みんな婚約者のことが好きすぎる   作:九ツ森とむ

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 本日から長編の連載を開始いたします。この作品は、およそ32万字で「小説家になろう」にて既に完結したものと同じ内容で、それを改めて最初からこちらに投稿しています。
 1日1話の更新予定していく予定です。一人でも多くの方にこの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。
 よろしくお願いいたします。


0章
0-1 イケメンに溺愛されるとか無理すぎる(1/1)


 私は手元で弄んでいた栞を机に置き小説本をぱたりと閉じると、ふう……と、ひとつため息をついた。

 吐いた分の息を取り戻すように深呼吸すると、潮の香りが鼻の奥いっぱいに広がる。

 

「……面白かったよ。

 面白かったんだけど……なんだかなぁ……。

 結局は王子に選ばれるのか〜って感じ」

 

 あ~あ……とつぶやきながら頬杖をつき投げやりな気持ちで視線を彷徨わせれば、開け放った窓から海風が吹き込んでカーテンを揺らしているのが見える。

 小説の中で展開するヒロインを取り巻く波乱万丈な世界とは違って、ここは平穏そのものって感じ。

 

「まあねぇ、でも恋愛小説なんだから……やっぱり最終的にはヒロインが相手役のヒーローと結ばれないとねぇ」

 

「ん~、それはわかるんだけどさー、どうにも展開が《テンプレ》なんだよね~……。

 序盤で登場した時に、登場時の描写がやたらとキラキラしてるイケメンがいるな~って思ったら案の定そいつが恋のお相手なんだもん……。

 私は従者の少年の方が好きだったのになぁ、だってヒロインにあんなに尽くしてたんだよ……⁉」

 

「そうだね、彼は魅力的ないいキャラだったねえ。

 アリスが好きと言うのもわかる気がするよ」

 

 クロードお兄様が柔らかく微笑むと、桜色のふわふわとした癖毛が揺れる。

 彼は、読書を何より一番の趣味といって憚らない人だ。

 本当にどんなジャンルの本でも手あたり次第に読むので、この恋愛小説も例外ではなく既に読破済みで内容を把握しているみたい。

 さすがだわ。読書に関しては超《雑食》だよね。

 私も読書自体は好きなんだけど、やっぱり小説のような物語ものに偏りがちかなぁ。

 読書量でいえば、とにかくなんでも満遍なく読むお兄様には全然勝てる気がしないよ。

 

「言われてみれば確かに、彼はもう少し報われるところがあってもよかったかもしれないなぁ。

 過去や背景が重いだけに余計にね」

 

「だよね? やっぱり微妙に納得できない……」

 

 最後まで夢中で読んでしまったくらいには、お話自体はすごくおもしろかったんだけどね……。

 

「恋愛の相手がわかりやすいのが不満なのなら……逆に登場人物が多くてヒロインが最後まで誰を選ぶかわからないやつもあるよね」

 

「うっ、《逆ハーレムもの》も苦手……。

 先が読めなくて面白いからっていう意味でそういう展開が好きな人の気持ちもまあわからなくはないけどさ……。

 なんか無駄にハラハラするし、それに周りがヒロインを取り合ってギスギスし始めたりすることがあるじゃん……?」

 

「はは、アリスは注文が多いよねぇ……もうこの際、いっそ自分で書いたら?」

 

「いや、う~ん……それは……」

 

「僕は、アリスが書いたお話なら読んでみたいけどなぁ。

 もし書くことがあったら、その時は絶対読ませてね」

 

 クロードお兄様はそう言うと、テーブルに突っ伏した私の頭を撫でた。

 暖かい掌が気持ちいいな……と目を細めると、視界の端で優しく笑いかけてくれるお兄様と目が合う。

 

「……まあ、こういう『見た目の整った男性』に全肯定されて愛される展開はやっぱり読者が憧れてる状況(シチュエーション)なんだと思うよ。

 ありきたりってことはつまりは王道(・・)ってことでもあるからね。

 実際この小説、すごく人気があるシリーズみたいだし」

 

「それはわかるよ。

 それはわかるけど、私は勘弁してほしいなあ……あーイケメン王子に溺愛されるとか気障(キザ)な愛の言葉囁かれるとか、考えただけで! 全身が! むず痒いっ!」

 

「ふふ、アリスは本当に子供の頃から、ずっとそれを言っているよねえ」

 

「創作(フィクション)の世界ならいいんだよ!

 でも実際に(リアル)となると、無理じゃん!」

 

「う~ん…………実際に、王子様に溺愛される……か……」

 

 お兄様は言葉を切ると、顎に指先を添えた。

 

「……まあ……試しに現実的に想定してみるとして。

 うちの国は王子殿下たちは僕たちより一回り年上だし、皆もう結婚なさってるし。

 更にいえばそのご子息たちはまだ幼くていらっしゃるから可能性は限りなく低いわけだけど……。

 でも別の国の……例えば小国の王子様とかであれば、アリスの相手として全く可能性がないとはいえないと思うけどなあ?

 うち、辺境伯家だしね」

 

「えー? この地味で取り柄なくて田舎者の私が王子様の相手?

 これまで見たことないタイプの《おもしれー女》ってやつ?」

 

 この海沿いののどかな辺境領地で平民たちに交じって走り回って育った私は、正直貴族的なマナーとか言い回しとかが本当に苦手で……。

 一応付け焼刃的にその場しのぎくらいはできると思うけど、多分ある程度付き合いが続くとすぐ素が出ちゃうと思うんだよねえ……結婚なんてするとかってなれば尚更。

 だから王族とかザ・お貴族様から見たら最初は多少目新しい存在かもしれないけど、多分ただの珍獣扱いですぐに飽きられて終わりだよ。

 お兄様も育ちは似たようなもんなのに、王都で働き始めてからなんかちょっと仕草とかが洗練されてきた感じがして……なんだかずるいなぁと思う。

 お兄様は、普段はここから馬車で半日ほどの距離にある王都で暮らしている。

 王都のタウンハウスに住んで、王城で文官として働いているんだよね。

 連休をもらったらしくて、今日はたまたまこうして領地に帰ってきてくれているけど。

 

「じゃあ聞くけど。

 お兄様がもし、どこかの国のお姫様と結婚するってことになったらどうするの? 嬉しいの?」

 

「え? それはないよ、だって僕にはティナさんっていう最高の婚約者がもういるからね!」

 

 はいはい、そんな嬉しそうな顔しなくて大丈夫ですよ、ご馳走様です。

 お兄様は、ほんとに婚約者のティナお義姉様のことが好きすぎる。

 ほんっとに、呆れるくらいべた惚れ。

 本当に、二人が早く結婚できたらいいのにねえ。

 

「失礼します。

 お嬢様、今よろしいですか?」

 

「……っ! は、はい!」

 

 扉のノックの音と侍女長の声に顔を上げ、私は慌てて姿勢を正す。

 年配の彼女は古参の使用人で、私が子供の頃から仕えてくれてる頼りになる人だ。

 ただ、とにかくマナーに厳しいんだよね……。

 ぴしりと姿勢を正した私の顔に、お兄様が仕方ないなぁという顔で手を伸ばしてくる。

 思わず目を瞬かせた私に向かって微笑んでから、お兄様は私の額に貼り付いたままの乱れた髪の毛を直してからポニーテールに結った毛先も軽く整えてくれた。

 そうそう……こういうところ乱れてるとすごい厳しいんだよ侍女長……お兄様ありがとうね。

 

「ど、どうぞ~」

 

「失礼いたします……。

 若様もおいででしたか!

 これは失礼いたしました」

 

 侍女長がお兄様の顔を見て慌てて頭を下げる。

 お兄様は『構わないよ』と笑顔で応じた。

 

「どうしたの? 何かあった?」

 

「旦那様と奥様が、お嬢様をお呼びです。

 なんでも、大切なお話がある……と仰っていましたが……」

 

 お父様とお母様が私に?

 確かに最近、領地の状況が厳しくてお父様たちが色んな対策や対応をしている、ということはさすがに私だって把握しているけど……。

 

 ここフィッシャー伯爵領はユルンベルク王国の南端、のどかな海沿いの領地だ。

 海の向こう側は隣国、大都会の王都を中心に栄える大国のエングリーン王国領。

 うちは国境を擁する領地を任されているいわゆる『辺境伯領』というやつなんだよね。

 ただ、うちの国はエングリーン王国をはじめとして他の近隣の各諸国とも関係が比較的良好で、争いだの諍いだのも全然なくて……そういう意味では国境とか辺境っていってもとても平和。

 船舶貿易の拠点であり領主邸もある港町のここはそれなりに賑わっていて、その周りに点在する漁村では領民たちが穏やかに生活している。

 我がお父様ながらいい統治をしていて、住みやすい土地だと評判なんだよ。

 

 でも、それも自然の力……天変地異には勝てないんだよね。

 夏場に異常発生した台風の被害で、まずは漁獲量が激減。

 商船も転覆したり壊れたりして、たくさんの船やその積み荷がだめになって……これでは領民たちの生活が立ち行かなくなる、非常事態だと判断したお父様は時限付きで領に納める税金の税率を下げた。

 台風が来ること自体はそんなに珍しくないので、備えて貯えをしていたからできたことだったんだけど……ただ、一つ問題があって。

 それが去年の話じゃなくて、今から二年前の話なんだよね……。

 

 次の夏……つまり去年も一昨年から連続して、またも異常な強さの台風が次々とやって来た。

 前の年の一年間なら収入がなくても蓄えを切り崩すことでなんとかなった領民も、二年連続の災害には耐えられない。

 お父様は税率を戻さず、更に助成も行うことにした。

 元々フットワークの軽い性質(タチ)のお父様は馬で自ら領地を駆け回っては、領民たちや港町を拠点とする商人たちの困りごとを聞いて回っているみたい。

 お父様は若い頃……私たちが幼い頃にお祖父様が隠居するまでは、王城で文官として土木関係の部署でお仕事をしてたらしいんだよね。

 おかげで領民、商人たちからの信頼はかなり厚い。

 そういう意味ではねえ、領地経営は成功しているとは言えるんだけども。

 

 その状況で私が小説読んだりしてあまりにのほほんとしてるように見えたかもしれないけど……いや、実際今日はお兄様が帰ってきてくださっていたしだいぶのんびりしてたけど!

 一応普段はちゃんとお父様とお母様の執務を手伝って国に提出する書類をまとめたりとかして、これでも私なりにできることはやってるつもりだよ?

 

「大切な話……? なんだろうねえ」

 

「え~……知らない。 私が聞きたいよ……」

 

 侍女長が退室したのを見計らってから、私は小声で呟いた。

 生活を立て直せた領民たちは何年か後にはたくさん税を納めてくれるだろうし、よい評判を聞いて移住してくる農民や漁師もいると思う。

 商人たちも商売の拠点を移すよう検討してくれるかもしれないよね。

 でも、そういうあれこれの結果が出るのって多分数年後の話で……。

 領民への助成や困りごと対策という投資に見合った税収増加という成果を得るまでには、どうしても数年の時間差がある。

 税収が減ってるのに支出が増えていってて、我が領の帳簿は今……ものすご~く真っ赤なんだよね……。

 

 こんな状況では、先送りしている港の大規模補修も元手がなく着手できなくて。

 度重なる台風で修繕箇所がどんどん増えていく今、次の台風が来たら耐えられないかもしれない状態なんだって。

 もし壊れてしまったら、現時点で補修工事をするよりよっぽど大きな額が飛んで行くことになるし……いやね、もちろんお金のことも心配だけど設備が壊れて実際に困るのは領民たちなんだよ。

 そんなこんなで、そろそろ準備にとりかかるはずだったクロードお兄様と婚約者のティナお義姉様の結婚は現在無期限延期状態になっている。

 この二人については特に気の毒だなと思う……。

 

 私もできる限りの手伝いをしているところではあるんだけど、ただそういう領地経営の話でしかも大事な話っていうことだったらまずは跡継ぎのクロードお兄様にするよねえ?

 私に大切な話って何なのか全く想像がつかなくて、私とお兄様は顔を見合わせた。

 

「アリスに縁談が来てたりしてねえ。

 相手はそれこそどこかの王子様?」

 

「いや、ないでしょ。ないから」

 

 縁起でもないよ、勘弁してよ。

 ……と思っていたんだけどね。

 まさか話の内容がそれと当たらずとも遠からずだったなんて、その時は予想もしていなかった。

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