高坂穂乃果は勇者である(再編版)   作:ZENSUN

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第十六話

 翌日の放課後。

 

「見つけた!」

 

 校門を出てすぐ、穂乃果が声を上げた。

 

 海未とことりが振り返る。穂乃果が指差しているのは、商店街の入口に設置された掲示板だった。地域のイベント案内や求人のほか、落とし物や自治会からのお知らせまで、さまざまな紙が貼られている。

 

「何がですか?」

 

「これ!」

 

 穂乃果が掲示板の下の方を指差す。

 

『商店街清掃のお手伝い募集』

 

「……これは、依頼と言っていいのでしょうか」

 

「いいじゃん! 困ってる人がいるんだよ!」

 

「清掃をする人手が足りない、という意味ではそうですね」

 

 ことりも掲示を覗き込む。

 

「日時は土曜日だって」

 

「じゃあ、参加しよう!」

 

「穂乃果ちゃん、勝手に決めちゃって大丈夫かな?」

 

「だって勇者部の活動だもん!」

 

 穂乃果は胸を張った。

 

「……まだ正式な部活ではありませんが」

 

「細かいことはいいの!」

 

 海未はため息をつきながらも、掲示の連絡先を確認した。

 

「参加するのであれば、きちんと先方へ連絡しましょう。名前も伝えずに突然押しかけるのは失礼です」

 

「うん!」

 

 その場で連絡先を控え、後で穂乃果が電話をすることになった。

 

 ところが、電話を終えた穂乃果の表情はどこか微妙だった。

 

「どうしたんです?」

 

「土曜日じゃなくて、明日の朝だって」

 

「明日ですか?」

 

「うん。人が足りないから、できれば早い方が助かるんだって」

 

 海未が時計を見る。

 

「では、明日の朝ですね」

 

「朝かぁ……」

 

「何か問題でも?」

 

「眠い」

 

「自分でやると言ったのでしょう」

 

「そうだけどぉ……」

 

 ことりが笑った。

 

「じゃあ、今日は早く寝ないとね」

 

「うん……」

 

 穂乃果は少し考えたあと、拳を握る。

 

「勇者だから頑張る!」

 

「その意気です」

 

 海未も頷いた。

 

 その会話を、少し離れたところから聞いていた少女がいた。

 

「……本当にやる気なのね」

 

 にこだった。

 

「にこちゃん!」

 

 穂乃果がすぐに気づく。

 

「昨日もいたよね?」

 

「たまたまよ」

 

「そうなんだ!」

 

 疑う様子もない。

 

 にこは少し呆れた。

 

「それで? 今度は何をするの?」

 

「商店街のお掃除!」

 

「掃除?」

 

「うん! 初めての依頼!」

 

「へえ」

 

 にこは腕を組んだ。

 

「……まあ、頑張れば?」

 

「にこちゃんも来る?」

 

「行かないわよ」

 

 即答だった。

 

「私はアイドル研究部なんだから」

 

「そっかぁ」

 

 穂乃果は残念そうにしながらも、すぐに笑顔へ戻る。

 

「じゃあ、また学校でね!」

 

「……はいはい」

 

 にこは三人を見送った。

 

 しばらくしてから、小さく呟く。

 

「朝から掃除って……元気ね」

 

     ◇

 

 翌朝。

 

「眠い……」

 

 穂乃果は商店街の入口で大きな欠伸をした。

 

「だから早く寝なさいと言ったでしょう」

 

「ちゃんと寝たよ」

 

「何時に?」

 

「十一時」

 

「十分遅いです」

 

「普通じゃん!」

 

「あなたにとっては、です」

 

 ことりが二人の間に入りながら笑う。

 

「でも、ちゃんと来られたんだから偉いよ」

 

「ことりちゃん……!」

 

 穂乃果が感動したようにことりを見る。

 

「じゃあ、早速始めようか」

 

 三人は商店街の人から渡された道具を受け取り、清掃を始めた。

 

 穂乃果は最初こそ元気だった。

 

 落ち葉を集め、ゴミを拾い、道端の植え込みまで覗き込む。

 

「これも!」

 

「それはゴミではなく木の枝です」

 

「じゃあこっちは?」

 

「それはゴミですね」

 

「やった!」

 

「何を喜んでいるのですか」

 

 ことりが笑いながらゴミ袋を広げる。

 

 ところが、一時間ほど経つと穂乃果の動きが目に見えて鈍くなってきた。

 

「……暑い」

 

「まだそんなに時間は経っていませんよ」

 

「足が重い……」

 

「昨日まで運動部でも何でもなかったのですから、無理もありません」

 

「でも海未ちゃん全然平気じゃん……」

 

「私は普段から鍛えていますから」

 

「ことりちゃんも?」

 

「うん。これくらいなら大丈夫だよ」

 

 穂乃果は二人を見た。

 

「……なんで?」

 

「何がです?」

 

「二人とも平気なの」

 

 海未とことりが顔を見合わせる。

 

 穂乃果は本気で不思議そうだった。

 

「私は普通に疲れるんだけど」

 

「穂乃果ちゃんは、昨日まで夜遅くまでゲームをしていたからじゃないかな」

 

「それは関係ないよ!」

 

「あります」

 

 海未が即答する。

 

「むしろ大いにあります」

 

「うぅ……」

 

 穂乃果はしゃがみ込んだ。

 

 海未は苦笑しながら水筒を差し出した。

 

「休憩しましょう」

 

「ありがとう……」

 

 穂乃果が水を飲む。

 

 その横で、海未は何気なく二人を見る。

 

 自分とことりが平然としていられることに、改めて気づいた。

 

 ことりは表向きには普通の少女だ。

 

 しかし南家で育った以上、一般家庭とは違う教育を受けてきた。

 

 そして自分も、園田家の人間として幼い頃から身体を鍛えてきた。

 

 穂乃果だけが、本当に何も知らない。

 

「……まあ、穂乃果は穂乃果ですね」

 

「どういう意味?」

 

「褒めています」

 

「絶対嘘だ!」

 

 三人の笑い声が商店街に響いた。

 

 清掃が終わる頃には、穂乃果はすっかり疲れ切っていた。

 

 それでも、商店街の人から「助かったよ」と声をかけられると、疲労を忘れたように笑った。

 

「よかった!」

 

「それだけで満足ですか?」

 

「うん!」

 

 穂乃果は胸を張る。

 

「これが勇者部の初依頼だから!」

 

 海未はそんな穂乃果を見て、少しだけ笑った。

 

「そうですね」

 

 まだ正式な部活ではない。

 

 部員も三人だけ。

 

 活動場所すら決まっていない。

 

 それでも。

 

 誰かの役に立てた。

 

 その事実だけは確かだった。

 

     ◇

 

 その日の夕方。

 

 西木野家では、別の報告が上がっていた。

 

「例の高坂穂乃果ですが」

 

 当主は書類から顔を上げる。

 

「何か分かったか」

 

「今朝、商店街の清掃活動に参加しています」

 

「清掃?」

 

「はい。園田海未、南ことりと三人で」

 

 当主は一瞬だけ考える。

 

「勇者部の活動か」

 

「正式にはまだ部として認められていません」

 

「そうか」

 

 報告を聞きながら、当主は窓の外へ目を向けた。

 

 樹海化区域に入り込んだ少女。

 

 その後、何事もなかったかのように学校へ戻り、今度は「勇者部」なる活動を始めている。

 

 普通の少女なら、それで終わる。

 

 だが。

 

「……妙な子だな」

 

「調査を続けますか?」

 

「まだ必要はない」

 

 当主は答えた。

 

「ただ、学校での動きは把握しておけ」

 

「承知しました」

 

 秘書が一礼する。

 

 当主は再び書類へ目を落とした。

 

 そこには、穂乃果の名前とともに、もう一つの名前が記されている。

 

 園田海未。

 

 そして南ことり。

 

 三人の名前を眺めたあと、当主は静かに書類を閉じた。

 

「……真姫を、少し学校で自由にさせてみるか」

 

 それが何を意味するのか。

 

 その場にいた者には、まだ分からなかった。

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