魔法生物飼育員は今日もかわいいに忙しい ~大学教授に紹介された最初の担当は、手のひらサイズの小竜でした~   作:パラレル・ゲーマー

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第11話 手のひら小竜を部屋に出したら、三十センチどころじゃなく飛び始めたらしい

 日曜日の午後。

 水野拓海は、自室の机で認可撮影端末の小さな液晶画面を凝視していた。

 再生されているのは、昨日ルリが初めて見せた『自発的飛翔』の動画だ。もう九回目か、十回目になる。

 

 画面の中で、拓海の右の掌に乗ったルリが、ふっと身体を沈み込ませる。

 背中の翼が、ぱっ、と開く。

 そして。

 小さな赤銅色の身体が、ふっと重力を無視したように掌から浮き上がり、三十一センチ先の枝へと飛び移る。

 

「……飛んでるなぁ」

 何回見ても、本当に飛んでいる。

 拓海は動画を一時停止し、部屋の隅にあるケージへと視線を移した。

 

 ルリは、いつもの高所休息棚の屋根ではなく、ケージの中央にある太い枝の上にちょこんと座り、こちらを見つめ返していた。

 

「お前、昨日まで普通に歩いてたじゃん」

「きゅ」

 短い返事が返ってくる。

 もちろん、昨日突然ルリに飛行能力が生えたり、マナが覚醒したりしたわけではない。単に、ルリが「飛ぶ」という選択肢を拓海の前で初めて見せたというだけだ。

 

 ただ、そのたった一度の行動が、飼育環境に及ぼす影響は大きい。

 昨夜、榊原教授からは『次のケージ外探索までに、飛翔前提で部屋の安全対策をもう一度見直そう』と忠告されていた。

 拓海もその指示を無視しているわけではない。昨夜のうちに、窓の施錠、補助ロックの確認、遮光カーテンの完全閉鎖、キッチンのパーティション遮断、室内ドアの施錠、熱源のオフ、扇風機などの回転物がないかの確認、開放容器の水の排除、刃物や筆記具、薬品類の完全撤去、机周辺の隙間の封鎖など、これまで通りの安全確認は再徹底した。

 

 しかし。

 まだ『飛んで上から到達する場所』の対策は、完全とは言えなかった。

 カーテンの上部、カーテンレールの隙間、本棚の上、エアコンの上面、天井照明の周辺、家具の上面、壁際の高所の隙間。

 これらについて、どう物理的な進入防止策を施すか、榊原と詳細な図面を交えて相談し、正式に見直すのはこれからだ。

 

(本来なら、本格的なケージ外探索は安全対策が完了するまで延期すべきだよな……)

 拓海の理性はそう判断していた。

 

 だが。

(従来通り机の上だけで、短時間。俺がずっと監視している状態なら……ちょっとだけ様子を見てもいいんじゃないか?)

 

 拓海は自分で自分に理屈をつけた。

 昨日ルリが飛んだのも、拓海の掌からケージ内の枝という、机のすぐ上の三十一センチという短い距離だった。

「無理に飛ばせる試験じゃない。普通に机に出すだけだしな」

 その判断は完全に間違っているわけではない。しかし、飛翔という新たな次元の移動手段を前にして、思考がまだ「二次元的(平面的)」なままだった。

 

 拓海は机の端に、認可撮影端末を三脚で固定した。

 もちろん、「今日も飛べ!」と念じて録画ボタンを押したわけではない。単に、ケージ外適応の定点記録として回しておくだけだ。画角は、ケージの前面、固定足場、そして机上の観察区画がすべて収まるように設定している。

(もし自然に飛んだら、今度はちゃんと身体の姿勢も横から見られるしな)

 拓海自身も、心のどこかで淡い期待を抱いていたのは事実だ。

 

 ***

 

 午後二時四十分。

 ケージ外探索を開始する。

 スライド窓のロックを外し、いつもの短い固定足場をカチャリと設置した。

 

 ルリは今回は比較的早かった。

 窓が開くとすぐに枝から降りてきて、固定足場をトテトテと歩き、机の上の観察マットへと降り立った。

 

「……歩くんだ」

 拓海は少しだけ肩透かしを食らった。

 飛べる能力があるのなら、机へ向かってパタパタと飛んでくるのかと思っていたのだ。

 しかし、飛翔能力を獲得したからといって、常に飛行移動を選択するわけではない。エネルギー効率や気分の問題もあるだろう。

 

 机の上での探索は、いつも通りだった。

 観察マットの上を、トテ、トテと歩く。昨日よりも少しだけ広めに歩き回っているようだ。

 ペンなどの危険物は全て撤去済み。おもちゃも、水浴び皿も今日は出していない。純粋な空間探索のみ。

 ルリは立ち止まって、すん、と匂いを嗅ぎ、向きを変えてまた歩く。

 

「…………かわいい」

 拓海は小声で呟いた。飛ばなくても、普通に歩いているだけで十二分にかわいいのだ。

 

 最初の飛翔は、その数分後に不意に訪れた。

 

 ルリが、机に敷いた観察マットの端(机から落ちるような外側ではなく、安全な内側)で立ち止まった。

 少し離れた場所に、拓海が普段使っているデスクチェアがある。

 ルリが、その椅子の背もたれの上部へと頭部を向けた。

 

 距離は四十センチ前後。机の面より少しだけ高い位置だ。

 

 拓海が気づく。

 ルリの身体が、ふっと低くなる。

 

「え」

 背中の翼が、ぱっ、と開かれた。

 

「待っ――」

 拓海が止める間もなく。

 

 ぱたぱたっ。

 ルリが、机の上から椅子の背もたれへ向かって、飛んだ。

 

 距離、約四十から四十五センチ。昨日の三十一センチよりも明らかに距離が伸びている。

 見事な着地。

 

「…………」

 拓海は一瞬呆然とし、そして一秒後に声を出した。

「うわ、飛んでる!!」

 

 ルリは椅子の背もたれの上を、トテ、トテと歩き始めた。

 拓海はハッとして、固定している認可撮影端末のモニターを見た。

 画角の端だが、しっかりと映っている。

「撮れてる! 撮れてるぞこれ!」

 

 ルリが椅子の背を歩く。

「うわああ……ちっちゃ……」

 拓海は変な声を出した。

 机の上という広い平面だとスケール感が麻痺していたが、椅子の背もたれという人間サイズの家具のパーツと対比すると、全長十から十二センチの小さなドラゴンが、いかに異様に小さいかが際立つのだ。

 これは、とてつもなくかわいい光景だった。

 

 しかし、感動に浸る時間は短かった。

 

 二回目の飛翔。

 ルリは椅子の背もたれから、再び机の別の位置へと向き直った。

 距離は三十から四十センチ。

 身体を沈める。

 翼が、ぱっ。

 

 今度は拓海にも飛ぶタイミングが分かった。

「来る」

 

 ぱたぱた。

 飛んで、机へ着地。

 

「うわ、飛んだ!!」

 昨日は一回だけだった。今日はもう二回目。

「ジャンプだったのでは?」というわずかな疑いは、これで完全に消え去った。

 

 しかも、ルリの動きは止まらない。

 机へ着地した後、とてとてと歩き、また机の端の近くへ。

 一度翼を広げて、すぐに畳み、また歩く。

 

「何その移動方法……かわいいな……!」

 歩く。飛ぶ。歩く。

 まるでスキップでもするように、異なる移動手段を組み合わせて空間を探索しているのだ。

 

 固定カメラには、机から飛ぶ瞬間、空中、椅子への着地、背もたれを歩く姿、そしてまた飛ぶ姿が、一部始終完璧に収まっているはずだ。

 拓海の頭の半分は、「かわいい!!!!」という感情で完全に埋め尽くされていた。

 

 三回目。

 ここで、ルリが少しだけ距離を伸ばした。

 机の上から、少し離れたベッドの端(あるいはその横の低い棚)へと飛んだのだ。

 距離は、例えば五十から六十センチ程度。まだ部屋を一周するような長距離ではない。

 

 ぱたぱたっ。

「五十センチくらい行ったぞ……!」

 拓海は距離の測定は後回しにし、ただ見守った。

 

 ルリはベッドの上に降り立った。

 とて。とて。

 シーツの柔らかな感触に戸惑ったのか、前脚でシーツの表面を軽く、ふみっ、と踏み込む。

 机の硬い木面とは違う、沈み込む布の面。

 ルリは一度自分の足元を不思議そうに見下ろし、それからまた歩き出した。

 

「あ、そこ沈むんだな」

 拓海の口元が緩みっぱなしだ。

 

 さらに飛ぶ。

 ベッドの端から、再び机の上へ。

 小さな赤銅色の物体が、ぱたぱたと羽ばたき、トスッと着地する。

 

「すご……」

 ここまで、拓海は完全に幸せな飼育者モードだった。

 飛んでいる。歩いている。また飛んだ。しかもめちゃくちゃかわいい。カメラにも全部撮れている。すごい。

 

 しかし。

 それが『転換点』だった。

 

 机の上に着地したルリが。

 ふと、首を真上へと持ち上げたのだ。

 

 瑠璃色の瞳の視線の先。

 そこには、遮光カーテンを吊るしているカーテンレールがあり、さらにその横にはエアコンの上部の隙間があった。

 高さ、およそ一・八メートル前後。

 

「…………」

 拓海の表情から、笑みがスッと消えた。

 

 ルリはじっと上を見つめ、身体の向きを変え、そして背中の翼を少しだけ開いた。

 

 拓海の脳内に、昨日の榊原の言葉が冷水を浴びせるように響き渡った。

『三十センチしか飛んでませんよ?』

『今日はね』

 

 拓海の顔色が変わった。

「待って」

 

 ルリが、首だけを拓海の方向へ向けた。

「待って、待って、待って」

 

 ルリが今まさにあの高さへ飛ぶ直前だったのかどうかは、分からない。

 でも、拓海は今、この瞬間に完全に気づいてしまったのだ。

 

 今のこの部屋の安全対策は、あくまで『平面を歩行する生物用』のものしか完了していない。

 拓海が一気に視線を部屋の上部へと走らせる。

 

 カーテンの上。レール。その上の狭い隙間。

 エアコンの上面。裏側の空間。

 本棚の上。そこに少しだけ置かれた段ボール箱の影。

 天井照明の周辺。熱源ではないLEDだとしても、複雑な構造と配線があるかもしれない。

 壁掛け時計の裏。

 そして。

 今まで「床からは絶対に届かないから安全だ」と完全に無視していた、部屋の高所の空間すべて。

 

「…………あ」

 拓海は完全に理解した。

 

「駄目だ」

 

 これが、今回の核心だった。

「かわいいとか、言ってる場合じゃない」

 飛翔能力を持つ生物にとって、この部屋はまだ危険箇所だらけの未踏の立体空間なのだ。

 でも、ルリが可愛くなくなるわけではない。

「いや、かわいいけど! それでも今日はダメ!」

 拓海は一人でセルフツッコミを入れながら、ルリに声をかけた。

 

 ルリは拓海を見つめたまま。

 こてっ、と首を傾げた。

 

「その顔してもダメ」

 もちろん、ルリが「なんで飛んじゃ駄目なの?」と抗議していると断定はしない。ただ拓海の声に反応して頭を傾げただけかもしれない。

「お前、あのカーテンレールの上まで行けるかもしれないだろ」

「きゅ?」

「だから、今日はここまで」

 

 ここで重要なのは、拓海が絶対にルリを『手で捕まえに行かない』ことだ。

 飛べると判明したばかりの小動物を、焦って手で追いかけ回す方がパニックを誘発してはるかに危険だ。

 机の上には固定足場がまだある。ケージのスライド窓も開いている。安全な『帰還経路』は確実に確保されている。

 

 拓海は、ルリの進路を塞がないようにし、手を出さず、大声も出さず、餌で誘導することもしない。

 ただ、待った。

 必要であれば、掌を『低い位置への選択肢』として一度だけ提示してもよかったが、今回はあえて何もせず、ルリ自身の判断を待つことにした。

 

 ルリは首を傾げたまま数秒間静止していたが。

 やがて、また机の上をトテトテと歩き始めた。

 

「…………」

 拓海は内心焦りながらも、じっと耐えた。

 

 ルリが、ケージの方向へ頭部を向けた。

 固定足場の前まで来る。

 だが。

 今回は、足場を歩こうとはしなかった。

 

 ルリが、机の上で身体を低く沈み込ませた。

「え」

 翼が、ぱっ、と開く。

 

 ぱたぱたっ。

 ルリは机の上から、ケージ内の太い枝へ向けて、自発的に飛んだ。

 昨日と似たような帰還経路。しかし今回は拓海の掌をスタート地点とせず、完全に単独での飛行だ。

 

 枝へ、着地。

 ルリは翼を綺麗に畳み、いつもの丸い姿勢になった。

 

「きゅ」

 

 拓海は固まっていた。

「…………帰った」

 

 絶対に「俺が戻れと言ったから、言葉を理解して戻った」とは考えない。

(言って分かった……?)

 と思いがちな誘惑を、拓海は即座に振り払う。

「いや、違う。たまたま本人が探索を終えて帰るタイミングだっただけかもしれない」

 観察事実としては、『担当者の発話後、数十秒以内に自発的にケージへ飛翔帰還した』というだけだ。

 

 でも、拓海個人としての感情はどうしても漏れてしまう。

「…………偉い」

「きゅ」

 ルリがもう一度鳴いた。

 

 拓海は即座に行動に移った。

 スライド窓を閉め、確実にロックをかける。固定足場を撤去する。

 まずはルリの状態確認だ。

 呼吸のリズム。翼のたたみ方。脚の怪我の有無。姿勢。

 すべて異常なし。

 

 そこまでやってから、拓海は改めて自分の部屋を見渡した。

 さっきまで、「ルリが飛び回ってかわいい、癒やしの空間」だったはずの部屋。

 それが今や、危険箇所だらけの複雑な立体空間に見えて仕方がない。

 

「……先生の『今日はね』って、これか」

 昨日の榊原の言葉が、グサリと刺さった。

 

 ***

 

 拓海は認可端末を手に取り、動画の再生確認を行った。

 今回は、完璧に撮れている。

 机から椅子へ。

「うわ、かわいい」

 椅子の背もたれをトテトテ。

「かわいい」

 椅子から机へ。

「かわいい」

 ベッドへの飛翔。

「かわいい」

 

 そして。ルリが机から上を見上げるシーン。

 拓海は動画を一時停止した。

「…………これはダメだ」

 

 映像で客観的に見ると、ルリの視線方向の先には、間違いなくカーテンレールやエアコン上部の高所が映り込んでいる。

 もちろん、ルリが本当に「あそこへ飛ぼう」と狙っていたと断定はできない。ただ上にある物体を見ただけかもしれない。

 しかし、「到達可能性」を無視していい理由には絶対にならない。

 

 今日観察された飛翔回数は四回。

 机から椅子へ、約四十二センチ。

 椅子から机へ、約三十八センチ。

 机からベッドへ、約五十五センチ。

 机からケージへ、約四十五センチ。

 

 大雑把な推定だが、昨日の「三十一センチ」という記録は、あっさりと、そして何度も超えられていた。

 

「昨日の記録、一日で更新された……」

 そしてまた、榊原の『今日はね』が脳裏でリフレインする。

 

 拓海は紙のバインダーを開き、事の顛末を記録し始めた。

 

『14時○分、通常のケージ外探索開始』

『飛翔を前提とした室内安全対策は暫定的な確認のみで、本格的な高所対策は未完了の状態であった』

『個体、机上より椅子背部へ自発飛翔』

『以後、複数回の短距離飛翔を確認。最大推定水平飛翔距離:約55cm』

『歩行と飛翔を併用して探索行動を実施』

『高所方向へ頭部を向ける行動を確認したため、担当者判断で探索を終了』

『追跡・捕獲・食物等による誘導はなし』

『担当者の発話後、個体は自発的にケージ内の既設枝へ飛翔し帰還』

『発話内容を理解して帰還したかは不明。帰還後、扉をロック』

『外見上明らかな異常なし』

 

 そして、拓海は自分のミスも正直に書き残した。

 

『飛翔可能個体に対する高所・三次元動線の安全評価が未完了の状態で、机上限定で探索可能と誤認し開始した。個体が机上範囲を飛翔で離脱したため危険と判断し中止。次回探索までに、飛翔を前提とした室内安全対策の再評価を必ず実施する』

 

「……怒られるな、これ」

 拓海はため息をついた。

 

 ***

 

 拓海は認可端末から動画を転送し、スマホの指定アプリを開いた。

『先生』

『どうしたの?』

『昨日の三十一センチ、もう更新されました』

 

 数秒の間。

『何センチ?』

『最大で、たぶん五十五くらいです。あと、四回飛びました』

 

 また、間。

『水野君』

『はい』

『昨日、何て言ったっけ』

『次の探索までに、安全対策を見直せと』

『うん』

『一応、従来の床面の安全確認は全部しました』

『“従来の”ね』

 痛いところを突かれる。

 

 拓海は素直に謝罪した。

『すみません。短時間で机上限定なら大丈夫だと思いました』

『飛べる能力があるなら、机上限定で大人しくしていると、一体誰が保証してくれるの?』

『…………ルリは保証してくれませんね』

『しないね』

 これ以上の正論はなかった。

 

 しかし、榊原はただ叱るだけではなかった。

『まあ、事故が起きなかったのは不幸中の幸いだし、途中で危険に気づいて止めた判断は正しいよ。慌てて追い回さず、自発的に帰還させた対応も百点だ』

『ありがとうございます』

『でも次は、始める前に気づこう』

『はい』

 教授としての的確な指導だった。

 

 そして、榊原の話題が変わる。

『ところで、送ってくれた動画』

『はい』

『椅子の背もたれを歩いてるところ、ものすごくかわいいね』

『今、そこですか!?』

『安全の話は終わったから』

 相変わらずの教授だった。

 

 拓海も素直に認める。

『……かわいいですよね』

『うん』

 文字だけのやり取りだが、二人で動画を再生して癒やされている図が目に浮かぶ。

 

『今日分かったことは大きいよ。昨日の三十一センチは最大能力ではなかった。複数回連続して飛翔できること、四十から五十五センチ程度の水平移動が可能なこと、飛翔後すぐに歩行へ移行できること、複数の地点へ着地できること、そしてケージへ自力で飛翔帰還できること。立派な行動学的評価だ』

『でも、疲労限界も、最大飛行距離も、どこまで高く飛べる高度能力があるかも、まだ不明です』

『その通り。だから、明日から無理な飛行訓練をさせるわけではないからね』

『分かってます』

 今度は即答できた。

 

『次は、君の部屋の図面を持ってきなさい』

『図面ですか?』

『平面図じゃなくて、高さの概念も分かるようにね。立体的な安全マップを作る』

『立面図まで作るんですか!?』

『当たり前でしょ。飛ぶんだから』

 

 ***

 

 夜。

 拓海は認可端末の画面で、今日の動画をまた見返していた。

 

 机から椅子へ。

「…………かわいい」

 椅子の上をトテトテ。

「かわいい」

 飛翔。

「かわいい」

 そして、ルリが上を見上げるシーン。

「…………怖い」

 

 この感情の落差。

 

 ケージの中では、ルリがいつもの屋根の上で普通に丸くなっている。

「お前さ」

「きゅ?」

「昨日、三十センチしか飛べないみたいな顔してたじゃん」

 完全に人間の勝手な思い込みである。

 ルリは、こてっ、と小首を傾げた。

「……その顔で誤魔化すな」

 もちろん、ルリは誤魔化してなどいない。

 

 昨日まで、拓海が考えていたルリの行動範囲は、机の上の平面図に描けるものだった。

 今日、それが初めて『高さ』を持った。

 そして高さを持った瞬間、一見狭く感じていた六畳ほどの1DKの部屋は、急にとんでもなく広くて危険な立体空間へと変貌したのだ。

 

 なお、その広さと三次元の恐ろしさを拓海に思い知らせた張本人は、いつもの屋根の上ですでに丸くなり、のんきにすやすやと眠っていた。




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