現代社会における万能チートの正しい使い方 作:寸劇の小人
宇宙(そら)に星が瞬いている。
俺たちはコントローラーを握ってモビルスーツを駆り、互いに銃口を向けあっていた。
「何でこんな物を地球に落とす!? これでは、地球が寒くなって人が住めなくなる! 核の冬が来るぞ!」
「女は自分の事しか考えていない、だから抹殺すると宣言した!」
「人が人に罰を与えるなどと!」
「私、蔵多鷹之が粛清しようというのだ、成実!」
シャアとアムロのセリフを上書きしながら読み上げてゲームを続ける中、あえて画面に表示される字幕を無視してみる。
「憧れは理解から最も遠い感情だよ」
「唐突な藍染やめろw」
俺のモノマネを聞いた蔵多が口に含んでいたさきイカを噴き出した。
「憧れは止められねぇんだ」
「愛です。愛ですよ、ナナチ」
「ボ卿似てて草」
続けたモノマネに対して蔵多が乗っかってくる。
思ったより元気だなこいつ。
ストゼロの缶を傾けながら、酒! 飲まずにはいられないッ! とか言っている。
それを背景にリザルト画面が流れる沈黙の時間。
俺はほろよいを一口飲んでから箸を握る。
こんなどこにでもあるセブンの350円のおでんが一番うめえ。金ってのは一体何なんだろうな。
まあ8月末だからレジ横のやつじゃなくてパックのやつだけど。
物価も高いしダイエットもあってコンビニ使ったの久しぶりだわ。
そんなことを考えていたら蔵多が口を開いた。
「……正直さあ、振られたのにあんまりショックじゃないのが逆にショックなんだよ」
「うん」
「振り返るとなんかオレばっか頑張ってた気がしてさあ」
「うん」
「向こうから連絡来るときって愚痴ばっかだったような気がしてさあ、帰りの電車の態度でこいつと一生一緒に暮らすのかって考えたら正直冷めたとこあったわ」
「うん」
何回か遊びに行ったことがあるが蔵多の家はかなり大きい。
衛宮邸とか千反田邸みたいな家の外が白塗りの塀で囲まれていてでっかい門がある、縦に高い家じゃなくて横に広い家だ。
本邸と別邸があって敷地内は庭師を頼んで管理していて、その名の通り敷地の中に蔵が3つか4つあった。
この前の実家での挨拶は一般ピーポー目線だとだいぶお堅い感じで彼女はそのプレッシャーに負けて別れることになった、ということらしい。
何というかやってることが昭和というか明治・大正すぎるだろ。
「なんかもう、お見合いでもいいかもと思ってきたわ」
「あたしンちならぬお前んちならまだそういうのあるか」
「たぶん親に言ったらそんなに文句ない人出てくると思うけど、今の仕事辞めて地元に帰って兄貴の会社に入ることになるしそれはちょっとなあ」
「ダメじゃん」
「自由最高、と言いなさい」
「あんまり仕事しなさそうなマキマさんだ」
能力に確認したところ、よりを戻すのは可能。
ただどうやら二人の相性は平均的で蔵多の方が性格的に合わせすぎるところがあるらしい。
本人が望まないなら特に復縁に手を貸さなくても良さそう。
どちらともなくKICK BACKのフレーズをなんとなく口ずさむ。
カラオケでも行って声出してストレス解消も悪くないかもしれない。
「100パーセントの女の子、どっかにいねえ?」
懐かしいフレーズが出た。
大学1年の頃をちょっと思い出す。
*
学生食堂で時間をつぶしていると、女の子が通り過ぎる。
「60点」
「100点♣」
「80点」
授業の合間で1コマ空いていた時間帯。まだ4月のことだ。
一般教養科目で一緒になった蔵多と俺ともう名前も思い出せない誰か一人。
また女の子が通り過ぎる。
「40点」
「100点♦」
「75点」
そこでそいつがどこかシラケた顔でこちらに向き直った。
「逢河全部100点じゃん、笑うわ」
そもそも趣味悪いことに誘わないでほしい。
キレイなヒソカになっちゃっただろ。
なんて返そうか少し考えてから口を開いた。
「四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」
特に内容的にガッチリ合ってるわけじゃないけど、何となく響きも込みで。
たぶん読んでないだろうなと思いながら。
それを聞いたそいつは思っていた通り少し面食らったような様子。
「何それ」
「村上春樹の短編」
「知らね、今どき本とか読まねえし」
ちょっと空気が凍ったところで蔵多が割り込んでくる。
「漫画は? オレは結構読むけど」
「あー、キモくないのならちょっと読む、サッカーのやつとか」
「ジャイキリ? DAYS?」
「あ、それ両方読んでるわ」
そのあたりで空気が何となく弛緩した。
俺も会話にまた混ざる。
「最近だとサンデーのやつもおもろいよ」
「へー、逢河もスポーツ漫画読むんだ」
そんなやり取りがあって、しばらくしてそいつとは結局何となく疎遠になった。
そいつとは。
「俺も読んでたわ、村上春樹」
授業が終わって解散になった後、家に帰ろうとしたら蔵多がそう言って声をかけてきた。
「95点♥」
「そこは100点じゃないんかーい」
「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」
「……ギアス? W?」
「レイモンド・チャンドラー」
「ごめん、元ネタはさすがに読んでないわ」
「うん、実は俺も知ってるだけで読んでない」
二人して笑った。
それ以来、なんだかんだずっと一緒にいる。
*
「理想の彼女を探せ、チキチキ、アキネイターごっこやる?」
「よくわかんないけど、なんかわかった」
あらためて見直すとマチュいいキャラしてるよね。
まさか自分がニュータイプというかイノベイターというかスパコというかそういうのになるとは思わなかったけど。
さて蔵多の理想の彼女、探してみますかね。
「Youtube関係者?」
「草、いや、一般人だろ」
「日本人?」
「……そういや気にしたことなかったな、オレは気にしないけどウチの親に会っても折れない子で」
「女性?」
「カミングアウトとかねーから、普通に女の子だって」
「タバコを吸いますか?」
「あータバコは無しかな。タトゥーとかも。たぶん価値観合わないだろ」
「オタク趣味がある?」
「ん、無くてもいいけどこっちを否定してくるタイプは無理。
とはいえオレもスピ系とかブランドもの超好きとかホスト通いとか男アイドルの熱心なファンとかだと無理だし、そのへんはお互い様ってとこで」
そのあたりまで続けて、蔵多からストップがかかった。
「つーかさ、見た目とか聞かないのかよ」
「ぶっちゃけ、極端に好みから外れなければその人に揺るがない人間性があればいいってならない?」
「お互い退屈な大人になってしまったな、伏黒」
「ガコン」
「適応やめろw」
だいぶあったまって来たというか、酔いも回ってるな。
そろそろ狩るか…♠
「例えばの話、100パーセントの女の子がいたとして学校とかで同じクラスだったら普通に仲良くなってゴールイン間違いなしだけど、悲しいかな社会人は道ですれ違うだけとかだと良さがお互い分からないみたいなのもあり得るわけ」
「ほむほむ」
「俺も最近何人かと顔見知り以上友人未満くらいになったんだけど、そういうときってどうしたらいいのかなって」
「性癖の開示、本気だね」
「性癖ではなくない?」
酔った頭をゆっくり回しながら、蔵多は答えた。
「真っすぐいってぶっとばす、か、そもそも長い目で見た時の相性より一目見たときの相性を重視した場合の100%中の100%とかでいいんじゃね?」
なるほど。
イベント以来、何となく考えてたけどやっぱりそういう考え方もあるよな。
そんなやり取りをしばらく続け、蔵多にとってのシン・100パーセントの女の子とその子に会う方法を絞り込む。
蔵多の歌うスピッツとかback numberとか聞きながら。
だいたい絞り終えたところで酒のせいもあって二人して寝てしまった。
*
翌日曜、二日酔いの俺たちは昼前に起き、ノロノロと身支度をしてから濃く入れたコーヒーを飲んだ。
そして蔵多の家から3駅ほど先まで電車に乗り、駅から15分ほどにある閑静な住宅街のレストランを訪れていた。
民家にこじゃれた飾り付けをしたこじんまりとしたお店だ。
(昨日のことは想定通りどうやら蔵多はあまり覚えていないようで、たまにはチェーン店以外のお店も行きたいんだよなとかSNSか何かで見たとか適当に誘導した結果である)
蔵多がドアを開けるとちょうどおば様のグループが食事を終えて帰るところのようだった。
他の客はいないっぽい。
会計を終えた、パリッとしたのりの効いたシャツにギャルソン風のエプロンとベレー帽タイプの帽子を身に着けた栗毛色の髪の女性が出迎えてくれる。
「すみません、まだお昼やってます、……か?」
「あ~、はい、大丈夫、です」
ビビーン!!
とかなってるのかな。どうなんだろ。
俺の場合、イベントだとそんな感じはなかったけども。
「お肉のセットとお魚のセットがありますけどー、どっちにしますー?」
「俺、魚で。蔵多は?」
「ん……、あ、ああ、オレも外出ると肉ばっかりだしたまには魚にしようかな」
「はーい、一品ずつ出しますねー。お飲み物はどうしますー?」
「昨日酒飲んだし、蔵多も明日仕事だからアルコールはいいか。炭酸水でもいいけどおすすめあればそれでお願いします」
「それなら季節のフルーツジュース出しますねー。自信作ですよー」
へにょりとした表情の女性――能力曰く三矢崎(みやざき)あずみさん――が厨房というかキッチンに消えていく。
蔵多は何やら落ち着かない様子でそわそわとあたりを見回している。
こいつのこんな姿、あんまり記憶にないな。
「お待たせしましたー、季節のフルーツジュースですー」
「は、はいっ。ありがとうございますっ」
背筋に定規を入れられてるみたいにガチガチになる蔵多。
三矢崎さんの方も何か蔵多の方を何度も振り返っている気がする。
飲んでみると炭酸と酸味の効いたレモンとかグレープフルーツとか系の味のジュースだった。
二日酔いに染み渡る。
「前菜のカプレーゼですー」
「トニオさんのやつだこれ」
「モッツァレラチーズとバジルとトマトを一緒に食べてくださいねー」
うま。
オリーブオイルがなんか全然違う味がする。
というか油じゃなくてそういう味の果汁って感じだ。
それからボンゴレビアンコと真鯛のアクアパッツァが出て、最後にデザートのパンナコッタとエスプレッソが出た。
どれも文句ない味だ。そもそもイタリアンなんてサイゼくらいしか行かないけど意識しなくても明らか美味いのが分かる。
今回は全然目的じゃなかったけどレストラン巡りも能力でしたいかも。
ダイエットとの両立だけが贅沢な悩みだ。
蔵多の方も料理を口にしてからは意識が戻ったようで夢中で食べていた。
「はー美味かった……。こういうお店があるならたまには外食しよ」
「わー嬉しー。……おにーさんもどうでしたー?」
「毎週来ます……!」
「ふふー、それなら私も頑張らないとー」
なんか俺もういらなくない?
あとは若いお二人にお任せして、って言いたくなる。
そんなことを考えていたら、時間あったらアンケート書いてもらいたいですー、と三矢崎さんが紙とペンを持ってきたので二人して埋めていく。
今日のメニューの一皿ごとの満足度とか、値段とか立地的な来やすさとかよくありそうな項目の他に、珍しい項目が最後にあった。
「あなたが思う人生で一番美味しかったもの?」
「はいー、このお店、私がやってるのは土日のお昼だけで夜とか平日は他の人がやっててですねー。
今は修行って感じでー、将来ちゃんとお店やるならどんなメニュー出そうか参考にしたくてー」
アンケートに対するお礼か、コーヒーを入れてくれた彼女は隣の席の椅子を引いて座りながらこちらに向き直ってそう言った。
考えながら声に出してみる。
「人生で一番、っていうとなんだろ。卒業旅行で行った北海道の寿司はめっちゃ美味かったかも」
「おお、あったあった。でも一番って言うとオレは意外と大学2年か3年のときお前んちでやった餃子パーティの餃子かも」
「餃子パーティ?」
「クリスマス前にサークルの先輩が振られて慰め会やった奴か。確かに皮から作ったの初めてであれは美味かった記憶あるわ」
「何それー、楽しそうー」
「刻んだ白菜をこう、ぎゅうぎゅう水分絞ってね、味がめっちゃ濃くて。焼き餃子は羽がパリパリで、暇そうにしてたから巻き込んだ中国の留学生が作ってくれた水餃子も美味かったな~」
そこまで言って、蔵多が三矢崎さんの顔をじっと見た。
「あの、お姉さんの一番美味しかったもの、ってなんですか?
プロの人だとオレたちみたいな一般人とはやっぱり全然違うものだったりします?」
「私はー三矢崎あずみって言いますー。常連さんになるなら名前覚えてくれると嬉しーですー」
「あ、どうも。オレ、蔵多鷹之って言います。30歳独身っス。」
私もー独身ですー、なんて言いながら三矢崎さんは言葉を続ける。
蔵多、机の下でめっちゃガッツポーズしてる。
すまんがその石をしまってくれんか、わしには強すぎる。
「一番美味しかったのはー、専門学校で有名なシェフを呼んでお手本に作ってもらったオムレツですかねー」
「なるほど、基礎にして奥義みたいな」
「ですですー。料理を食べて味で感動したのってあれが初めてでー。あーでも味が美味しいだけだと「思い出の味」には勝てなかったりするのかなー」
「あーオレの言った餃子とかはどっちかというとそっちの要素が強いかもですね」
そんな話になって改めて、「味で感動したもの」「思い出の料理」の両方をあげることになった。
俺は「卒業旅行の北海道の寿司」と「実家の稲荷ずし」。
蔵多は「地元の蕎麦屋の天ざる」と「大学時代の餃子パーティの餃子」。
三矢崎さんは「専門学校で有名シェフがお手本に作ったオムレツ」と「地元が豪雨災害に遭った時に派遣された自衛隊が作ってくれた豚汁」。
「私ー大学は管理栄養士の免許取るために行っててー、授業を上手いこと詰め込んで余裕作って並行して料理の専門学校にも行ってたんですー。
専門学校の費用出してくれたのがおばあちゃんで、夏休みに帰った時にあの大雨があったんです」
目の前が見えなくなるほど、車が駄目になるほどの雨の中、おばあさんを背負って避難所までなんとかたどり着いたらしい。
そこでも道が寸断され、何日もろくに食べ物もないまま過ごしたあと、ようやく派遣された自衛隊の人がみんなに振舞ってくれた豚汁が忘れられないという。
「そりゃ強いわ」
「砂漠でようやくたどり着いたオアシスの水みたいな」
「いのちっていうか、安心っていうか。ちょっとズルかもですけどねー」
一通りそんな話も終わって解散になりそうなところで、業者の人が来ていくつかの食材が入った箱や袋を置いていった。
蔵多が思わず手伝いましょうか、と声をかけたが三矢崎さんは自分の仕事ですからーと言いながらにこやかに30kgとかありそうな袋などを軽々と奥に運んでいく。
「ホントタフだぜ」
「ヒーロー見参だわ」
ピンポンの真似をしていたらあっという間に片付いてしまった。
そしてちょうど材料が切り替えで余っているということで三矢崎さんが特別にもう少し料理を出してくれるということになった。
「はいー、あさりのお味噌汁と、だし巻き卵ですー」
二日酔いって話されてたのでーとぽやぽや言ってくる三矢崎さん。
平日は専門学校の講師もやっていて作れるのはイタリアンだけってわけじゃないっぽい。
味噌は隠し味とかであったのかな?
「「あー染み渡るわー」」
二人してオッサンの声を出しながら味噌汁を飲むと、三矢崎さんはにこにこしながら蔵多の方を見ていた。
二人が見つめ合っている間にだし巻き卵の方に箸を伸ばす。
(あ、これ……甘いやつだけど、蔵多は確か)
「だし巻き卵、めっちゃキレイっすね。さすがプロ」
蔵多の実家で出たやつ、甘くないやつだったのを思い出す。
そういえばいつも弁当とか何かしらでついてきた玉子焼きをいっつも残してた気がする。
これはまずいかもしれない。
「どうですー?」
口元を抑えたあと、蔵多は天井を仰いでからその手を目元を覆うように移し、そして噛みしめるようにしてからやがて飲み込んだ。
「……めっちゃ、美味い!
オレ、甘い玉子焼きダメなんですけど、これは食べれる。
いや、食べれるっていうかよく分かんないけどむしろすごい好きな味です。
大皿いっぱい食べたい」
「大皿は食べ過ぎですねー。そんなに喜んでくれるならー、また来てくれたら裏メニューで出しますよー」
そんなこんなで今度こそ会計を済ませて俺たちは店を出た。
帰りの電車の中で、蔵多は夢見心地で呟いた。
「100パーセントの女の子だ……」
「100パーセントの女の子だね」
蔵多が好きなのは本来ハマーン様だが、こりゃ本家のシャアが交換してくれって嫉妬するな。