魔法生物飼育員は今日もかわいいに忙しい ~大学教授に紹介された最初の担当は、手のひらサイズの小竜でした~ 作:パラレル・ゲーマー
土曜日の朝。
水野拓海は、自室の机の上に並べられた装備一式を見下ろして、小さくため息をついた。
指定キャリーケース、超軽量ハーネス、安全索(リード)、認可撮影端末、記録用のバインダー、マナ簡易測定器、温湿度計、緊急連絡用スマホ、それに清掃用の布や予備の固定具などなど。
「二回目なんだから、もう少し荷物減ると思ってたんだけどな……」
むしろ減るどころか、増えている。
拓海の手元には、今回から新しく『小型の密閉サンプル袋』が数枚追加されていた。屋外区画で回収物が出た場合に備えて、榊原から持参するよう指示されたものだ。
その厳重な装備の中心にいる当人はといえば。
ケージの中の高所休息棚。その屋根の上で、ルリはいつものように、お気に入りのいびつなコルク片の隣にちょこんと座っていた。
「今日はまた外だぞ」
「きゅ」
ルリは短く鳴いた。それが外出を理解してのことなのか、その声が何を意味するのかは不明だ。
拓海はいつもの手順でルリにハーネスを装着し、帯の位置と翼の可動範囲を確認した。
装着直後の歩容に、大きな変化は見られない。
ルリは机の上を数歩歩く。
とて。
もう一歩。
とて。
「……今日は普通だな」
初装着時に見られた、脚を大げさに高く上げる『ロボット歩き』は、少なくとも今日は出ていない。拓海は少しだけ惜しいと思った自分を棚上げし、装具のずれがないことをもう一度確認した。
飼育上はありがたい変化なのだが、拓海の個人的な『かわいい欲』だけは少し取り残された。
ルリは、拓海が扉を開けた指定キャリーの入り口に近づき、すん、と匂いを嗅いでから、自発的に中へと入っていった。
拓海は静かに扉を閉め、ロックをかける。
今日も、ルリを捕まえて無理やり箱詰めにするような真似はしなかった。
***
アパートの前には、先週と同じく榊原教授が大学の研究用ワゴンに乗って待っていた。
「おはよう、水野君」
「おはようございます。相変わらず荷物多いです」
「安全第一だからね」
キャリーを車内の固定ベースにしっかりと固定する。
車が発進し、市街地を抜けて山裾の《野生動物行動・環境適応研究センター》へと向かう。
二回目ともなると、拓海も道中の景色に少し余裕が持てるようになっていた。
ゲートのカード認証を抜け、秘匿区画の二重ゲートへ。
「慣れた?」
榊原が尋ねる。
「俺は少しだけ。でも、こっちは知りませんけど」
拓海はキャリーケースをちらりと見た。
広い《屋外環境馴化区画》に足を踏み入れる。
前回と同じく、まずは人間側による環境の安全確認だ。
気温、二十三・五度。湿度、通常範囲。マナ濃度も前回とほぼ同等で安定。
ネットの破損なし。水場、危険植物、他個体の侵入、すべて問題なし。
拓海はキャリーを、前回とほぼ同じ、草地と裸地の境界付近に置いた。完全にミリ単位で同じ位置ではないが、前回ルリが草一本に長時間を費やした場所のすぐ近くだ。
「前回と近い位置から始めよう」
「前の経験が、今日の行動に何か影響するか見るんですね」
「そういうこと」
拓海はキャリーのスリットから手を入れ、ハーネスに安全索を接続した。
余分な長さ(余長)を手元でふんわりと持ち、ピンと張らせないように準備する。
「いきます」
拓海はゆっくりと、キャリーの扉を開けた。
そして。
前回は、扉が開いてからルリが外の匂いを嗅ぎ、最初の一歩を踏み出すまでに一分以上かかった。
今回は違った。
扉が開いた数秒後。
ルリが、入り口から顔を出した。
鼻先を少し持ち上げ、すん、と風の匂いを嗅ぐ。
そして、躊躇うことなく右前脚を外へ。
とて。
左前脚、後脚。
およそ二十秒から三十秒程度で、ルリはキャリーの中から完全に全身を退出させた。
「…………早い」
「そうだね」
もちろん、拓海は記録に『場所を完全に覚えていて、安心したから早く出た』とは書かない。
正式な記録は、『前回より自発退出までの時間が短縮された』。それだけだ。
その短い事実だけでも、前回とは明らかに違っていた。
***
キャリーを出たルリが、最初に向かった方向。
そこは、前回ルリが延々と『一本の草』を調べ続けていたあたりだった。
(まさか……)
拓海は期待で胸を膨らませた。またあの可愛い草との格闘が見られるのか?
ルリは、そのあたりに生えている一本の草の前に立ち止まった。
鼻先を近づける。
すん。
右の前脚を上げて。
ちょい。
草が倒れ、また、ぴょこん、と戻る。
ルリはそれを見て、二回目を――。
やらなかった。
ルリはそのまま草から離れ、とて、とてとて、と軽快な足取りで先へと進んでしまったのだ。
「…………今日は一回でいいんだ」
拓海は拍子抜けして呟いた。
前回のような反復接触はなく、一度前脚で触れた後、そのまま次の場所へ移動した。
もちろん、「前回の草を覚えていた」と断定はしない。しかし、『同じ辺りの草本へ一回接触したのち、素早く別の場所へ移動した』という行動の事実は残る。
前回よりも一つの対象の前で停止する時間が短く、結果として行動範囲が早いペースで広がっていく。
草地を抜け、土の裸地を通り、小石をスルーし、倒木へと向かう。
先週は途中から別の倒木へ飛んだ場所にも、今日はそのまま短い脚をかけてよじよじと登っていく。
倒木の上。少し高い位置。
ルリの身体が沈み込む。翼が、ぱっ。
ぱたっ。
別の低い倒木へ、短い飛翔。
着地し、また歩く。
「早い早い!」
拓海は、安全索が張らないように慌ててしゃがみ歩きでルリの後を追った。
少し離れた場所でカメラを構えている榊原が笑う。
「水野君、今日も立派に散歩させられてるね」
「今日は前回よりもペースが速いんですよ!」
傍から見れば、完全に『元気な子犬に振り回される飼い主』の図である。
***
さぁっ、と風が吹いた。
乾いた落ち葉が、ころ、ころころ、と転がっていく。
ルリの頭が、くるっ、とそちらを向いた。
今度は、一瞬の迷いもなく追いかけ始める。
とてとてとてっ。
「それ、前も追ってたな」
拓海も急いで後を追う。
落ち葉が止まる。
ルリが追いつき、前脚で。
ぱしっ。
捕まえようとした瞬間、また風が吹き、落ち葉が逃げる。
ころころ。
その途中で、ルリの翼が開いた。
ぱたぱたっ、と短く羽ばたく。
歩行に数十センチ程度の短い飛翔を挟み、再び落ち葉との距離を詰めた。
「そこまでして!?」
拓海は驚いた。
少なくとも拓海の目には、それは完全に『落ち葉を追いかけて遊んでいる』ようにしか見えなかった。
しかし、正式な記録には『移動する落葉への追従行動を再確認。短距離飛翔を伴う追従あり』と事実だけを書く。
「いや、これ絶対楽しいだろ」
拓海は笑いながら呟いた。
そして、自分で「いや、楽しいとは断定できない」と訂正――しなかった。
先日の榊原の言葉を、拓海はちゃんと覚えていた。
「水野君、記録には何て書く?」
榊原が意地悪く尋ねてくる。
「『移動する落葉への追従および前肢接触を複数回確認』です」
拓海は即答した。
「よろしい」
「でも、俺の個人的な感想では、ルリはめちゃくちゃ楽しそうです」
「それなら、普段の会話では好きに言えばいいよ」
拓海の成長に、榊原は満足そうに頷いた。
***
ルリの探索は、前回到達しなかった区域へと広がっていった。
そこには、人工的に作られた自然風の浅い水場があった。直径一〜二メートル程度。縁は緩やかで、浅い部分は水深数ミリから数センチと、小型の魔法生物が安全に出入りできるよう設計されている。
ルリが、水面を見つめて立ち止まった。
「お」
拓海が気づく。榊原も無言でカメラを構え直した。
「来るか……?」
拓海は完全に、あのかわいい『水浴び』の再来を期待していた。
ルリは水場の縁に鼻先を近づけ。
ぺろ。
もう一回。
ぺろ。
「……飲むだけ、そっちか」
拓海は少しがっかりした。
榊原が小さく笑う。
水はルリの基本的な生命維持に必須ではないが、自発的な飲水行動は以前から確認されている。何も問題はない。
しかし、飲水を終えたルリは、そのまま水場から離れようとはしなかった。
右の前脚を。
ぺちゃ。
続いて左前脚、そして後脚も。
浅い水の中へ入り、身体を少し低くして、クリーム色の腹面を水に浸した。
「…………入った」
拓海の目が輝く。
そして。
前脚で、ぱしゃ。
翼の先端を水面につけ、左右に。
ばしゃっ!!
「外でもやるんだ!」
拓海は歓声を上げそうになるのを必死に堪えた。
室内での水浴びとはまた違う、自然光の下での光景。水滴が飛び散り、赤銅色の鱗が輝き、瑠璃色の大きな瞳がキラキラと光る。
環境が屋外に変わっても、ルリは『水浴びのような行動』を見せた。これは、水場利用行動の条件幅が少し広がったという重要な観察データだ。
数分後。
水から上がったルリは、草地の上で。
ぶるるるるるっ!
と、全身を震わせて水を飛ばした。
飛び散る水滴が、日光を反射してキラキラと光の粒になる。
拓海は今度は、しっかりと距離を取っていた。
「今日は俺に飛んでこないからな!」
だが。
さぁっ、と風が吹き、弾け飛んだ微細な水滴のいくつかが、拓海の顔にぽつぽつと当たった。
「なんでだよ!」
風の計算を忘れていた拓海は、一人でツッコミを入れた。笑いながらも、水を含んだハーネスの位置や翼の付け根との間隔を目視し、明らかなずれや干渉がないことも確認する。
***
水浴びを終え、再び草地を歩き始めたルリ。
その時、日光に照らされた地面に、小さな『何か』があるのを見つけた。
一つ目。
白っぽくて滑らかな、丸い小石。直径八ミリほど。ルリの口でも保持できそうなサイズで、尖った部分はない。
ルリは立ち止まり、すん、と匂いを嗅いだ。
右前脚で。
ちょい。
石が、ころっ、と転がる。
もう一度。
ちょい。
「……石?」
拓海は首を傾げた。先週も小石へ前脚で触れる行動はあったが、その時の石とは形も大きさも違うため、単純な比較はできない。
今回は違う。
ルリは、その白い丸石の端を。
かぷ。
小さな口で咥え、持ち上げたのだ。
「…………まさか」
拓海は、先日ルリが『いびつなコルク片』を寝床まで運んだ時のことを瞬時に思い出した。
ルリは白い石を咥えたまま、歩き出した。
「持ってくの?」
「まだ分からないね」
榊原が横で言うが、ルリの進行方向は、明らかに拓海が置いてある指定キャリーケースの方角だった。
「いや、先生、それ絶対持って帰る方向じゃないですか」
拓海は心の中で叫んだが、正式な記録のためにはまだ黙っている。
ルリは、キャリーの入り口から約三十センチほど手前の、少し開けた場所に到着した。
口から石を。
ころ。
と地面に置く。そして、その場を離れた。
「置いた……」
この段階では、まだ『集めた』とは言えない。運搬して置いたのが一個だけだからだ。
しかし。
そこから少し離れた場所で、ルリは『二つ目』を発見した。
今度は、小さなどんぐりの帽子。中身の実はなく、軽く乾いている。直径一センチあまりで、丸みがある。
ルリは、すん、と匂いを嗅ぐ。
前脚で、ちょい。
殻が軽く転がる。
そして。
かぷ。
その端を咥え上げた。
「…………」
拓海は沈黙した。榊原もカメラを構えたまま沈黙している。
ルリは、木の実の殻を咥えて、再びキャリーケースの方向へ歩き出した。
「…………二個目?」
ここからが、ルリの最大のかわいい試練の始まりだった。
ルリは、木の実の殻を運びながら、さっき自分が置いた『白い丸石』の場所を通過しようとした。
そこで、ピタッと歩みを止める。
ルリの口には木の実の殻。
地面には、白い丸石。
ルリは、地面の石を見た。そして、口にくわえている木の実の殻を見るように、頭を少し傾けた。
石を見る。木の実を見る。また石を見る。
「…………」
拓海は息を潜めた。
ルリは、口から木の実の殻を。
ころ。
地面に置いた。
そして、代わりに白い丸石を。
かぷ。
咥え直した。
数歩進む。
立ち止まる。
振り返る。
さっき置いた木の実の殻を見る。
戻る。
白い丸石を置く。
木の実の殻を咥え直す。
「お前……両方欲しいの!?」
拓海はたまらず吹き出した。
もちろん、「両方欲しい」というのは拓海の感想だ。
正式な記録としては、『二対象間を往復し、交互に口部保持を行う行動を確認』である。ただただ、その姿がもどかしくて愛おしいのだ。
ルリの出した最終的な解決策は、シンプルだった。
二回に分けて運ぶこと。
まず白い丸石を咥えて、キャリーのすぐ近くまで運んで置く。
そして、トテトテと戻ってきて、木の実の殻を咥え、またキャリーの近くまで運ぶ。
結果、キャリーの入り口付近に、白い丸石と木の実の殻が、二つ並んで置かれた。
「…………二回に分けて運んだ」
「したね」
榊原が感心したように言った。
ここで、先日のコルク片の時とは明確な違いが生まれた。
コルク片という『特定の一個』に対する執着だけではない。
石と木の実の殻。種類の全く違う非食物対象の二物体。それを、同じ方向へ、同じ集積場所付近へと運んだのだ。
拓海はしゃがみ込み、ルリが並べた二つの物体を見つめた。
ルリはその近くで前脚を舐め、鼻先を鱗へ寄せる身繕いをしていた。拓海には、妙に悠々として見えた。
「先生」
「うん」
「前はコルク一個だったから、『お気に入り』止まりでしたけど」
「うん」
「石とどんぐりの帽子まで同じ場所へ運んだなら、日常会話ではもう『宝物集め』って呼んでいいですよね?」
榊原は少し考える素振りを見せた。
「日常会話なら、まあいいんじゃない?」
「やった」
拓海はなぜか小さくガッツポーズをした。何に勝ったのかは自分でも分からない。
「ただし」
当然、教授からの釘が刺さる。
「『小型竜には宝物を集める収集習性がある』と学術的な主語を大きくしてはいけない」
「はい」
「現時点で言えるのは、『DR-JP-0427という個体において、複数種類の非食物対象について、口部での保持・運搬・特定位置付近への集積が観察された』までだ」
「ルリ個体の癖としては?」
「かなり面白い傾向が出てきた、とは言えると思うよ」
***
とはいえ、ここは野生動物のいる屋外施設だ。
「じゃあこれ、持って帰れますか?」
拓海が期待を込めて尋ねる。
「そのまま家庭飼育環境へ持って帰るのは駄目だ」
「ですよね」
宝物にも、厳しい検疫がある。
屋外の自然物には、虫や虫卵、カビ、土壌や植物片などが付着している可能性がある。そのまま家庭環境のケージへ持ち込むのは避けるべきだ。
施設側で、植物由来物の種類、尖った部分の有無、破砕・誤食リスク、虫やカビの有無などを確認する。石は洗浄して十分に乾燥させ、どんぐりの帽子も内部を確認したうえで、飼育環境へ持ち込める状態になるまで適切に清掃・乾燥処理を行う。
「宝物一つ持ち帰るのにも、検疫があるんですね」
「当然あるよ。ルリの健康と、家庭の飼育環境を守るためだからね」
「厳しい世界だ……」
拓海が持ち出してきた『小型の密閉サンプル袋』は、このためのものだった。
「これ、ルリが見てる前で俺たちが回収したら、その後の行動に影響しますかね」
「分からないね。だから今回は、ルリをキャリーに戻して観察を終えた後に回収しよう」
何をどう受け取るか分からない以上、余計な条件を増やさない方がいい。
***
帰路の車内。
拓海の膝の上にある荷物量は、朝とほぼ同じだ。
ただ、その一番上に、透明な小型密閉袋が二つ追加されている。
一つには安全確認と清掃処理を終えた白い丸石。もう一つには同じく処理を終えたどんぐりの帽子。
「…………本当に、荷物が増えたな」
拓海はそれを見つめて呟いた。
「増えたね。しかも、君の荷物じゃなくてルリの荷物が」
榊原が運転席で笑う。
キャリーの中で、ルリが「きゅ」と鳴いた。
***
夕方。アパートに帰宅。
拓海はキャリーをいつもの位置へ置き、扉を開けた。
ルリは自分でキャリーから出て、固定足場を歩いてケージへ戻り、いつもの高所休息棚へ向かった。そこには、以前からあるお気に入りのコルク片が一つ置かれている。
拓海は、安全確認済みの二つの袋を手に取った。
「さて」
ここで、この石と木の実の殻を直接『屋根の上』へ置いてはいけない。
それをやってしまえば、人間が宝物置き場を決めたことになってしまう。先日の清掃時にも守ったやり方だ。
だから拓海は、ケージの床面の、少し離れた安全区域に、二つのアイテムをそっと並べて置いた。
「あとは、お前次第だ」
ルリは屋根の上から、床に置かれた新しい物体を見た。
するすると枝を降りてくる。
白い丸石の前へ。
すん。
かぷ。
「来た」
拓海は息を呑んだ。
ルリは白い石を咥えたまま枝を登り、棚の側面をよじ登る。
屋根の上へ。
ころ。
既存のコルク片のすぐ近くに、白い石を置いた。
「…………増えた」
拓海は呟いた。コルクが一つだった場所に、白い石が加わった。
ルリは一度屋根で止まり、下を見た。
「もう一個は?」
拓海が問いかける。
しばらくして、ルリはまた降りていった。
今度はどんぐりの帽子を。
かぷ。
登る。
ころ。
屋根の上には今、いびつなコルク片、白い丸石、どんぐりの帽子。三つのアイテムが並んでいる。
拓海は完全に沈黙した。
「…………これ、もうお前の宝物庫じゃん」
ルリは石に鼻先を当てて、ちょい、と動かす。どんぐりの帽子を前脚で、ちょい。
少しずつ位置を微調整している。
結果として、三つのアイテムは、ルリが普段休息する定位置のすぐ脇に綺麗に並んだ。
ルリは、その隣で身体を低くし、いつもの休息姿勢へ入った。
***
拓海は紙のバインダーに、正式な記録を書き込む。
【屋外部分】
『前回より短時間でキャリーから自発退出』
『草本接触後、継続移動。前回利用区域を越えて探索範囲を拡大』
『浅水域へ自発進入。前肢・翼による水滴飛散を伴う水浴び様行動を確認』
『移動落葉への追従行動を再確認』
『白色小石へ接近、前肢接触後、口部保持。対象をキャリー周辺へ運搬し配置』
『別の非食物対象であるどんぐりの帽子についても口部保持・運搬を確認』
『二対象間を複数回往復し、交互に保持。最終的に両対象をキャリー周辺へ集積』
【帰宅後】
『安全確認済み対象二点をケージ床面へ提示』
『個体は各対象を個別に高所休息棚屋根へ運搬』
『既存のコルク片近傍へ配置』
拓海は榊原へメッセージと動画を転送した。
『これはかなり面白いね』
榊原からの返信も、興奮を帯びていた。
『少なくとも、コルク片という材質そのものにしか出ない固有の行動、という説明では弱くなった。異なる物理特性の非食物対象を運搬し、同じ休息位置付近へ集積した』
『ただ、宝物の選択基準が何なのかはまだ分からない。触感? 形? 匂い? 運びやすさ?』
『じゃあ、日常会話では本当に「宝物集め」でいきますよ』
『どうぞ』
『許可が軽いなぁ』
『研究用語じゃないからね。記録と感想を分ける。君ももう分かってるでしょ?』
拓海はふと、今日の外出を振り返った。
『先生。今日、ルリは前より明らかにたくさん動いてましたよね』
『そうだね』
『落ち葉を追うし、水に入るし、飛ぶし、石を持って帰ろうとするし。……俺には、かなり外の世界を楽しんでるように見えました』
以前の榊原なら、「感情で断定するな」と一蹴したかもしれない。
しかし、今回は違った。
『そう見えたなら、それは水野君の感想として、大事にしていいんじゃない?』
『……記録とは分けて、ですよね』
『もう分かってるじゃない』
***
夜。
拓海はベッドに寝転がりながら、ケージの屋根の上を見た。
ルリと、コルクと、白い石と、木の実の殻。
「最初はコルク一個だったのになぁ……」
ルリが石を、ちょい、と動かす。
「お前、そのうち屋根の上が宝物でいっぱいになって、寝る場所なくならないか?」
「きゅ」
「……知らんか。その時考えればいいもんな」
拓海は、ルリが横になっている場所と、その脇に並んだ三つの物体を見比べた。「…………これ、本当に増え続けたら、置き場所を考えないと駄目だな」
最初は、工作で余っただけのコルク片だった。
今日、そこへ白い小石が一つ。
小さなどんぐりの帽子が一つ。
何を基準に選んでいるのかは、まだ誰にも分からない。
ただ一つ分かったのは、外へ出かけるようになると、帰ってくる時の荷物が増えることがあるらしい、ということだった。
なお、その増えたルリの宝物を、安全確認して、洗って、乾かし、自宅まで運んでいるのは、最終的に拓海である。
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