日本連邦 東京湾入口 海上
護衛艦隊旗艦 ヘルクレス級戦艦「コルネフォロス」
甲板上に上がっていたストール・シエリア・ハイラスの3人は、周囲の景色に唖然としていた。帝国の空と比べ、はるかに空気が澄んでいる。
冬であることも影響してか遠くまでよく見通せる。
湾の入口からでもうっすらとその高層ビル群が見えるのだ。
「私は、国の発展には汚染が付き物だと思っておった。故に、暗い帝都の空も"発展の証"であると、そう誇っていた。だが……やはり青い空はよいな」
「非常に不思議に思います。奥の高層ビル群からして、我が国の帝都すら上回る発展ぶりが窺えます。にも関わらず、空はこんなにも美しい。環境対策の技術もより進んでいるのでしょうか」
遠くに見える摩天楼と美しい空に、甲板上の他の兵からも感嘆の声があがっている。
これから交渉を行うシエリアは、少し表情が強張っている。今回の派遣が始まってからは、ストレスの連続だ。
それを映画の事を考えながら耐えている。
(大丈夫。私は大丈夫だ。絶対に上手くいく。上手くいかないと日本の映画が見れない!だから絶対に大丈夫だ!)
彼女は映画キチと化していた。
「グラ・バルカス帝国の皆さん。もうすぐ港に着きますので、外交団の方々は上陸の準備をお願いいたします」
無線から朝倉の声が響いた。
「承知した。貴艦隊の先導、見事なものだった」
ストールは、合流時の回頭やその後の一糸乱れぬ艦隊運動に感嘆していた。実戦の場でなくとも、ストールにはその練度の高さが理解できたのだ。
「ありがとうございます。護衛の皆様も、上陸して休憩なさってください。真水や食料の補給もご用意しております」
「感謝する」
朝倉とストールはある程度必要な会話を重ねると、無線を切り上陸の準備に入った。
「さて、我々に出来るのはここまでです。どうか、祖国の未来をお願いいたします。シエリア殿」
「ああ、任せてくれ。必ず成功させる」
「殿下、どうかお気をつけて」
「彼らならば、悪い事にはなるまい。帰りの護衛も頼むぞ」
ここからは、外交の時間である。
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案内された部屋は、帝国の謁見の間とは対照的に簡素だった。だが窓の外には、あの美しい摩天楼が見える。テーブルには地図と資料が用意されていた。
「はじめまして。私は外務大臣を務めている松長と申します」
「私はグラ・バルカス帝国皇族のグラ・ハイラスという。今回は異世界における国家との初接触ということで、特別に同行している」
「外交官のシエリアです」
連邦側からは外務大臣が出てきた。帝国側から皇族が出ているのと同じような理由か、はたまた皇族がいる事を知って相応の格を持つ人間を出してきたのだろうか。
「では、国交開設における交渉を始めましょう」
最初に、お互いの国家を知るために基本的な情報を開示し合う事となった。
帝国側にとっては、未来的な技術を持つ未知の大国が相手であり、逆に連邦側にとっては地球世界の歴史上に存在する技術体系を持つことからその文明水準は測りやすい。
お互いに初の異世界国家との接触でありながら、その内心の余裕の差はそれなりに大きなものがあった。
「我が国にも議会があり、基本的には決議によって国家方針が定まるが、緊急時には皇帝陛下が指揮を執る事となる。今回のような転移災害においても、陛下の迅速なご判断がなければより大きな混乱が起きたことだろう。無論、先程聞いた話から独裁に対して懸念があるのには納得がいくが、どうかご理解いただきたい」
「とんでもございません。我々としても貴国の内政に干渉する意図はないのです。しかしそういった国家は、頂点に立つ皇帝の代替わりによって国家方針が大きく変わることもあります。我が国としては、将来の代替わりによって我が国への対応に突然の方針転換が起きないか不安なのです」
「理解はできる。しかしそれは完全な民主主義国家でも同じはずだ。首相や大統領など、国家元首の交代によって政策が変わるのは当然のことではないか?」
実際の交渉では、お互いが相手に敬意を払いつつも外交官同士のしっかりとした戦いが展開された。
旧世界における帝国の振る舞いからすれば考えられないことだが、国家転移から始まった危機により"今戦争を始めれば戦争でしか国が立ち行かなくなる"と将来を危惧する穏健派の声が大きくなり、民衆も多くがそれに同調していること。
加えて連邦との接触によって格上の国家の存在が明らかになったこと。
これらの理由から、強硬派は大きく勢いを削がれていった。
さらに、新世界初接触の相手である連邦も転移国家のため、帝国はまだこの世界の文明とは接触できていない。
既に文明がある事については調査で判明しているが、それがどれほどの技術水準なのかまでは分かっていない。この世界の文明が帝国より遅れているという保証はない。
複数の理由が絡み合った結果、帝国は国家の生存のために、帝国主義を捨てざるを得なくなったのだ。
「食料は完全に自給できておりますので、貴国にお売りする分もそれなりにはございますよ」
「そうか。こちらとしては、食料品の輸入は即座にでも開始したい。新世界に来てから、足りない品目もあるのでな」
(あくまで食料を自給できない、とは言わないか)
(いくら貴国が強大だからといって、舐められる訳にはいかない)
帝国は連邦との対立を望んでいない。むしろ同じ災害に遭った仲間としての関係を望んでいる。しかし帝国が連邦の下につく訳ではないのだ。旧世界ユグドにおける最強国家としてのプライドがある。
今回の外交には牽制という意味合いも含めて、ハイラスが同行していた。
連邦はハイラスを丁重にもてなしており、皇族に対する敬意は感じられる。しかし"相手の国力に関係なく対等に扱う"という、地球世界由来の進んだ価値観を持つ連邦には、皇族の威厳は交渉には大きく影響しなかった。
「貴国内で石油含む各種資源の需要が満たされているのであれば、それも輸入したいと考えている」
「ええ、それについても前向きに検討しておきましょう。しかし実際に輸送するとなった場合、おそらく貴国の港湾の規模ではタンカーの受け入れが難しいかもしれませんので、その部分については………」
(この反応、国内に大規模な油田を保有しているのか。特に時間を欲している様子もない、新世界への転移後に新領土を編入して開発中、というわけではなさそうだな)
(帝国が石油を自給できないのであれば、それを握る事は我が国にとって大きなメリットになる。食料も含めて、帝国が我々に手を出す可能性は限りなく低くなるだろう。彼らも技術差はしっかり理解しているようだし、帝国側の生命線を握っているという事実は逆に、我が国の帝国への信頼にもなりうる)
また、新世界特有の内容に関しても話し合いが行われた。
「我が国の調査によって、東方に大陸や複数の島があることが判明している。それらには文明も存在するようだ。我々はそれら新世界文明との邂逅の際、二国間での協調的な接触を望む」
(なるほど。お互いに新国家との接触を欲しているのは明白。我が国と足並みを揃える意図を示しつつ、こちらの独走を防止する意味合いも含んでいるな)
(どうせ接触するのであれば、わざわざ二度手間をかける必要はない。有事には協調して対応できるメリットもある。お互いに悪い話では無いはずだ)
「そちらについても検討しておきます」
「ああ。我が国としては、将来的には貴国との同盟についても考えている」
「おや、まだ具体的な"敵"も存在しないのにですか?少し性急な気がしますがね」
「だからこそだ。国家の転移などというおかしな現象が起きているのだから、化け物が出てきたっておかしくはないだろう?」
(同盟が、というよりは我が国との相互不可侵が目的か。確かに新世界には国連などないから、具体的に条約を結ばなければ法的な不可侵は存在しないことになるが………1940年代相当の価値観なら、不可侵条約がなければ攻撃の可能性は残っていると考えるのは確かに妥当だ。こちらにそのつもりはないのだがな)
(食料と資源の輸入に関しては、具体的な量はともかく一先ずの合意は取れた。あとは攻められない確証さえあれば、目的は達成したも同然。その他は最悪どうでもいい)
両国間の価値観の差もあり、お互いに意外性を感じる部分も多いものとなったが、交渉の内容はある程度まとまったと言っていいだろう。
通常、同じ惑星に文明がある限りこれほどの技術を保有する前に初接触が起きるものなので、これらの経験がないことからお互いに手探りではあったものの、話は順調に進んだ。
最終的に両国は
・相互国家承認
・相互不可侵
・領海と排他的経済水域の画定
・外交使節の交換
・緊急連絡網の構築
・通商・交易の限定的な開始
(より具体的な交易に関しては通商条約に記載)
・意図しない事態への人道的対応
・文化の相互尊重と調査
・上記条文の批准と発効
以上で交渉内容を確定し、正式に国交が開かれることとなった。
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「本日はありがとうございました」
「有意義な交渉となった。感謝しよう」
「私は具体的な内容には口を出さなかったが、今回の交渉が上手く行った事を嬉しく思う」
「ええ、殿下もまた個人的に我が国にいらしてください。歓迎いたします」
会談は良い雰囲気で終了した。
帝国は最大の目的としていた食料・資源の輸入の言質をとり、同時に不可侵まで確定させた。
多大な緊張の中でこれを成し遂げたのは、やはりシエリアが外交官として優秀だからに他ならない。
「ところで松長殿、質問をしても良いか。単なる雑談の一環なのだが」
「ええ、構いませんよ」
ハイラスは何となく、彼女が何を言うのか予想できた。
「貴国には、映画はあるか?我が国より進んだ技術があるのなら作れないことはないと思っているのだが……館内で巨大な画面で映像を見るものだ」
「御座いますよ。おそらく貴国ではフィルム映画が一般的でしょうか。我が国の映画を見たらさぞ驚かれるでしょうな」
「ぜひ!ぜひ見たい!私は映画に目がなくてな。そうであれば、私が日本に駐在する大使となってここで暮らしたいくらいだ。生活水準も非常に良いしな」
「いや無理だろう。そなたは優秀だ。今後も新世界での外交に駆り出されるだろうな」
「その様な悲しい事を仰らないで下さい殿下。考えないようにしていたのですよ私は」
「何とも愉快な方々ですな……」
3人が迎賓館を出ると、複数人の護衛が待っていた。
中にはストールの顔もある。
「お疲れさまでした、シエリア殿」
「ああ、ストール殿。交渉は上手く行ったよ」
物資の補給についてはある程度進められており、そこまで帝国と連邦の距離が離れていないのも相まって、もうすぐ完了する段階まできていた。
「すぐにでも本国に、今回の内容を届けたい」
「承知しました。ではコルネフォロスの通信設備を使いましょう。殿下、出航まではもうしばらくかかりますので、少し休んでおられてはいかがでしょうか」
「そうだな。報告の邪魔になっても悪いし、護衛を連れて少し歩くとしよう」
ハイラスと別れた2人は艦に乗り込み、本国との通信を開始する。
(連邦は、我々の想像を遥かに上回る大国だった。彼らには今までの常識は何も通用しない。旧世界で最強を誇った帝国さえ、正面から相手をすればただ飲み込まれるだろう。しかしやりようはある。)
帝国は食料と資源を得た事で、瀕死の状態から回復するだろう。だがそれは連邦の供給ありきであり、交渉前に危惧されていた連邦への依存は避けられなかった。
しかしハイラスを筆頭とした穏健派にとって、この事実は強硬派をさらに抑止するカードにもなりうる。
(ユグドでの外交とは随分違うが、これも良い機会だ。力による支配にはいずれ限界が来る。転移という出来事は、帝国に危機と同時に福音をもたらした)
「シエリアです。……………はい、成功しました。食糧や資源の輸入に関する取り決めもしっかりと。…………はい。両国間の連絡手段や港湾の拡張などについても、連邦水準に引き上げるために限定的な技術支援を得られます」
通信越しの本国の声は、要点を確認する度に僅かずつ緊張を解いていくのが分かった。それもそうだろう。
長らく国難に喘いでいた帝国にとって、今回の報告はまさに吉報。この交渉にかかっていた期待は大きく、実際にそれが実ったのだから。
シエリアもまた、報告を重ねる度に肩の力が抜けていくのを感じていた。実際に会談が始まれば胃の痛みなどすっかり忘れていたのだが、実際にはプレッシャーを感じていた様だ。
「……………はい。具体的な話については、通商条約にて明記する予定です。それから、新国家との接触における協力についてもある程度の同意を得られました。そちらも今後、詳細を詰めていきます」
シエリアが通信を終え、一息つくと、隣にいたストールが話しかけてきた。
「何とかなった……」
「シエリア殿のお陰で、帝国の未来は明るいですな」
「私一人の力ではないよ。彼らとの初接触がストール殿でなければ、結果は違っていたかもしれない」
「それこそ買いかぶりというものです。我が国の司令官は皆優秀ですから」
「しかし驚きましたぞ。さすがは異世界、といったところでしょうか」
「ああ。私も直接言われた時は面食らった。
『魔法』………そんなお伽噺のようなものが実在するとは」
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兵器性能紹介
ヘルクレス級戦艦
全長 225m
最大幅 35m
基準排水量 39,100t
速力 最大27kt
兵装ーーーーーーーーーーー|
45口径41cm連装砲 4基8門
14cm単装砲 18基18門
対空連装高射砲 6基 12門
対空連装機銃 20基 40挺
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同型艦ーーーーーーーー|
1番艦 ヘルクレス
2番艦 ラス・アルゲティ
3番艦 コルネフォロス
4番艦 サリン
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グラ・バルカス帝国が運用する主力戦艦。
日本帝国海軍が開発した「長門型戦艦」に酷似した外見、性能を持つ。
装甲や搭載兵装の割にそれなりの速度を発揮し、攻撃・防御・速度のバランスが良い戦艦として、単艦の性能では高い評価を得ている。
しかしユグドにて航空主兵論が台頭し始めると、空母と速度を合わせられない本級の評価は相対的に低下していった。