その日の勇者部の活動は、いつもと変わらないところから始まっていた。
「じゃあ、今日はこっちを片付けよう!」
穂乃果が手にした紙を広げると、海未とことり、そしてにこがその周りに集まる。今日の活動内容は、学校近くの小さな公園の整理だった。前回の活動を知った地域の人から、今度はこちらも手伝ってほしいと声をかけられたらしい。
「なんだか最近、こういうお願い増えたね」
「それだけ私たちの活動が知られてきたということでしょう」
海未はそう言いながら、持ってきた道具を確認する。
「まあ、頼られるのは悪いことじゃないわね」
にこも腕まくりをしていた。
「それに、こういう地道な活動も大事なのよ。アイドルだって、見えないところで努力してるんだから」
「にこちゃん、なんか今日はすごくそれっぽい!」
「いつもそれっぽいわよ!」
そんなやり取りをしながら作業を始める。
穂乃果が落ち葉を集め、ことりが散らばった枝を拾い、海未が伸びた草を整理する。にこは少し離れた場所で、壊れかけていた柵の周りを片付けていた。
特別なことは何もない。
ただ、四人で同じ場所にいて、同じことをしている。
それだけの時間だった。
「穂乃果ちゃん」
しばらくして、ことりが声をかけた。
「ん?」
「ごめんね。私、ちょっと行かなくちゃ」
「え?」
穂乃果が顔を上げる。
「お母さんから連絡があって……ちょっと来てほしいって」
「今日?」
「うん。そんなに時間はかからないと思うんだけど」
ことりは申し訳なさそうに笑った。
「じゃあ、私たちだけでやっておくよ!」
「でも……」
「大丈夫、大丈夫!」
穂乃果が笑って手を振る。
「海未ちゃんもにこちゃんもいるし!」
「ええ。任せてください」
「まあ、三人でもどうにかなるでしょ」
にこも頷く。
ことりは少しだけ三人を見た。
「……うん。じゃあ、お願いね」
「任せて!」
ことりは道具を片付けると、公園を出ていった。
その背中を、穂乃果はしばらく見送っていた。
「お母さん、何の用だったんだろうね」
「南家のことですから、何か予定があったのでは?」
海未はそう答えたものの、ことりが去っていった方向を一度だけ見た。
にこも何か言いかけたが、結局何も言わずに作業へ戻る。
「ほら、まだ残ってるわよ」
「はーい!」
穂乃果もすぐに作業へ戻った。
それからしばらくは、本当に何も起こらなかった。
◇
作業を終えて、公園から学校へ戻る途中だった。
穂乃果が手にしたゴミ袋を持ち直した、そのとき。
遠くから、聞き慣れない警報音が響いた。
「……え?」
海未の足が止まる。
にこも同時に顔を上げた。
次の瞬間、周囲の景色が歪んだ。
「樹海化警報……?」
穂乃果が呟く。
「穂乃果!」
海未が咄嗟に穂乃果の腕を掴んだ。
だが、間に合わない。
視界を覆うように景色が変わり、三人の立っていた場所は一瞬にして異質な空間へと変貌した。
見慣れた街並みは消え、巨大な植物に覆われた世界が広がる。
「……っ!」
海未が息を呑んだ。
にこも穂乃果を見る。
「……なんで」
穂乃果は二人の間に立ったまま、周囲を見回していた。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ!」
にこの声が鋭くなる。
「穂乃果、あなた……」
海未も言葉を失っていた。
これまで何度も樹海を経験している二人だからこそ、分かる。
ここは普通の場所ではない。
そして、普通の人間がいるべき場所でもない。
「穂乃果、私の後ろへ!」
海未が穂乃果の前へ出る。
「え?」
「いいから!」
「でも――」
言い終わる前に、奥の植物が大きく揺れた。
何かがいる。
それを察した瞬間、海未の表情が変わった。
「……来ます」
にこも身構える。
「穂乃果、絶対に動かないで」
「にこちゃん……?」
「説明は後!」
植物の向こうから、異形の姿が現れた。
人間とは明らかに異なる姿。
こちらを認識した瞬間、まっすぐに三人へ向かってくる。
「止まらない……!」
海未が弓を構えた。
「もうやるしかないわね」
にこが一歩前へ出る。
「海未、穂乃果をお願い」
「分かっています」
穂乃果が二人を見る。
「二人とも、何を――」
「穂乃果!」
海未の声が飛ぶ。
「私たちから離れないでください!」
その瞬間、二人の姿が光に包まれた。
穂乃果は目を見開いた。
海未の手に弓が現れ、にこの姿が戦うためのものへと変わっていく。
これまで穂乃果が知らなかったもの。
いや。
知るはずのなかったものが、目の前にあった。
「……海未ちゃん?」
呼びかけに、海未は振り返らない。
「穂乃果。私のそばに」
「う、うん……!」
海未が穂乃果の前に立つ。
その少し先では、にこが敵を正面から見据えていた。
「来なさい」
にこの声には迷いがない。
「相手してあげるわ」
敵が地面を蹴った。
にこも同時に踏み込む。
海未は穂乃果の横に立ったまま、弓を構えた。
前に出るにこ。
その背後を守る海未。
そして、その二人の間にいる穂乃果。
三人の戦いが、始まった。