高坂穂乃果は勇者である(再編版)   作:ZENSUN

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第五話

 翌日。

 

「……増えてる」

 

 穂乃果は、机の上に並べられた紙を見て呟いた。

 

 昨日までは数枚だった。

 

 それが今日は、十枚近くある。

 

「昨日の話が、思った以上に広まったみたいですね」

 

 海未が一枚を手に取る。

 

「『体育倉庫の整理を手伝ってほしい』……」

 

「こっちは『図書室の本を運んでほしい』だって」

 

 ことりも紙を眺める。

 

「こっちは……『相談したいことがあります』?」

 

「相談?」

 

 穂乃果が首を傾げる。

 

「何の相談だろう?」

 

「それは書いた本人に聞かなければ分かりませんよ」

 

「そっか!」

 

 穂乃果は立ち上がった。

 

「じゃあ、行こう!」

 

「待ってください」

 

 海未が穂乃果の肩を掴む。

 

「全部ですか?」

 

「うん!」

 

「今日一日で?」

 

「うん!」

 

「授業がありますよ?」

 

「……あ」

 

 穂乃果が固まった。

 

 ことりが笑う。

 

「穂乃果ちゃん、学校に来てるんだからね」

 

「そうだった……」

 

 海未はため息を吐いた。

 

「まず、今日できるものからです」

 

「はーい」

 

 それでも穂乃果の顔は嬉しそうだった。

 

 自分たちを必要としてくれる人がいる。

 

 その事実が、何より嬉しかった。

 

 ◇

 

 放課後。

 

 三人は体育倉庫へ向かった。

 

「これ、全部ですか?」

 

 扉を開けた海未が目を丸くする。

 

 中には、古いボールや跳び箱、マットなどが所狭しと並んでいる。

 

「うわぁ……」

 

「これは、なかなか大変そうだね」

 

 ことりが苦笑する。

 

「でも、やろう!」

 

 穂乃果は迷わなかった。

 

「困ってるんだもん!」

 

 三人は作業を始めた。

 

 使わなくなった道具を分ける。

 

 壊れているものをまとめる。

 

 残すものを整理する。

 

 穂乃果は重いものを運び、海未は整理し、ことりは細かいものをまとめていく。

 

「穂乃果、無理をしないでください」

 

「大丈夫!」

 

「さっきから同じことしか言っていませんよ」

 

「だって大丈夫なんだもん」

 

 穂乃果が笑う。

 

 その笑顔を見て、海未も小さく笑った。

 

 作業を始めてから、しばらくして。

 

「ありがとう」

 

 体育委員の生徒が頭を下げた。

 

「これで次の授業に間に合います」

 

「よかった!」

 

 穂乃果が笑う。

 

「じゃあ、次!」

 

「……まだあるんですか?」

 

 海未が嫌な予感を覚える。

 

 穂乃果が手にしている紙を見る。

 

「図書室!」

 

「やはり……」

 

 ◇

 

 図書室。

 

「思ったより多いね」

 

 ことりが積み上げられた本を見る。

 

「これを全部、運ぶんですか?」

 

「そうみたい」

 

「……分かりました」

 

 海未は腕まくりをした。

 

「やりましょう」

 

「海未ちゃん、やる気満々だね」

 

「ここまで来たら中途半端にはできません」

 

 三人は本を運び始めた。

 

 何往復しただろう。

 

 最後の一冊を棚に置いたところで、穂乃果がその場に座り込んだ。

 

「つかれたー!」

 

「お疲れ様」

 

 ことりが笑う。

 

「でも、楽しかったね」

 

「うん!」

 

 穂乃果は満足そうだった。

 

 そのとき。

 

「あの……」

 

 図書室の入口から声がした。

 

 三人が振り返る。

 

 一人の女子生徒が立っている。

 

「あ、昨日の……」

 

 昨日、鍵を探していた生徒だった。

 

「どうしたの?」

 

 穂乃果が立ち上がる。

 

「昨日は本当にありがとう」

 

「いいよ!」

 

「その……」

 

 少女は少し迷ってから、口を開いた。

 

「また、お願いしてもいいかな?」

 

「もちろん!」

 

 穂乃果は即答した。

 

「何?」

 

「私じゃなくて……友達なんだけど」

 

 少女は少し困ったように言った。

 

「最近、学校に来てない子がいるの」

 

「学校に?」

 

「うん」

 

 海未の表情が変わる。

 

「体調が悪いのですか?」

 

「それが分からなくて……」

 

「先生には?」

 

「話したけど、大丈夫って言われて」

 

「でも、心配なんだね」

 

 穂乃果が言った。

 

 少女は頷いた。

 

「その子、前は毎日学校に来てたのに……急に来なくなって」

 

「……」

 

「私、何かしてあげたいんだけど、どうすればいいか分からなくて」

 

 穂乃果は少し考えた。

 

 そして。

 

「じゃあ、会いに行こう」

 

「え?」

 

「その子のところに」

 

 海未が穂乃果を見る。

 

「穂乃果」

 

「だって、困ってるんでしょ?」

 

「ですが、ご本人がそれを望んでいるとは限りません」

 

「……そっか」

 

 穂乃果は考え込む。

 

 助ける。

 

 そのことばかりを考えていた。

 

 けれど。

 

 助けられる側が、助けてほしいとは限らない。

 

「じゃあ……」

 

 穂乃果は少女を見る。

 

「その子が何をしてほしいのか、聞いてみるのは?」

 

「……」

 

「私たちが勝手に決めるんじゃなくて、その子がどうしたいのか」

 

 海未が静かに頷く。

 

「それなら、いいでしょう」

 

「ありがとう!」

 

 少女の顔が少し明るくなる。

 

「明日、その子のところに案内するね」

 

「うん!」

 

 少女が帰っていく。

 

 穂乃果はその背中を見送った。

 

「……ねえ、海未ちゃん」

 

「何です?」

 

「人を助けるって、難しいね」

 

「そうですね」

 

「ただ手伝えばいいってわけじゃないんだ」

 

 海未は少しだけ驚いた。

 

 穂乃果が自分からそんなことを言うとは思っていなかった。

 

「だからこそ」

 

 海未は言った。

 

「考える必要があるのでしょう」

 

「うん」

 

 穂乃果は頷いた。

 

「明日、その子にちゃんと聞いてみよう」

 

 ◇

 

 その日の夕方。

 

 生徒会室。

 

「……また増えましたね」

 

 絵里が机の上に置かれた報告書を見る。

 

「昨日より多いね」

 

 向かいに座っていた希が答える。

 

「勇者部を名乗って活動しているわけではないようだけど」

 

「ええ」

 

 絵里は紙をめくる。

 

 荷物運び。

 

 清掃。

 

 落とし物探し。

 

 図書室の整理。

 

 どれも問題のある活動ではない。

 

 むしろ、学校にとってはありがたいことだった。

 

「……これだけなら」

 

 絵里が呟く。

 

「止める理由はないわね」

 

「そうやね」

 

 希は笑った。

 

「でも、えりちは気になってる」

 

「当然でしょう」

 

 絵里は窓の外を見る。

 

 校庭。

 

 そこでは、穂乃果がことりと一緒に歩いていた。

 

 海未も少し遅れてついている。

 

「高坂さんは、自分が何をしようとしているのか分かっているのかしら」

 

「さあ」

 

「……」

 

「でも」

 

 希が言った。

 

「少なくとも、今のところは悪いことをしてへん」

 

「それは分かっているわ」

 

「なら、もう少し見ててもええんやない?」

 

 絵里は黙った。

 

「見ているだけでいいの?」

 

「今はね」

 

 希は穏やかに笑う。

 

「人って、何を考えてるかは言葉より行動のほうが分かるから」

 

「……」

 

「高坂穂乃果が、本当に何者なのか」

 

 希は窓の外を見る。

 

「もう少し見てみようよ」

 

 絵里も視線を戻した。

 

「……分かったわ」

 

 ただ。

 

 その言葉とは裏腹に。

 

 絵里の胸の奥には、まだ消えない不安が残っていた。

 

 ◇

 

 帰り道。

 

「今日はいっぱい助けたね」

 

 穂乃果が言う。

 

「ええ」

 

 海未が答える。

 

「でも、明日はもっと大変そう」

 

 ことりが笑う。

 

「学校に来ていない子のお話だね」

 

「うん」

 

 穂乃果は空を見上げた。

 

 夕暮れの空。

 

 赤く染まった雲の向こうに、太陽が沈んでいく。

 

「その子、何で学校に来なくなったんだろう」

 

「それは、明日聞けば分かりますよ」

 

「うん」

 

 穂乃果は頷く。

 

「ちゃんと、その子の話を聞こう」

 

 海未はその言葉を聞いて、微笑んだ。

 

 勇者とは何なのか。

 

 まだ分からない。

 

 強くなることなのか。

 

 敵と戦うことなのか。

 

 誰かを守ることなのか。

 

 けれど。

 

 少なくとも今の穂乃果にとって。

 

 勇者とは――

 

 目の前で困っている誰かを、放っておかないことだった。

 

「明日も頑張ろう!」

 

「はい」

 

「うん!」

 

 三人の声が、夕暮れの道に響いた。

 

 その小さな活動は。

 

 やがて、三人だけでは手に負えないほど大きなものへと変わっていく。

 

 けれど今はまだ。

 

 誰も、そのことを知らなかった。

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