現代社会における万能チートの正しい使い方 作:寸劇の小人
土曜。
成実が目を覚ましたのは10時を少し過ぎた頃だった。
枕元のスマホを取る。
時刻を見て、そのまま昨日作った白い画面を呼び出した。
「あるな」
昨日突然出てきた能力だ。
寝たら消える可能性も、少しくらいは考えていた。
明日消えるかもしれない。
1か月後かもしれない。
ずっと残るかもしれない。
その辺はまだ分からない。
「じゃあ、使えるうちに金かな」
能力がなくなっても、金なら残る。
全財産を突っ込む気はないが、小さく試して使えるなら増やしていけばいい。
「でもその前にちょっと試してみるか」
成実はスマホゲームを起動した。
イベント期間中。
限定キャラクターのピックアップ。
ガチャ石はそれなりに残っている。
「これも分かる?」
欲しいキャラクターを引けるタイミング。
結果が出た。
現在から31.6秒後。
BGM4小節目、3音目の直後。
「何それ」
どうしようかと少し考えたあと、画面にカウントを出す。
ついでに視覚的に分かりやすいよう、音ゲーのノーツのようなものがガチャボタンに向かって降ってくるようにした。
BGMを聞く。
ノーツがボタンに重なるところでタップ。
虹色の演出が出た。
「お」
限定キャラクター。
「うおっ!」
ベッドの上で身体を起こした。
「来た!」
数秒眺めてから、笑う。
「ガチャが音ゲーになってるじゃん」
もう一回試した。
今度はすぐ引くより少し待った方がいいようだ。
指定されたところで引く。
また欲しかったキャラが出た。
「これ楽しいな。凸できるなら凸したいし、もう一回引いとくか?」
そう思って画面に向き直ったがちょっと首をひねる。
「いや、当てすぎるのも不自然か」
BANされたら笑えない。今日はここまでにした。
では本題。金はどうか。
最初に浮かんだのは大金といえば真っ先にイメージされるもの、宝くじだった。
(次の1等番号)
数字は出なかった。
現時点の情報からは、有意に特定できない。
「え?」
当たりやすい番号でも変わらない。
次の抽選結果を決める要素の大部分が、まだ定まっていない。
少し考えてみる。
会社で昨日確認したような人が席を立つかどうかなら、仕事の進み具合や本人の習慣、身体の状態がすでにある。
今回っているスマホゲームのガチャも、サーバーのプログラム自体は既にあるのだし乱数が関わっても読めてしまうのだろう。
宝くじはそうではないようだ。
「物理的に当選番号を1桁ずつ引く方式とか?」
人間がボタンを押すとか何らかのトリガーになるならコンマ何秒の差が普通に出て結果が違うというのはありそうだ。
「そこは駄目か」
残念ではあるが、できないものは仕方ない。
「じゃ、競馬」
今日のレースを出す。
こちらは全然違った。
馬の能力や当日の状態、騎手、枠、馬場、天候、過去の走り。
すでに判断材料が大量にある。
一番人気の馬より、別の馬の方が前評判以上に勝ち目が高いレースもあった。
「これ、一発狙う必要ないな。ちょっと時間かけて確率高い奴だけ選んで買えば良い」
もちろん確定ではない。
出遅れや接触、騎手の一瞬の判断、他の馬の動き。
レースが始まってから初めて決まる部分が残っている。
それでも普通に予想するより、かなり有利だ。
何より、レースが大量にあるので条件の良いときだけ賭けることができる。
ネット投票を開こうとして、成実は止まった。
「あ」
競馬をやったことがない。
必要な登録もしていない。
「そこからか。まあ有力な候補だし面倒だけどやろ」
午後に実際のレースを動画で確認しながら準備することにした。
使えるなら、その程度の手間でやめる理由にはならない。
「株は……今日土曜か」
国内市場は閉まっている。
数年前、投資をやってみようとして証券口座は作ってある。
勉強した結果、結局NISAで投資信託がクレカから積み立てられるように設定しただけで、個別銘柄の取引については使っていない。
月曜から少額で試そう。貯金の5%くらいなら仮に全部飛んでもそれほど痛くはない。
予測と実際の値動きを何度か比べて、使えるなら金額を増やしていけばいい。
「一週間くらい見れば分かるかな。世界的な暴落とかNISAに影響ある情報もそのうち見ときたいな」
そこまでで金のことはいったん置いた。
そもそも、この能力が何なのかをまだほとんど知らない。
「力が身に付くきっかけとか予兆とか何もなかったもんな。どこまでできるんだよ、これ」
昨日は検索と予測。
それと間藤課長の小指。
他は。
(病気は治せる?)
可能。
ステージⅣの癌。
可能。
その他難病の治療。
可能。
失った手足を戻す。
可能。
死者蘇生。
死者・生者の定義による。
「マジでなんでもできるな。最後ちょっと気になるけど、直近(ちょっきん)関係ないしな」
もし自分に恋人がいて急に事故で亡くなるとかあれば話は別だが、特にそういうのはなかった。
「こういう返し方ってことは何かややこしい条件とかあるんだろうし、ひとまず触れんでおこう」
現時点で使う気が無いので、ひとまず必要になってからで良さそうだ。
「どっちかというとこの感じだと、即死避けるように何か考えた方がいいかも」
交通事故とか電車の事故とか。
昨日まで気にしていなかったことの方がむしろ怖い。
いったん怪我とか病気については終わりにして、確認を続ける。
記憶は消したり変えたりできる?
可能。
人の感情も変えられる?
可能。
(だったら嫌いな相手を、俺のこと好きにさせるとか)
可能。
「……マジ? 催眠とかそういうのもできるのか」
30歳、彼女なし。
かなり気になる機能ではある。
相手の今の感情や、自分の容姿に関係なく使える。
「これは、まあ……ちゃんと考えてからだな。何なら死者蘇生より重要だぞこれは」
使わないとは決めない。
影響が重大そうなので、安易に試し撃ちする気にならないだけだった。
例えば能力がなくなった途端に洗脳が解ける、なんて創作じゃ定番の落とし穴だ。
それ以前にごく普通の感覚として何となく嫌とか人の尊厳がどうとかもある。
ふと恋愛方面ではない使い方を思いつく。
(社長に、俺へ1億円払いたいと思わせる)
可能。
「それもできるの?」
株も競馬も要らない。
だが会社の金なら会計があるし、個人の金でも税金や銀行がある。突然1億円を受け取った成実の側にも説明が必要になる。
好悪を変えるのと、行為を変えるのではまたちょっと自分の中でのハードルも違う。
社長が仮に何か悪いことをしていたら判断の基準も変わるだろうし。
「っていうか、能力を使ったら何か残るのか? 昨日の会社とかスーパーとか特に気にしてなかったけどこのUIとか他の人に見えてないよな?」
能力使用で痕跡そのものは残らない。
ただし、監視カメラに物理的な現象は残るし、コンピュータの通常のログや統計上の不自然さは残る(別途改ざんは可能)。
UIは他人には見えない(実態が存在しているわけではなくARのようなもの)。
「なるほど……。ひとまず金の作り方は、ちゃんと比べた方がいいな」
一番楽で、後に面倒が残らず、金額も大きい方法。
候補が多すぎる。
距離はどうか。
会ったことのない相手でも、対象を特定できれば使える。
名前を知らなくても、条件から対象を絞れる。匿名アカウントでも同じだった。
そこまで確認してから、昨日から少し引っ掛かっていたことを聞いた。
(人を殺すのもできる?)
可能。
「まあ……そうだよな」
間藤課長の身体へ干渉できる。
病気を治せる。
逆方向が無理な理由はない。
詳しい方法まで出そうになったので閉じた。
「デスノートみたいな使い方もできるってことか……」
別に暗殺方法を勉強したいわけではない。
ただ、そこでふと別の使い方が浮かんだ。
(今まさに、正当防衛とか助からない状態での安楽死みたいな理由じゃなく、子供を故意に殺そうとしてる人間)
人数が出た。
成実は画面を見た。
「……いるんだ」
世界中から探しているのだから、ゼロの方が不自然なのかもしれない。
だが少なくとも一人二人などではなかった。
しばらく数字を見てから、次を確認する。
(そいつらが全員、実行する前に脳出血で死ぬようにできる?)
可能。
その回答を見て、息を飲んだ。
今やれば、助かる子供がいる。
相手は子供を殺そうとしている。
「これ……やった方がいいんじゃないか?」
口にすると、かなり正しそうに聞こえた。
でも。
子供だけなのか。
大人を殺そうとしている人間はどうする。
殺人まで行かなければ放置するのか。
虐待。
重い障害が残る暴行。
性的虐待。
誘拐や監禁。
そこまで行くと、連想が広がって犯罪ですらないものも見えてくる。
治療できず死ぬ人。
食べ物がなくて死ぬ人。
事故。
戦争。
調べようと思えば、誰が危ないか分かる。
方法があるなら、助けることもできる。
「……いや」
成実は画面から目を離した。
子供を殺そうとしている人間を止める。
そこだけ見れば簡単だった。
次の一人を見た瞬間から、簡単ではなくなる。
「これ、線引きなんて普通の人間じゃできないだろ」
絶対に人へ危害を加えない、と決める気もなかった。
家族が目の前で殺されそうになっていても何もしません、という話にはならない。
おそらく自分の命が危険にさらされれば躊躇わず力を使うだろう。
ただ、能力を手に入れて2日目の会社員が、世界中を見て誰を殺して誰を助けるか決めるというのは。
「今日決めることじゃないな」
スマホを取った。
昨日やったことを思い出す。
「間藤課長の小指くらいが平和だわ」
スマホのロックを解除して、指をふらふらとアイコンの上でさまよわせる。
「仕様聞いちゃったらデスノートの1人目みたいに半信半疑で使ったって言い訳も効かんし。……考えただけで誤爆とかしないよな?」
明確な意思によって実行される。一定の動作に確認を設けたり、酩酊状態では一部を実行できなくするなど制限を掛けることも可能。
「とりあえず大丈夫そうか」
他に聞いとくことあるか?
新しいPCを買うときに何を重視したらよいか考えているときのように、一個気になると次が出てくる。
寿命を削ってないか。他にも似たような力持ってるやつがいるのか。能力は消えたりしないのか。そもそも、なんで自分なのか。
そして聞いてしまうと非常に気の抜ける回答が返って来た。
寿命を削るような代償はない。ただし使い方によっては酷く疲れる。
同じ能力、類似の能力を持つ人間もいない。
基本的にどのような使い方でも消えず、極めて限られた状況で消えるか不明の場合がある。
一番拍子抜けしたのは、なぜ自分なのかだった。
「偶然?」
偶然。能力自身に言わせれば、天文学的な確率で発露した脳機能のようなものらしい。
「選ばれし者とかじゃないんだ」
その方がいいような、ちょっと残念なような。
力に見合った使命があるわけじゃないなら安心ではある。
他にすぐ思いつくものもなくなり、一息ついて画面を消した。
「とはいえ、実際に目で見た物以外はどこまで信じられるかもわからんしな……」
スマホのニュースを開いてしばらく見る。
動画。
ゲーム。
いつもの土曜へ戻った。
◇
しばらく後、SNSを眺めていると、中学校のイジメに関する炎上動画が流れてきた。
そこから、一人の名前を思い出した。
「山朽……」
山朽大地(やまくち だいち)。
中学の同級生。
友達ではない。
成実自身も何度か笑いものにされた。
変なあだ名をつけられたり、失敗したことをしばらく引っ張られたり。
当時は普通に腹が立った。
ただ、成実が一番ひどい目に遭っていたわけではない。
クラスには、もっと露骨にやられている奴がいた。
物を隠す。
無視する。
聞こえるように悪口を言う。
何人かで囲んで笑う。
山朽はそういった行為の中心的な人物だったように思う。
「最後、どうなったんだっけ」
中3。
部活最後の大会があって、受験が近づいて。
学年集会で有名だった怖い教師が何か言っていたような気がする。
細かくは覚えていない。
ただ山朽たちが何度も呼び出されて、かなり絞られていたようだった。
その後、夏休み明けから露骨なのは減った。
受験が近づく頃には、クラス全体もそれどころではなくなった。
「今思うとうちの学校かなりちゃんとしてたな……。あいつ今、何してんだろ」
能力を得る前までなら名前を検索エンジンに入れて、何も出なければ終わりだ。
いや、ちょっと思い出しただけであれば検索すらしなかったかもしれない。
だが今日は違う。
(中学の同学年だった山朽大地)
あっけなく一人に絞られた。
生年月日も住所も要らない。
成実が誰を指しているかだけで通じる。
30歳。
会社員。
既婚。
「結婚してんだ」
子供あり。
小学生。
「父親かよ」
年齢を考えれば別におかしくない。
何となく家族の現在を開いた。
妻。
子供。
そこで、指が止まった。
「……ん?」
学校への出席状況。
欠席継続。
詳細。
同級生からの継続的ないじめ。
悪口、無視、持ち物へのいたずら、集団からの排除。
現在、不登校。
「……」
成実は身体を起こした。
さらに続く情報。
山朽はいじめの事実を知っている。
妻も知っている。
学校とは何度も話している。
無理に登校させているわけでもない。
子供が部屋からほとんど出てこない日もある。
そして、その状態になってから。
山朽は何度も中学時代のことを思い出している。
「……知らなくていいことまで調べてる気がする」
成実は画面を見た。
教室で笑っていた山朽。
囲まれていた同級生。
教師に呼び出されていった連中。
十数年前の教室が、少しずつ戻ってくる。
「……親の因果が子に報いってやつかね」
そんな、自分でもいまいちしっくりこない言葉を口にした。