高坂穂乃果は勇者である(再編版)   作:ZENSUN

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第九話

放課後の校舎には、いつもとは違う音が満ちていた。

 

 廊下を歩けば、どこかの教室から机を引きずる音が聞こえ、別の場所では誰かが大きな紙を広げている。階段の踊り場には普段なら置かれていない箱が積み上げられ、廊下の壁には色紙や案内板が立てかけられていた。

 

 学校そのものが、少しずつ普段とは違う姿へ変わり始めている。

 

 音ノ木祭り。

 

 神樹の恩恵を受けて暮らす人々が、そのことへの感謝を表すために行われる催しの一つだった。

 

 音ノ木坂学園も地域の一員として参加しているため、生徒たちもそれぞれの形で準備を手伝っている。

 

 そんな校内を、穂乃果たちは歩いていた。

 

「今日の依頼はこれで全部かな?」

 

 穂乃果が手にした紙を確認する。

 

「たぶんそうですね」

 

 海未が答えた。

 

「ことりちゃんは?」

 

「こっちも終わったよ」

 

 ことりが持っていた紙を見せる。

 

「じゃあ、今日はもう終わりだね!」

 

 穂乃果が伸びをした。

 

 その瞬間だった。

 

「だから無理だって言ってるでしょ!」

 

 廊下の向こうから、聞き覚えのある声が響いた。

 

 三人が足を止める。

 

「……にこちゃん?」

 

 ことりが小さく呟いた。

 

 穂乃果はすぐに声の方へ向かって歩き出した。

 

「ちょっと、穂乃果!」

 

「何か困ってるのかも!」

 

「だからといって、勝手に――」

 

 海未の制止を聞かず、穂乃果は廊下の角を曲がる。

 

 そこには、数人の生徒を前にして腕を組んでいるにこの姿があった。

 

 机の上には何枚もの紙が広げられている。

 

 その中には、ステージの配置図や進行表らしきものもあった。

 

「だから、この人数じゃ予定通りなんて無理なのよ!」

 

「でも、もう変更を伝えるには遅すぎます」

 

「だから困ってるんでしょうが!」

 

 にこの声には苛立ちが混じっていた。

 

 ただ怒っているわけではない。

 

 焦っている。

 

 それが、穂乃果にもなんとなく分かった。

 

「あの……」

 

 ことりが声をかける。

 

 にこが振り返った。

 

「……あんたたち」

 

「何かあったの?」

 

 穂乃果が尋ねる。

 

「別に。ちょっと予定が狂っただけよ」

 

「予定?」

 

「音ノ木祭りのライブ」

 

 にこの後ろにいた部員が答えた。

 

「出演する予定だった子が急に参加できなくなって、構成を変えないといけなくなったんです」

 

「それだけ?」

 

「それだけって……」

 

 部員が困った顔をする。

 

「ステージって、一人減ったから一人足せばいいってものじゃないんですよ。歌う場所も、立ち位置も、振り付けも全部変わっちゃうから」

 

「なるほど……」

 

 穂乃果は真剣な顔で頷いた。

 

 にこは机の上の資料を見る。

 

 自分で作った進行表だった。

 

 何度も書き直した。

 

 曲順も。

 

 立ち位置も。

 

 時間配分も。

 

 当日までに準備できることを全部考えていた。

 

 だからこそ、一人抜けただけで全体が崩れてしまうことが分かっている。

 

「……どうしても、無理なの?」

 

 穂乃果が尋ねた。

 

「このままじゃ無理」

 

 にこは即答した。

 

「だったら――」

 

 穂乃果が顔を上げる。

 

「私たちが手伝う!」

 

「は?」

 

「勇者部で!」

 

 にこが固まった。

 

「……何でそうなるのよ」

 

「だって困ってるんでしょ?」

 

「そうだけど」

 

「じゃあ、助ける!」

 

 あまりにも迷いのない返事だった。

 

 にこは頭を抱えた。

 

「……あんた、本当にそればっかりね」

 

「勇者部だから!」

 

「便利な言葉にしないでよ」

 

 しかし、にこはそこで断らなかった。

 

 人数が足りない。

 

 時間もない。

 

 そして何より、ライブを中止したくない。

 

 そんな状況で手を貸してくれる人間がいるなら、断る理由もなかった。

 

「……分かった」

 

「本当!?」

 

「ただし、勘違いしないでよ」

 

 にこは指を立てた。

 

「ライブをやるのはアイドル研究部。あんたたちはあくまで手伝い」

 

「うん!」

 

「勝手にステージに上がったりしないこと」

 

「……え?」

 

「何よ、その顔」

 

「いや……」

 

 穂乃果は少し考える。

 

「ステージに上がるのも手伝いになるんじゃないかな?」

 

「ならないわよ!」

 

 にこが即座に怒鳴った。

 

 ことりが口元を押さえて笑う。

 

 海未はため息をついた。

 

「穂乃果。まずは裏方から始めましょう」

 

「はーい」

 

 こうして、勇者部はアイドル研究部のライブ準備を手伝うことになった。

 

 最初は、単純な手伝いのつもりだった。

 

 荷物を運ぶ。

 

 ステージを整える。

 

 必要なものを揃える。

 

 それだけのはずだった。

 

 だが。

 

 その日の帰り際。

 

 にこが一人で残った資料を整理していると、机の上に置かれた進行表に目が止まった。

 

 予定されていた構成。

 

 変更後の構成。

 

 そして、空白になった一人分の欄。

 

「……やっぱり、これじゃ足りない」

 

 ライブを成立させるには、まだ何かが必要だった。

 

 しかし、その答えをにこはまだ見つけられていなかった。

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