現代社会における万能チートの正しい使い方   作:寸劇の小人

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第2話 ざまぁ展開はバランスが難しい(前編)

日曜の夜になっても、山朽大地のことが頭に残っていた。

 

競馬のネット投票は特に手続きで詰まることもなくすぐに試すことができた。

ひとまず土曜は能力の予測と実際の結果を様子見。

悪くない的中率だったので日曜は勝率を95%、倍戻し以上に設定して1000円で買った。

2500円ほどの勝ち。

 

ただしここまで条件をきつくすると1日で1件しか対象にならなかった。

もうちょっとリスクを取ってもいいかもしれない。バランスが結構難しい。

当面用事の無い土日は確認も兼ねて続ける予定だ。

 

成実はベッドに転がったままゲームのデイリーを片付けた。昨日引いた限定キャラの育成画面を開くと、必要素材が一つだけ足りない。

 

(これ、今すぐ一番早く取るなら)

 

白い画面に答えが出かける。

 

「いや、今日はそこまではいいわ」

 

閉じた。

 

欲しいキャラを引く時点で能力を使っておいて何を今さらという気もするが、さすがに能力に頼ってばかりだとゲームをしている感じがしないというのもある。

その境界がどこにあるかは、自分でもよく分からなかった。

 

代わりに山朽の情報を開く。

 

息子は明日も学校を休む。

担任との連絡は続いている。妻とも話していて、無理に教室へ戻そうとはしていない。

 

「意外にも親としては普通以上にやってんだよな」

 

昔いじめをやっていた奴が、15年経っても順当に嫌な奴のままだったら話は簡単だった。

良くも悪くも人は変わるということなのだろう。

今度は当時のことを、記憶ではなく実際に起きた出来事として調べてみる。

 

成実自身も何度か標的になっていたのは記憶通りだった。

変なあだ名つけられたり、失敗をしばらく引っ張って笑うとか。

体育で派手に失敗した時は、2週間くらい続いた。

 

大人になった今だとそこまで続けるとサムいと思う。

だが、当時は普通に嫌だった。

 

「俺の分なら……」

 

成実は枕へ頭を沈めた。

 

「小指1か月くらいで許してもいいんだけど」

 

週数回、家具の角に足の小指を強打。

骨折なし。

1時間後には治る。

間藤課長方式。

 

自分の分だけなら、それで手打ちでもいい。

ただ、同じくらいのことをされた奴は他にもいた。

一番狙われていた男子は、さらにひどい。

 

学校へ来ればほぼ毎日。

そいつが何かするたび、笑えるところがないか待ち構えているような感じだった。

 

「……これ全部合わせると、小指じゃ済まないな」

 

誰の小指を何回ぶつければ釣り合うのか。

途中まで考えて、やめた。

 

「首謀者はこいつだけど同調してたやつもいるし。俺自身も一番くらってたやつのを止めようとしたわけじゃないし」

 

自分の被害なら勝手に価値を判断してもある程度の正当性があるだろう。

しかし他人の分までは成実が決める話ではない。

いや、自分の分ではなく他人の分の判断の方が熱くならない分やりすぎが防げたりするだろうか。

(古くはワイドショーとか最近ならSNSとか見てるとその逆もあるかもしれないが)

 

「そのために法律があるんだろうけど、時代に合わせた調整も実際に手続きが進むのもクソ遅いし、全部が全部裁かれてるわけじゃないもんな」

 

山朽本人は、昔のことをどう思っているのか。

 

すぐに能力は答えを返してくる。

 

悪かったとは思っている。

 

そこを開くと、別の記憶も一緒についてきた。

 

自分も中学生だった。

周りもやっていた。

教師に怒られて、その後はやめた。

 

「まあ、そうだよな」

 

15年間、毎晩布団の中で反省し続けていました、などという話ではない。

変わったのは、自分の息子が学校へ行けなくなってからだ。

 

さらに、心の内で思うだけではなく、山朽は何度か昔の同級生を探そうとしていた。

 

名前を入力する。

消す。

検索しかけて閉じる。

 

何を今さら。

急に謝られても向こうが迷惑だろう。

謝って、自分だけ楽になりたいだけじゃないのか。

 

毎回、そのあたりで止まっている。

 

「あと一歩っぽいんだよな」

 

その一歩なら、成実は簡単に作れる。

 

(昔のことを謝りたいって気持ちを強くする)

 

できる。

 

もっと直接、

(明日までに必ず連絡する)

でもいい。

 

送る文章まで決められる。

 

「簡単すぎるな」

 

ふー、と息をはいて両足を投げ出す。

 

山朽を善人に改造したいわけではない。

だが今の山朽が、昔の自分をまともに見た時に何をするのか。それは少し見てみたい。

 

「……夢とか?」

 

ふと思いついて口にしてから能力に質問を投げた。

本人が実際に経験した記憶を、睡眠中に夢として見せる。

 

できる。

 

しかも、起きている時とは受け取り方が少し違うらしい。

 

昔のことだ。

自分も子供だった。

もう終わった話だ。

目が覚めていれば、そういう理屈は後からいくらでも付けられる。

 

夢を見ている最中は、自分が30歳だとか、なぜか中学にもう一度通っていてテストを受けているだとかそういう当たり前にツッコミたくなるようなことを受け入れてしまいがちだ。

あわせて、体験した出来事がノーガードで刺さりやすい。

 

「学生時代だと女子を好きになるきっかけだったりするもんな。その逆も普通にあるか」

 

新しく罪悪感を感じるような要素を外から足す必要はない。

山朽本人が見たものだけでいい。

 

中学の教室。

笑っている山朽。

その向こうで、笑っていない同級生。

隠された物を探している姿。

 

そこから今の自宅へ。

 

布団から出ない息子。

『また笑われるから学校行きたくない』

山朽自身が聞いた言葉。

 

それだけ。

 

そこになかった、説教する教師も、天の声も、「お前も同じだった」と教える字幕もいらない。

 

「一回だけ試すか」

 

そこまで設定して成実もスマホを置いてベッドに入った。

 

(俺の分の復讐はこれでいいや)

 

 

     ◇

 

月曜の朝。

数年ぶりに使う証券口座へ30万円を移した。

 

土曜に調べた株を再確認。大きな変化なし。

今日から実際に試す。

 

仕事中に板へ張り付かなくていいのが気楽でいい。

30万円以内。

 

現物だけ。予想が外れたらその日のうちに手じまい。

 

一発逆転みたいな銘柄は除外。

条件に合う候補から注文を入れて家を出た。

 

     ◇

 

「逢河さん、ちょっとこのエラー見てもらえます?」

「どれ?」

 

出社してしばらく後。

後輩の席まで行ってモニターを覗く。

 

昨日までなら、まずログと設定を見る。それで駄目ならデータを疑う。

今日は、能力で最初に答えだけ確認した。

 

「あー、先週に入った設定変更が原因っぽい。ここ変えてみて」

「ここですか?」

「たぶん」

 

後輩が値を戻す。

もう一度実行。

エラーが消えた。

 

「……直った」

「よし」

「逢河さん、すごくないですか?」

「俺もそう思う」

「自分で言います?」

 

午前中にもう一件。

午後にも問い合わせが2件。

原因が最初から分かっているだけで、調査時間がごっそり消える。

 

16:30には、自分の作業がなくなった。

成実は時計を見た。

 

「まずいな」

 

このまま暇そうにしていれば、新しい仕事が飛んでくる。

間藤課長は少し離れた席でメールを読んでいる。

 

(俺の最近の残業、課長はどう思ってる?)

 

ここしばらく別案件にも入れていた。

残業も多い。

今週くらいは少し休ませた方がいい。

 

「やさしさあるじゃん。……それを先週末にほしかった」

 

元からそう思っているなら、その気持ちを少し強くするくらいはいいだろう。

 

他人の頭を弄って残業から逃げるのはいかがなものかというのは少しあるが。

 

しかし労働基準法は、資本主義に毒された世の中の「このくらい普通」より重いのである。

共産主義政党がやらないなら、自衛のために多少の力の行使も厭わないぞ俺は。

 

一瞬だけ迷って、実行した。

 

 

 

17:34。

 

「逢河」

「はい」

 

間藤が椅子から少し顔を出した。

 

「今日はもういいぞ」

 

成実は時計を見た。

早い。

 

「まだ仕事振るつもりだったんじゃないですか?」

「最近残りすぎ。今週はなるべく定時で帰れ」

 

斜め前から声が飛んできた。

 

「逢河さん、追い出されてるじゃないですか」

「そう聞こえるよな」

「いいから帰れ」

「はい」

 

自分でそう思わせたくせに、少し嬉しかった。

 

     ◇

 

帰りの電車でスマホアプリから証券口座を開いた。

 

301,860円。

 

「1,860円」

 

今日の利益だけなら、ちょっといい晩飯代。

 

0.62%。

そこで数字を見直した。

 

「……毎日こんな取れんの?」

 

毎日ではない。

確率的にはマイナスの日もある。

 

それでも、今の資金量で無茶なリスクを取らないなら、平均して一営業日0.5~1%程度は狙えるらしい。

 

「マジかよ。いや、仮に残業ゼロになるならトントンか?」

 

初日は問題なかったので明日もやることにした。

山朽に関する通知は、まだ何もない。

 

     ◇

 

火曜も定時。

水曜も定時。

間藤の中では「しばらく逢河は定時で帰らせる」が当たり前になったようだった。

 

仕事は以前より圧倒的に進んでいる。

能力で原因を見つけた瞬間に直すとさすがに怪しいので、ログを少し見たり、それらしいファイルを一つ二つ開いたりするようにもなった。

 

後は仕事の時間に他のことをするのも多少気が引けるので、能力のディスプレイを使って技術について勉強したりしている。

分からないことに対する解説が即レスされるので本当に勉強が楽しい。

もし高校時代に能力があったらカンニングみたいな使い方をしなくても余裕で東大に行けていた気がする。

 

そして水曜の夜。

山朽に関する通知が出た。

卒業アルバムを引っ張り出している。

 

「お」

 

そこからSNSで名前を検索。

その日は山朽が奥さんに声をかけられて途中で終わった。

 

 

木曜。

また開いた。

 

一番標的にされていた相手と同じ高校へ進んだ同級生までは見つけた。

能力で確認すると、今も連絡先を知っている。

しかしそれ以上は進まない。

 

 

金曜。

 

証券口座は309,000円を少し超えている。

思わず頬が緩む。

4勝1敗。

一度負けたのを見て、むしろ少し安心した。

何もかも思った通りに動く方が怖い。

 

その日の夜、山朽は昨日調べた同級生へ連絡した。

 

 

翌日の昼前。

 

当時一番標的になっていた相手までつながった。

成実が昼飯のパスタを食べていると、通知が出た。

 

山朽が文章を書いている。

途中で止めたり消したりまた書いたり。

長い文章になったところで、全部消した。

 

「長いな」

 

見ているこっちまで落ち着かない。

成実は監視を切った。

 

(送ったら教えて)

 

1時間ほどして通知が来た。

そこで初めて送信内容を開く。

最初に書かれていたのは、山朽自身の話ではなかった。

 

息子が学校でいじめを受けている。

今は学校へ行けなくなっている。

息子を見ているうちに、中学時代のことを何度も思い出した。

 

それが、今になって連絡した理由だった。

 

その後に謝罪が続く。

 

自分がやったことは覚えている。

今さら謝っても仕方がないと思う。

自分が楽になりたいだけなのかもしれない。

返事はいらない。

それでも謝りたかった。

 

「そっちから入ったか。まあそうだな」

 

15年近く連絡のない相手から、突然「昔はごめん」だけ送られるよりは、まだ理由は分かる。

 

しばらくしてメッセージが相手に開かれた。

返信は来ない。

 

夕方になっても。

夜になっても。

日曜になっても。

 

「まあ……返さないよな」

 

成実は通知を閉じた。

そして今日のレースの馬券を買う準備に移る。

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