千貌の残星 作:無貌
EP7:女狐が心を閉ざした冬
アテルラネは、殺意には慣れていた。
自分を殺そうとする目……憎悪、恐怖、敵意。
それらは分かりやすい。
殺意とは、突き詰めれば単純だった。
相手がこちらを殺したい。
ならば、自分が先に殺すか、逃げるか、話をつければいい。
だから、あの日初めて知った感覚を、アテルラネはうまく理解できなかった。
「……怖かった」
ぽつりと、そう言った。
向かいに座っていた女が、パンを千切る手を止めた。
「何が?」
「男」
「はぁ?」
「いや、男そのものじゃないな」
アテルラネは考える。
その日の姿は男だった。
自分自身の顔を忘れた男が、なんとなく気に入って使っている中性的な顔を使っていた。
向かいに座る女――イリーナ・ヴォルコワは、しばらくアテルラネを見ていた。
彼女は、ファデュイの工作員。
執行官ではない。
表向きの階級も、それほど高くない。
だが裏の仕事に関わる者なら、多くが名前を知っている。
潜入に護衛、アテルラネと同じ暗殺や対象奪取。
どれも一流だった。
真正面からの戦闘能力なら、並のファデュイ士官など比較にもならない。
そして何より……アテルラネがファデュイの執行官に名を連ねてから、珍しく気を許した相手だった。
「男が怖かった?」
イリーナが聞き返す。
「うん」
「あなたが?」
「そう」
「第零位が?」
「肩書きは関係ないだろ」
「人を暗殺して帰ってきた日の夕飯でも、平気な顔しているあなたが?」
「だから殺意は平気なんだって」
「ふうん」
イリーナはワインを飲んだ。
「で?」
「で、って」
「何があったの」
アテルラネは少しだけ、言いづらそうに視線を逸らした。
珍しいことだった。
「任務でね」
「うん」
「女になった」
「いつものことでしょ」
「今回はかなり若くした」
「何歳?」
「十七、八くらい」
イリーナの眉が少し上がる。
「また随分と」
「必要だったんだよ。対象が若い女を好むって情報だったから」
そこで――少し間が空いた。
「……それで?」
「綺麗にした」
「でしょうね」
「ものすごく」
「でしょうね」
「金髪で、青い目で、華奢で――」
「自慢はいいわ」
「重要なんだって」
アテルラネが少しむくれる。
「我ながら完璧だった」
「はいはい」
「でも」
声が少し落ちる。
「会場に入った瞬間」
イリーナは黙る。
「……あんなに見られると思わなかった」
アテルラネは自分の手を見る。
「あれ、何なんだろうね」
「何って?」
「目」
指先が、僅かに動く。
「顔を見る目じゃないんだ」
「……」
「最初は普通だったよ。計画通りだと思った。綺麗な女が入ってきた。注目された。それだけ」
アテルラネの声には、困惑が残っていた。
「でも……」
一言ずつ、ゆっくりと語る。
「胸を見て」
一拍。
「腰を見て」
また一拍。
「脚を見て」
そして一拍。
「また顔に戻って」
再度一拍。
「仲間同士で何か話して」
最後の一拍。
「笑って……そして近づいてくる」
イリーナの顔から、冗談めいた色が消えていった。
「一人に腕を掴まれた」
「殺した?」
「殺してないよ」
「偉い」
「任務中だもの」
少し笑う。
でも、いつもの笑い方ではなかった。
「折ろうと思えば折れた」
「うん」
「全員殺そうと思えば殺せた」
「でしょうね」
「逃げようと思えば、一秒もかからなかった」
「……」
「なのに」
アテルラネは自分の腕を、もう片方の手で握った。
まるで……その時の感触がまだ残っているように。
「怖かった」
イリーナは何も言わない。
「変だよね」
アテルラネが笑う。
「殺されそうな時より怖かった」
「変じゃないわ」
即答だった。
アテルラネが顔を上げる。
「……そう?」
「ええ」
「でも私は――」
「強いから?」
「……」
イリーナは少しだけ、嫌そうな顔をした。
「あなた、時々本当に馬鹿ね」
「ひどい」
「強ければ怖がっちゃいけないの?」
「そういう意味じゃ」
「同じよ」
イリーナはパンを皿へ戻した。
「怖いものは怖い」
「……」
「嫌なものは嫌」
「……」
「触られたくない相手に触られるのが嫌なのに、剣が強いも弱いもないでしょう」
アテルラネは、しばらく彼女を見ていた。
「慣れてるの?」
不用意な質問だった。
言ってから気づいた。
だがイリーナは怒らなかった。
「慣れるわけないでしょ」
そう答えた。
「……そうなんだ」
「多少は流せるようになるだけ」
「同じじゃない?」
「全然違う」
アテルラネにはまだよく分からなかった。
イリーナはそんな彼を見て。
ふっ、と笑った。
「でも」
「何?」
「いい経験だったんじゃない?」
「二度と嫌だよ」
「そういう意味じゃない」
指を向ける。
「少しは女に優しくなれるでしょう」
「私は元から優しいよ」
「自称する人間ほど信用できない」
「ひどいな」
「それに」
イリーナは少し得意そうに笑った。
「私ならそんなことにはならないけど」
アテルラネの笑みが止まる。
「……どうして?」
「近づいてきた時点で殴るから」
「任務中なら?」
「殴らない」
「ほら」
「でも」
イリーナは肩をすくめる。
「私をどうこうできる男なんて、そうそういないわ」
自信。
それは虚勢ではなかった。
実際に強かった。
だからアテルラネも、その時は笑っただけだった。
「言うね」
「事実よ」
「過信は良くないよ」
「あなたに言われたくない」
「私は逃げるから」
「知ってる。女狐だもの」
「褒めてる?」
「半分」
二人は笑った。
ただの何でもない夜だった。
後になってアテルラネは、この会話を何度も何度も、思い出すことになる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
任務は本来ならそれほど危険ではなかった。
標的は密輸組織。
武器、人、情報。
何でも売る。
ファデュイとも取引していたが、最近になって売ってはいけないものまで売り始めた。
故に処理対象になった。
アテルラネは別任務で不在だった。
イリーナが担当になって潜入した。
予定では三日。
問題があれば撤退。
それだけだった。
二日目になって、連絡が途絶えた。
アテルラネはその時、別の国にいた。
だから知らなかった。
三日目、連絡なし。
四日目、救出部隊が出た。
だが、遅かった。
イリーナは生きて戻った。
アテルラネが彼女を見たのは、帰還から三日後だった。
「入るよ」
返事はない。
扉を開ける。
とても暗く、カーテンは閉じられている。
椅子にベッド、机。
そしてイリーナ。
窓際に座っていた。
「……」
アテルラネは。
一歩だけ中へ入った。
以前なら、勝手に入るし勝手に座る。
勝手に何か食べる。
それくらいの間柄だった。
今日は、いつものそれができなかった。
「イリーナ」
返事はなし。
「……」
近づこうとした。
その瞬間、彼女の肩が僅かに跳ねた。
アテルラネは止まった。
理解した。
そこでこう言った。
「ここにいるね」
距離を保ったまま、椅子へと座る。
時間だけが過ぎた。
何を言えばいいのか分からなかった。
アテルラネは、人を騙す言葉ならいくらでも知っている。
人を怒らせる言葉も、安心させる言葉も、信用させる言葉も、情報を吐かせる言葉も、なんでも知っている。
知っているつもりだった。
でも、今は何を言えばいいのか。
一つも分からなかった。
「……ごめん」
ようやく出た。
イリーナの目が動く。
「何が」
声が掠れていた。
「……分からない」
正直に答えた。
「何に謝ればいいのかも」
「……」
「でも」
アテルラネは膝の上で手を握る。
「あの時」
思い出す。
過信は良くないよ……自分が言った。
なのに、笑って終わらせた。
「もっと」
声が少し震えた。
「もっと真面目に言えばよかった」
イリーナがゆっくりとこちらを見る。
その目に、初めて強い感情が出た。
「やめて」
「……」
止めざるをえなかった。
もし、この時言葉を続けていれば――そう後でアテルラネは後悔した。
「それは」
震えている。
「あなたのせいじゃない」
咄嗟に口を開いた。
「でも」
「違う!」
大きな声。
アテルラネが止まる。
イリーナは呼吸を整えようとした。
うまくいかない。
「私が……一人で行った」
「……」
「救援を断った」
「……」
「自分なら平気だと思った」
涙が落ちる。
「でも」
そこで、言葉が止まる。
アテルラネは何も言わない。
「だからって」
イリーナが、自分に言い聞かせるように絞り出した。
「だからって」
もう一度。
「……あいつらがしたことが」
声が消えそうになる。
「許されるわけじゃない」
アテルラネの目が、少しだけ冷たくなった。
「当たり前だよ」
その一言だけは迷わなかった。
「君が一人で行ったからでもない」
「……」
「強いと思ったからでもない」
「……」
「判断を間違えたとしても」
アテルラネは静かに言う。
「あいつらが君にしたことの責任は、一欠片も君にはない」
イリーナの顔が歪んだ。
「……でも」
「ない」
初めてでた、強い口調。
「ないよ」
「……」
「そこだけは」
アテルラネは彼女を見る。
「絶対に間違えないで」
イリーナは泣いた。
声を殺して、顔を手で覆って。
アテルラネは近づかなかった。
触らなかった。
ただ、そこにいた。
その日はそれだけだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから何度か会った。
少しずつ話すようになった。
一度だけ、昔のように笑った。
だからアテルラネは思った。
大丈夫ではない。
でも、いつか少しずつでいい、戻れるのではないかと。
そう、思ってしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ある朝、報告が来た。
アテルラネは、その書類を三度、読み直した。
文字は変わらない。
イリーナ・ヴォルコワ――死亡。
自ら命を絶ったものと判断、そう書かれていた。
それ以上の詳細は読まなかった。
紙を閉じた。
「……」
何も感じなかった。
最初は本当に何も、感じなかった。
そして、その日の夕方。
密輸組織の名前を一つ、紙へ書いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
復讐は、怒りに任せたものではなかった。
むしろ、恐ろしいほど冷静だった。
一人ずつ調べた。
誰が、直接関わったか。
誰が、命令したか。
誰が、扉を閉めたか。
誰が、見張ったか。
誰が、知りながら黙ったか。
そして、誰が何も知らなかったか。
分けた。
それはもう徹底的に。
家族は除外。
知らなかった使用人も除外。
金だけ受け取った商人も。
犯罪そのものを知らなければ除外。
アテルラネは、一人も取り違えなかった。
一ヶ月と経つ。
二ヶ月と経つ。
三ヶ月と経つ。
まず、組織の金が消えた。
次に協力者が捕まった。
逃走路が潰れ、内部でお互いを疑い始めた。
最後に首謀者たちは一つの場所へ、自分たちから集まった。
女狐がそう仕向けたから。
「誰だ」
男が聞いた。
アテルラネはその日、イリーナが生前一度だけ褒めた。
男の姿をしていた。
「ファデュイか?」
「そうだよ」
「何が目的だ」
アテルラネは少し考えた。
「仕事」
「なら交渉できる」
「できない」
「金なら」
「いらない」
「情報」
「知ってる」
「何が欲しい!」
その時、初めて笑った。
「君たちが」
一拍。
「いなくなること」
その夜、組織は消えた。
詳細は誰も知らない。
翌朝。
ファデュイに届いた報告書には、一行だけ書かれていた。
『処理完了』
だけ。
そしてアテルラネは、それで終わったと思った。
だが、終わらなかった。
むしろそこからだった。
笑わなくなった。
服を選ばなくなった。
変装も最短で、最適を選ぶだけ。
効率だけ。
美しさすらどうでもよくなった。
他人が死んでも何も感じない。
部下が負傷しても計算する。
何人までなら損失として許容できる。
以前なら、別の方法を探した場面でも、三人死ねば済むなら安い……と言うようになった。
ピエロは二度、何も言わなかった。
三度目。
アテルラネへ任務を渡した。
「隊長に同行しろ」
「必要?」
「必要だ」
「私が?」
「ああ」
「どうして」
ピエロは答えなかった。
アテルラネはその時、正直どうでもよいと思った。
だから従った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
カピターノが言った。
「その作戦は認められん」
アテルラネは地図を見る。
「どうして?」
「味方が死ぬ」
「六人」
「人数の話ではない」
「六人で敵の中枢を潰せる」
「別の方法を探す」
「時間がかかる」
「構わん」
「非効率だ」
カピターノがアテルラネを見る。
「君は」
少しの間。
「いつからそんな言い方をするようになった」
アテルラネは顔を上げる。
「何が?」
「人間を」
カピターノが、地図上の駒を見る。
「駒と同じように数える」
「兵士だ」
「人間だ」
「同じだろ」
「違う」
アテルラネは、少し苛立った。
「隊長」
「ああ」
「戦争だよ」
「知っている」
「人は死ぬ」
「知っている」
「なら」
「だからこそだ」
カピターノが言葉を切る。
「死なせなくてよい者を死なせない」
「……」
「それが指揮だ」
アテルラネは、冷たく笑った。
「綺麗事だね」
カピターノは何も言わなかった。
ただ、次の言葉だけ静かに聞いた。
「彼女の死からか」
アテルラネの顔が止まった。
「……誰から聞いた」
「道化からは何も」
「なら」
「君を見れば分かる」
「分かったようなことを」
「分からん」
即答。
アテルラネが言葉に詰まる。
「私は彼女を知らない」
カピターノは続ける。
「君と彼女の関係も」
「彼女が何を受けたのかも」
「君が何を思ったのかも」
「私は知らない」
「……」
「だが」
一歩だけ近づく。
「今の君が」
低い声。
「感情を制御しているのではなく」
「……」
「感情を切り離していることは分かる」
その言葉が妙に耳に残った。
「同じだよ」
「違う」
「何が」
「感情を制御するとは」
カピターノは胸元へ手を置く。
「怒りを感じないことではない」
「……」
「悲しみを消すことでも」
「恐怖を持たぬことでもない」
「……」
「抱えたまま」
彼は、アテルラネを見る。
「それでも、どの剣を抜くか自分で決めることだ」
沈黙。
「君は今」
続ける。
「剣を選んでいない」
「……」
「何も感じないようにしているだけだ」
アテルラネの目が鋭くなる。
「それの何が悪い」
「楽か?」
「……」
初めて……返事が出なかった。
「楽なら」
カピターノは静かに言った。
「そのままでいればいい」
「……」
「だが」
「今の君は」
一拍。
「以前より苦しそうに見える」
「……君に」
声が少し掠れる。
「何が分かる」
「分からん」
またそれ。
「だから聞いている」
「何を」
「彼女の名を」
アテルラネが動かなくなる。
「……」
「私は知らない」
カピターノが言う。
「君が話さなければ」
「誰も知らないままになる」
「それでいい」
「本当に?」
「……」
「君は」
カピターノの声は責めるものではなかった。
「忘れたいのか」
アテルラネの唇が、僅かに震えた。
違う……それだけは、違う。
忘れたくない。
自分は、既にあまりにも多くを、忘れている。
名前に顔。
過去に故郷。
大切だったものすら。
存在したのかどうかすら分からない。
だから、彼女までは忘れたくない。
「……イリーナ」
声が出た。
小さく。
「何?」
「名前」
もう一度。
「イリーナ・ヴォルコワ」
カピターノは頷いた。
「そうか」
それだけ。
慰めない。
可哀想だとも言わない。
「強かった」
アテルラネが、自分から続けた。
「私よりは弱かったけど」
「そうか」
「でも」
少し、笑う。
「本人は、私にだって勝てると思ってた」
「良い戦士だったのだな」
「馬鹿だったよ」
「そうか」
「自信家で」
「うん」
「酒癖悪くて」
「……」
「私の服の趣味を毎回馬鹿にして」
少しずつ、声が戻ってくる。
「女になった時」
「男の目が怖かったって」
「相談した」
喉が詰まる。
「そしたら」
笑おうとするが失敗する。
「私なら殴るって」
涙が一滴落ちた。
アテルラネ自身が一番驚いていた。
「……」
カピターノは何も言わない。
「私」
アテルラネは、目元を手で押さえた。
「助けたと思ったんだ」
「……」
「戻ってきたから」
「……」
「話せるようになったから、笑ったから」
呼吸が乱れる。
「だから……大丈夫になると思った」
「……」
「勝手に」
「そう思った」
カピターノが、アテルラネが続けたかった言葉を静かに言った。
「君には、彼女を生かす義務があったのか」
アテルラネが顔を上げる。
「……何?」
「君が彼女を殺したのか」
「違う!」
反射的。
「なら」
「……」
「彼女を傷つけたのは君ではない」
「……」
「彼女が自ら命を絶ったことを、君が望んだわけではない」
「……」
「なら」
カピターノは、ただ事実として言った。
「背負うべきものまで、すべて君のものにするな」
アテルラネは何も言えなかった。
「君は」
続ける。
「復讐した」
「……」
「ああ」
「終わったか」
長い沈黙。
「……終わらなかった」
やっと答えた。
「そうだろう」
そこでアテルラネは初めて気づいた。
復讐は何も戻さなかった。
知っていた。
最初から知っていたのに認めなかった。
「……隊長」
「何だ」
「私」
呼吸を一つ。
「少し」
また一つ。
「疲れた」
カピターノは頷いた。
「なら休め」
それだけだった。
あまりにも普通だった。
だからアテルラネは少し笑った。
本当に久しぶりだった――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日の作戦で、六人を犠牲にする案は使わなかった。
時間は二日余計にかかった。
しかし全員が帰った。
任務終了後、若い兵士がアテルラネへ。
「零席様」
と敬礼した。
アテルラネは少し考えた。
そして……。
「お疲れ」
と、返した。
それだけ何かが劇的に元へ戻ったわけではない。
イリーナは死んだまま。
傷も消えない。
アテルラネが自分を許せたわけでもない。
ただ、もう一度悲しいことを悲しいと思えるようになった。
それで十分だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
何年も後。
茶会で傀儡が言った。
「感情なんて、必要な時だけ切り離せばいいでしょう」
アテルラネはその言葉を聞いて……ほんの一瞬だけ、昔の雪原を思い出した。
巨大な男が低い声で、感情を制御することと、切り離すことは違う……と。
だからアテルラネは、サンドローネへこう言った。
「それ、昔の私もやったよ。」
傀儡が眉を寄せる。
「……何?」
アテルラネは少しだけ笑った。
「だから言ってるんだ。」
そして、胸を指す。
「そこにしまったものは、消えたわけじゃない。」
アテルラネがその意味を、誰よりも知っていたからだった――。