翌日の放課後。
「見つけた!」
校門を出てすぐ、穂乃果が声を上げた。
海未とことりが振り返る。穂乃果が指差しているのは、商店街の入口に設置された掲示板だった。地域のイベント案内や求人のほか、落とし物や自治会からのお知らせまで、さまざまな紙が貼られている。
「何がですか?」
「これ!」
穂乃果が掲示板の下の方を指差す。
『商店街清掃のお手伝い募集』
「……これは、依頼と言っていいのでしょうか」
「いいじゃん! 困ってる人がいるんだよ!」
「清掃をする人手が足りない、という意味ではそうですね」
ことりも掲示を覗き込む。
「日時は土曜日だって」
「じゃあ、参加しよう!」
「穂乃果ちゃん、勝手に決めちゃって大丈夫かな?」
「だって勇者部の活動だもん!」
穂乃果は胸を張った。
「……まだ正式な部活ではありませんが」
「細かいことはいいの!」
海未はため息をつきながらも、掲示の連絡先を確認した。
「参加するのであれば、きちんと先方へ連絡しましょう。名前も伝えずに突然押しかけるのは失礼です」
「うん!」
その場で連絡先を控え、後で穂乃果が電話をすることになった。
ところが、電話を終えた穂乃果の表情はどこか微妙だった。
「どうしたんです?」
「土曜日じゃなくて、明日の朝だって」
「明日ですか?」
「うん。人が足りないから、できれば早い方が助かるんだって」
海未が時計を見る。
「では、明日の朝ですね」
「朝かぁ……」
「何か問題でも?」
「眠い」
「自分でやると言ったのでしょう」
「そうだけどぉ……」
ことりが笑った。
「じゃあ、今日は早く寝ないとね」
「うん……」
穂乃果は少し考えたあと、拳を握る。
「勇者だから頑張る!」
「その意気です」
海未も頷いた。
その会話を、少し離れたところから聞いていた少女がいた。
「……本当にやる気なのね」
にこだった。
「にこちゃん!」
穂乃果がすぐに気づく。
「昨日もいたよね?」
「たまたまよ」
「そうなんだ!」
疑う様子もない。
にこは少し呆れた。
「それで? 今度は何をするの?」
「商店街のお掃除!」
「掃除?」
「うん! 初めての依頼!」
「へえ」
にこは腕を組んだ。
「……まあ、頑張れば?」
「にこちゃんも来る?」
「行かないわよ」
即答だった。
「私はアイドル研究部なんだから」
「そっかぁ」
穂乃果は残念そうにしながらも、すぐに笑顔へ戻る。
「じゃあ、また学校でね!」
「……はいはい」
にこは三人を見送った。
しばらくしてから、小さく呟く。
「朝から掃除って……元気ね」
◇
翌朝。
「眠い……」
穂乃果は商店街の入口で大きな欠伸をした。
「だから早く寝なさいと言ったでしょう」
「ちゃんと寝たよ」
「何時に?」
「十一時」
「十分遅いです」
「普通じゃん!」
「あなたにとっては、です」
ことりが二人の間に入りながら笑う。
「でも、ちゃんと来られたんだから偉いよ」
「ことりちゃん……!」
穂乃果が感動したようにことりを見る。
「じゃあ、早速始めようか」
三人は商店街の人から渡された道具を受け取り、清掃を始めた。
穂乃果は最初こそ元気だった。
落ち葉を集め、ゴミを拾い、道端の植え込みまで覗き込む。
「これも!」
「それはゴミではなく木の枝です」
「じゃあこっちは?」
「それはゴミですね」
「やった!」
「何を喜んでいるのですか」
ことりが笑いながらゴミ袋を広げる。
ところが、一時間ほど経つと穂乃果の動きが目に見えて鈍くなってきた。
「……暑い」
「まだそんなに時間は経っていませんよ」
「足が重い……」
「昨日まで運動部でも何でもなかったのですから、無理もありません」
「でも海未ちゃん全然平気じゃん……」
「私は普段から鍛えていますから」
「ことりちゃんも?」
「うん。これくらいなら大丈夫だよ」
穂乃果は二人を見た。
「……なんで?」
「何がです?」
「二人とも平気なの」
海未とことりが顔を見合わせる。
穂乃果は本気で不思議そうだった。
「私は普通に疲れるんだけど」
「穂乃果ちゃんは、昨日まで夜遅くまでゲームをしていたからじゃないかな」
「それは関係ないよ!」
「あります」
海未が即答する。
「むしろ大いにあります」
「うぅ……」
穂乃果はしゃがみ込んだ。
海未は苦笑しながら水筒を差し出した。
「休憩しましょう」
「ありがとう……」
穂乃果が水を飲む。
その横で、海未は何気なく二人を見る。
自分とことりが平然としていられることに、改めて気づいた。
ことりは表向きには普通の少女だ。
しかし南家で育った以上、一般家庭とは違う教育を受けてきた。
そして自分も、園田家の人間として幼い頃から身体を鍛えてきた。
穂乃果だけが、本当に何も知らない。
「……まあ、穂乃果は穂乃果ですね」
「どういう意味?」
「褒めています」
「絶対嘘だ!」
三人の笑い声が商店街に響いた。
清掃が終わる頃には、穂乃果はすっかり疲れ切っていた。
それでも、商店街の人から「助かったよ」と声をかけられると、疲労を忘れたように笑った。
「よかった!」
「それだけで満足ですか?」
「うん!」
穂乃果は胸を張る。
「これが勇者部の初依頼だから!」
海未はそんな穂乃果を見て、少しだけ笑った。
「そうですね」
まだ正式な部活ではない。
部員も三人だけ。
活動場所すら決まっていない。
それでも。
誰かの役に立てた。
その事実だけは確かだった。
◇
その日の夕方。
西木野家では、別の報告が上がっていた。
「例の高坂穂乃果ですが」
当主は書類から顔を上げる。
「何か分かったか」
「今朝、商店街の清掃活動に参加しています」
「清掃?」
「はい。園田海未、南ことりと三人で」
当主は一瞬だけ考える。
「勇者部の活動か」
「正式にはまだ部として認められていません」
「そうか」
報告を聞きながら、当主は窓の外へ目を向けた。
樹海化区域に入り込んだ少女。
その後、何事もなかったかのように学校へ戻り、今度は「勇者部」なる活動を始めている。
普通の少女なら、それで終わる。
だが。
「……妙な子だな」
「調査を続けますか?」
「まだ必要はない」
当主は答えた。
「ただ、学校での動きは把握しておけ」
「承知しました」
秘書が一礼する。
当主は再び書類へ目を落とした。
そこには、穂乃果の名前とともに、もう一つの名前が記されている。
園田海未。
そして南ことり。
三人の名前を眺めたあと、当主は静かに書類を閉じた。
「……真姫を、少し学校で自由にさせてみるか」
それが何を意味するのか。
その場にいた者には、まだ分からなかった。