千貌の残星   作:無貌

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EP5:お茶会(召使編)

EP5:お茶会(召使編)

 

 

「次は、アルレッキーノね」

 

コロンビーナがそう言った瞬間、アテルラネは、手にしていたティーカップを静かに置いた。

 

「……何が?」

「出会った時の話」

「もういいんじゃないかな、この流れ」

「駄目よ」

 

シニョーラが即座に却下する。

 

「私だけ昔の恥を晒されるなんて不公平でしょう?」

「恥だと思ってたんだ」

「そこではないわ」

 

サンドローネも頷いた。

 

「私も気になるわ」

 

コロンビーナは楽しそうに身を乗り出す。

 

「アルレッキーノとは、いつ会ったの?」

「……いつだったかな」

 

アテルラネが目を細める。

すると横に座っていたアルレッキーノが口を開いた。

 

「私が、お前を初めて見た時か?」

「それなら少しややこしいね」

「どういう意味?」

 

コロンビーナが首を傾げる。

アテルラネはアルレッキーノを見る。

アルレッキーノもアテルラネを見ている。

 

「彼女が私を初めて見た時と」

 

薄く笑う。

 

「私が彼女を初めて見た時は、随分離れている」

「……?」

「私は」

 

アテルラネはカップの縁を指でなぞった。

 

「この子が『召使』になる前から知っていたからね」

 

アルレッキーノの眉が僅かに動いた。

シニョーラが言う。

 

「先代?」

「そう」

 

空気が、ほんの少しだけ変わった。

先代『召使』。

その名を口にしなくとも、この席にいる者たちは誰のことか知っている。

クルセビナ。

かつて『壁炉の家(ハウス・オブ・ハース)』を統べていた女にして、執行官。

そして……今の『召使』に殺された女。

アテルラネは、遠いものを見るように少しだけ目を細めた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

先代『召使』グルゼビナと『女狐』アテルラネは、友人ではなかった。

仲が良かったとも悪かったとも、言い難い。

ただ、何度か仕事をした、それだけの間柄。

壁炉の家が必要とする情報を、アテルラネが渡す。

アテルラネが潜入するために、壁炉の家の人員を借りる。

時には、互いに相手のやり方を気に入らず……それでも仕事だけは終わらせた。

そんな関係だった。

クルセビナは、アテルラネを信用していなかった。

アテルラネも、クルセビナを信用していなかった。

それで十分だった。

だから彼女が死んだと聞いても、アテルラネは泣かなかったし驚きもしなかった。

ただ……誰が殺したのかという、その一点だけには少し興味を持った。

 

「娘だとのことです」

 

アテルラネの数少ない直属の部下が、そう報告した。

 

「娘?」

「正確には、壁炉の家で育てられていた少女です」

「名前は?」

 

部下が答える。

アテルラネは……一度だけ、聞き返した。

 

「ペルヴェーレ?」

「はい」

 

聞き覚えがあった。

クルセビナから数度。

 

「面白い子がいる」

 

そんな程度の話を、聞いたことがある。

だからこそ……。

 

「見に行こう」

 

そう思った。

理由はそれだけだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

収監区画は冷えていた。

地下に近い。

石壁に鉄扉の無駄のない構造。

アテルラネはその日、男でも女でもないように見える。

曖昧な姿を選んでいた。

今の茶会で使う顔とは違う、もっと地味で、もっと薄い、記憶に残りにくい顔。

 

看守は何も言わずに道を開けた。

零席が来る。

理由を尋ねる者はいないし、尋ねるべきでもない。

鉄格子の向こうに、少女がいた。

――手枷。

――脚枷。

――傷。

――血。

だが……目は死んでいなかった。

アテルラネは、少し離れた場所で立ち止まる。

少女も、こちらを見る。

 

「……」

「……」

 

先に口を開いたのはアテルラネだった。

 

「君が殺したの?」

 

少女は答えない。

 

「クルセビナ」

 

それでも答えない。

アテルラネは壁へ寄りかかる。

 

「別に責めてるわけじゃない」

「……」

「仇討ちでもないよ」

 

少女が初めて、少しだけ目を細めた。

 

「なら何をしに来た」

 

声は、想像していたより落ち着いていた。

 

「見に来た」

「見世物か?」

「少し違う」

「なら」

 

少女は、真正面からアテルラネを見る。

 

「何を見る」

 

アテルラネは少し考えた。

 

「クルセビナを殺した人間」

「……」

「どんな顔をしてるのかなと思って」

 

少女は不快そうに、僅かに眉を寄せた。

 

「くだらない」

「そう?」

「あいつは死んだ」

「そうだね」

「それだけだ」

「うん」

「何が知りたい」

「特には」

「……」

「顔は見たから」

 

アテルラネは、踵を返した。

 

「それに……」

「……収穫はあったからね」

 

少女は、目を細めた。

 

「じゃあね」

「待て」

 

足が止まり、振り返る。

少女がこちらを見ていた。

 

「お前は誰だ」

「私?」

「名前」

 

アテルラネは少し笑った。

 

「今は教えない」

「何故」

「面白いから」

「……」

「君が次に私を見た時」

 

片手を上げる。

 

「気づけるか試してみたい」

 

少女は明らかに、気に入らない顔をした。

 

「悪趣味だな」

「よく言われるよ」

 

それだけ言って、アテルラネは収監区画を後にした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

その日のうちに、女皇への報告が上がった。

正式な謁見ではない。

アテルラネは必要な時だけ、必要なことだけを報告する。

返事を求めることもあまりない。

それが、二人の関係だった。

 

「先代『召使』を殺した少女を見てきた」

 

静かな空間に氷の気配。

その奥に女皇がいる。

どんな表情をしていたのか。

アテルラネには分からなかった。

あるいは、見ようとしなかったのかもしれない。

 

「ペルヴェーレ」

 

名前を口にする。

 

「強い」

 

一拍。

 

「でも、強いだけじゃない」

 

また、少し考える。

 

「先代とは違う」

 

返事はない。

アテルラネは続ける。

 

「人を道具として見ることはできる」

「でも」

「道具にした人間が壊れた時、それを『壊れたから捨てよう』だけでは終わらせない種類だ」

 

静寂。

 

「壁炉の家を継がせるなら」

 

そこで僅かに笑った。

 

「私は反対しない」

 

女皇から……何か短い返答があった。

それが質問だったのか、確認だったのか、明確には後になってもアテルラネは語らない。

ただ、最後に一言。

 

「面白いよ」

 

そう答えた。

 

「少なくとも」

「私は、もう少し見てみたい」

 

それがアテルラネから女皇へ送った……最初の評価だった――。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ほどなくして……ペルヴェーレは新たな『召使』となった。

十一人のファトゥス、執行官第四位『召使』アルレッキーノ。

そして……初任務が与えられた。

内容そのものはそれほど複雑ではなかった。

外国に潜伏している、元ファデュイ関係者の処理。

ただし対象は既に、現地の貴族と結びついている。

強引に消せば外交問題になる。

だから証拠を残さず、関係者を切り離し、対象だけを処分する。

新たな召使が執行官として、どう仕事をするのかを見るには丁度いい任務だった。

そして……その少し前。

道化は、アテルラネへ言った。

 

「近くにいるなら、見ておけ」

「何を?」

「新しい第四位だ」

「護衛?」

「違う」

「監視?」

「必要なら」

「手伝え?」

「必要なら」

 

アテルラネは少し考えて言う。

 

「曖昧だなぁ……」

「その方がいいだろう?」

「まあね」

 

それで女狐は、仕事に入った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

アルレッキーノは、最初から想像以上に手がかからなかった。

対象の生活圏や協力者、逃走経路に金の流れ、現地組織との繋がりを全て自分で洗い出した。

アテルラネは途中、三度、介入しようとした。

一度目は、必要なかった。

二度目は、既に対策されていた。

そして三度目。

 

「……」

 

屋根の上から、アテルラネは遠くを見ていた。

その日は中年の新聞売りだった。

手には使い古された帽子。

声も、歩き方も、完全に別人。

アテルラネの視線の先では、路地をアルレッキーノが歩いている。

追跡者が一人。

さらにその追跡者を、別の男が見ている。

アテルラネは少しだけ眉を上げた。

 

「三重か」

 

面白い。

アルレッキーノは気づいている。

一人目に、二人目にも。

多分……わざと泳がせている。

 

「……じゃあ」

 

自分は何もしなくていい。

そう判断した。

帽子を被る。

新聞を広げる。

その時、アルレッキーノが一瞬だけこちらを見た。

 

「……?」

 

目が合う。

だが、すぐに逸れた。

アテルラネは新聞の裏で笑った。

気のせいかな――。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

数時間後。

事故に見える形で対象は死んだ。

関係していた貴族も、自分たちへの疑いを避けるため自ら繋がりを切った。

――証拠。

なし。

――ファデュイの関与を示すものも。

なし。

完璧だった。

アテルラネがやったことは、たった二つだけだった。

一つ。

逃走用に用意されていた馬車の車輪へ、小さな細工をした。

結局、その馬車は使われなかった。

二つ。

現地の憲兵へ匿名の情報を流した。

これもアルレッキーノが、先に別経路から同じ情報を流していた。

つまり、実質何もしていない。

任務終了後。

アテルラネは宿の屋上で、少し呆れたように空を見上げた。

 

「……私」

 

呟く。

 

「何しに来たんだろ」

 

と。

だが、アルレッキーノの方は少し違っていた。

任務から帰還した数日後。

彼女は道化の元を訪ねた。

 

「何だ」

「一つ聞きたい」

「報告書なら読んだ」

「任務の話じゃない」

 

ピエロが顔を上げる。

 

「何だ」

 

アルレッキーノは少しだけ考えて言った。

 

「気になるものがいた」

「もの?」

「人間かどうか判断がつかなかった」

 

ピエロの目が、僅かに細くなった。

 

「続けろ」

「任務中」

 

アルレッキーノは言う。

 

「何度か、同じ気配があった」

「顔は?」

「違う」

「何人」

「三人」

「特徴は」

「ない」

「なら何故同じだと思った」

 

アルレッキーノは少し黙った。

 

「……目」

 

ピエロが何も言わない。

 

「一人は新聞売りの男……もう一人は女。もう一人は子供だった。全員別人だった――だが……」

 

アルレッキーノは、僅かに眉を寄せた。

 

「見られている感じが同じだった」

 

ピエロはしばらく、何も言わなかった。

そして、一言。

 

「そうか」

 

アルレッキーノの目が細くなる。

 

「知っているな」

「何を」

「そいつを」

「……」

「誰だ」

 

ピエロは書類を閉じた。

 

「君の任務を補助していた」

「補助?」

「必要ならな」

「必要なかった」

「本人もそう報告している」

 

アルレッキーノの眉が僅かに上がる。

 

「報告?」

「『仕事なし。新第四位、概ね問題なし』と」

「……」

「それだけだ」

 

アルレッキーノは少し不快そうな顔をした。

 

「誰だ」

 

ピエロが答える。

 

「ファデュイ執行官」

 

一拍。

 

「第零位」

 

沈黙。

 

「……零?」

「ああ」

「そのような席は聞いていない」

「教えていない」

「十一人ではないのか」

「十一人だ」

「では」

「零は数えていない」

 

アルレッキーノの顔に一瞬、理解不能……という色が浮かぶ。

ピエロは淡々と続けた。

 

「異名は『女狐』」

「女?」

「今は?」

「……?」

「君が見た時」

 

ピエロが聞く。

 

「男だったか」

「一人は」

「女は」

「一人いた」

「子供も」

「ああ」

「なら、そういうことだ」

 

アルレッキーノは黙った。

数秒。

 

「……性別は」

「本人に聞け」

「顔は」

「本人に聞け」

「本名」

「本人に聞け」

「何を知っている」

 

ピエロは少し考えた。

 

「私よりは」

 

ほんの僅かに口元を緩める。

 

「君の方が、いずれよく知ることになるかもしれん」

 

アルレッキーノはその言葉の意味を、その時はまだ……理解しなかった――。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

現在。

 

「それで?」

 

コロンビーナが目を輝かせている。

 

「その後どうなったの?」

アテルラネは紅茶を飲む。

 

「別に」

「別に?」

「しばらく会わなかった」

 

アルレッキーノが冷静に補足する。

 

「嘘だな」

 

アテルラネの手が止まる。

 

「……何が?」

「その後も三度、私の周りをうろついていた」

「うろついてないよ」

「一度は書記官」

「……」

「一度は女給」

「……」

「最後は憲兵」

「……」

 

シニョーラが笑う。

 

「全部ばれているじゃない」

「今思えば、ね」

 

アテルラネは不満そうにアルレッキーノを見る。

 

「当時は声かけてこなかったじゃない」

「確信がなかった」

「じゃあ私の勝ち」

「何の勝負だ」

「変装」

「幼稚ね」

 

シニョーラ。

 

「君にだけは言われたくないなあ」

 

コロンビーナがアルレッキーノを見る。

 

「いつ分かったの?」

 

アルレッキーノは少し考えた。

 

「完全に確信したのは、後だ」

「どうして?」

「癖がある」

 

アテルラネの表情が、露骨に嫌そうになる。

 

「またその話?」

「なんの話?」

 

サンドローネが聞く。

アルレッキーノはアテルラネを見た。

今日も同じ中性的な男の顔。

ただし、今日の化粧は前回より少し薄い。

 

「こいつは」

 

アルレッキーノが言う。

 

「どんな顔を作っても」

「……」

「完全に醜くなれない」

 

シニョーラが眉を上げる。

 

「それは自惚れ?」

「違う」

アルレッキーノが答える。

 

「美しさそのものじゃない」

 

アテルラネは少しだけ、目を逸らした。

 

「人から見られることを」

 

アルレッキーノが続ける。

 

「必ず意識している」

「……」

「目、指、首の角度……何か一つ、必ず」

 

アテルラネを見る。

 

「自分が美しいと思う形を残す」

 

コロンビーナが嬉しそうに。

 

「アテルラネらしい」

「褒められてる気がしない」

「私は褒めてるよ」

「ありがとうと言っておくよ」

 

シニョーラが笑う。

 

「なるほど。だからあなたには分かるのね」

「そうだ」

 

サンドローネが少し考える。

 

「でも、最初の任務では確信できなかった」

「まだ癖を知らなかったからな」

 

アテルラネが指を立てる。

 

「つまり」

 

得意げ。

 

「初任務では私の勝ち」

「だから何の勝負だ」

「大事だよ」

 

アルレッキーノは少しだけ、呆れた顔をした。

そして。

 

「だが」

「何?」

「一つだけ」

「うん」

「道化から聞いた時」

 

アルレッキーノは、ほんの僅かに目を細める。

 

「腹が立った」

「何で?」

「監視されていたからだ」

「新人だったし」

「だからと言って」

「不安?」

「違う」

 

即答。

 

「自分の仕事を」

「うん」

「知らない誰かに」

「うん」

「採点されていたことが」

「うん」

「気に入らなかった」

 

アテルラネは一瞬、黙る。

それから、吹き出した。

 

「……何がおかしい」

「いや」

 

肩を震わせる。

 

「淑女殿と同じだなと思って」

「誰がよ」

 

シニョーラが睨む。

 

「最初の印象」

 

アテルラネは楽しそうに二人を見る。

 

「二人とも私に助けられたことじゃなくて」

 

指を一本。

 

「自分が気づかなかったことに怒った」

 

シニョーラとアルレッキーノが、同時に黙った。

コロンビーナが楽しそうに笑う。

サンドローネも頷いた。

 

「似てる」

「似ていない」

「似てないわ」

 

同時だった。

アテルラネがまた笑った。

 

「ほら」

「少し静かにしてくれないか」

「黙りなさい」

 

少しして、コロンビーナがまた聞いた。

 

「アテルラネは?」

「何が?」

「アルレッキーノの最初の印象」

「ああ」

 

アテルラネはしばらく召使を見る。

アルレッキーノもこちらを見る。

 

「収監されてる時?」

「うん」

「面白い」

「それだけ?」

「当時はそれだけ」

 

アルレッキーノが眉を寄せる。

 

「随分雑な評価だな」

「女皇陛下にも同じように報告したよ」

 

一瞬、アルレッキーノが僅かに目を見開いた。

 

「陛下に?」

「うん」

「何と」

「面白い子だって」

「……」

「壁炉の家を継がせるなら反対しない、とも」

「勝手なことを」

「結果的に合ってたでしょ?」

「お前の推薦で決まったわけではない」

「知ってるよ」

 

アテルラネは穏やかに笑う。

 

「ただ」

 

少しだけ声が変わる。

 

「先代とは違うと思った」

 

アルレッキーノが黙る。

 

「クルセビナは」

 

アテルラネは、カップへ視線を落とす。

 

「子供たちを使った――必要なら……迷わず、壊れるまで」

 

何でもないことのように言う。

 

「君も」

 

アルレッキーノを見る。

 

「人を使う。必要なら切り捨てもする――でも……壊すことそのものを目的にはしない」

 

アルレッキーノは何も答えない。

 

「だから」

 

アテルラネは少し笑った。

 

「面白いと思ったんだ」

「……」

 

コロンビーナが嬉しそうに言う。

 

「最初から気に入ってたんだね」

「そういう言い方すると誤解がある」

「今は?」

「今?」

 

コロンビーナが頷く。

アテルラネは、アルレッキーノを見る。

今日のアルレッキーノは、いつものように表情が薄い。

だが、アテルラネには……昔より、随分分かるようになっていた。

――不機嫌。

――少しの呆れ。

――ほんの少し、楽しんでいる。

 

「まあ」

 

アテルラネは紅茶を飲む。

 

「悪くない」

「評価が下がっていないか?」

「上がってるよ」

「どこが」

「私の中では最高評価に近い」

「分かりにくい」

「狐だからね」

「便利な言葉だな」

「気に入ってるんだ」

 

アルレッキーノはため息を吐いた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

しばらくして……シニョーラとサンドローネが、別の話をしている。

コロンビーナは新しい菓子を選んでいた。

その隙に、アルレッキーノが小さな声で言った。

 

「一つ聞く」

「何?」

「収監されていた時」

「うん」

「何故、名前を教えなかった」

 

アテルラネが少し笑った。

 

「言ったでしょ?……面白いから、と」

「本当にそれだけか」

「……」

 

少し間が空く。

アテルラネは窓の外を見る。

――雪。

 

「名前を知ったら、君は……」

 

静かに。

 

「私を探すと思ったから」

「何故そう思う」

「そういう目をしていた」

 

アルレッキーノが僅かに眉を寄せる。

 

「お前が言うな」

「何が?」

「人の目を分析するな」

 

アテルラネはまた少し笑った。

 

「職業病だよ」

「なら」

 

アルレッキーノが続ける。

 

「お前の予想は外れた」

「そう?」

「あの時」

「うん」

「名前を聞いても」

「うん」

「私はお前を探さなかった」

「……」

「必要がなかったからだ」

 

アテルラネが目を細める。

アルレッキーノは淡々と言う。

 

「お前の方から」

 

一拍。

 

「何度も現れた」

「……」

 

コロンビーナが遠くから突然。

 

「アテルラネ、追いかけてたの?」

「違う!」

 

シニョーラが笑う。

サンドローネまでこちらを見る。

アテルラネは額を押さえた。

 

「だから茶会って嫌なんだよ」

「その割には毎回来るだろう?」

 

アルレッキーノが言った。

アテルラネは一瞬、答えに詰まる。

 

「……」

 

それから、少しだけ笑う。

 

「それとこれとは別さ」

「そうか」

「ああ」

 

アルレッキーノはそれ以上、何も言わなかった。

だが、アテルラネは知っている。

彼女も本気で否定してはいない、と。

 

二人の最初の出会いは、鉄格子越しだった。

二度目は、顔も名前も違う人間として。

三度目も、四度目も……互いに相手を探っていた。

だから、いつから知り合い(・・・・)になったのか。

アテルラネにはよく分からない。

ただ……一つだけ確かなことがある。

今では何百の顔を使っても、アルレッキーノは時々、その中からアテルラネを見つけ出す。

そして……アテルラネもそれを、以前ほど嫌だとは思わなくなっていた。

 

「ねぇ」

 

コロンビーナの声。

 

「次はサンドローネだね」

 

アテルラネの笑みが固まった。

サンドローネが珍しくニッコリと笑う。

 

「楽しみね」

「……私」

 

アテルラネは本気で少しだけ考えた。

 

「次のお茶会、欠席していい?」

「「「「駄目」」」」

 

四人の声が、綺麗に重なった――。

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