魔法生物飼育員は今日もかわいいに忙しい ~大学教授に紹介された最初の担当は、手のひらサイズの小竜でした~   作:パラレル・ゲーマー

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第17話 手のひら小竜をもう一度外へ連れて行ったら、帰りの荷物が増えたらしい

 土曜日の朝。

 水野拓海は、自室の机の上に並べられた装備一式を見下ろして、小さくため息をついた。

 指定キャリーケース、超軽量ハーネス、安全索(リード)、認可撮影端末、記録用のバインダー、マナ簡易測定器、温湿度計、緊急連絡用スマホ、それに清掃用の布や予備の固定具などなど。

 

「二回目なんだから、もう少し荷物減ると思ってたんだけどな……」

 むしろ減るどころか、増えている。

 拓海の手元には、今回から新しく『小型の密閉サンプル袋』が数枚追加されていた。屋外区画で回収物が出た場合に備えて、榊原から持参するよう指示されたものだ。

 

 その厳重な装備の中心にいる当人はといえば。

 ケージの中の高所休息棚。その屋根の上で、ルリはいつものように、お気に入りのいびつなコルク片の隣にちょこんと座っていた。

 

「今日はまた外だぞ」

「きゅ」

 ルリは短く鳴いた。それが外出を理解してのことなのか、その声が何を意味するのかは不明だ。

 

 拓海はいつもの手順でルリにハーネスを装着し、帯の位置と翼の可動範囲を確認した。

 装着直後の歩容に、大きな変化は見られない。

 ルリは机の上を数歩歩く。

 とて。

 もう一歩。

 とて。

 

「……今日は普通だな」

 初装着時に見られた、脚を大げさに高く上げる『ロボット歩き』は、少なくとも今日は出ていない。拓海は少しだけ惜しいと思った自分を棚上げし、装具のずれがないことをもう一度確認した。

 飼育上はありがたい変化なのだが、拓海の個人的な『かわいい欲』だけは少し取り残された。

 

 ルリは、拓海が扉を開けた指定キャリーの入り口に近づき、すん、と匂いを嗅いでから、自発的に中へと入っていった。

 拓海は静かに扉を閉め、ロックをかける。

 今日も、ルリを捕まえて無理やり箱詰めにするような真似はしなかった。

 

 ***

 

 アパートの前には、先週と同じく榊原教授が大学の研究用ワゴンに乗って待っていた。

 

「おはよう、水野君」

「おはようございます。相変わらず荷物多いです」

「安全第一だからね」

 

 キャリーを車内の固定ベースにしっかりと固定する。

 車が発進し、市街地を抜けて山裾の《野生動物行動・環境適応研究センター》へと向かう。

 二回目ともなると、拓海も道中の景色に少し余裕が持てるようになっていた。

 ゲートのカード認証を抜け、秘匿区画の二重ゲートへ。

 

「慣れた?」

 榊原が尋ねる。

「俺は少しだけ。でも、こっちは知りませんけど」

 拓海はキャリーケースをちらりと見た。

 

 広い《屋外環境馴化区画》に足を踏み入れる。

 前回と同じく、まずは人間側による環境の安全確認だ。

 気温、二十三・五度。湿度、通常範囲。マナ濃度も前回とほぼ同等で安定。

 ネットの破損なし。水場、危険植物、他個体の侵入、すべて問題なし。

 

 拓海はキャリーを、前回とほぼ同じ、草地と裸地の境界付近に置いた。完全にミリ単位で同じ位置ではないが、前回ルリが草一本に長時間を費やした場所のすぐ近くだ。

 

「前回と近い位置から始めよう」

「前の経験が、今日の行動に何か影響するか見るんですね」

「そういうこと」

 

 拓海はキャリーのスリットから手を入れ、ハーネスに安全索を接続した。

 余分な長さ(余長)を手元でふんわりと持ち、ピンと張らせないように準備する。

「いきます」

 拓海はゆっくりと、キャリーの扉を開けた。

 

 そして。

 前回は、扉が開いてからルリが外の匂いを嗅ぎ、最初の一歩を踏み出すまでに一分以上かかった。

 今回は違った。

 

 扉が開いた数秒後。

 ルリが、入り口から顔を出した。

 鼻先を少し持ち上げ、すん、と風の匂いを嗅ぐ。

 そして、躊躇うことなく右前脚を外へ。

 とて。

 左前脚、後脚。

 およそ二十秒から三十秒程度で、ルリはキャリーの中から完全に全身を退出させた。

 

「…………早い」

「そうだね」

 

 もちろん、拓海は記録に『場所を完全に覚えていて、安心したから早く出た』とは書かない。

 正式な記録は、『前回より自発退出までの時間が短縮された』。それだけだ。

 その短い事実だけでも、前回とは明らかに違っていた。

 

 ***

 

 キャリーを出たルリが、最初に向かった方向。

 そこは、前回ルリが延々と『一本の草』を調べ続けていたあたりだった。

 

(まさか……)

 拓海は期待で胸を膨らませた。またあの可愛い草との格闘が見られるのか?

 

 ルリは、そのあたりに生えている一本の草の前に立ち止まった。

 鼻先を近づける。

 すん。

 右の前脚を上げて。

 ちょい。

 

 草が倒れ、また、ぴょこん、と戻る。

 ルリはそれを見て、二回目を――。

 

 やらなかった。

 ルリはそのまま草から離れ、とて、とてとて、と軽快な足取りで先へと進んでしまったのだ。

 

「…………今日は一回でいいんだ」

 拓海は拍子抜けして呟いた。

 前回のような反復接触はなく、一度前脚で触れた後、そのまま次の場所へ移動した。

 

 もちろん、「前回の草を覚えていた」と断定はしない。しかし、『同じ辺りの草本へ一回接触したのち、素早く別の場所へ移動した』という行動の事実は残る。

 

 前回よりも一つの対象の前で停止する時間が短く、結果として行動範囲が早いペースで広がっていく。

 草地を抜け、土の裸地を通り、小石をスルーし、倒木へと向かう。

 先週は途中から別の倒木へ飛んだ場所にも、今日はそのまま短い脚をかけてよじよじと登っていく。

 倒木の上。少し高い位置。

 ルリの身体が沈み込む。翼が、ぱっ。

 ぱたっ。

 別の低い倒木へ、短い飛翔。

 着地し、また歩く。

 

「早い早い!」

 拓海は、安全索が張らないように慌ててしゃがみ歩きでルリの後を追った。

 少し離れた場所でカメラを構えている榊原が笑う。

「水野君、今日も立派に散歩させられてるね」

「今日は前回よりもペースが速いんですよ!」

 傍から見れば、完全に『元気な子犬に振り回される飼い主』の図である。

 

 ***

 

 さぁっ、と風が吹いた。

 乾いた落ち葉が、ころ、ころころ、と転がっていく。

 

 ルリの頭が、くるっ、とそちらを向いた。

 今度は、一瞬の迷いもなく追いかけ始める。

 とてとてとてっ。

「それ、前も追ってたな」

 拓海も急いで後を追う。

 

 落ち葉が止まる。

 ルリが追いつき、前脚で。

 ぱしっ。

 捕まえようとした瞬間、また風が吹き、落ち葉が逃げる。

 ころころ。

 

 その途中で、ルリの翼が開いた。

 ぱたぱたっ、と短く羽ばたく。

 歩行に数十センチ程度の短い飛翔を挟み、再び落ち葉との距離を詰めた。

 

「そこまでして!?」

 拓海は驚いた。

 

 少なくとも拓海の目には、それは完全に『落ち葉を追いかけて遊んでいる』ようにしか見えなかった。

 しかし、正式な記録には『移動する落葉への追従行動を再確認。短距離飛翔を伴う追従あり』と事実だけを書く。

 

「いや、これ絶対楽しいだろ」

 拓海は笑いながら呟いた。

 そして、自分で「いや、楽しいとは断定できない」と訂正――しなかった。

 先日の榊原の言葉を、拓海はちゃんと覚えていた。

 

「水野君、記録には何て書く?」

 榊原が意地悪く尋ねてくる。

「『移動する落葉への追従および前肢接触を複数回確認』です」

 拓海は即答した。

「よろしい」

「でも、俺の個人的な感想では、ルリはめちゃくちゃ楽しそうです」

「それなら、普段の会話では好きに言えばいいよ」

 拓海の成長に、榊原は満足そうに頷いた。

 

 ***

 

 ルリの探索は、前回到達しなかった区域へと広がっていった。

 そこには、人工的に作られた自然風の浅い水場があった。直径一〜二メートル程度。縁は緩やかで、浅い部分は水深数ミリから数センチと、小型の魔法生物が安全に出入りできるよう設計されている。

 

 ルリが、水面を見つめて立ち止まった。

「お」

 拓海が気づく。榊原も無言でカメラを構え直した。

「来るか……?」

 拓海は完全に、あのかわいい『水浴び』の再来を期待していた。

 

 ルリは水場の縁に鼻先を近づけ。

 ぺろ。

 もう一回。

 ぺろ。

 

「……飲むだけ、そっちか」

 拓海は少しがっかりした。

 榊原が小さく笑う。

 水はルリの基本的な生命維持に必須ではないが、自発的な飲水行動は以前から確認されている。何も問題はない。

 

 しかし、飲水を終えたルリは、そのまま水場から離れようとはしなかった。

 右の前脚を。

 ぺちゃ。

 続いて左前脚、そして後脚も。

 浅い水の中へ入り、身体を少し低くして、クリーム色の腹面を水に浸した。

 

「…………入った」

 拓海の目が輝く。

 

 そして。

 前脚で、ぱしゃ。

 翼の先端を水面につけ、左右に。

 ばしゃっ!!

 

「外でもやるんだ!」

 拓海は歓声を上げそうになるのを必死に堪えた。

 室内での水浴びとはまた違う、自然光の下での光景。水滴が飛び散り、赤銅色の鱗が輝き、瑠璃色の大きな瞳がキラキラと光る。

 環境が屋外に変わっても、ルリは『水浴びのような行動』を見せた。これは、水場利用行動の条件幅が少し広がったという重要な観察データだ。

 

 数分後。

 水から上がったルリは、草地の上で。

 ぶるるるるるっ!

 と、全身を震わせて水を飛ばした。

 飛び散る水滴が、日光を反射してキラキラと光の粒になる。

 

 拓海は今度は、しっかりと距離を取っていた。

「今日は俺に飛んでこないからな!」

 だが。

 さぁっ、と風が吹き、弾け飛んだ微細な水滴のいくつかが、拓海の顔にぽつぽつと当たった。

「なんでだよ!」

 風の計算を忘れていた拓海は、一人でツッコミを入れた。笑いながらも、水を含んだハーネスの位置や翼の付け根との間隔を目視し、明らかなずれや干渉がないことも確認する。

 

 ***

 

 水浴びを終え、再び草地を歩き始めたルリ。

 その時、日光に照らされた地面に、小さな『何か』があるのを見つけた。

 

 一つ目。

 白っぽくて滑らかな、丸い小石。直径八ミリほど。ルリの口でも保持できそうなサイズで、尖った部分はない。

 

 ルリは立ち止まり、すん、と匂いを嗅いだ。

 右前脚で。

 ちょい。

 石が、ころっ、と転がる。

 もう一度。

 ちょい。

 

「……石?」

 拓海は首を傾げた。先週も小石へ前脚で触れる行動はあったが、その時の石とは形も大きさも違うため、単純な比較はできない。

 今回は違う。

 ルリは、その白い丸石の端を。

 

 かぷ。

 小さな口で咥え、持ち上げたのだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「…………まさか」

 拓海は、先日ルリが『いびつなコルク片』を寝床まで運んだ時のことを瞬時に思い出した。

 

 ルリは白い石を咥えたまま、歩き出した。

「持ってくの?」

「まだ分からないね」

 榊原が横で言うが、ルリの進行方向は、明らかに拓海が置いてある指定キャリーケースの方角だった。

「いや、先生、それ絶対持って帰る方向じゃないですか」

 拓海は心の中で叫んだが、正式な記録のためにはまだ黙っている。

 

 ルリは、キャリーの入り口から約三十センチほど手前の、少し開けた場所に到着した。

 口から石を。

 ころ。

 と地面に置く。そして、その場を離れた。

 

「置いた……」

 この段階では、まだ『集めた』とは言えない。運搬して置いたのが一個だけだからだ。

 

 しかし。

 そこから少し離れた場所で、ルリは『二つ目』を発見した。

 今度は、小さなどんぐりの帽子。中身の実はなく、軽く乾いている。直径一センチあまりで、丸みがある。

 

 ルリは、すん、と匂いを嗅ぐ。

 前脚で、ちょい。

 殻が軽く転がる。

 そして。

 かぷ。

 その端を咥え上げた。

 

「…………」

 拓海は沈黙した。榊原もカメラを構えたまま沈黙している。

 ルリは、木の実の殻を咥えて、再びキャリーケースの方向へ歩き出した。

「…………二個目?」

 

 ここからが、ルリの最大のかわいい試練の始まりだった。

 ルリは、木の実の殻を運びながら、さっき自分が置いた『白い丸石』の場所を通過しようとした。

 そこで、ピタッと歩みを止める。

 

 ルリの口には木の実の殻。

 地面には、白い丸石。

 ルリは、地面の石を見た。そして、口にくわえている木の実の殻を見るように、頭を少し傾けた。

 石を見る。木の実を見る。また石を見る。

 

「…………」

 拓海は息を潜めた。

 

 ルリは、口から木の実の殻を。

 ころ。

 地面に置いた。

 そして、代わりに白い丸石を。

 かぷ。

 咥え直した。

 

 数歩進む。

 立ち止まる。

 振り返る。

 さっき置いた木の実の殻を見る。

 戻る。

 白い丸石を置く。

 木の実の殻を咥え直す。

 

「お前……両方欲しいの!?」

 拓海はたまらず吹き出した。

 もちろん、「両方欲しい」というのは拓海の感想だ。

 正式な記録としては、『二対象間を往復し、交互に口部保持を行う行動を確認』である。ただただ、その姿がもどかしくて愛おしいのだ。

 

 ルリの出した最終的な解決策は、シンプルだった。

 二回に分けて運ぶこと。

 まず白い丸石を咥えて、キャリーのすぐ近くまで運んで置く。

 そして、トテトテと戻ってきて、木の実の殻を咥え、またキャリーの近くまで運ぶ。

 結果、キャリーの入り口付近に、白い丸石と木の実の殻が、二つ並んで置かれた。

 

「…………二回に分けて運んだ」

「したね」

 榊原が感心したように言った。

 

 ここで、先日のコルク片の時とは明確な違いが生まれた。

 コルク片という『特定の一個』に対する執着だけではない。

 石と木の実の殻。種類の全く違う非食物対象の二物体。それを、同じ方向へ、同じ集積場所付近へと運んだのだ。

 

 拓海はしゃがみ込み、ルリが並べた二つの物体を見つめた。

 ルリはその近くで前脚を舐め、鼻先を鱗へ寄せる身繕いをしていた。拓海には、妙に悠々として見えた。

 

「先生」

「うん」

「前はコルク一個だったから、『お気に入り』止まりでしたけど」

「うん」

「石とどんぐりの帽子まで同じ場所へ運んだなら、日常会話ではもう『宝物集め』って呼んでいいですよね?」

 

 榊原は少し考える素振りを見せた。

「日常会話なら、まあいいんじゃない?」

「やった」

 拓海はなぜか小さくガッツポーズをした。何に勝ったのかは自分でも分からない。

 

「ただし」

 当然、教授からの釘が刺さる。

「『小型竜には宝物を集める収集習性がある』と学術的な主語を大きくしてはいけない」

「はい」

「現時点で言えるのは、『DR-JP-0427という個体において、複数種類の非食物対象について、口部での保持・運搬・特定位置付近への集積が観察された』までだ」

「ルリ個体の癖としては?」

「かなり面白い傾向が出てきた、とは言えると思うよ」

 

 ***

 

 とはいえ、ここは野生動物のいる屋外施設だ。

「じゃあこれ、持って帰れますか?」

 拓海が期待を込めて尋ねる。

「そのまま家庭飼育環境へ持って帰るのは駄目だ」

「ですよね」

 

 宝物にも、厳しい検疫がある。

 屋外の自然物には、虫や虫卵、カビ、土壌や植物片などが付着している可能性がある。そのまま家庭環境のケージへ持ち込むのは避けるべきだ。

 施設側で、植物由来物の種類、尖った部分の有無、破砕・誤食リスク、虫やカビの有無などを確認する。石は洗浄して十分に乾燥させ、どんぐりの帽子も内部を確認したうえで、飼育環境へ持ち込める状態になるまで適切に清掃・乾燥処理を行う。

 

「宝物一つ持ち帰るのにも、検疫があるんですね」

「当然あるよ。ルリの健康と、家庭の飼育環境を守るためだからね」

「厳しい世界だ……」

 

 拓海が持ち出してきた『小型の密閉サンプル袋』は、このためのものだった。

「これ、ルリが見てる前で俺たちが回収したら、その後の行動に影響しますかね」

「分からないね。だから今回は、ルリをキャリーに戻して観察を終えた後に回収しよう」

 何をどう受け取るか分からない以上、余計な条件を増やさない方がいい。

 

 ***

 

 帰路の車内。

 拓海の膝の上にある荷物量は、朝とほぼ同じだ。

 ただ、その一番上に、透明な小型密閉袋が二つ追加されている。

 一つには安全確認と清掃処理を終えた白い丸石。もう一つには同じく処理を終えたどんぐりの帽子。

 

「…………本当に、荷物が増えたな」

 拓海はそれを見つめて呟いた。

「増えたね。しかも、君の荷物じゃなくてルリの荷物が」

 榊原が運転席で笑う。

 キャリーの中で、ルリが「きゅ」と鳴いた。

 

 ***

 

 夕方。アパートに帰宅。

 拓海はキャリーをいつもの位置へ置き、扉を開けた。

 ルリは自分でキャリーから出て、固定足場を歩いてケージへ戻り、いつもの高所休息棚へ向かった。そこには、以前からあるお気に入りのコルク片が一つ置かれている。

 

 拓海は、安全確認済みの二つの袋を手に取った。

「さて」

 

 ここで、この石と木の実の殻を直接『屋根の上』へ置いてはいけない。

 それをやってしまえば、人間が宝物置き場を決めたことになってしまう。先日の清掃時にも守ったやり方だ。

 だから拓海は、ケージの床面の、少し離れた安全区域に、二つのアイテムをそっと並べて置いた。

 

「あとは、お前次第だ」

 

 ルリは屋根の上から、床に置かれた新しい物体を見た。

 するすると枝を降りてくる。

 白い丸石の前へ。

 すん。

 かぷ。

 

「来た」

 拓海は息を呑んだ。

 ルリは白い石を咥えたまま枝を登り、棚の側面をよじ登る。

 屋根の上へ。

 ころ。

 既存のコルク片のすぐ近くに、白い石を置いた。

 

「…………増えた」

 拓海は呟いた。コルクが一つだった場所に、白い石が加わった。

 

 ルリは一度屋根で止まり、下を見た。

「もう一個は?」

 拓海が問いかける。

 しばらくして、ルリはまた降りていった。

 今度はどんぐりの帽子を。

 かぷ。

 登る。

 ころ。

 

 屋根の上には今、いびつなコルク片、白い丸石、どんぐりの帽子。三つのアイテムが並んでいる。

 

 拓海は完全に沈黙した。

「…………これ、もうお前の宝物庫じゃん」

 

 ルリは石に鼻先を当てて、ちょい、と動かす。どんぐりの帽子を前脚で、ちょい。

 少しずつ位置を微調整している。

 結果として、三つのアイテムは、ルリが普段休息する定位置のすぐ脇に綺麗に並んだ。

 ルリは、その隣で身体を低くし、いつもの休息姿勢へ入った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ***

 

 拓海は紙のバインダーに、正式な記録を書き込む。

 

【屋外部分】

『前回より短時間でキャリーから自発退出』

『草本接触後、継続移動。前回利用区域を越えて探索範囲を拡大』

『浅水域へ自発進入。前肢・翼による水滴飛散を伴う水浴び様行動を確認』

『移動落葉への追従行動を再確認』

『白色小石へ接近、前肢接触後、口部保持。対象をキャリー周辺へ運搬し配置』

『別の非食物対象であるどんぐりの帽子についても口部保持・運搬を確認』

『二対象間を複数回往復し、交互に保持。最終的に両対象をキャリー周辺へ集積』

 

【帰宅後】

『安全確認済み対象二点をケージ床面へ提示』

『個体は各対象を個別に高所休息棚屋根へ運搬』

『既存のコルク片近傍へ配置』

 

 拓海は榊原へメッセージと動画を転送した。

『これはかなり面白いね』

 榊原からの返信も、興奮を帯びていた。

『少なくとも、コルク片という材質そのものにしか出ない固有の行動、という説明では弱くなった。異なる物理特性の非食物対象を運搬し、同じ休息位置付近へ集積した』

『ただ、宝物の選択基準が何なのかはまだ分からない。触感? 形? 匂い? 運びやすさ?』

『じゃあ、日常会話では本当に「宝物集め」でいきますよ』

『どうぞ』

『許可が軽いなぁ』

『研究用語じゃないからね。記録と感想を分ける。君ももう分かってるでしょ?』

 

 拓海はふと、今日の外出を振り返った。

『先生。今日、ルリは前より明らかにたくさん動いてましたよね』

『そうだね』

『落ち葉を追うし、水に入るし、飛ぶし、石を持って帰ろうとするし。……俺には、かなり外の世界を楽しんでるように見えました』

 

 以前の榊原なら、「感情で断定するな」と一蹴したかもしれない。

 しかし、今回は違った。

『そう見えたなら、それは水野君の感想として、大事にしていいんじゃない?』

『……記録とは分けて、ですよね』

『もう分かってるじゃない』

 

 ***

 

 夜。

 拓海はベッドに寝転がりながら、ケージの屋根の上を見た。

 ルリと、コルクと、白い石と、木の実の殻。

「最初はコルク一個だったのになぁ……」

 

 ルリが石を、ちょい、と動かす。

「お前、そのうち屋根の上が宝物でいっぱいになって、寝る場所なくならないか?」

「きゅ」

「……知らんか。その時考えればいいもんな」

 

 拓海は、ルリが横になっている場所と、その脇に並んだ三つの物体を見比べた。「…………これ、本当に増え続けたら、置き場所を考えないと駄目だな」

 

 最初は、工作で余っただけのコルク片だった。

 今日、そこへ白い小石が一つ。

 小さなどんぐりの帽子が一つ。

 何を基準に選んでいるのかは、まだ誰にも分からない。

 ただ一つ分かったのは、外へ出かけるようになると、帰ってくる時の荷物が増えることがあるらしい、ということだった。

 

 なお、その増えたルリの宝物を、安全確認して、洗って、乾かし、自宅まで運んでいるのは、最終的に拓海である。




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