次の依頼が届いたのは、商店街の清掃を手伝った数日後のことだった。
「今度はこれだね!」
穂乃果が机の上に置いた紙を覗き込みながら、ことりと海未もその内容を確認する。学校の掲示板に貼られていたのは、地域の公園で行われる草むしりの手伝い募集だった。大掛かりなものではなく、休日に近所の人たちが集まって、伸びすぎた草を抜いたり、落ち葉を集めたりする程度のものらしい。
「前の商店街と比べると、今回はずいぶん普通ですね」
「でも、困ってる人がいるなら行こうよ」
穂乃果は迷う様子もない。
「それに、こういうのも勇者部の活動でしょ?」
「まあ……そうですね」
海未は苦笑しながら紙を畳んだ。勇者部という名前だけが先に大きくなっていく一方で、やっていることは実に地道だった。誰かに頼まれれば手伝い、困っていることがあれば話を聞く。特別な力を持っているからではなく、目の前にあるものを自分たちにできる範囲で片付けていく。
ことりも予定を確認してから頷いた。
「じゃあ、今度の日曜日だね。穂乃果ちゃん、寝坊しないようにね?」
「しないよ!」
「この前、集合時間の十分前に起こしたの誰でしたっけ」
「海未ちゃん、それは昔の話だよ!」
「一週間前です」
「十分昔だよ!」
そんなやり取りをしているところへ、部室の扉が開いた。
「ちょっと、騒がしいわよ」
顔を出したのはにこだった。
最近では、穂乃果たちがこの部屋に集まっていることも珍しくなくなっている。もともとはアイドル研究部の部室なのだから、にこにとっては自分の場所でもある。それでも、三人が妙に楽しそうに話しているのを見ると、なんとなく話の中身を確認したくなる。
「にこちゃん!」
「何よ」
「今度ね、みんなで公園の草むしりするんだ!」
「……は?」
にこは一瞬、聞き間違いかと思った。
「草むしり?」
「うん!」
「なんで?」
「勇者部の活動だから!」
「いや、だから私は勇者部じゃないんだけど」
即答だった。
穂乃果は少し考えてから、にこを見る。
「でも、にこちゃんも来てくれるよね?」
「なんでそうなるのよ!」
「だって、一緒にやったら楽しいよ?」
「話を聞きなさい!」
海未が横から口を挟む。
「穂乃果、にこはアイドル研究部の活動がありますから、無理に誘うのは――」
「そうそう。そういうことよ」
にこが素早く頷いた。
「私はアイドル研究部の部長。やることがあるの。勇者部の活動なんて知らないわ」
「でも日曜日だよ?」
「…………」
「アイドル研究部、日曜日に何かあるの?」
「……ないけど」
「じゃあ一緒に行こうよ!」
「だからなんでよ!」
ことりが笑いをこらえながら二人を見ていた。
「にこちゃん、穂乃果ちゃんに勝つのは大変だよ」
「勝ち負けの話じゃないでしょうが!」
結局、その日はにこが参加するとは決まらなかった。
ただ、日曜日の朝。
「おっそーい!」
公園の入口で穂乃果が叫んだ。
「何が遅いのよ!」
駆け寄ってきたにこが、息を整えながら言い返す。
「まだ集合時間前じゃない!」
「にこちゃん来ないかと思った!」
「……別に。たまたま暇だっただけよ」
そう言いながら、にこは軍手を持っていた。
ことりがそれに気付いて、にこに笑いかける。
「ありがとう、にこちゃん」
「だから、別にお礼を言われるようなことじゃないってば」
「にこが来てくれると助かります」
海未も素直に礼を言う。
「まあ、人数は多い方がいいでしょうし」
「そういうことよ」
にこは胸を張った。
「私はただ、人手が足りないから手伝いに来ただけ。勇者部の活動に参加してるわけじゃないからね!」
「うん!」
穂乃果は満面の笑みで頷いた。
「じゃあ、今日は四人で頑張ろう!」
「だから聞いてるの!?」
そんな調子で始まった作業は、思っていた以上に大変だった。
公園の隅には背の高い草がまとまって生えていて、土の中に根を張っている。穂乃果は最初こそ勢いよく引き抜いていたものの、しばらくすると腰を伸ばして息を吐いた。
「つ、疲れた……」
「まだ始まって一時間ですよ」
「海未ちゃんは元気だね……」
「普段から身体を動かしていますから」
海未はしゃがんだまま淡々と草を抜いている。ことりも穂乃果ほどではないものの、手際よく作業を続けていた。
「ことりちゃんもすごい……」
「こういう作業、意外と好きかも」
「穂乃果ちゃん、休憩する?」
「する!」
即答だった。
その隣では、にこが黙々と草を抜いている。
「にこちゃん、疲れないの?」
「疲れるわよ」
「でも速い」
「こういうのはコツがあるの。根元をちゃんと掴んで、土を少し緩めてから引っ張るのよ」
「へえ……」
穂乃果が真似をする。
何度か失敗したあと、ようやく一本、根まで綺麗に抜けた。
「抜けた!」
「だから最初からそうすればいいのよ」
「にこちゃん先生だ!」
「誰が先生よ!」
それでも、にこは少しだけ口元を緩めていた。
作業を続けていると、公園を通りかかった近所の子どもが四人を眺めていることに気付いた。
「何してるの?」
「公園を綺麗にしてるんだよ!」
穂乃果が答える。
「なんで?」
「困ってる人がいたから!」
その答えに、子どもは少し考えてから、公園の隅に落ちていた空き缶を拾った。
「じゃあ、これも?」
「うん!」
穂乃果が笑う。
「ありがとう!」
子どもは嬉しそうに走っていった。
にこはその様子を見ていた。
アイドル研究部を立て直したときもそうだった。穂乃果は、誰かが困っていると、それが自分に関係あるかどうかなんて考えずに動く。しかも、それを特別なことだと思っていない。
だから周りまで動き出す。
「……ほんと、変な子よね」
小さく呟いた声を、ことりが聞き取った。
「にこちゃん?」
「なんでもない」
にこはまた草を抜いた。
しばらくして、予定していた範囲の作業が終わる。最初は荒れていた公園の一角が見違えるように整っていた。
「終わったー!」
穂乃果が両手を上げる。
「皆さん、お疲れさまでした」
「疲れたねぇ」
「でも綺麗になったよ」
三人が公園を見渡す。
にこも何気なくその場所を見た。
自分たちが作業した場所だけ、明らかに違って見える。たった数時間のことなのに、そこにいた人たちの表情も少し明るくなっていた。
「……まあ」
にこは軍手についた土を払いながら言った。
「悪くはなかったわね」
「じゃあ、またやろう!」
「え?」
「次の勇者部の活動!」
「ちょっと待ちなさい!」
穂乃果が当然のように言うと、にこが振り返る。
「今日だけよ! 今日はたまたま手伝っただけ!」
「でも、にこちゃんがいると助かるよ」
「そ、それは……」
にこは言葉に詰まった。
海未とことりが顔を見合わせる。
そして穂乃果は、そんなことには気付かずに笑っていた。
「じゃあ、次もよろしくね!」
「だから私は勇者部じゃないって言ってるでしょうが!」
公園に、にこの声が響いた。
その少し後。
「……で、次の依頼って何?」
「にこちゃん、やる気じゃん」
「違うわよ! 確認してるだけ!」
結局、にこは穂乃果たちと一緒に、次の活動について話していた。