高坂穂乃果は勇者である(再編版)   作:ZENSUN

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第十五話

 翌日の放課後。

 

「だから、依頼箱は絶対あったほうがいいと思う!」

 

 穂乃果は教室の机を二つ並べ、その上に広げた画用紙を指差した。

 

「依頼箱ですか……」

 

 海未は少し困った顔で、その横に置かれた段ボール箱を見る。ことりが用意したらしい箱には、白い紙が貼られていて、そこには大きく『勇者部 お悩み相談箱』と書かれていた。

 

「勇者部って、何をする部なのかまだ誰にも分からないんだから、まずは知ってもらわないと!」

 

「それで依頼箱なのですね」

 

「うん! 困ってる人が紙に書いて入れてくれたら、私たちが助けに行くの!」

 

「……名前を書かずに入れられるようにしたのは、ことりです」

 

「だって、誰かに相談するのってちょっと恥ずかしいこともあるから」

 

 ことりは箱の投入口を確認しながら答えた。

 

「なるほど」

 

 海未は頷く。

 

「それなら、相談しやすいように設置場所も考えたほうがいいでしょうね。人目につきすぎる場所では、かえって利用しにくいでしょうし」

 

「じゃあ、廊下の端っこ?」

 

「そこでは誰も気づきません」

 

「難しい……」

 

 三人で悩み始める。

 

 昨日までは部員を二人集めることしか考えていなかった。けれど、実際に活動しようとすると、思った以上に決めることが多い。

 

 活動場所。

 

 依頼の受け方。

 

 活動時間。

 

 誰が何をするのか。

 

 そもそも、生徒会から正式に認められていない以上、勝手に学校中へ箱を置くわけにもいかない。

 

「まずは、生徒会に確認してからにしましょう」

 

 海未が結論を出した。

 

「えー……」

 

「当然です」

 

「でも、また絵里さんに会うの?」

 

「昨日会ったばかりでしょう」

 

「だって、なんか怖いんだもん」

 

 穂乃果が頬を膨らませる。

 

 昨日、生徒会室で向けられた絵里の視線を思い出していた。

 

 怒っているようにも見えた。

 

 けれど、それだけではなかった。

 

 あの時、穂乃果が「勇者」と口にした瞬間だけ、絵里の表情が変わった。

 

 その理由は分からない。

 

「でも、許可をもらわないと始められないよ」

 

 ことりが穏やかに言った。

 

「……そうだね」

 

 穂乃果は渋々頷いた。

 

「じゃあ、明日お願いしよう!」

 

「明日ですか?」

 

「今日はもう遅いし!」

 

「今からでもいいのでは?」

 

「心の準備が!」

 

「昨日も同じことを言っていませんでしたか?」

 

「昨日よりちょっとだけ成長したの!」

 

「どこがですか」

 

 海未が呆れ、ことりが笑う。

 

 そんな三人のやり取りを、廊下の向こうから見ている少女がいた。

 

「……何やってるのよ、あいつら」

 

 矢澤にこだった。

 

 アイドル研究部の部室へ戻る途中、聞き覚えのある声がしたので足を止めただけだった。

 

 昨日のライブ以降、穂乃果たちは何かと部室へ顔を出してくる。

 

 別に来るなとは言っていない。

 

 だから追い返す理由もない。

 

 それでも、こう毎日のように来られると、さすがに少し調子が狂う。

 

「勇者部……ねぇ」

 

 にこは小さく呟いた。

 

 昨日までなら、ただの変な部活名だと思っていた。

 

 けれど、あの三人が本気でやろうとしていることは分かっている。

 

 人を助ける。

 

 困っている人の力になる。

 

 言葉だけなら、悪くない。

 

 むしろ、にこが嫌いな考え方ではなかった。

 

「……まあ、勝手にすればいいけど」

 

 そう呟いて、にこは部室へ入っていった。

 

     ◇

 

 それから数日。

 

 勇者部の活動は、思ったようには進まなかった。

 

 依頼箱を置く許可はまだ下りない。

 

 部員も増えない。

 

 顧問を引き受けてくれる教師も見つかっていない。

 

「勇者部って、難しいんだね……」

 

 放課後の教室で、穂乃果は机に突っ伏した。

 

「そもそも正式な部になっていないのですから、活動にも限界があります」

 

 海未は提出用の書類を整理しながら答える。

 

「でも、何かできることはあるよ」

 

 ことりが窓の外を見る。

 

「学校の中だけじゃなくて、普段の生活で困っている人を助けるとか」

 

「それなら、部活じゃなくてもできますね」

 

「じゃあ勇者部じゃなくてもいいってこと?」

 

「そういう意味ではありません」

 

 海未が苦笑する。

 

「活動の目的は、部の名前がなくても変わらないということです」

 

「……そっか」

 

 穂乃果は顔を上げた。

 

「じゃあ、できることからやればいいんだ!」

 

「その通りです」

 

 海未は頷いた。

 

「では帰りに、商店街の掲示板を確認してみませんか? 地域の困り事が貼られているかもしれません」

 

「それだ!」

 

 穂乃果が立ち上がる。

 

「行こう!」

 

「まだ帰りの支度が終わっていませんよ」

 

「今やる!」

 

 穂乃果が慌てて鞄へ荷物を詰め始める。

 

 その様子を見て、ことりは微笑んだ。

 

 勇者部はまだ正式な部活ではない。

 

 けれど、三人の中ではもう始まっている。

 

 そんな感覚だけは、少しずつ強くなっていた。

 

     ◇

 

 一方、その頃。

 

 西木野家では、一日の業務を終えた当主が遅い時間まで書類に目を通していた。

 

 医療関連を中心とした西木野家の事業は広い。

 

 病院。

 

 研究施設。

 

 医療機器。

 

 そのほかにも、表には出ない複数の案件がある。

 

 当主ともなれば、学校に通う孫娘の周辺で起きた出来事まで、逐一確認している余裕はない。

 

 机の上には、いくつもの報告書が積まれていた。

 

 その中の一冊を手に取ったところで、秘書が入ってくる。

 

「旦那様。先日の樹海化事案について、未確認だった報告をまとめてあります」

 

「先日の?」

 

「はい。学校周辺で発生したものです」

 

 当主は書類を受け取った。

 

 樹海化。

 

 その単語を見ただけで、表情が僅かに変わる。

 

 報告そのものは、特別珍しいものではない。

 

 発生時刻。

 

 区域。

 

 避難状況。

 

 被害状況。

 

 そして、内部に取り残された者の確認。

 

 ページをめくっていく。

 

 やがて、一つの項目で手が止まった。

 

『一般生徒一名が樹海化区域内へ侵入』

 

「……一般生徒?」

 

「はい」

 

「名前は?」

 

「高坂穂乃果」

 

 当主の指が止まった。

 

「……高坂穂乃果、か」

 

 報告書に添付された写真へ視線を落とす。

 

 そこには、どこにでもいる普通の女子生徒の姿が写っていた。

 

 樹海化区域へ侵入。

 

 その後、園田海未と合流。

 

 区域外へ脱出。

 

 負傷なし。

 

 それだけなら、単なる幸運とも考えられる。

 

「その後は?」

 

「通常通り登校しています。現在のところ、本人に異常は確認されていません」

 

「そうか」

 

 当主は写真から視線を外した。

 

「この報告が上がってきたのは?」

 

「三日前です」

 

「三日前……」

 

「表の案件が重なっておりましたので、確認が遅れました」

 

「構わん」

 

 当主は書類を閉じる。

 

 だが、すぐには机へ戻さなかった。

 

「他に何かあるか?」

 

「学校内で、部活動の設立申請があったようです」

 

「部活動?」

 

「はい。名称は――勇者部」

 

 当主の目が再び書類へ向く。

 

「設立者は?」

 

「高坂穂乃果です」

 

「……そうか」

 

 短い沈黙。

 

 樹海化区域に入り込んだ一般生徒。

 

 無傷で帰還した少女。

 

 そして、その少女が今度は「勇者」という名前を掲げて活動を始めようとしている。

 

 偶然なのか。

 

 それとも。

 

 当主は再び報告書を開いた。

 

「学校側には、余計な干渉をするな」

 

「はい」

 

「ただし、この件については情報だけ集めておけ」

 

「高坂穂乃果について、ですか?」

 

「ああ」

 

 当主は写真を見つめる。

 

「まだ何も分からん」

 

 そう言って、書類を閉じる。

 

 しばらく考えたあと、ふと何かを思いついたように口を開いた。

 

「……真姫を……」

 

 そこで言葉が途切れた。

 

 当主は何も言わず、机の上の報告書へ視線を戻した。

 

 夜は静かに更けていった。

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