音ノ木祭りから数日が経った。
その日の放課後、アイドル研究部の部室には、普段より少しだけ賑やかな空気が漂っていた。
机の上には簡単な食べ物と飲み物が並べられている。
「それでは!」
穂乃果が立ち上がった。
「ライブ、お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした」
ことりが続き、海未も小さく頭を下げる。
その向かいでは、にこが腕を組んで座っていた。
「……なんでここで打ち上げなのよ」
「だって、ここが一番集まりやすいし」
「だからって、勝手に使っていい理由にはならないでしょうが」
「ちゃんと片付けるから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃないの!」
にこが言い返す。
けれど、帰ろうとはしなかった。
ライブが終わってから数日しか経っていない。
あの日のステージで何を間違えたか、どこが上手くいったか。そんな話をしていると、自然とライブの話題が続いていく。
「穂乃果は途中で少し遅れましたね」
「えっ、あれ分かった?」
「分かりますよ」
「でも最後はちゃんと合わせられてたよね」
ことりが助け船を出す。
「そうそう! 最後はばっちりだったよ!」
「まあ、最後まで止まらなかっただけでも上出来よ」
にこが言う。
「にこちゃん、褒めてる?」
「褒めてない」
「絶対褒めてるよ」
「褒めてないったら!」
穂乃果が笑う。
そんなやり取りをしながら、四人は用意されたものを食べていった。
やがて話題が一通り落ち着いたところで、穂乃果が何かを思い出したように口を開く。
「そういえば、真姫ちゃんも誘ったんだけどね」
「西木野さんを?」
海未が尋ねる。
「うん。『一緒に打ち上げしよう』って言ったら、『行かない』って」
「……西木野さんらしいですね」
海未が苦笑する。
「まあ、そうよね」
にこも頷いた。
あの曲を作ったのは真姫だ。
けれど本人は、最後までステージには上がらなかった。
穂乃果が頼んだから曲を作った。
それ以上でも、それ以下でもない。
「でも、ちゃんと来てくれたらよかったのにね」
「穂乃果、無理に誘うものではありませんよ」
「分かってるよ」
穂乃果は笑った。
「また今度誘えばいいし」
「……また誘うの?」
にこが聞き返す。
「うん」
「断られるわよ」
「じゃあ、また誘う!」
「なんでよ……」
にこは呆れたように息を吐いた。
その後も他愛のない話を続け、やがて打ち上げは終わりに近づいた。
机の上に残っていたものを片付け、使った食器をまとめる。
「今日は楽しかったね」
穂乃果が言った。
「そうですね」
「うん」
ことりと海未も頷く。
にこは鞄を手に取った。
「まあ……悪くなかったんじゃない?」
「やっぱり楽しかったんだ」
「うるさい!」
穂乃果が嬉しそうに笑う。
「じゃあ、今日はありがとう!」
「……別に」
にこは顔を背けた。
「こっちもそれなりに楽しませてもらったし。お礼なんていらないわよ」
「うん!」
「だから、そこで素直に頷くな!」
三人の笑い声が響く。
やがて、それぞれ帰る時間になった。
部室を出る前、穂乃果が振り返る。
「じゃあ、またね。にこちゃん!」
「はいはい。またね」
扉が閉まる。
にこは一人、部室に残った。
静かになった室内を見回す。
今日まで何度か、この三人と一緒にいた。
ライブの練習をして、ステージに立って、こうして打ち上げまでした。
けれど、それも今日で終わりだろう。
そもそも、にこはアイドル研究部の部員ではない。
今回のライブだって、たまたま一緒にやっただけだ。
「……まあ、そんなもんよね」
にこは机の上を片付けた。
いつもの部室。
いつもの放課後。
ただ、それだけに戻る。
そう思っていた。
翌日の放課後。
「にこちゃーん!」
部室の扉が勢いよく開いた。
「こんにちは、にこ先輩」
「お邪魔します」
穂乃果、ことり、海未が入ってくる。
にこは手にしていた書類を持ったまま、固まった。
「…………」
三人は何事もなかったように、それぞれいつもの場所へ向かっていく。
穂乃果が机に荷物を置き、ことりが椅子を引く。
海未は持ってきたものを整理している。
「……あんたたち」
「ん?」
「何しに来たのよ」
「何って、部活だけど?」
穂乃果が不思議そうに答えた。
にこは黙った。
「……そう」
それだけ言って、手元の書類へ視線を戻す。
「そうだ、にこちゃん」
「何よ」
「昨日話してた勇者部の活動なんだけど――」
「私は勇者部じゃないからね!」
即座に言い返した。
「え?」
「え?じゃないわよ! なんで当然みたいに私に話を振るのよ!」
「だって、にこちゃんも一緒にいたし」
「それはライブで一緒だっただけでしょうが!」
「でも、相談くらいならいい?」
「……」
にこは穂乃果を見る。
穂乃果はいつものように、何の疑いもなくこちらを見ている。
「……相談だけならね」
「ありがとう!」
「だから、私は勇者部じゃないって言ってるでしょ!」
海未が苦笑し、ことりも楽しそうに笑う。
「では、まず今度の活動についてですが――」
「ちょっと待って。なんで本当に私が参加する前提で話が進んでるのよ」
にこは文句を言いながらも、席を立つことはなかった。
穂乃果が話す内容を聞き、海未の意見に耳を傾け、ことりが出した案についても考える。
「それなら、こっちの方がいいんじゃない?」
「なるほど……」
「でも、それだと穂乃果が大変じゃない?」
「私なら大丈夫!」
「あなたはそう言うと思ったわよ」
呆れたように言いながら、にこは机の上のノートを覗き込む。
昨日までなら、ここまで続くとは思っていなかった。
ライブが終われば、それで終わり。
そう思っていた。
なのに、三人にとっては何も終わっていないらしい。
今日も来る。
明日もきっと来るのだろう。
「……まったく」
にこは小さく息を吐いた。
「しょうがないわね」
誰に聞かせるでもなく呟きながら、穂乃果のノートを自分の方へ引き寄せる。
「ここ、話が飛びすぎ。最初から整理しなさい」
「えっ、にこちゃんも考えてくれるの?」
「相談されたんだから、聞くくらいはするわよ」
穂乃果が笑った。
にこはそれを見て、少しだけ目を細める。
「……ほら、早く続けなさい」
部室には、昨日までと同じように四人の声が響き始めた。