現代社会における万能チートの正しい使い方 作:寸劇の小人
有給初日、起きると時刻は8時12分。
昨日までより少しだけゆっくりした目覚め。
もう一度寝てもいい。
昼まで寝ていたところで会社から電話が来ることは、成実にしか分からない緊急事態でも起きない限りない。
その可能性もほぼ引継ぎ期間に能力を使って潰してある。
そう思って目を閉じたところで、国内株式市場が9時から始まることを思い出した。
「……こっちは一応生活費的には命綱だからやめられないな」
能力を得てから始めた個別株の短期投資。
元から入れていた投資資金に、会社から実際に支払われた未払い賃金(税金を抜いた額)を足しておよそ70万円ほど。
顔を洗ってから、今後の投資をどうするかを考える。
「一日中張り付いたら会社員時代より大変だよな? なるべく拘束時間を減らしてコスパ良く利益を得られるルーティン調べるか」
能力で確認したところ、朝イチで15~30分程度条件のいい株に注文を出し、昼過ぎに同じくらいの時間で調整するのが良いと出た。
「ふむふむ。今週はひとまずこれでやってみますかね」
有休初日の取引は利益で終わった。
翌日も、その次の日も、1万円から3万円ほど増えた。
朝に30分、昼に30分ほど確認するだけで、以前の日給より多く稼げる日もある。
「朝と昼で計1時間。元手があるって強いのね。これ、時給で考えたら――いや、やめよう。会社員時代が悲しくなる」
悲しくなるだけならまだいい。
そして現時点でこれならもっと金額を増やせば、さらに効率よく稼げるのではないかという考えも浮かんでくる。
「ひとまず期待値的にはリーマンの年収分は確保できそうか。助かる」
だが、能力は未来の情報の予測については以前から知っていた通り絶対ではない。
木曜日の朝、成実が買った銘柄も、注文時点では上がる可能性がかなり高かった。
しかし昼前に新しい情報が出た。
もう一度確認すると、予測が変わっている。
「売るしかないか……。こういう日もあるとは分かってたけど」
戻る可能性がないわけではないが、現在価格で処分する方が期待値は高い。
「可能性がないわけじゃない、が一番困るんだよ。いっそ絶対下がるなら諦めもつくのに」
損切りの注文を出すのには朝の買い注文の5倍くらいの時間がかかった。
文句を言っても数字は変わらないので、なんとか売却した。
約2万円の損失になった。
全体ではまだかなりプラスだ。このまま持っていれば損失が広がる可能性が高かったので、判断としては間違っていない。
そこまで分かっているのに、1度閉じた取引履歴を開いてしまう。
「確定した損益を見直しても、結果が変わったりは……しないな」
当然、約2万円のままだった。
有給に入ってから昼食は午後の注文後としている。
冷凍のパスタをレンジに入れ、待つ間にもう一度PCの画面を見た。
「いや、だから変わらないって。何を確認してるんだ、俺は。確率的にはビギナーズアンラックなんだって。気にしちゃダメだ」
取引履歴を閉じる。
出来上がったパスタを皿に移してから食べ始める。
半分ほど食べたところで、今度は損失が出た銘柄の現在価格を確認した。売った時点よりさらに下がっている。
「やっぱり、判断は間違ってなかった。よかった。よかったけど、そもそも買わなければ減ってないんだよな……」
利益が2万円なら、その日のうちに何度も見たりはしない。
損失が2万円だと、確定したあとでも確認する。
「まだ動かしてる額がそれほどでもないからいいけど、思った以上にメンタルに来るな。能力あっても向いてないわ、これ」
仮定として1000万円を短期で動かした場合を能力で詳しく調べるまでもなかった。
今の10倍以上の損益が動けば、朝と昼だけで済むはずがない。
「短期はひとまず100万円までだな。100万でも負けた日は気になるだろうけど、まあ……ボロ株とかは見てないからめっちゃ値動きしても1日の変動は10万くらいには収まるかな?
半額とかになるのは能力でリスク確認できるだろうし」
精神的な上限としては現時点ではその辺りだと思う。
100万円にはおそらく遠くないうちに届くだろう。それを超えて増えた分から生活費を引き、残りは中期や長期で保持する株を選定してそちらへ移すことにした。
短期より利益が出るまで時間はかかっても、毎日決まった時間に相場を確認しなくてよくなる。
急激な値動きを見込まない条件で選ぶことでリスクもさらに抑えられるし、見る頻度が減ればメンタル的な影響も減る。
具体的な数字が形になってくると、気持ちも自然と落ち着いてきた。
「最終的には、もう十分って額まで増やして長期だけにしたいな。
10億くらいあれば……10億も必要か? でも、一生分で家族が出来る可能性まで入れて、余裕を持たせて……」
税金や資産管理まで考え始めたところでやめた。
10億円は計算して出した目標ではない。
そのくらいあれば、さすがにもう金のために時間を使わなくてもいいだろう、という雑な目安の数字だった。
今は70万円で2万円負けただけでも、未練がましく3回確認している。
まずは100万円で平静を保てるようになる方が先だった。
「慣れたら許容量も上がるかもしれないしな。リスク取り過ぎないようにだけは引き続き注意しよう」
翌日は上振れし、1週目は結局、トータルで約7万のプラスだった。
元手から10%増である。世の投資家が聞いたら命を狙われるかもしれない。
◇
投資以外に、有休へ入ったらやろうと考えていたことがある。
個人開発だ。
最初に作るのは、複数の画像をまとめて縮小し、形式変換や圧縮も出来る小規模なアプリにした。
同種のアプリはすでにいくつもあるが、意外とシンプルなものが少なく需要が残っていると考えていた。
「期待値的には年100万、上振れしたら150万くらいになるってのはいいね」
能力に聞いたところ、簡素な作りでもやりようはだいぶあることが分かって開発を進める。
特にデザインを重視して日本語以外の言語に対応することで市場がかなり広がるようだった。
その翻訳についても、能力が頼れる。
さらに、開発についても能力の凶悪さが目立った。
「AIと能力の相性、だいぶいいな。俺がやるのほとんど最初のアイデア出すのと実機確認と手続きだけじゃん」
アイデアを能力と壁打ちして詳細化し、AIに投げて見直せる形で資料化する。
会社ではまだ制限が強く基本的にコアな部分で使用できなかったが、個人開発では自由だ。
コーディングやデザインの指示もどう投げれば上手くいくか能力の通りで良い。
「UIかなりいいな。良すぎて会社の人が見たらツッコまれるかもしれんけど。……俺が作った感、全然ないけどまあいいか」
ほぼ全工程で能力をフル活用して、開発はAIで進めるとわずか3日でアプリはあっけなく完成した。
これが作りたいという強い意志があったわけではないので、核となる部分以外はほぼ能力の意見を全面的に採用したのがかなり大きかった。
「はやっ。1本あたり年平均100万なら、月1本出して12本で1200万か……。能力ヤバすぎるだろ」
一応、能力とアプリの詳細を詰める中で自分で実装と保守が出来ることは条件に加えている。
AIもあるし能力があれば、理解出来ない構造でも完成させること自体は可能だろうが、能力が消えた翌日に不具合が出たらかなりきつい。
サーバーやアカウント管理が不要なシンプルなアプリにしたのも、利用者の手間だけではなく成実の手間を減らすためである。
「作った本人が直せないアプリを売るのは嫌だしな。問い合わせが来るたび能力に聞き続けるのもダルい。資料も作ったし、これならそのうち保守を外注に出すとかも考えていいかもな」
要件整理やUIには能力を全面的に使用、コードはAIを使う前提かつ自分が理解出来る範囲へ収める。
外注先の選定にも能力を使えば間違いないだろう。
そんなことを考えながらストアへの手続きを進める。
まだ販売はしない。審査もあるし、税金の扱いも調べる必要がある。
「税金周りは競馬のこともあるし、正式に退職したら税理士探そ。経費でいいPC買いたいな~」
スマホの実機で試しにフォルダ一つ分の画像を処理させる。
変換後の画像を何枚か開き、閉じる。
「しっかし本当にあっという間だったな。FIREもこれだと緩く働いて3年あればいけちゃうか」
アプリは特に問題なく想定通り動いていた。
◇
その日の夕食を作っていると、この前食事をしたとき蔵多が彼女を実家へ連れて行くと言っていたことを何となく思い出した。
蔵多は、まだ具体的なことは考えていないようだったが……。
「結婚してもいいとは言ってたな」
成実には、結婚してもいいと思える相手がいること自体が少し羨ましかった。
能力のおかげもあって現状気になっているのは、時間が必要なダイエットと、恋人がいないことくらいだ。
「痩せてからじゃないと無理ってずっと思ってたけど、能力上手く使う方法ないかな」
芸能人を洗脳して自分のことを好きにする、みたいな方向性は却下。
能力が消えた時のリスクもあるし、幸せになれる気がしない。
だが、極めて自由度の高いこの力であれば他の方向性もありそうだった。
「相性のいい人を探すとかなら出来るのか」
夕食の野菜炒めを皿へ移してから、パソコンの前へ持っていった。
「とりあえず何から考える? 何か基準がほしいな」
そう思っていきなり世界中から探す前に、過去に会った女性との相性を確認してみる。
最初に思い出したのは、高校時代の同級生だった。
クラスでもよく話していたし、成実は彼女のことを好きだった。
ただ、自分が太っていたので相手にされないと勝手に決め、特に告白したりはしなかった。
ほろ苦いというほどではない思い出である。
「高校のときの俺と、あの子の相性。当時の国内同世代の女性を比較対象にした場合で」
結果は、約150万人中1万6211位。
「一個上と一個下の学年込みで上位1%くらい……。いや、待って。そんなに良かったのか?」
能力に質問を投げ、その相性の詳細を見てみる。
性格や生活上の相性も一般より高く、彼女は太めの男性を恋愛対象として普通に好んでいた。
成実の体形は、少なくとも彼女にとっては減点ではなく、むしろプラスだった。
「俺、太ってるから無理だと思って何もしなかったんだけど。そこ、むしろ良かったのかよ」
本人へ聞かなければ分からないことなので、当時気づけるはずもない。
それでも、体型だけを理由に最初から諦めたのは成実の判断だった。
告白しなかったことより、相手の好みを勝手に決めていたことの方が少し悔やまれた。
「言ってくれんとわからんて。でも確かに他の女子よりだいぶ喋ってはいたよな」
もう少し調べてみると、現在の彼女は結婚していた。
公開情報から分かる夫の写真を見る。
細身ではない。
成実と体型が同じというほどではないが、明らかに太めである。
「本当にそういう好みだったんだな……」
世間一般の夫婦と比べて、現在幸せな部類か。それだけを簡単に確認する。
詳細まではないが幸せな方であることが分かった。
「なら、よかった。ちょっと安心したわ」
夫婦生活や本人の内心まで調べようとは思わなかった。
幸せだと分かれば十分で、結婚している以上、現在の恋愛候補にはならない。
次に、これまで実際に会った女性の中で、相性が最も良かった相手を調べてみた。
大学時代、別学部の女性。
世界規模で比較しても、8336位。
「……誰? いや、授業で一緒だった子?」
大学1年か2年の頃、半期だけ同じ授業を取っていた。
最初に話したのは、授業が始まる少し前だった。
『前回休んだんですけど、レジュメ見せてもらえませんか』
そう頼まれ、成実はファイルから前回分を取り出して見せた。
彼女が必要な部分をスマートフォンで撮り、そのあと、前回の授業で先生が話していた内容について少しだけ聞かれた。
それをきっかけに、授業前後で時々話すようになった。
毎回ではない。
席が離れていれば話さなかったし、連絡先も交換しておらず、二人で食事をしたこともない。
「そういえば、話し始めれば普通に続いてたな。俺の方から話しかけたことは……あったか? あんまりなかった気がする」
もう少し彼女について調べてみた。
当時は恋人がいたらしい。
相性そのものは良かったが、当時の状況ではそもそも恋愛が始まる条件が揃っていなかったようだ。
別学部で、接点は半期の授業だけ。
成実も積極的に距離を縮めようとはせず、授業が終われば自然に会わなくなった。
ただ、接点が出来たあとに悪印象を持たれず、ときどき会話が続いた部分には、相性の良さが多少出ていたのかもしれない。
「全世界で8000位でも、何もしなければ半期で終わるのか。……結構難しいぞこれは」
能力で調べた相性だけでは上手くいかないかもしれない。
より条件を絞って相性の良い相手を調べる前に、能力を恋愛へどう使うかも、もう少ししっかり考えておいた方がいい。
好意を直接作ることは可能か。
可能だった。
嫌悪感を消すことも、判断を成実に都合のいい方向へ変えることも出来る。
能力を得た時に調べた通りだ。
「俺が知らないところで、誰かに好意を作られてたら……嫌だな。普通に怖い。普通に洗脳じゃん」
想像してみたが、気分が悪かった。
「嫌いな相手を、能力で嫌いじゃなくされるのも嫌だし。俺と付き合おうって気持ちだけ変えられるのも……どっちも嫌だよな」
自分がされたくないことは、相手にもしない。
山朽の時はあまり意識していなかったが、能力を得てしばらく経った今、どうやら自分の価値判断の基準はそのあたりになりそうだった。
「仮に結婚相手とうちの親の相性が最悪だったらちょっと気にならないくらいには変えちゃうかもしれんけど、いったん相手が決まるまでは慎重にいきたい」
能力の使い方として、会話のたびに最適な返答を調べ、相手が最も好む人物を演じ続ける方法もあるなと思った。
「それも嫌だな。毎回聞くのがまず面倒だし、能力がなくなったら急に会話が下手になるし……。
相手からしたら、付き合ったあとで性格が変わった男と大差ない」
もう少し抑えるとコミュニケーション能力を改善するお手本として使うのはありかもしれない。
だが能力がなければ維持出来ないほどになるとストレスも相当になりそうだ。
「好意は直接変えない。秘密や非公開のメッセージも見ない。公開情報と、相性は調べる。
……この辺でいいか。細かく規則を作っても、全部守れるか微妙だし」
そこまで考えて、ようやく現在の自分と相性のいい女性を世界中から検索する。
「年齢は、うーん、とりあえず広く取って18歳から35歳でいっか。
俺が相手を好きになれるだけじゃなくて、相手から見ても俺が恋愛対象になって、実際に付き合った場合、長期的にうまくいく可能性が高い人」
そこまで言ってから、まだ条件が大ざっぱすぎる気がした。
「長期的って、何が入るんだ? 性格と金銭感覚と……趣味が違っても別にいいけど、互いの趣味を邪魔しないこと。
一人でいる時間、結婚するか、子供を持つか。浮気する人は無理。能力あってもハーレムとか現代社会じゃ親に説明できんし。
付き合う前何人かにチヤホヤくらいはされてみたいかも。いや話がずれたな。
生活時間とか、会話が続くかとか……あとは能力で必要なものを補ってくれ」
かなり能力任せになったが、一回今の条件で調べてみた。
結果は、4372万8614人。
「……日本限定ってわけじゃないよな。それだと多すぎるし。世界中で、それだけ?」
少ないと思ったあと、4000万人以上をそれだけと呼ぶのもおかしい気がした。
「いや、多い。多いけど、世界規模なら1億人くらい残りそうなもんだけど。何でこんなに減ってるんだ?」
年齢だけで対象は相当減る。
成実から見て好みでも、相手から見て成実が恋愛対象に入らなければ候補にならない。
恋人や配偶者がいる女性も、成立している関係へ成実が割り込む形になるなら、長期相性の最低条件から多くが外れる。
さらに、言葉が通じても、生活する国や文化、金銭感覚、家庭への考え方、食事、他人との距離感が大きく違えば、長く一緒に暮らした場合の相性は下がる。
「世界中から探しても、俺が好きなら誰でもいいって話じゃないし、向こうにも選ぶ権利はある。当たり前か」
上位には日本人が比較的多かった。
「日本人だから評価が上がってるわけじゃないよな?」
固定の補正はない。
同じ言語で細かい感覚まで伝わり、生活文化や金銭感覚、家庭観、食文化、距離感が近いことが、双方の長期相性に影響している。
美的感覚も含めてそういった理由で日本人が多くなりやすいだけで、外国人も上位には普通にいた。
「結婚して毎日暮らす前提なら、言葉が通じるだけじゃ足りないか。好みの味噌汁の濃さで順位が変わる可能性もあるのか?」
ありうるが、そこを重視している人間は少ない。
「まあそりゃそうか。分かってた。ちょっと気になっただけだ」
そしてランキングの1位を表示する。
坂上繭子(さかがみ まゆこ)。
最初に見た感想は、知らない人だ、普通に可愛い、というものだった。
想像を絶する美女とかではないので逆に拍子抜けしたが、相手から見た自分の評価も含むとそっちの方が自然だ。
「まあ、世界1位が知り合いな方がおかしいよな」
詳しく調べる前に、いくつか条件を変えてみることにした。
まず、現在より15kg痩せた場合。
候補は6500万人台まで増えた。
「そんなに増えるのか。15kgって、今の体重からなら健康面も変わるだろうけど……。思ってたより影響でかいな」
そして1位は坂上繭子のままだった。
「さっきの人か。体型はあまり気にしない人なのかな」
大学で会った子についても、15kg痩せた場合の相性を個別に確認する。すると、評価がかなり下がった。
「高校時代の子だけじゃなくてこっちも太めが好みだったのか。俺の人生、デブ専との遭遇率が高すぎないか?」
基礎的な相性は高いままだったが、体型の好みとしては現在の方が合っている。
「痩せたら候補全体は6500万人に増えるのに、知ってる子からの評価は下がる。世の中、うまく出来てる……いや、出来てるのか、これ?」
次に髪形と服装を整えた場合を試す。
普通に候補が増えた。
「服でこれだけ変わるなら、こだわりないし、ちゃんとした方がいいな。能力で選べば間違いないだろ。パターンあればその通りで良いし」
年収と資産を増やした場合、変化は思ったほど大きくなかった。
「10億円持ってる条件なら、もっと増えると思ったんだけど意外」
現在でも株とアプリ開発で見込みが立っているため、将来の経済的不安はかなり小さい。
それ以上増えても長期的な生活の安定は大きく変わらないらしい。
一方、収入も資産も減らせば候補は普通に減った。
「金はいくらあっても同じ、ではないけど、困らない額を超えたら効果が薄いのか。
10億持ってるから好きです、だけだと、俺から見た相性が下がりそうだしな。
SNSの婚活アカウントに投げたら戦争になりそう」
学歴を変えても、一部の女性との評価は動くが、全体では想像したほどではなかった。
今から学歴だけを変える方法もなくはないが面倒なので、これは確認だけで終わる。
大きく変わったのはコミュニケーション能力だった。
「コミュ力って簡単に言うけど、具体的には、どのくらい変えた場合だ?」
知らない相手にも自然に声をかけられ、相手の反応を見ながら会話を続け、自分の考えや好意を必要な範囲で伝えられる状態。
「これは、普通に相当だろ。特に最初がハードル高い。
頑張る気持ちなくはないけど、もう少し現実的に、俺が無理せず練習して到達出来そうな範囲だとどうなる?」
条件を下げても、候補は大きく増えた。
「体重より、こっちの問題が大きかったのか。まあ太ってても恋人いる人はいるもんな。
外国の人から見たら許容する範囲とか全然違うとかもあるかな?
大学のときの子は彼氏がいたから仕方ないとしても……確かに、自分から動いたことほとんどないな。こりゃ反省だ」
問題は関係の継続というより始め方かもしれない。
自分の過去と数字を並べられると反論しにくかった。
そこまで見て条件を細かく何回か変えてみる。
複数回、1位に坂上繭子が表示される。
「めっちゃ出るじゃん、この人」
髪形や服装を変えた条件でも、年収を変えた条件でも、合理的な範囲ではかなりの頻度で1位になる。
もちろん、1位にならないこともある。
条件を極端に変えれば別の女性が1位になる。
しかし、よくよく見てみるとどの条件でも10位以内、100位以内とかなり上の方にいる。
「体型を変えてもいる。服を変えてもいる。金を増やしても減らしても上位で、会話が多少上手くなっても1位……。さすがにこれはちょっと気になるな」
能力を得る前の自分でも試してみる。
能力を持っていないだけではない。能力を得たことで増えた自信や行動力、仕事への余裕、将来に対する見通しも、以前の状態へ戻す。
候補数も上位の顔ぶれも大きく変わった。
1位は坂上繭子。
「また1位……。いや、俺の条件が悪くなったら、下がるかなと思ったんだけど」
相性は他人との比較でもあるため、成実側の条件が変われば全体の順位も動く。
それでも、繭子との根本的な相性が良いようだった。
ついでに、能力がないのに会社だけ辞めた現在の自分を試す。
太っていて、今ほど自信がなく、収入の見通しも弱く、無職。
「自分で条件を入れてて嫌になるな。これ、能力なしで何で会社辞めたんだ?」
母数となる候補は目に見えて減った。
繭子も1位ではないが依然として100位以内にはいる。
上位には、太めの男性が好みで、社会的な成功をそれほど重視せず、多少駄目な男性にも寛容な女性が増えていた。
「デブ専と駄目男好きの濃度ヤバ。いや、助かるけど。仮定の俺がかなり助かるけど、相手の包容力に頼りすぎだろ」
成実は条件を現在へ戻し、今度こそ坂上繭子について公開情報を確認した。
29歳。会社員。
身長は約170cm。
「女性としては若干背が高め? 相手が気にしないなら、俺はむしろ小さい人よりそのくらいの方が好きだけど」
漫画やイラストをSNSへ公開し、同人誌も出している。
ペンネームは逆紙サナギ。
「坂上で、逆紙。サナギは……繭子からか。覚えやすいな」
一人で創作へ集中する時間が長く、成実と同じく、一人でいる時間を相手に邪魔されたとは感じにくい。
「同じ部屋で、別々のことをしてても平気なタイプか。俺がゲームしてる横で漫画を描いてても、互いに放っておけるなら楽そうだな」
それは、かなり具体的に想像出来た。
知ろうと思えば、通常調べようがない情報や繭子本人の内心まで調べられる。
そこには触れない。
公開SNSを見ているうちに、来週の大規模な同人イベントへ参加する予定が見つかった。一般参加も可能で、開催までは約1週間。
「1週間後……。近いな。もうそんな時期か」
公式サイトを開き、日程と入場方法を確認する。
大学の時に行ったことがあるがそれきりで、コロナの後だと少しルールなどが変わっているかもしれない。
世界で1位だから、会えば恋愛が始まるわけではない。
大学時代には世界8000位前後の相手と半期の間ときどき話して、それでも授業が終われば会わなくなった。
今回も、会場へ行って姿を見るだけで終わるかもしれない。
「でも、行かなかったら確実に何もないんだよな」
カレンダーを開く。
仕事も自分で自由にずらせるし、当日の予定は空いている。
「一般参加なら、会いに行くってほどでもないか。
漫画を買いに行って、話せそうなら少し話す。そのくらいでいいだろ」
イベントの日程を登録し、入場に必要なものを確認する。
せっかくだから他も回ろうと、気になる作家さんのリストを作ることにした。