干不安がないでもないが、ここまでの打ち合わせの感じからするとおそらく自分が求めていないものが出てくるということはないだろう。
今日見せてもらったお話でも自分が望んだものにかなり近かったわけだし。
そこで一度打ち合わせを終わりにして通話を切り、時間的に中途半端だったのでSNSの宣伝を少しだけすることにした。
「ハァ!?」
思わずうさぎのような声が出てしまった。
興味本位で確認した先生の新しく出してくるアイデアの予想売り上げが1万部を超えていたのだ。
「いきなり倍!? いや、どんどん上がってるぞ、なんだこれ……?」
一方その頃、尾野は息も忘れてノートにひたすら思いつくことを書いて描いて、それでも湧き上がるアイデアと自分の過去作から拾い上げられるものとの組み合わせの可能性の想像を止められずにいた。
(自分の10年は、遠回りだけど間違いじゃなかったかもしれない)
ここ数年感じたことの無いような高揚感とともに、それは堰(せき)を切ったようにとめどなく何時間も溢れ続けた。
*
状況が変わりそうなのでSNS運用もいったん置いておいて、休日に戻る。
仕事は無限に入れられてしまうしお金も稼げてしまうので逆に休むのが難しい感じはしてきた。
その点、株は平日だけというのが逆に良いのかもしれない。
「そういえば、今日の打ち合わせは能力ほとんど使わなかったな」
売り上げ予測とかだと使ったが、内容について意見を求められる場面では使わなかったような気がする。
「TSのやつは新規アイデアっていうより見てきたものの組み合わせって感じだし、まあ刺激になったなら良かった」
自分程度が思いつくようなことを思いつく人はたくさんいる。
それに大事なのはアイデアより実際にそれが目に見える形になることだ。
縁壱さんも言ってたように長い歴史の中で今の自分が天才だと思っているものを超えるものがいつか出てくる。
そう考えるとちょっとだけダラダラ遊んで暮らす不老不死とかには興味があるかもしれない。
「子どもできたりすると変わるんかな。自分の子の方が先にいなくなるフリーレン辛すぎるッピ……」
最大の敵、メンタル以外だと公的書類すぎるなあと益体もないことを呟いていると蔵多から連絡が来た。
ハサウェイでのアムロの「身構えている時には、死神は来ないものだ」のスタンプ。
あっ。
これが送られてくるのは……。
過去の経験から嫌な予感がする。
ナルトの「つまり…どういうことだってばよ?」のスタンプを返すとすぐに返信が来る。
『もぅマヂ無理。彼女とゎかれた』
まあ、そうなるな。
このまま一刀火葬を完全詠唱させるわけにもいかないのでサザビーのプラモを持って蔵多に会いに行くことにした。